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第十一章『嵐のターミナル』

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ドガアァァンッ!!


マシンは、頭からまっすぐにオニ飛竜の横腹に体当たりした。

すさまじい衝撃が走り、車内がぐわんっ、と大きく振動する。

ハルトは固いハンドルに顔面をぶつけてしまいかけた……が、

目の前に無数のエアバッグがバアンッ!  と弾けるように飛びだして、

ハルトの体を深々と受け止めてくれた。モニカさんも同様にエアバッグに包まれた。


オニ飛竜の長は横ざまに大きくのけぞり、突然の奇襲に痛ましい叫び声を上げた。


首しめから解放されたフーゴは、この機を逃すまいと大きく息をすいこみ、

次の瞬間、二つの剛腕から猛烈なパンチの連打をお見舞いした。

ほんの一瞬の出来事だったので、その攻撃がいかにすさまじいのか、

体のどこに打たれたのか、だれも目にすることはなかった。


「ぐうわあああっ!  ぬうぅぅおおっ!」


相手はそうとうのダメージを食ったのか、

宙に浮かび続けることもできずに落下していく。

羽が折れたカイトのようにきりもみ回転をしながら、

下へ、下へ……底に見える暗い雲海にむかって――。


ハルトたちのマシンに異常はなかった。猛烈な突進攻撃だったにも関わらず、

フロントについた竜の顔はどこもへこんでいなかったし、

中にいた二人もピンピンしていた。エアバッグがしぼんでいくと、

ハルトは意外にも無難に事がすんだことにあぜんとし、言葉も出なかった。

ドクドクと暴れていた心臓が大人しくなっていき、

血潮のざわめきが遠のいていくのを感じる――まったく、

モニカさんときたら、死んだらゴメンだなんてオーバーだ。


「はあっ、はあっ……」


モニカさんは息を切らしながら、

一戦を終えたフーゴのところへ静かにマシンをよせた。


「最近のスピーダーって、よくできてるのね……すごく頑丈だったし、

ご丁寧にエアバッグまで、こしらえちゃって……

サーキットの、整備士さんたちに、感謝だなあ……」


なんだ、モニカさんは今どきのスピーダーをよく知らなかったのか。

ハルトは、赤い伝説なのに変だなと思う反面、

ぶつかっていく直前に彼女が言った言葉に、いまだ胸をふるわせていた。


「かっこよかった、モニカさん……」


「……スピーダーで竜さんに、体当たりするなんて、

いつものわたしなら、良心とプライドが絶対に許さなかったけどね。

お姉さんに感謝しなきゃ、ダメだよ、ハルトくん」


モニカさんは満足げに笑いながら後ろをむいて、右手の親指を上げてみせた。


「――そちらのマシンに乗られている方々。おかげで助かりました!」


フーゴがヘルメットの横についたボタンを押しながら、車内に通話を入れた。

彼はスピーダーの機能について知識があるようだ。

モニカさんはすぐに状況説明を要求する。


「フーゴ総官、いったいこれはどうなっているの?」


「モ、モニカさんではありませんか!

後ろに乗られているのは、たしかハルト様でございますね。

しかしモニカさん、そ、そちらの格好は……!?」


フーゴは毒気をぬかれたように、モニカさんのレーサー服を見て目を丸くした。

モニカさんは気はずかしそうにした。


「あっ、これは仕事で着る機会があったから……

それより、この状況はいったい?」


「わたしにもまったく存じ上げません。

やつらは、予告もなしに突然、大挙して襲撃してきたのです。

わたしは彼らを中に入れまいと、

ありったけの部隊を外に集結させて、迎撃の指揮をとっていました。

しかし、やつらの長であるバーダム――先ほど打ち倒した者の名ですが――

やつが先陣を切ってターミナルに侵入するのを見て、

急ぎあとを追ってここに来たのです。

そこからは……お二人もおそらくご覧になったと思います」


激しい戦闘をくり広げ、そのうえ首もしめられていたというのに、

フーゴは涼し気な顔で一通り話してみせた。

ハルトは、本当に強いオハコビ竜だな、とただ思った。


「しかし、申しわけありません。まさかこれほど多くの侵入を許すとは……」

「相手は竜だし、こうなるなんて予想もつかなかったもの。

悔やんでも仕方ないよ」

と、モニカさんはフーゴたち警備軍を擁護した。


「フーゴさん!  スズカちゃんは今どこにいるか分かる!?」


ハルトは、だれでもいいから彼女の居場所を教えてほしかった。

他のみんなの安否も気がかりだったが、

今もっとも無事を願っている相手はスズカだった。


「スズカ様ですね。わたしが最後にお見かけしたのは、サポートタワー内でした」


「嘘……なんでサポートタワーに!?」


モニカさんはひどく驚いていた。

スズカがサポートタワーにいるのが意外すぎるようだ。


「クロワキ主任の独断行動です。

スズカ様は、何も知らずに彼の案内を受けてタワーへ。

本当は望ましくないことなのですが、クロワキ主任は実権者ですから、

目をつむる者は多いのです。なんとも歯がゆい!」


ただでさえこの非常時なのに、

フーゴは上司の不遜な態度を思い出して、熱くなっているようだ。


「ねえ、まだタワーの中にいると思う?」

ハルトは急きこむように聞いた。


「そうですね、あそこはタワー全体が強力な防護シールドで守られていて、

かなり安全なはずです。なので、スズカ様もクロワキ主任も、

まだ中にいらっしゃると思います」


「モニカさん、すぐ行こう!  ぼく、早くスズカちゃんの無事を確かめたい!」

ハルトはいっそう気もそぞろになった。


「そうだねハルトくん。ここでのんびりしてたら、さすがに目立つものね。

フーゴ総官、ありがとう!  わたしたち、タワーに急ぐね!

ハルトくんの安全も確保したいし」


「分かりました!  道中、竜との衝突や火の玉には十分に気をつけて。

どこから飛んで来るか分かりませんので!」


「ふふっ、総官も知ってると思うけれど、

わたしは『赤い伝説のモニカ』さんだよ。心配しないで!」


ハルトたちとフーゴは、それぞれ別々の方向へと飛んでいった。


フーゴは、二頭のオニ飛竜に追われていた警備部員を見つけ、助けに入った。

斜め上方向からドロップキックをしかけると、

追っ手のうちの一頭を豪快に蹴り飛ばしてしまった。

残る一頭が何事かとスキを見せたその一瞬、

フーゴはさらにそいつの顔面目がけ、力いっぱいアッパーをかました。

あっという間に二頭とも撃墜させたフーゴのところに、

追われていた警備部員が飛んで戻ってきた。どうやらメスの部員のようだ。


「総官!  あ、ありがとうございます。なんとお礼を言えば……」


「気にするな。やつらの連携は、野蛮で乱雑ではあるが強力だぞ。気をつけろ。

やつらがその気なら、こちらも複数でまとまって戦うのだ」


「わ、分かりました!  総官もどうかお気をつけて!」


メスの部員は、他に苦戦している部員を探しに飛んでいった。

フーゴは、深く深く息を吸いこむと、腹の底から大声で言葉を叫んだ。

その言葉は、戦いの喧騒に負けないくらいの大音量となって、

ターミナル中にこだました。


「「全警備部員に告ぐ!

こちらも複数ずつ固まって応じるのだ!  やつらの連携攻撃を許すなー!!」」


フーゴはしきりに指示を出しながら、ターミナルの中を飛び回った。

その脳内には、ある一抹の不安がよぎっていた。


(嫌な予感がするぞ。

まるで何者かに踊らされているような、このモヤモヤとした感覚はなんだ……?)
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