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第十二章『迎えにきたよ』

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「緊急搬送用の飛行服が役に立った。おかげでここまで無事に運べただろう」

「エッグポッドなど、俺の性に合わないからな」

「キミがフライトスーツを毛嫌いしなければ、もっと楽に運べたものを」

「分かっているな?  お前は『アレ』の調整をすませておくんだ」

「心配しなくても順調に進んでいる。あと一時間あれば最終チェックが済むだろう」


スズカの耳に、遠くのほうからだれかが会話する声が聞こえてきた。

けれど、何を話していたかははっきりと聞き取れなかった。

だれとだれが話をしているのかも。


スズカは深い水底から浮かび上がるように、闇の中から目覚めた。

ゆっくりとまぶたを開くと、そこは天蓋つきのベッドの上だった。

温かな毛布をかけられて寝かされている。


(ここ、どこ?)


まだ頭がぼうっとする。スズカは上半身をゆっくりと起こして、

ベッドの上からあたりを確認してみた。石造りの壁にあちこち亀裂が入っている。

どこか古びた建物の一室らしい。

ちらちらと自信なくゆらめくシャンデリアの灯り。

壁際にならぶ本棚や古風のアーチ窓。床には真っ赤なビロードの絨毯……。


(ヨーロッパの古いお城みたい)


今度は自分の姿を確認してみた。真っ白な厚手のワンピースを着せられている。

しかも襟には銀のレースつきだ。どこかのお屋敷のお嬢様のような格好だ。


なぜこんなところにいるのだろう。

たしか、サポートタワーでガオルと遭遇して、

食べられずに済んだと思ったら、妙な息で眠らされてしまい……。


(そうだ!  ハルトくんとフロルは!?)


居ても立ってもいられず、スズカは急かされるようにベッドから降りた。

すると、ベッドのすぐそばに、

この部屋の内装とは明らかに異なる物体を見つけた。

青く光る雫の形をした、宙にふわふわと浮かぶ機械だ。

その機械の通気口から、温かく乾いた空気が流れてくる。

なんとなく懐かしい、爽やかな夏の夜を思わせるような――。


「目が覚めたね」


だれかが部屋のドアを開けて入るなり、そう言った。


ガオルだ。彼は仮面をはずして素顔をさらしたままだった。

両手にはめていたウロコの籠手も、今はすっかり外している。


「それは、『適応ゾーン発生器』というそうだ。

オハコビ隊のエンジニア部が開発したものだよ。

小さな範囲に、地上人が適応できる空間を作ってくれる。

それがないと、キミはこの城にはいられない。

発生器から五メートル以上離れると、たちまち極寒にさらされてしまうし、

酸欠を患う恐れもある。でも、そいつはみずから移動できるんだ。

キミを追ってどこへでもついてくるから、ゾーンからはずれる心配はまずない」


ガオルの表情はどこか固かった。

まるで自分の家に初めてカノジョを迎えた男のように、

オハコビ竜の顔に緊張を浮かべている。


(やっぱりあの人たち、あなたの仲間だったんだ)


スズカは心の声でそう答えた……が、ガオルには聞こえていないようだった。


「ここは汚い城だが、俺の住み家なんだ……

俺と話をしたいなら、そこにデバイスを置いてあるよ」


ガオルが右の人さし指で示した先に、古風な木造コンソールがあった。

その上には、クロワキ氏が貸してくれたテレパシー・デバイスが置いてある。

スズカはガオルにたいしてけげんな眼差しをむけながら、

デバイスを手に取って頭に装着した。

もうすっかりなじんだものだった。

今では自分の体の一部になりつつある気がする。


『教えて。ハルトくんとフロルをどうしたの?』


「……あのメスのオハコビ竜と、そばにいた地上人の少年か。

少年のことなら安心してくれ。危害は加えていない。

黒い息で気を失わせてしまったがね。

しかし、オハコビ竜のほうは……

二度と俺を追いかけてこれないようにしてやった。そうするしかなかったんだ」


『なんてことを!』


スズカは心の声で怒鳴った。やりきれなくて、目の奥が急に熱くなった。


『もうはっきりしてよ!  あなたはわたしをどうしたいというの?』


食べるでもなく、ただ八つ裂きにするでもなく、

大事な宝物のようにスズカをわが家に迎え入れたガオル。

殺されないに越したことはないが、それでもまだ気味が悪かった。


「それを伝えたくてここに来たんだ」


ガオルはスズカのところへ歩みよった。

スズカは暗い窓辺にむかって二歩ほど後ずさりした。

ガオルは、人一人分の間を開けてその場に深々とひざまづいた。


「スズカ……どうか、俺の『家族』になってくれ」


聞き間違いならどんなに楽だったか。それとも夢を見せられているのか。

神妙な顔で見つめてくるガオルに、

スズカの心は意味も分からずぐらつき、動揺を隠せなかった。


美空スズカ、小学五年生。異世界にて。

十一歳の幼さで初のプロポーズを受けた。
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