隣の席のオッドアイギャルは俺の心の声が聞こえるらしい

夕凪けい

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第87話 学校の悪魔と放課後の天使

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翌朝、俺は教室に到着して、自分の席に腰を下ろす。
──その瞬間だった。

どすん。

視界の隅で、たわわな胸が揺れた。
いつもの視界なら気にもならないはずだが、大きな胸だとなぜか視界のギリギリでも認識してしまう。全くけしからん胸……いやけしからん脳だ。

「にしし♡ ゆ~いちっ、おっはよ~!」

テンション高めな声が耳に届く。振り返れば、そこには俺の体操服を抱えた本郷愛理の姿。

「この前の体操服だよ? ありがとね!」

ああ、そういえば貸したんだったっけ。ちゃんと洗って返してくれるあたり、意外と律儀なんだよなこいつ。

そして──ふわりと、香る。
洗いたての柔軟剤……に混じる、愛理の匂い。

(……やべぇ。めっちゃいい匂いする。これ、帰ったら絶対匂い嗅ごう──)

「もぉ~、ゆういち、だめだよ?」

俺の心を読んだかのように、愛理が笑う。

「家帰ってその服に着替えて、くんかくんかしたら?」

「するわけねーだろ!!人を変態みたいに言うなよ!?まったくよぉ!!」

(……なるほど服を着るという発想はなかったな?帰ったら試してみよう……)

俺は顔を真っ赤にしながら、体操服をそっとバッグにしまおうと手を伸ばす。
──が、そのとき、ふと異変に気づいた。

(……あれ? 穴、なくなってる……?)

左袖にあったはずの小さな破れ。それが、まるで最初からなかったかのように綺麗に縫い合わされている。新品みたいだ。

(まさか、愛理が……?)

「愛理……ありがとな。あの穴、直してくれたんだな?」

その言葉に、愛理の肩がびくんと小さく揺れる。
彼女はくるっとこちらを振り返り、いたずらっぽく笑う。

「にしし♡ バレたか?」

まるで、得意げな猫のように。

そんな彼女の笑顔を見ながら、俺の脳内では、すでに都合のいい未来が大爆走していた。

(……愛理って意外と家庭的なところもあるんだな……結婚とかしたら、俺、絶対幸せ者確定じゃん?てか俺愛理と結婚したら絶対……毎晩、アレもするわ……もう無理って言われても俺は……こんなに可愛い愛理が悪いんだ……)

──それはもう、交際もプロポーズも新婚旅行もすっ飛ばして、“既に初恋が実ってる前提”の、幸せすぎるエンディング・ストーリーだった。

だが、その瞬間。

「愛理って意外と家庭的なところもあるんだな……結婚とかしたら俺絶対幸せ者確定じゃん?」

――言ってた。声に出して。

(え……?俺今なんで声にだした?)

なぜかクラスがざわついた。
隣の席の愛理はというと、いつもの小悪魔スマイルが完全に吹き飛んで――

真っ赤な顔で固まっていた。

「は、はぁ!? は~~~!? な、なに言ってるんだよ、ゆ、ゆういちっ!?え?結婚?」

(やべぇ……すぐに訂正しないと……)

俺の思考を裏切るように更に容姿なく本音が漏れる。

「てか俺愛理と結婚したら絶対……毎晩、アレするわ…… もう無理って言われても俺は……こんなに可愛い愛理が悪いんだ……」

教室が静まり返った。

ガタッ。

誰かが椅子を倒す音。
数十人分の視線が、一斉に俺へと向けられる。

(……は?俺今なんて言った?)

どうやら俺、また言ってたらしい。声に出してとんでもない事を。愛理は口をぽかんと開け、次の瞬間、耳まで真っ赤に染め上げて――

「ゆ、ゆ、ゆういち……あ、あんたね……!!もぉ……気が早いぞ~?まだ付き合ってすらないのに……」

今にも爆発しそうな彼女の様子に、ようやく俺も事の重大さに気づく。

「あっ、ち、違う!これは違うんだよ!? “アレ”っていうのはさ!?」

焦った俺は、もう何を言っているのか分からない。

「その……ほら!愛理って裁縫得意だろ?だから俺が仕事で穴あけて帰ってきたら、“おかえり♡ 今日もいっぱい頑張ったね♡”って、夜な夜な縫ってくれる的な!」

……ああもう何言ってんだ俺。

「結婚したらとかも妄想というか……!な、なんか知らんけど口に出てたっていうか!?ほんとそういう意味じゃないから!!健全です!!全年齢対象ですから!!」

俺の声が教室中に響き渡る中、愛理はというと――

俯いて、ぷるぷると肩を震わせていた。
そして、ぽつりと――

「……バカ」

顔を真っ赤にしながら、机に突っ伏した。
クラスはなんとか落ち着きを取り戻し、俺は椅子にだらしなく寝そべるように腰を下ろした。
今日もなかなか濃い一日だった……と、思ったそのとき。

