上 下
89 / 110
第十六章『真実と嘘』

しおりを挟む
『――では、認めるのですね、主任。ガオルと通じていたことを?』


「ええ、完全に認めますよ。

もっとも、わたしからすべてお話するつもりでしたがね。

あ~あ、これでわたしは完全に悪の側――そして、

マスターエンジニアとしての最後、いや、

オハコビ隊員としての最後になっちゃいますねえ……」


『……わたしたちは!』

突然モニカさんが、感情的な声になって叫んだ。


『竜を愛し、オハコビ竜を愛する数少ない人間の一員として、

人間界とつながりたいというオハコビ竜たちの切実な願いをサポートする……

それが役目だったはずです!  主任、わたしたちはけっして、

あなたの行いをっ、許すことは、できませんっ……!』


そしてモニカさんは、赤ぶち眼鏡を取り外し、あふれだす涙をふいていた。


五人の子どもたちには信じられなかった。

クロワキ氏がツアー参加者たちを、本当の意味でだましていたことが。

そもそも、スカイランドに来られたのは、

彼が地上界で『飛行体験キャンプ』を開催するという名目のもとに、

異世界ツアーの存在を隠していたからだ。

それはそれで、子どもたちにも納得できる、よい意味での嘘だった。

だからクロワキ氏には、ずっと感謝をしていた。


でも、今度の嘘は明らかに違う。まるきり正反対だ。

何も知らせずに遊びほうけさせた地上人を、

ガオルという闇の存在に差し出し、地上界とのつながりを奪おうとしているとは。


「主任、なぜなんです?  どうしてガオルにスズカさんを――

ぼくの大事なお客様を差し出すようなことを!」


フラップは半分ほど涙声になってそう聞いた。


「あなたは、ぼくたち虹色の翼の

『命の危険と精神的衰弱の恐れがある人間運輸業』の日々に、

一時の休息と満足感をくださるという理由で、

メンバー全員を『地上人歓迎プロジェクト』に参加させてくださった。

これに毎年参加してきたおかげで、ぼくたちは……

苦労して何度も潜入している人間界でなかなか人間客を得られない辛さがあっても、

人間そのものへの思いを失くさず、

がんばって仕事を続けようって気持ちでいられたんです。

それなのになぜ、こんな裏切り――あんまりじゃないですかあ!

いったいなんで――」


「すべては、三年前からはじまったことだ」


ガオルがふいに口を開いた。

もうおびえ疲れてなかば虚脱状態のメイドを腕にかかえ、

自分が何をしようとしていたかも見失ったような虚無の表情で、

ガオルは語りはじめた。


「こんな俺にも、かつて愛を誓ったメスの黒影竜がいた」


「へえ、キミにもカノジョがネェ……」


フリッタは冷ややかな言い方だったが、関心をよせているのは明らかだった。


「ああ。名をガアナといった。俺と彼女は、

この世界に残った最後の黒影竜たちだと思って、深く深く愛しあっていた。

しかしガアナは、三年前のある日、

スカイランド政府に命を狙われる身となった……不運な巡り合わせのせいで、

人間の怒りを買ってしまったのだ。

俺は、すぐに助けに行くことができなかった。

そして、俺がやっと駆けつけた時には、ガアナはもう殺されていた……。

俺はガアナの亡骸を抱きあげ、泣いて、泣いて、泣き腫らした!」


だが!  ガオルはそう叫び、足で床を踏み鳴らした。

彼につかまっていたメイドがはっとし、ひぃぃっ、と悲鳴を上げた。


「ガアナが死んだ真の原因は、政府のせいではない……

今ここにいるこいつ……そうだ、こいつのせいだ!」


ガオルは片手でクロワキ氏をずばり指さした。

クロワキ氏は、毛ほども動じることなく、

ガオルの憎しみのまなざしをじっと受け止めていた。


「あの日こいつは、小島に落下した空軍機からパーツを収集する任務の最中、

倒れていたガアナを発見した。こいつの話では、

その時ガアナはまだ生きていたという。

だがこいつは、死の縁にいるガアナを助けようとせず、

その場で見殺しにしたのだ!

