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第十三章『虹色の翼と赤き超新星(スーパールーキー)』

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地上界の夜。

ハルトはたったひとり、夜風に吹かれながら、

山道の下り坂をキャンプ場にむかって下りていた。

ここに来れば、会える気がしたからだ。


「あ、やっぱりいた。おーい!」


色とりどりのテントがならぶキャンプ場の隣の広場……

真ん中にポツンと燃える真っ赤な焚火が、坂道から見えた。

その焚火のそばに一人、丸太にぽつねんと腰かけている少女の姿があった。

ハルトははやる気持ちをおさえきれず、少女のそばへと駆けていった。

愛らしい茶髪のボブヘアを生やした華奢な姿がだんだん近づいてくる。

はっきりしてくる。もうすぐそこにいる――。


「待ってたよ、ハルトくん!」


スズカだった。

彼女はデバイスもつけず、キャンプ初日の姿で元気に手をふった。



ハルトは、スズカと二人きり、

赤々と燃える焚火の灯りに染まりながら、丸太の上にならんで座っていた。

コオロギの涼やかなコーラスが焚火のまわりに広がり、

黒い影となった野山の上にはこぼれるような星空が満ちている。


「それにしてもハルトくん、あんなすごい乗り物で一位になるなんてすごいよ。

しかも初めてだったんでしょ?  みんな大騒ぎだったんじゃない?」


「ははは……ドンピシャ。

サーキット中のヒトがぼくんとこに押しかけてさ。もう大変だったのなんのって」


ハルトは木の棒で焚火をつつきながら、自嘲ぎみな声でそう答えた。


「ハルトくん。おめでとう」

スズカはにっこりとはにかんで言った。


「わたし、サーキットにいなかったからよく知らないけど、

ハルトくん、すごいことしたんだよね」


「いや、そんな……モニカさんのおかげだし。

キミを助けにタワーに入る直前まで、そうとうお世話になっちゃったしさ。

それと、フロルにだって……」


「ハルトくんは、何一つ悪いことなんてしてないよ。

わたしのところまで必死に会いに来てくれた。

それだけで嬉しいし、ハルトくんと友達になれてよかったって思う」


「えっ、ぼくのこと、友達って思ってくれてたの?」


「そういうハルトくんこそ、わたしのこと友達って思ってくれてなかったの?」


「いやいや、そんなわけないから!

たださ……そう思っててくれてたなんて、意外でさ。

ほら、スズカちゃんって、ぼくのことお父さんみたいって言ってたじゃない?  

ぼくのことを頼りに思ってくれてたのは分かるけど、

友達感覚とは少し違うような気がしてさ」


      ハルトくん……。


「そうだったんだね。

あーあ……悪いことしてたのは、もしかしたらわたしのほうだったのかな。

ねえ、ハルトくん。こんなわたしだけど、また見つけてくれる?」


「見つける?」


      ハルトくん……。ハルトくうん……。


「わたし、待ってるからね。

もし見つけてくれた時には、わたしも、ハルトくん自身のことが

はっきり見えるようになってると思う。その時は、いっぱいお話しようね……」


      ハルトくうん。ぼくの声が聞こえますか?


