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第十三章『虹色の翼と赤き超新星(スーパールーキー)』

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ターミナル出立、つまり警備軍本隊との合流時間まで、

一同には一時間もなかった。


二十三人の子どもたちは、いったんフラップたちと別れ、

六頭の警備部員の誘導でオハコビ・インへとむかった。

ホテルに入ると、中はまったく被害を受けていなかった。

あの宇宙空間のような一階のラウンジには、

レストランのロボットカートたちが運んできたあり合わせの料理があった。

急ごしらえとはいえ、ホテルの温かいおもてなしには感謝しなければならなかった。


子どもたちは警備部員たちに見守られる中、大急ぎで料理を食べた。

もうしこたま食べた。いつ再びご飯にありつけるか分からないので、

なるだけ多めに食べておいたほうがいいという、モニカさんのすすめだった。

それでも、あとで長時間飛び続けなければならないことも考えると、

食べすぎで気持ち悪くならないように、加減を見極めなくてはならなかった。


モニカさんはサポーターとしての準備があると言って、一口も食べずに、

迎えのオハコビ隊員とともにサポートタワーに行ってしまった。

タワーにはフードコートもあるとフレッドが教えてくれたが、

あの様子では食べる時間なんてなさそうだと、アカネが心配していた。


「そういえば」


ハルトはカレーピラフをかきこむ途中、ふと思ったことをケントたちにつぶやいた。


「あの山ほどでっかいホテルの入り口と、警備部の病院ってさ、

同じ第三層にあるよね。でもフラップはさ、昨日の夜、

ホテルの一番上から――第七層から――ぼくを飛んで運んだ上に、

わざわざリフターを使ったんだ。どうしてかな?」


「ん、と……さあ」

トキオが、口に入れていたものを急いで呑み下してから答えた。


「ハルトくんと、ナイトフライトを楽しみたかったのでは?

ここのロボット用通路をえんえんとぐるぐる下ろうとすると、

かえって時間がかかりそうですしね」


「そんなことより、むぐむぐ、ハルトくん」


アカネが口にものを入れたまま、手で口元を隠しつつ聞いた。


「さっきの力説さ、なかなか男の子らしかったじゃん。

ゴクッ……日本全国のカワイイ女子が聞いたら、みんなキュンとするかもよ。

最後に泣かなければパーフェクトだったけど」


「ぼく、どうしてスズカちゃんのことが好きなのか、やっと自分で分かったんだ」

ハルトは晴れやかな気持ちで言った。


「あの子がカワイイからとか、そんな安っぽい理由じゃなくて。

最初のキャンプ場から、ぼくのことを頼ってくれたからなんだ。

あんなこと、生まれてはじめてだった。

その時から、ぼくの心でスズカちゃんの存在が大きくなりはじめたんだよ」


「……それってさー、

あの子が俺たちを避けるのにお前の陰に隠れてたことを言ってるー?」


と、ケントががっくりと肩を落としながら聞くのだった。


一同は食べ終わるやいなや、大急ぎでトイレをすませると、

警備部員たちに続いてすぐにホテルを出た。ホテル前の広場には、

フラップたち十二頭が参加者たちの前に一列にならんでいた。

警備部員たちが左右に分かれて一同に空間を用意するなか、


「みなさん、心の準備はよろしいですか?」

と、フラップが子どもたちによびかけた。

ツアー初日にも同じようなセリフを言っていたが、

あの時の声音とは緊張感も意味合いもまるで違う。


「そういうフラップたちも、ゴハン食べた?」

と、アカネが聞いたが、フラップたちは笑顔で小さく返すだけだった。


十二頭のオハコビ竜は、腕につけたデバイスをタップ操作し、

「「「装着!」」」と声をそろえて叫んだ。彼らの体が虹色の光におおわれ――

この光は、彼らが《虹色の翼》であるという証なのか――再び現れた時には、

全員これまでとは違うフライトスーツをまとっていた。


白かったところがシルバーの鋼鉄素材に変わり、

青かった部分は濃紺に変わっている。


彼らの胸には、やはりホルダー機器に全長四十八センチのエッグポッドが

装着されていたが、その色が違う。ホルダー機器がブラックカラーになり、

エッグポッドは雄雌問わずすべて紫色に統一されていた。

おまけに表面には銀の文字で、『Z』と書かれている。


「こちらのエッグポッドは、通称『ゼロ式・エッグポッド』と言います。

他のものとは仕様が違い、外殻がダイヤモンドの強度となっています。

あらゆる場面で想定される危険から、皆さんの安全と健康を守ってくれます。


さあ、みなさん!

ご自分の担当員の前に来て、急ぎエッグポッドにご搭乗ください。

警備軍の出陣に間に合いませんよ!」


二十三人の子どもたちは、まるで磁石に引きよせられるように、

早足で自分の担当員の前にむかった。

ハルトはフラップの前にやってくると、

他の子たちとは違って自分にはペアとなる子がいないことに、

あらためてみぞおちが苦しくなるのだった。


「フラップ」


「なあに?」


「その……ありがとうね。戦いたくない相手なのに、ぼくらのためにさ……」


「まあ、オハコビ竜は、いざという時には覚悟がありますから。

さあ、じっとしていてね」


フラップの胸のホルダー機器から虹色の光が照射される……体が光に包まれる……

そして掃除機に吸いこまれるような感覚とともに、エッグポッドの内部に入った。


  ボヨヨン!  ボヨン!  


