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第二章『お宝さがしの真実』

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「おーい、本当にこっちの道であってんのー?」


宝の地図を猫のようににらみつけながら、班長ケントは口をとがらせた。


「ケントくん、この道が間違いなく最短ルートだよ」


坂道を急ぐケントの後ろ姿に、タスクはそう聞いた。


「森ん中をジグザグに登ってるだけだろー?

おれなら絶対に、さっきの道を曲がるね」


「やれやれだよ……」


タスクには、ケントに森歩きの土地勘がないことは、あらかじめ分かっていた。

しかし、去年の自分に代わって班長をやりたいと意気ごむケントの、

ささやかな願いを叶えてやろうと思ったのも事実。

あまり不平を言える立場ではない。

だから、ケントが道を間違えそうになったら、

優しく助言して軌道修正させるまでだった。


ケント班は、もらった宝の地図をたよりに、

セミの声がひびき渡る森を森林浴気分で歩いていた。


「はあ、はあ……坂道ってぼく、ホントに嫌なんですけど……」


十数分くらい歩いたところで、早くも弱音を吐いたトキオの背中を、

アカネがせっせと押して世話を焼いている。


「ほーら、口を開かないの。余計につかれるから。

お、ハルトくん、スズカちゃん。ふたりは大丈夫みたいね。体力ある~」


ハルトとスズカは平気だった。

ただスズカは、東京の四人組から距離をとるために、

彼らより少し後ろをとぼとぼ歩いていた。

ハルトは、そんなスズカの様子を気にして、

せめて一人でもそばにいたほうがいいと考えて、その隣を歩いていた。

彼女がケントたちをとくに避けているのは、

キャンプ場について以来、薄々気づいていたのだ。


宝への道のりは、さして長くはなかった。

心地のよい夏鳥たちの鳴き声を聞きながら、わずかに入り組んだ坂道を、

上へ上へとひたすらすすんでいくだけで、目的地が近づいてくる。

他の班はどんな具合なのか、ハルトとスズカには想像できなかった。


「あっ……!」

突然、スズカが木の幹につまずいて転びそうになった。


「おっと!」

それを、ハルトが危ないところで体をおさえてあげる。


「大丈夫だった?  気をつけて歩こうね」


「……うん」


スズカは、ハルトの笑顔を見上げながら、ぼそりと答えた。

また優しくされてしまった。なんて親切な子なんだろう。

わたしが他の班の子を避けているのに気づいて、

何も言わずにそばにいてくれるうえに、わたしを助けてくれるなんて。


(この帽子だってそう。嘘だと分かってて、貸してくれたのはどうして?

わたし、彼に悪い思いさせてないかな……)


スズカは、頬を赤らめながらハルトから顔をそむけた。

その様子を、ハルトは不思議に思うのだった。


やがて、宝の隠し場所と見られる、洞窟の入り口にたどり着いた。

そり立つ崖の下に、冷たそうな暗がりを吸いこんで、ぼんやりと口を開いている。

入り口はさして小さくなく、ちょうどトラックが一台入れそうな大きさだった。


「あのさ」

ハルトはケントたちによびかけた。


「簡単すぎないかな、このゲーム。

もっとさ、スタンプ集めとか、目印さがしとか、

お宝の手がかりを集める楽しみがあっても、いいと思うのに」


いくらゲームとはいえ、ひねりがない――ハルトはそう感じていたのだ。


「まあ、いいんじゃねえの?  

おれたちはさ、他の班よりも、簡単に見つかるお宝にあたったってことでさ」


「そうそう。それに、最初にお宝を持ち帰れば、いいことあるかもよ」


ケントとタスクののんきな口調が、どことなく変に響いた。


「なんだよそれ。面白みがないなあ」


ハルトは、むっとなった。

自分はどちらかというと、ゲームはちゃんとしたものを楽しみたい性分だ。

だから、簡単にお宝が見つかりそうなら、お得だ――

そんなふうに言うふたりのことが、ちょっぴり嫌だった。


「あのさ、何人で入る?」

ふいに、アカネがそう聞いてきた。


「ひとりでよくね?」

「そうだね」

ケントとタスクは、何でもなさそうにそう答えた。


「は?  みんなでいっしょに入ればいいでしょ?」

と、ハルトは反論した。


「だってぇ、もしもみんなで入って、

いっぺんに事故にでもあったら、助けをよびにいけなくなるでしょ」


アカネの回答はもっともらしかった。

のんきなケントやタスクと違って、しっかりしている。

ただ、彼女の言葉にも、微妙な違和感があった。


「ほらこれ。鍵と、懐中電灯」


ケントがズボンの中から、

先ほどもらったプラスチック製と見られる銅色の鍵と、

自前の懐中電灯を取りだした。


「で、だれが入るかだけど……」

タスクが、わざとらしく両腕を組んでそう言った。


「ちょっと待って!  勝手に話を進めないでよ――」

ハルトがあわてて話をさえぎろうとした、その時だ。


「はーい!  みなさん見てください。ぼく、こんなのを作っておきましたよ」


トキオが、何かを右手で持ってかざしながら、明るくよびかけた。

その右手には、短く先の垂れた紐が六本、にぎられているではないか。


「ああ、なーるほどな!  くじ引きかあ。お前、さえてる~!」

「へえ、トキオってば、機転がきくじゃないのよ」

「いやいや、それほどでも。じゃあ、だれが最初に引きますか?」

「ここはさ、ほら。レディファーストだよ。ぼくとしてはね……あ!」


タスクが、スズカの姿を見るなり、短く叫んだ。


「スズカちゃん、キミ、キミがいいね」

「……!」


スズカは、ぎょっとして思わずハルトの服の袖をつかんでしまった。


どうして、わたし?  スズカは、指名されたワケが分からなかった。

わたしのほかにも、アカネさんがいるじゃない――。


スズカの普通ではないおびえようを感じて、ハルトも仕方なく物申した。


「この子も、引かなきゃダメ?」


「もちろんですよ。仲間はずれにしたくありませんから」

トキオは、にこやかに返事してみせた。


「それに、当たりは六分の一の確率ですよ。

一番に引けば、当たる確率はそれだけ低いです。

これでも、ちゃんとみんなで気をつかっているつもりなんですから」


そう言って、トキオはスズカの前にくじを差し出してきた。


「……だってさ」

ハルトは、ぐうの音も出なかった。

「どうせ当たらないよ。引くだけ引いてみたら?」


スズカは、ハルトに言われて、やむなく応じることにした。

嫌な緊張感にふるえる手で、

選んだくじを一本、ゆっくり、ゆっくりと引き出していく。


「……っ!」


ハルトは小さく息をのんだ。

スズカの引いた紐の先が、油性ペンで赤くぬられていたのだ。

それは間違いなく、当たりのくじだった。
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