どこからともなく降ってくる声が、ハルトとスズカを引き離していった。

キャンプ場の光景が暗闇の底に遠ざかっていく。丸太に腰かけたスズカの姿が、

こちらにむかって微笑んだまま小さくなり、消えていく。

見えなくなる……すべて跡形もなく。


      *


ハルトは目を覚ました。


どこかのベッドに寝かされていた。

ずっしりと重い現実感が、ハルトの胸にのしかかってきた。

スズカとの夜は、ただの夢だったのだ。

落胆で内臓が冷たく落ちこんだみたいだった。


「ハルトくん!  よかったあ、意識もどりましたね!」


フラップの大きな笑顔が、天井の照明の下で輝いていた。

ゴーグルをつけていない。フライトスーツも着ていない。

しかし、顔じゅうにかすかに引っかいたような傷ができていた。

痛々しくて、少しぞっとした。


「ハルトー!  もうおどかすなって~!」


ケントがフラップよりも手前側で安心しきった声を上げている。


「ハルトくん……キミ運がいいんだねえ」


「んもう、あたし心配したんだからね!」


「よかったですぅ、よかったです……」


タスク、アカネ、トキオの三人が、フラップとケントとのむかい側にいた。

アカネとトキオは今にも泣きそうだった。


ハルトがむくりと起き上がると、トキオは周囲にいた大勢にむかってこう言った。


「みなさあん、ハルトくんが目を覚ましましたあ!」


真っ白な部屋に群がる、橙色のツアー衣装の子どもたち。

座ったり、しゃがんだりして不安そうにしていた彼らが、

いっせいに立ち上がって安堵の声をわかした。

そうだ、いっしょにツアーに参加した、他の十八人の子どもたちだ。

みんなくたびれた顔をしている。


ハルトの頭に、これまでの経緯が早回しのフィルムのように蘇った。


「あ……みんなが、いる。みんな、生きてる……」


「そうですよ、ハルトくん!」

フラップが言った。


「あんなオニ飛竜たちなんて、ぼくらの手にかかれば……

ああ、キミがガオルと接触したって、タワーのヒトに聞いたから、

みんな心配で……ほんとに、心配で!」


フラップは瞳に涙を浮かべながら、いきなりハルトを抱きしめてきた。

フラップのやわらかな毛におおわれた胸が、

ハルトの顔に押しつけられた。たしかに本物のフラップだ。


嬉しくなる抱きしめ攻撃に身をあずけながら、

ハルトはフラップの肩越しにまわりを見回してみた。

やたら広く、清潔感あふれる真っ白な部屋……頭の中にデジャヴが宿っている。


「ここ、もしかして……警備部の、病院?」


「一級病室ですよ。ほら……昨日スズカさんが泊まった部屋」


まさか、あの子と同じベッドに寝る時が来るとは。ちょっと胸がむずがゆい。


「他のオハコビ竜たちは?」


「フリッタとフレッドたちのことかい?」タスクが答えた。


「それなら、病院のロビーで待ってるよ。みんな傷だらけになりながら、

ぼくたちやサーキットのヒトたちを守ってくれたんだ」


「なーお前、あのサポートタワーで倒れてたってホントか?

ガオルに襲われて気ぃ失ってたトコを、

タワーのヒトが発見して、ここに運びこんでくれたってよ」


「あたしたちも、さっきモニカさんから事情を聞いたばかりなの。

本当にいろいろ大変だったんだから」

ね?  と、アカネはケントにむかって同意を求めた。


フラップはハルトを開放すると、

またベッドに横になるようにハルトをうながした。

しかし、ハルトはそれどころではなかった。


「ぼくなら大丈夫。十分に動けるよ。

ガオルにぼくたちを殺す意思はなかったんだ。

だから、すぐにフロルのところに行きたい。

フロルも無事なんでしょ?  連れてって!」


「いや、その……フロルは――」


フラップの顔に陰がさした。何かよくないことを隠しているような顔だ。


そこへ、部屋のドアが開き、

中に一人の女性がツカツカと靴を鳴らして入ってきた。


「フロルちゃんは、ガオルのブレス攻撃を受けたせいで全身マヒ。

別棟の病室で今も昏睡状態です」


モニカさんだった。服装は青と白の制服に戻っている。

彼女は、「通してちょうだい」と子どもたちに言いながら……

険しくも悲しげな、複雑な顔をして、ハルトのベッドのそばにやってきた。

タスクたち三人が、少しビクッとしながら身を引いて、彼女に場所を空けた。

モニカさんの赤ぶち眼鏡が静かに光り、ハルトの顔をまっすぐに見下ろしている。


「ぜんぶ部屋の外で聞いていました。

あなたが無事だったのは、あなたが攻撃に巻きこまれないよう、

あの子が身をていしてあなたを守ったからだと思います」


ハルトのことを怒っているのだろうか。

モニカさんは静かな憤りを閉じこめた声で、きっぱりとそう言った。


そんな、フロルが……。

ハルトは、胃袋がさらに何段も落ちこんだように感じた。

ここには、フロルの親友であるフラップもいる。

いったいどんなふうに謝ればすむというのか。


ハルトは、鉛のように重たい気持ちでゆっくりとベッドを降りると、

モニカさんの目をまっすぐに見た。
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