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第十五章『オハコビ隊の戦い』

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闘志に燃え、眉間と鼻がしらに激しい波をよせたガオルの威圧感は、

視線がフラップの顔にむいていたにも関わらず、

ポッドの中にいたハルトに戦慄をあたえた。

蛇ににらまれた蛙という言葉を、自分は今まさに体現していると明確に思っていた。

胸の動悸が高まり、手すりを握る両手に汗がじっとりとあふれ出た。


「……今更。一時はぼくを遠ざけたでしょう。ホントにぼくを倒す気ですか」


フラップはまったく動じなかった。

むしろ、邪悪な意志を持ったライバルとの再会に、

ひたすら怒りをむき出しにするばかりだった。


『フラップくん、気をつけて!』

と、モニカさんの声が言った。

今この場の光景は、彼女の前にもモニターされているのだろう。


「その顔――やっぱりあなた、ぼくたちと同族なんですね」


「違うな。俺は丸きり別物だ。

だがお前たちが俺を同族とよぶのなら、俺は全力で拒絶の拳をふるってやる――

勝負だ、オハコビ隊!」


先手はガオルだった。

彼が右手の拳を脇に引きしぼるのを見た瞬間、

フラップは素早く両腕を上げて防御の構えを取った。


ガオルの拳が打ちこまれた――破壊的な鉄拳の威力に、

フラップは何十メートル以上も後ろへと吹き飛ばされた。

受けた腕の骨だけでなく、体じゅうの神経が強烈な衝撃に打ちふるえ、

頭までガンガンひびいた。


「俺たちのリーダーに、いいご挨拶だなあ!」


顔をふせていたフラップが前を見ると、フリッタとフレッド、

そしてフリーダとフレッチェル、フリモン、フレイリーの六頭が

ガオルの体に飛びかかり、彼の両手と両脚、そして翼を押さえつけて

動きを封じようとしていた。


しかし無駄だった……ガオルは重圧の中で静かに息を吸いこむと、

体をぐるりと一回転させ、次の瞬間にはコマのように高速スピンをはじめた。

彼を押さえていた六頭は、たちどころに四方八方へと吹っ飛ばされた。


回転を止めたガオルの視界に、

フィーナ、フランク、フマリア、フューロ、フカモルの五頭が、

肩を突き出して体当たりを仕掛けてくるのが見えた。

その一瞬、ガオルの琥珀色の瞳が真っ赤に怪しく閃いた。

そしてガオルは、上下左右にジグザグと高速移動し、

五頭の攻撃を軽々とかわしてしまった。


『あの攻撃をかわせるはずが……!』


モニカさんが、がく然とした声を発した。


「余計なやつらは引っこんでいろ!」


ガオルは、なおも突撃してくる十一頭にむかってとがめるように叫んだ。

そして、十一頭から放たれる怒涛の格闘攻撃を、

手足やしっぽだけですべて跳ねのけてしまった。

仲間たちがひとり、またひとりと殴り飛ばされる鈍い音がとどろく。


『――どうなってるの。まったく歯が立たないよ!』


「モニカさん、あいつ……

今まで相手にしてきたどの竜とも動きが違う。戦い方もね」


フラップは冷静に戦いの様子を見ながら、

自分の代わりにガオルの戦闘技術を確かめてくれた仲間たちに感謝していた。

しかし、ハルトを胸に抱えている今の状態では、

本来の力を解放するのがどうしても後ろめたかった。

ハードすぎる自分の動きに、ハルトが耐えられるとは思えない。


「お前たち、動きが遅すぎるっ!」

  
こちらの攻撃を打ち払いながら、ガオルが吠えた。


「そんな小さなっ、客人たちを、抱えているからだぞっ。

竜の戦場にっ、人間を連れこむなど、狂気の沙汰っ!

オハコビ隊であれば、なおさらだっ。なぜ連れてきたっ!」


まったくもってその通りだった。

十一頭の仲間たちは、お世辞にも優勢とは言えない状況に、

いったん攻撃の手を止め、フラップの周囲に集まって静止した。


「はあっ……はあっ……、フラップ……、言ってやれよ……」


疲れがたまって息も絶え絶えのフレッドが、あごでしゃくりながらそう言った。


「ぼくたちは、ただスズカさんを助けに来たわけじゃない。

ここにいる参加者みなさんの、スズカさんのそばに行きたいという願いを

叶えたいんです。ぼくら虹色の翼の願いのためにもね!」


虹色の翼のメンバーたちが強くうなずいた。


「ほう?  その願いとは?」


ガオルが涼しい顔で気取るように聞き返した。


「――文字通り、虹のかけ橋になることです。

ヒトビトのため、そして人とオハコビ竜の未来のため

 ――みんなっ!  格闘がだめなら竜気砲だっ!」


あやまたず、フラップたちはぐっと息をすいこみ、

直後、ガオル目がけていっせいに金の火の玉を浴びせかけた。


ガオルは、相手の一瞬のモーションを見逃さず上空へ舞い上がった。

フラップたちはその後を追いかけながら、続けて竜気砲を連射した。

火の手はガオルの後を追尾するが、それでも的に当たらない。

オニ飛竜とも比較にならない速さで、黒い雷のごとく飛び回るせいだ。

一発もかすりもしない。


やがてガス欠になって息を切らした十二頭に、

ガオルは七十メートル離れた上空から見下ろしながら叫んだ。


「お前たちの竜気砲はその程度か!  俺の炎の見るがいい!」


ガオルは息を深くすいこんで、真っ黒な胸を目いっぱいふくらませると、

次の瞬間、口内から青色に燃えさかる巨大な玉をどうっと発射した。

それはガオルの十メートル先でバーンと細かく破裂し、

散弾のごとくフラップたちの頭上へ無数に降りそそいだ。


「逃げろ!」


フラップたちは、激しく入り乱れるようにして火の粉を避けはじめた。

最初こそうまくかわしていたが、

その後も青い炎は上下左右に目がけて次々と吐き出された。

圧倒的な攻撃を前に、

やがてひとり、またひとりと火の粉の餌食となって落ちていく。


ガオルの青い炎は、城の前に広がる廃墟群に降りそそぐと、

建物を破壊しながら地面にぶつかって燃え広がった。

ものの三十秒もしないうちに、城のまわりは青い炎の海となり、

ガオルの黒い城の壁がおどろおどろしい青色に染まった。


ガオルは城の正面口を背にするところまで降下すると、

炎の熱気に頭の青いたてがみをゆらしながら、

ゆっくりと宙をなめるように顔を上げた。

これが俺の秘めていた力だ、と言わんばかりに――


眉間にしわをよせ、辛く悲しげな表情で。
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