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第十五章『オハコビ隊の戦い』

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「全体、オハコビ隊の誇りを見せつけろ!」

フーゴの声が高らかにひびく。

「右翼、ファフール隊!  左翼、フルックス隊!  島の左右にむかって散開せよ!

中央、フエーゴ隊とフェイジャス隊!  わたしに続け!  正面部隊に仕掛けるぞ!」


警備軍が無数の矢のように突撃していった。

自軍が包囲網にかかる前にできるだけ横に広く展開して、

敵軍を散り散りにさせる作戦だった。


「ぼくたちも進撃開始だ!  フォーメーション・ウィングっ!」


虹色の翼のメンバーは、フラップを先頭に横長の翼型の陣形を取って、

フエーゴ隊とフェイジャス隊のあとに続いた。


『フラップゥー!  みんなどうして姿を消さないの?

透明術を使えば戦いやすくない?』


猛スピードに全身を押しつぶされながら、ハルトがそう聞いてきた。


「竜相手に透明術は意味がないんです、みんな『見透かす目』を持ってるから!

だからだれも使おうとしない、それだけです!

――正面で戦闘が開始!  みんな、上昇だっ!」


フラップが号令を発すると、虹色の翼のメンバーは、

前方で入り乱れる前衛部隊のすぐ後ろでグイッと急上昇をはじめた。

子どもたちの叫び声が彼らの耳をつんざいた。


フラップたちは、まるで色とりどりの花火のように百五十メートルほど上昇した。


「降下!」


フラップたちは弓なりに弧を描いて進行方向を変えると、

今度は下の戦闘現場にむかって垂直降下をはじめた。

またしても子どもたちが絶叫した。


「――今だ、撃ちこめっ!  竜気砲りゅうきほう!」


虹色の翼の一同がいっせいに息を吸いこみ、

次の瞬間、金色に光る火の玉を口から次々と吐き出した。

玉は三十頭以上のオニ飛竜どもに命中して爆発し、

当てられた敵はきりもみしながら雲海へ落ちていった。

フラップたちはそのまま、空中戦の真っただ中を超高速で突きぬけた。

今の攻撃のおかげで、敵軍の前線はかき乱されて統制が崩れ、

フーゴ率いる中央部隊が前進するチャンスが生まれた。


「にしても、敵が多すぎるぞ!」

フレッドが言った。


「頭数の差は目に見えてるよネェ?

前線部隊を入れても、むこうは千頭以上いるんじゃんじゃないの!」


フリッタが憤慨しながら叫んだ。


「んもう、言葉にしないでよ!  ぼくだってこらえてたんだから!」

と、フラップが叫び返した。


「もう一回仕掛けるよ!  みんな準備はいい?  行くぞぉ!」


十二頭はものすごい勢いでUターンをすると、

もう一度敵軍の正面部隊のど真ん中へ突撃していった。

そして再び浴びせかけられる金の火の雨……

目にも止まらない速さで飛んでいく玉たちは、

今度は二十頭くらいの敵に当たった。

先ほどより命中精度は落ちたが、それでも効果的な攻撃だった。


「お見事です、レインボーウィングス!」


オレンジ色のフェイジャス隊長が、

過ぎ去っていくフラップたちに言葉を贈っていた。


『――フラップくん、そのまま左翼のフルックス隊の援護にむかって!

フルックスさんが相手してる連携部隊の攻撃が強力らしいの!』


フラップのゴーグルからモニカさんの声がした。


「了解しましたっ!  ――虹色の翼、今度は左翼だ!

参加者のみなさん、ぼくたちの攻撃いかがです?  どんどんいきますからね!」


フラップたちは、そのままフルックス隊が展開している左翼側へ急いだ。


――見えてきた。黄土色の毛のフルックスと十数頭の前線部隊が、

二十頭くらいのオニ飛竜どもの突進攻撃のラッシュのせいで攻めあぐねている。


「あそこだ!  みんな、今度は格闘技で仕掛けるぞ!」


フラップたちはミサイルのように、攻撃に夢中になっているオニ飛竜の一塊の中に

一直線になだれこむと、スピートに乗せた拳や脚で次々と蹴散らした。

敵側のやっかいな前線は瞬く間に壊された。

フルックス隊は、この機を逃すまいと攻めの姿勢を強めるのだった。


「奇襲成功!  フルックス隊、がんばってくださあい!」


メンバーとともに戦闘空域を離れながら、

フラップが体ごとふり返って声援を送った。


「さっすがアタシたち!  うまいことやれてるじゃん!」


フリッタが上機嫌な声で叫んだ。


フラップたちは、戦場を超高速で飛び回りながら、

短時間でオニ飛竜たちの数をできるだけ減らすのが役目なのだ。

しかし、ガオルとの直接対決までは、できるだけ乗客をゆらさないように、

複雑で激しい動きは控えなければならなかった。


「ハルトくん、大丈夫でしょうか!  怖かったら目をつむっていてくださいね!」


フラップをはじめ、虹色の翼のメンバーは、

自分が抱える子どもたちに都度声をかけることを忘れなかった。


『フラップ、ぼ、ぼくは大丈夫だから、どんどん戦って!』


ハルトは立て続けの急上昇、急降下、急旋回に目の回りそうだったが、

シートのおかげで体へのダメージはゼロに近かったし、目もしっかり開いていた。


それよりも、フラップたちは強い――すごく強い。

モニカさんやフーゴの言葉が嘘ではないと分かっていても、やはり興奮してしまう。

フラップの拳がふるうたび、彼の胸の高さにいるせいで、

まるで自分自身が拳を繰り出しているような錯覚をおぼえる。

フラップと一体になって戦っているような――。


その後も虹色の翼のメンバーは、モニカさんの指示に従いながら、

陣形を保ちつつヒット&アウェイの戦法で戦場を駆けめぐり……

わずか数分間で、二百頭以上のオニ飛竜を撃墜させていた。

しかし、その間に警備軍も百頭以上やられていた。

それに、いまだこちらが優勢とは言えない。


『――フラップくん、敵軍の長が最前線に加わってきた!

