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第十六章『真実と嘘』

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そこに立っていたのは、水色の宇宙船長のような服装をした中年の男だった。

年がいもない長めの茶髪。そして金縁のサングラスをかけ――。


「クロワキ主任!」

フラップたちはあぜんとした。


クロワキ氏は手をふりふり、いつものようにおだやかな笑みを浮かべていた。


「いやあ、みなさん!  助けに来てくれて、どうもありがとうございますねえ。

盛り上がっているようですので、つい顔を出してしまいました。いや、失敬!」


あいかわらずの口調だった。

フラップたちは上司の無事に安堵していた――。


「よかった。お怪我はないようですね!」

フレッドが言葉をかけた。


「もぉ~、心配してたんですからー!」

フリッタも涙目になって叫んでいた。


クロワキ氏の姿は、ハルトたちのポッドの中からも認知でできていた。

彼の立ち位置が、ちょうどフレッドの頭のすぐ上に見える。


『なんかさ……意外な展開だよね?』


ハルトは、他のポッドにいるケントたちにぽつりと聞いた。

しかし、四人ともクロワキ氏の姿に釘づけになっていて、

答えるどころではなかった。


「クロワキ!  貴様、なぜここにいる!」


ガオルが怒りをむけている。

どうやらここにクロワキ氏がいることが、大いにお気に召さないようだ。


「なあに、わたしのかわいい部下たちが頑張っているというのに、

わたしが登場しないわけにいかないだろうと思ってね」


クロワキ氏はゆったりとした足どりで、

ガオルのいる場所のほうへ悠然と歩いていった。


「主任!  お力ぞえくださるのは光栄ですが、

ここはぼくたちにお任せください。大変危険ですから!」


フラップがおろおろしたような声で答えた。


「フラップくん、気づかいは無用ですよ。

だって、もうわたし……キミたちの上司ではなくなるんですからね」


「えっ、どういう意味ですか?」

フラップがたずねた。


『――フラップくん、何もおかしな話じゃないよ』

突然、モニカさんからの通信が入った。


「モニカさん!  しばらく静かでしたね。あれ、まさか怒ってます?」


『怒ってる。

フラップくん、主任にもわたしの声が聞こえるように拡声機能を。

それから、わたしの顔をモニターして。サイズはLLで』


「あっ、はい。ちょっと待っててください!」


フラップは何がなんだか分からないというふうに、

急いで左腕のデバイスを操作し、

最後にその小さな画面の上をしゅっと前へとスワイプした。

小さな白い光がフラップの頭上へ飛び、

その先にモニカさんの顔が大きくモニターされた。彼女は顔をしかめていた。


『――主任。今回の事件の裏にはずっと、あなたがいたのですよね?』


その言葉に、フラップたちは息をのんでいた。

事件の裏に彼が?  いったい何を言っているの?  まさにそんな表情で。


クロワキ主任は、すでにガオルから二メートルと離れていないところに立っていた。

彼はモニカさんの顔を見たとたん、

それまでのおだやかな笑顔の中に、どことなく哀愁をにおわせはじめた。


「おやおや、モニカちゃん。どうやらキミには、真実が見えているようですねえ」


『はい。わたしにはもう何もかも見えています。

あなたがこのツアーを利用して、人間の子をガオルに引き渡す計画だったことを』


マスターエンジニアたる偉大な上司にたいして、

モニカさんは強気な物言いだった。


「モニカさん!  お、おバカさんなこと言わないでください!

人間を差し出す?  主任にかぎってそんな――」


『だまってて、フラップくん!

――今回、ガオルの狙ったのが地上界の子どもだったという点から見ても、

むしろこの事件の一端を担っていたのが……

クロワキ主任、あなたしか考えられないのです』


ほほう――クロワキ氏は感心するような声を発した。


「これまた面白い展開ですねえ。女探偵モニカちゃん誕生、とか?」


『茶化すのはやめてください!』


「とととっ。まあ、この際ですから聞かせてくださいよ。キミの推理を――」


「おいっ!  勝手に場を仕切るな!」

ガオルがいきり立った。


「今がどういう状況なのか、貴様には分からないのか!

これから竜の死闘をはじめるところなんだぞ。俺をコケにする気かぁ!」


「ガオル……」

クロワキ氏はため息まじりに言った。


「わたしの部下を盾に取って、死闘も何もあったものじゃないだろう。

あ~あ、そんなに怖がらせて。キミが今すぐその子を解放してくれるなら、

わたしはいつでもこの場を退こうじゃないか、え?

