隣の席のオッドアイギャルは俺の心の声が聞こえるらしい

夕凪けい

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第81話 小動物系ヒロインは、今日も脳内が修羅場です

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放課後、俺はひとり図書室へと足を運んでいた。

 本音が漏れる“呪い”について――そんな怪しいモノの文献を探しに来たのだ。とはいえ、図書室の本棚は天井までずらりと並び、目が回りそうなほどの本の海が広がっている。

(……この中から、あるか分からない呪いの症状に関する本を探すのかよ)

 ため息がこぼれる。正直、もうすでに心が折れかけていた。

(ってか「呪いの本ありますか?」なんて、恥ずかしすぎて司書さんにも聞けるわけねえ……)

 俺の抱える“症状”は、誰にも言えない悩みで。自分ですら信じきれない。けど、実際に起きている。誰にも理解されないその悩みを解決するために藁をもすがる思いで図書館に来た。

(せめて……何かヒントでも見つかれば……)

 そんな風に思いながら、ふと目に留まったのは――

「あ……」

 紫色のショートヘアが、ふわりと跳ねた。
その後ろ姿に、思わず息を呑む。
高い棚の前で、そっと背伸びして――懸命に手を伸ばす姿。

(あれは……蜂須賀、さん?)

そう、本を取ろうとしていたのは、蜂須賀澄玲だった。

 小柄な彼女は、一番上の段の本に手が届かず、ぴょこぴょこと跳ねるように指を伸ばしていた。

(あぶね……あのままいったら本ごと落ちるぞ)

 俺は棚に手を伸ばし、目的の本をすっと取って、彼女に手渡した。

「どうぞ…これでよかったか……?」

(なんかカッコつけて取っちゃだけど迷惑じゃなかったか………?)

「あ、あわわわわ……ありがとうございます……!」

 相変わらず彼女は、壊れ物みたいに小さく震えながら、けれどその瞳はどこか嬉しそうで。

(………あかん!!なんやこの可愛い小動物は!!)

 思わずそんな心の声が漏れそうになるのを、ぎゅっと奥歯で噛み殺した。彼女の思わず小動物みたいな仕草に――俺の胸は、毎度のごとく掴まれる。

 これが守ってやりたくなる女の子ってやつだ。

 気づけば、俺は手を伸ばしていた。妹・姫花に重ねてしまったのか、自然と頭を撫でてしまう。そして例の如く本音が漏れる呪いがでる。

「よしよし~。本が取れなかったら、いつでも言ってくれていいんだからな~~」

(おい!!何してんだ!?俺、何がよしよし~だよ!?きっしょ!!俺きっしょ!!!こういうのはイケメンがやるから許されるのであって俺がやると捕まるっての!)

 ぽす、ぽす。
 指先でそっと髪をなでると、蜂須賀の肩がびくんと跳ねた。

「ぬ、ぬぬぬぬぬ……っ!」

(なんなんですか!?この男は!?私の弱い所をこうもあっさりと触ってくるなんて…)

 みるみるうちに顔が真っ赤になっていく。まるで頭から湯気でも出そうな勢いで、彼女は口をぱくぱくさせていた。

(ピーポーピーポー……か、神田君……この人はやっぱり危険なのです……っ)

 蜂須賀は心の中で“危険信号のサイレン”が頭の中で鳴り響いていた。

(今は妹のように優しくしてくれてますが……これは罠なのです!世間では妹にしか見えないというのは、男が気になる女の子の警戒心を解くためのいわば詐欺みたいなものです。妹という大義名分を持って近づき、私の好感度を鷲掴みにしてくるのです。そして頃合いがくると、彼はこう言うのです。「もう妹のように見えなくなった」って!!
 そして、私に急接近してきて……“もう俺、我慢できない”とか言いながら……私の唇を――きゃあああ!!)

 蜂須賀はひとりで真っ赤になり、頭の中で勝手に修羅場を構築していた。

(だめです……このままでは、罰ゲームで付き合おうとする悪い男の思惑通りに……!
 そしてキスするその瞬間に、彼は笑うのです……
 “ふふふ、罰ゲームでした~”って!!
 “なに本気になってんだよ?”って冷たい目で見下ろすんです!!
 ……で、でも、もしそうなったとしても……“せっかくだし、まぁ味見くらいは……”とか言われたら……はうぅぅ!!そして私はめちゃくちゃに…あわわわわわわわ)

 もう、完全にひとりで別のラブコメを展開していた。

(だからっ……だから私は、神田君に心を許してはいけないのです!!)