竜を愛する身でありながら、なんと薄情なことか!」


「ガオル、そのことについてわたしは、これまで何度も弁解したはずだ……」

クロワキ氏は力のない声で言った。


「たしかにわたしは、はじめて見る黒い竜を前に胸がおどり、

最初こそ正しい判断を見失っていたかもしれない。

だが、そのあとわたしはすぐに助けようとしたんだ――」


「そんなこと、これまで何度も聞いたわ!  薄情な嘘つきめ!」


ガオルは激しく吠えたて、どう猛な牙をむきだした。

その姿は、半分ほど理性を失った獣そのものだった。


「エンジニアとは、いわば探求心の塊!  貴様という男は、

見慣れない竜がどのように死んでゆくのか、

ただ観察したかっただけにすぎない!」


「いや、キミはこの先の話を、これまで一度も聞こうとしなかったじゃないか。

そうやってわたしから弁解するチャンスを奪い、

無理やりわたしを従わせて――ハンッ。

キミは、愛する者が今際の際に何をしたのか、知りたいとは思わないのか」


クロワキ氏は神妙な顔つきになると、こう言った。


「今こそわたしははっきりと明かそう……

ガアナはあの時、助け舟を出そうとしたわたしを、止めたんだ」


「止めただと?  戯言を――」


「戯れるつもりはないよ。

わたしがオハコビ隊の者だと名乗ると、彼女はまるで懇願するような目をして、

救助をよぼうとしたわたしにむかって右手を出し、

静止をうながしたんだ……なぜだか分かるか?」


「そんなもの、人間を信用できなかっただけにすぎん!」


「悲しい男だよ、ガオル……キミは彼女のことを本当に理解していたのか?」


いったい何がそうさせるのか、クロワキ氏は幻滅したような調子で言った。


「彼女は、スズカちゃんのような特徴的な口調で、わたしにこう言っていた。

竜に冷徹な人間あれば、心優しい人間もいる……

けれどこの傷は、その優しい人間の助けでも癒せない。

黒影竜は、死にゆく定めの時を五感で感じる。今がその時なのだ、と。

――わたしは、それが嘘ではないと分かっていても、

バカなことを言うな、と答えてしまった。それでもあの子は助けを拒んだんだ。

たとえ助かっても、政府に命を狙われる身である自分のせいで、

オハコビ隊を危険な立場に追いやるかもしれないと……」


      わ、わた、しは、オハコ、ビ、竜の、影……。

      この、命、が、あな、たの、身にも、き、危害、を、およぼ、す、前に、

      影、は、だまって……死の、闇、に、とける、べき、なのよ……。


「われわれオハコビ隊は、スカイランド政府非公認の組織だからね。

彼女はそのことを知っていたんだと思うよ」


「まさか、そんな――」

ガオルが心を打ち砕かれたような声を出した。


「そして、彼女は事切れた。本当に心優しい子だったよ……

死の間際にあってなお、われわれの立場をおもんぱかるなんて。

でも、彼女のその言葉が、

わたしに黒影竜という種を知るきっかけをあたえてくれたんだ。


――ええ、そうですよみなさん。

わたしは対策本部よりもずっと先に、黒影竜の存在を知っていました。

でも、対策本部に情報を出そうとはしなかった。そうしなければ、

わたしが未知なる黒い竜と関係があると疑われる恐れがあったから――」


「嘘だ!」

ガオルが絶望的な声で叫んだ。


「すべて貴様の都合のいいでっち上げだ!

俺という存在がありながら、ガアナが救いの手を拒むなど、ありえない!」


ガオルは、興奮しきった闘牛のように鼻息を荒げ、床をふみ鳴らし、

怒りの熱気を全身にみなぎらせていた。

腕の中のメイドは、ひたすら悲鳴を上げた。


その光景を見たクロワキ氏の目が、厳しくガオルの顔を射すくめた。


「ガオル。わたしがここへ来たのは、

キミがその子を盾に取るような、卑劣な真似をしたからだ。

おかげで目が覚めた……わたしは今ここで、過去の清算をしたいと思う。

自分の過ちのせいで、ツアー参加者たちばかりか、

大切な部下たちにも多くの迷惑をかけてしまった。

やはり、悪いことをした人間は、

その過ちとまっすぐにむき合わなければならないんだよ。

そう、たとえば……こんなふうにねっ!」


クロワキ氏は突如、背後から一丁の黄色いショットガンを取りだした。

そのおもちゃのような銃の銃口を、素早くガオルの顔にむけ、引き金を引く。


ビビビビビィィッ!


いかにもおもちゃじみたレーザー音とともに、オレンジ色の激しい閃光が飛びだす。


ガオルは、反射的にメイドを腕から解放し、その閃光をその身一つで食らった。


「ぐああぁぁぁああっ!! 」


けたたましい苦痛の叫びが、フラップたちの耳をつんざいた。


『パラライズ銃!』

モニカさんが叫んだ。

『上着の裏に、《ツールよびだしギア》をつけていたんだ!』


細かな部分はさておき、完全に不意討ちだった。

ガオルは、全身にオレンジ色の電流をバチバチと光らせたまま、

その場にがっくりとひざをついてしまった。


パラライズ銃を脇に放ってから、クロワキ氏はほんの少し息を切らしつつ言った。


「いつかキミに対抗するために開発した改良型だ。

そこでしっかりと後味にひたってくれたまえ!」


クロワキ氏は、ガオルのすぐ横で手をつき座っているメイドのもとへダッシュした。

それから、彼女の手をつかんでさっと立ち上がらせると、

階段の下にむかって彼女を連れていこうとした。


「他の三人も、早く逃げてくださいよ!」


クロワキ氏の言葉に、二階の正面扉の左右にいた他の三人のメイドたちは、

当惑しながらも即座に言葉に従い、開け放った正面扉から城の奥へ逃げていった。


しかし、ガオルの憎しみの執念は、体を縛る電磁波をすぐには受けつけなかった。


「なめるなよ、クロワキィィィ―――!!」




次の瞬間、

ガオルの真っ赤な魔の爪が、クロワキ氏の背中を引き裂いていた。
しおりを挟む

処理中です...