しかしそれに応じないなら、わたしはこのままここに居座り、

探偵モニカちゃんに推理ショーを要求するがね。ん、どうする?」


ガオルと話す間だけ、クロワキ氏の口調はまるで別人のようだった。

かなり高圧的だ。もしや、あれがクロワキ氏の本性なのか。


「……解放する気はない。勝手にしろ。その間に俺は小休止してやる」


「あ、そう?  ――んじゃあ、モニカちゃん、推理を拝聴!」


クロワキ氏はニコニコとした顔でそうすすめた。

モニカさんは、一瞬だけ渋いあきれ顔を示すのだった。


『――今回の事件は、三つの場面がありましたね。

第一のハクリュウ島での事件と、第二のサーキット急襲事件、

そして第三のターミナル襲撃事件と。

これらは、ターミナルの全体構造や警備体制を、

隅々まで完ぺきに把握していて、なおかつ、子どもたちのツアー予定を

くわしく知っている人物がいなければ、成立しないことでした。

主任、あなたはこれらの条件に見事に合致するんです。


あなたほどの人なら、オハコビ隊のかかえる数々の事情を、

ガオルに事細かに教えることもできるでしょう。

それに、フラップくんたちの上司であるあなたなら、

《虹色の翼》のメンバーが全員プロの戦闘チームであることを知っている。

とくに、赤き超新星とうたわれるフラップくんの存在を憂いたなら、

サーキットに彼を足止めするようにガオルに進言することもできますしね』


あなたがガオルにスズカさんを差し出した理由は分かりませんが――と、

モニカさんは言った。


『つまり、あなたが取った行動はこうです。

――あなたはツアー開催前から、何らかの機会にガオルとコンタクトを取り、

ツアー初日の子どもたちの行き先を教えた。

ご自分が用意した子どもたちの中から一人を選ばせ、

自分のものにするチャンスを与えるために。

ガオルは、二十四人の中からスズカさんを選んだ。


……でも、計画はあえなく失敗。

白竜さまの機転によって、ガオルはスズカさんから引き離されてしまった。

あなたはきっと、ほっとする反面、してやられたと思われたはずです。

このせいで、ガオルがオハコビ隊に警戒される状況を作ってしまったわけですから。


そこであなたたちは、さらに確実で大がかりな作戦を実行することにした。

それが、今日の日中に起きた二つの襲撃事件です。

あなたはガオルに、オニ飛竜たちを使ってサーキットを襲撃するように進言したり、

セキュリティ万全なここ――サポートタワーから

警備の気を引くためにターミナルを襲わせたりした。

さらには、タワーに入るためのルートを確保したりもした。

でも、そうですね……サーキットで、ドラゴンスピーダーを全機稼働不能にしたり、

コントロールタワーを爆破したりしたのは、おそらく施設内外の混乱を広げて、

フラップくんたちがそこに留まる要因を増やすため――」


「しかしねえ、モニカちゃん。いくらなんでもわたし一人だけで、

そこまで多くの裏工作を行うことなんて、できるわけないでしょう?」


無論、そこは分かっています――とモニカさんは答えた。


『ですから、ご自身の部下の方たちをお使いになったのでしょう?

先ほどガオルの口から、ビケットさんのお名前がでました。

主任直属のエンジニア部員のみなさんが、そちらの城にいらっしゃるということは、

おそらく全員、あなたの忠実なサポート要員。

サーキットでシステムハックや爆破工作を行ったり、

サポートタワーの防護バリアの一部やリフレッシュテラスの入り口に

細工したりするよう、指示していた――』


「……主任の部下のみなさんがからんでいたなんて」


フラップは、次々打ちつけられる真相を前に、目まいさえおぼえているようだった。


「で、でも、それだけで主任が今回の事件に関わっていたなんて確証は――」


『たしかに、それだけだとまだ確証はないね。

でも、ガオルがタワー内からスズカさんをさらっていく時でさえ――

主任、たしかあなたもタワーの中にいらっしゃいましたよね。

スズカさんだけ特別に、タワー内を案内するという目的で。

でもそれは、スズカさん本人を、みずからあの講堂へと誘導するため。

あそこが、あらかじめガオルと示し合わせていた、

いわゆる受け渡しの場所だったのでしょう。

偽装行為を用いて、みずからの手でスズカさんを受け渡すための場所として』


「偽装行為とは、どういう?」

フレッドがたずねた。


『主任がご自身の違反を隠し通すためには、

自分はあくまでもガオル騒動の被害者の一人にすぎないということを、

スズカさんだけでなく、オハコビ隊全体に印象づけることが肝心だった。

タワー内の至るところに、監視カメラの目が光っていたことだしね。


――主任。カメラ映像を調べた結果、

あなたをタワー内からここへ連れてきたのは、

あなたの部下の方々で間違いありませんでした。

でも彼らは、ただあなたの指示を受けて動いていたにすぎない。

あなたがガオルの崇拝者たちにまんまと捕まえられるという、

自作自演のための共演者たちとして!』


「ジサクジエン~?」

フリッタがとんちんかんな声を出した。


『そうでなかったら、あなたがわれわれの意表をつくために、

わざわざもっとも守りの固いサポートタワーを

受け渡しの場所に選んだりしない。違いますか?』


モニカさんによる、長い推理ショーが終わりを見せた。

長い沈黙に空気が冷えきり、重く張りつめた。

オハコビ竜も、ポッド内の子どもたちも、

何か一言でも発せられる余裕があればよかっただろう。

しかしできない――できるわけがない。

今のモニカさんとクロワキ氏の間には、何人も言葉をはさむ方法はなかった。


つと、クロワキ氏が金縁サングラスをはずした。

その裏から、黒い小さな両目に、くたびれ果てた労働者の青黒いクマが現れた。

日々の激務とさまざまな憂いという、

一介のオハコビ隊員では推し量ることのできない苦労の表れが。


「……ご名答」


クロワキ氏は疲れたような笑顔で言った。


「すべてキミの推理どおりです。

いやはや、最後にとてもよいものを聞けました――

やはり、わたしの見こんだ補佐官ですねえ、モニカちゃん」
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