 ――と、決意の表情で顔を上げる蜂須賀。

「……あの、大丈夫か? 顔、すっごい赤いけど」
(すーはー……すーはー……落ち着くのです……蜂須賀すみれ。想定通りなのです。タネさえわかっていれば、あとはそうならないよう立ち回れば――)

「そういえば……何借りるんだ?」

俺が本を覗きこもうと身を乗り出した瞬間だった。

「だ、だめですっ!」

蜂須賀が俺の腕をつかみ、引き留めようとした拍子に――

「わっ……!」

足元が滑る。咄嗟にバランスをとった俺は、咄嗟に壁を背にして体を支え――

そのまま、蜂須賀を壁ドンする形になった。

「……っ!?」

お互いの顔の距離、十数センチ。
あと一歩踏み込めば、唇が重なるような、そんな距離。

「あ、あわわわわわわっ!? な、なななな、何してるんですかぁぁぁっ!?」

頬を真っ赤に染めた蜂須賀が、目をぐるぐるさせて慌てふためく。

(え……えぇ……!? ちょっと待つのです……! 展開があまりにも早すぎるのです……! 色々はしょりすぎなのです……!)

(しかも今のシチュエーション……まさに“そういう”感じじゃないですか……!)

彼女の思考はもう暴走寸前だった。

(真っ直ぐな目で見つめられたら……ダメなのです……私、抵抗……できないのです……)

「わ、わりぃ! 蜂須賀! 怖い思いさせちまったな!? 本、勝手に見ようとしてごめん! 誰だって読んでる本見られんの嫌だよな……!」

俺が慌てて彼女から距離を取って、申し訳なさそうに頭を下げると――

「…………」

蜂須賀は口をパクパクさせながら、まるで湯気を立てる急須のように真っ赤な顔で立ち尽くしていた。

その様子が、なんというか、ものすごく……小動物っぽくて――
俺が慌てて距離を取ったその時だった。

ポトン。

彼女が抱えていた本が、あまりの動揺で床に落ちた。

俺は反射的に、それを目にしてしまう。

「……ん? 『くまのるんちゃん』の……絵本か?」

絵本の表紙には、ふわふわのくまがブランコに乗って笑っているイラスト。

一呼吸おいて、蜂須賀が我にかえる。

「あ、あわわわわ……」

彼女はしゃがみ込むようにして絵本を抱きしめた。そして小さく、申し訳なさそうに呟いた。

「変ですよね……この歳にもなって……絵本なんて……わかってます……」

その姿は、まるで叱られるのを待っている子どものようで。俺は、自然と笑ってしまった。

「いや、恥ずかしいことじゃねぇよ?」

「……えっ?」

「むしろ、すげぇいいじゃんか。俺も“るんちゃん”好きだぜ?」

俺は思い出すように空を見上げた。

「俺もよく……亡くなった母さんに、風邪ひいたときとか読んでもらってたわ。とくに……あのブランコの回とかさ……」

気がつけば、オタク特有の早口で語っていた。
蜂須賀は、ぽかんと口を開けていた。

(この人は……私の好きなものを、笑わない?でも……あの人達は笑ったよ??神田君は…笑わないの?)

「……あわわ……わ、私も……ブランコの回、好きです……あと…ヒーロー回も特に好きです」

頬を染めながら呟くその声は、小さな子どものように無垢で、優しかった。(この人なら……私の夢を話しても笑わないんじゃ……)

胸の奥に、ほんの少し灯る希望。そのかすかな明かりを信じたくて、蜂須賀は震える声で言いかけた。

「あわわわわ……あっ、あの、実は私……」

――が、その言葉は最後まで届かなかった。

「そうだっ!!」

俺の声が、食い気味に彼女の言葉をかき消す。

「今さ、近くのゲーセンに!るんちゃんのぬいぐるみ置いてあったんだよ!!」

「えっ、あっ、あの……」

「今から一緒に行かねぇ?蜂須賀!」

突然の誘いに、蜂須賀の頬がぱあっと赤く染まった。

(あわわわわわわ……それって……放課後に……二人で……ゲーセンって……)

(それって……デート、じゃ……?断らないと……このままだったら罰ゲームフラグが立ってしまうです……)

俺はそんな蜂須賀の動揺など気づきもせず、満面の笑みを浮かべて言った。

「行こうぜ?蜂須賀。るんちゃんのブランコ回語れるやつ、他にいねぇし」

「は……はい……いきます………」

蜂須賀は思わず頷いてしまった。顔を真っ赤にして、目を逸らしながら。こうして俺たちは、並んでゲーセンへと歩き出す。

(あわわわわわ………ばかばかばか…私のばか……断らないといけないのに……)

春風が吹き、重たい前髪が宙に舞う。
その時の彼女の瞳は、やはり誰よりも美しく、綺麗だった。
まるで、何かを確かめるように――そっと俺を見つめていた。

まだぎこちない距離のふたり。
けれど、確かにその春風は……
ほんの少しだけ、俺たちの距離を縮めてくれたような気がした。
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