猛烈に力をふるってる!』


戦闘空域の外を旋回中、モニカさんの通信が入った。


「そいつってたしか、モニカさんがスピーダーで体当たりしたっていう?」


『総官がひとりで相手して、かなり苦戦を強いられてた!

あいつ絶対、総官に再戦をしかける気だよ。

すぐ援護に行かないと、前線部隊が危ない!』


「でもぼくたち、そろそろ城にむかわないと――」


『――わたしたちのことはっ、くっ、気にするなっ、フラップ!』


唐突にだれの通信が入ったかと思えば、フーゴだった。

どうやら敵軍の長との格闘戦の真っ最中のようだ。


「大丈夫ですか、総官!?」


『なに、目の前に強敵がいようと……ふんっ!  はぁっ!

こちらには今っ、多くの部下がついているっ!

今度は……遅れをっ、取らないっ!』


言葉と言葉の間に、フーゴが敵と激しく格闘する音が聞こえていた。


『――おらおらぁ!  《灰色の拳》のあんちゃんようっ!

だべってねえでっ、俺との勝負にっ、集中しなぁーっ!』


今の声は、どうやら敵軍の長の声のようだ。相当いきり立っている。


「総官!  ぼくたちも手伝いますから――」


『気にするなと言ったはずだっ!

キミたちはっ、早くっ、ガオルを、つぅっ、倒してくれっ!

こいつのことなら……てやっ!  ――われわれだけで対処してみせる。

警備部の威信にかけてな!』


ハルトにもフーゴの声が聞こえていた。

彼が例の敵と戦っているところを目撃した身なので、

なんとも複雑な気持ちだったが、今回は一度目のような不意打ちとはわけが違う

――フーゴを信じてみるしかない。


『フラップ!  行こう、ガオルの城へ!  フーゴさんたちなら心配ないよ!』

ハルトは思い切って言った。


「ハルトくん……」


ハルトの言葉に、フラップはいたく心を突き動かされたような顔をした。


「分かりました。行きましょう! 

総官、すみません……ぼくたち、スズカさんのところにむかいます!」


『ああ、ぜひともそうしてくれ!  はあぁっ!  健闘を、祈るっ!』


フーゴとの通信はそこで切れた。


「虹色の翼!  これよりぼくらは、ガオルの居城にむかい、スズカさんを救出する!

フォーメーション・アロー!」



「「「オーケーィ!」」」



十二頭はフラップを先頭にして、まるで二重矢印のような陣形を取った。

目指すは廃墟の先にそびえる城だ。


残り七百頭を切ったオニ飛竜どもは、

ターミナルの時よりも手ごたえのある警備軍との戦いに注意をひかれ、

廃墟群の守りは手薄だった。フラップたちは、

崩れた建物群の大通りにあたる場所にむかって高度を下げていった。


フラップたちは、石でできた廃墟の間をまっすぐにぶれることなく飛んでいった。

廃墟の陰からいつ敵が襲ってきてもいいように、

左右をキョロキョロと見回して注意深く索敵しながら――。


「おめーら、待ちやがれェ!」

「この先には行かせねえぞ!」


突如、前方の廃墟群の陰から、四十頭以上のオニ飛竜どもが

破れ鐘のような雄叫びを上げて湧いてきた。

自陣防衛のつもりのようだが、陣形がてんでばらばらだ。


フリッタとフレッドが叫ぶ。

「あんたたち、アマイアマーイ!」

「その程度の数で、今の俺たちを止められると思ってるのか!」


フラップたちは、コウモリのように迫りくるオニ飛竜どもを、

踊るような格闘技で次々となぎ倒していった。

子どもたちのシートもものすごい勢いでゆさぶられたが、

流れるようななめらかな動きだったため、まったく不快ではなかった。


「さあ、ガオルの城にいざトツゲーキッ!」


フリッタの威勢のいい叫びとともに、

フラップたちは城まであと二百メートルの距離を一気に飛んでいった――。


その時だ。

城の正面扉が勢いよく開かれ、そこから一頭の黒い竜が飛び出してきた。

巨大な大砲から打ち出された鉛弾のように――。


出しぬけに迫りくる脅威に、

フラップたちはかけ声もなしに急ブレーキで停止した。


気がついた時には、

仮面をはずしたガオルの顔が、フラップのすぐ目の前にあった。

黒い漆黒の翼を広げて壁のようにズンッと立ちふさがり、

鋭い琥珀色のまなざしでフラップだけをにらみつけている。


「……よく来たな、赤いオハコビ竜。お前を待っていたぞ」


腹の底からうなるような厳格な声で、ガオルはそう言った。
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