おかしな鈍い音とともに、

ハルトの全身は何かやわらかなものの上にダイブしていた。


「あっ、ああんっ?」


ハルトはとんちんかんに見舞われた。少しもがいてみると、

どうやらソファのようなエアシートの上で、

薄白色のエアパッドたちに包まれているようだ。

上半身も、ベストのような形のクッションで固定されている……

顔と両腕以外すべてが、ふわふわした極厚のエアパッドに

すっぽりと抱かれているのだ。


透視ゴーグルはすでに顔に装着されていた。

前方の壁が透けて、ホテル前広場の様子がよく見える。

落ち着いてあたりを見回すと、たしかにエッグポッドの中のようだ。

ただ、内壁がグレー色に変わっている。

右隣にも自分が座っているのと同じシートがあるが、そこは空洞になっていた。


「こ、これ……どうなってるのフラップ?」


『――驚かせちゃいましたね、ハルトくん』


耳元からフラップの声がした。

ヘッドレストにスピーカーが内蔵されているのだ。


『守りに特化した構造なので、

通常の《滞空位置制御システム》を搭載できなかったそうです。

そのかわり、そちらの《スーパー・エンブレスシート》が、

ぼくが派手に動き回っても、重圧や衝撃から完璧にキミを守ってくれますよ。

それに、若干ですが内部の重力は和らいでいるはずですし。

ほら、ふふふっ!』


フラップがいたずらっぽく体を小刻みにゆさぶるので、

ハルトの体はプヨプヨとシートに優しくもてあそばれた。

たしかに慣れてくると、フラップの温かいお腹に埋もれているような、

安心感と幸福感がやってきた。

ただ、これではいつ赤ちゃん返りしてしまうか分からない。

こんな極上抱っこシートを考えたヒトの頭は、とてつもなく奇天烈に違いない――。


『――んだあ~、俺はヤなんだよー、これー!  窮屈ぅー!』


突然、他のエッグポッドから通信が入った。ケントが声を荒げてごねている。


『――そう言うなよ、ケントくん。

ぼくたちのわがままを聞いてもらったんだからさ』


タスクの声も聞こえてきた。


次の瞬間、他のすべてのポッドからみんなのにぎやかな声が聞こえてきた。

動揺する声、いささか嫌がる声、

楽しそうに大はしゃぎする声、幸せそうにうっとりした声……。


「うわあぁ、みんなの声がするよ、フラップ!」


『せっかく一致団結したんですから、

つねにみんなの声が聞こえる状態にしてもらったんです。

あとあと、外音取りこみ機能もありますから、

外でどんな会話が行われているかもよく聞き取れますよ。

さあ、左右にある長い手すりに、しっかりおつかまりください。出発します!』


フラップたちが上空に浮かび上がった。

ホテル前広場がみるみる下に遠ざかり、全身が戦場へ運ばれはじめる。

もう後戻りはできない――。


「うわあっ、あわわっ!」


フラップがうつぶせ飛行をはじめたとたん、

これまでとは違う感覚が押しよせてきた。

本当に体が外へ落ちてしまいそうだ。

けれど、エンブレスシートがハルトをしっかりと抱きおさえてくれた。

これはこれで悪くない乗り心地だ。


十二頭は、フラップを先頭にして隊列を作って進行した。

第三層の大窓のうち、

オニ飛竜の襲撃で割られたところから大吹きぬけへと飛びだすと、

飛びかうオハコビ竜たちの中をぐんぐんと上昇していき、第十層へと到達した。

それから、ターミナルの南側へとぬける離陸ポートへと進路を変えると、

一気にターミナルの外まで高速飛行で突っ切った――。



外は嘘みたいに嵐が過ぎ去っていた。


満天の星空には満月が神秘的に輝き、

その光に鈍く照らされた美しい雲海が見渡すかぎりに広がっていた。

夜の九時のことだった。


警備軍の本隊は、左右に二つの正四角形の隊列を作って集結していた。

ものすごい数だ。ゆうに五百頭はいるのではないだろうか。

フラップたちは、その二つの隊列の間をぬけて、

その先に滞空していたフーゴの前にやってくると、

フラップを中央にして横一列に整列した。


「これで全員がそろった!」

フーゴの声がとどろいた。


「これより『スズカ様救出作戦』および、

地上人のお方々のための緊急企画、『竜の戦場ツアー』を決行する。

全体、わたしに続け!  出陣するぞぉーー!」


勇ましいかけ声とともに、大軍団が進軍を開始する。

静まり返った夜空を、物々しい竜の武装集団が前進していく。

警備軍は、ターミナルを襲撃された雪辱を果たすために。

そしてフラップたち虹色の翼の少数部隊は、

大切な客人たちに竜の戦いの熱狂を届け、ガオルとの決着をつけるために――。
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