「ゆういちのえっち!!もう知らないっ!」

プイッとそっぽを向く愛理。窓の外を見つめて、頬を膨らませている。

(……あかん…絶対好感度下がった。セーブポイントがあるんなら戻りてぇよ……)

そんなふうに思っていた、その瞬間、愛理の口からポロっと言葉が漏れる──

「毎晩じゃ足りないわよ……朝、昼、晩も含めて三回はするの。それでいっぱい子供産んで、ゆういちをもう私から逃がさないようにするんだから……?ずっとゆういちは私の……」

……とんでもなく冷たい、そして甘美な声音が、空間を突き抜けた。

(え?今私……口にでてた?)

思わず耳を疑う俺。
愛理はハッと口元を押さえ、顔を真っ赤にしている。

「……え、いま……愛理、なんて……?」

実際俺は愛理が口にした言葉を聞き取れなかった。でも普段の愛理の声とは想像つかないような冷たい声だった。たぶん、聞いちゃいけない類の“心の奥の奥”を、今、俺は聞いた気がした。

「な~んもないよっ♡ ゆ・う・い・ち♪」

愛理は何事もなかったように急に調子を戻し、いつも通りにこっと微笑んでそう言い残す。

そして、俺は放課後、いつもの練習場へと足を向け、ひたすら汗を流していた。

「……なんで、俺あんなこと言ったんだろうな……?」

ぼそっと呟きながら、バスケットボールをドリブルし、軽くシュートを放つ。
リングに当たってボールが弾かれる音が、夕方の静けさに溶けていった。

(──今日も、あの子いる)

視線の端に、いつもの少女の姿が映る。
草むらの丘の上に座りこみ、帽子を深くかぶっていて、表情はよく見えない。
だけど、その輪郭と肩までの金髪だけは、なぜか脳裏に焼きついて離れなかった。

(話しかけてみようかな?でも……もしそれで、次の日から来なくなったら──)

想像するだけで、胸がざわついた。
だから俺は今日も、話しかけずにボールを追いかける。
ただ、必死に。
ただ、夢中で。

──そして、夕焼けが体育館の窓を赤く染めた頃。俺は練習を終え、帰り支度をしていた。

そのとき──

「ねぇ……少しいいかしら?」

不意にかけられた声に、俺は一瞬、時が止まったような感覚に陥った。
振り返ると、そこにはやはり、あの少女が立っていた。
いつもと同じように帽子を深くかぶり、顔はよく見えない。
けれど、確かに──初めて俺に言葉をくれた。

「え?俺?どうしたの?」

驚きながらも、俺は自然と声を返していた。

「……どうして。そんなに毎日、努力してるの?」

その声は、どこか寂しげで、でも真っ直ぐだった。
俺は少し黙り込んだあと、笑顔で答えた。

「……実は、好きな女の子がいてさ。
その子に……カッコいいとこ、見せたくて」

(本当は全国大会とか、夢のためとか言えればよかったんだけど……。嘘つけれねぇや……
女々しいやつって思われたかな……)

自嘲気味に視線を落とす俺に、彼女はくすっと微かに笑う。

「──あなた、正直者ね」

その言葉が妙にやさしくて、心に沁みた。

「誰かのために頑張れる人って、素敵よ。
叶いもしない綺麗事ばかり言う人より、ずっとね」

まるで、俺の胸の奥を、のぞき込んだみたいな言葉だった。暗がりと帽子の影に隠れた彼女の表情は、相変わらず見えなかった。
けれど──その暗がりの中で、ほんの僅かに覗いた口元だけが、静かに微笑んでいた。
それはまるで、天使のような優しい微笑みだった

(……この子、なんなんだ?)

謎めいた少女との、初めての会話。
それはどこか、物語の“始まり”を予感させるものだった。
何気ない放課後の、何気ないやりとり――
けれど、あのとき確かに世界が少しだけ動いた気がした。
そう、すぐ先の未来に待っている、
俺と彼女だけの物語の幕開けを告げるように。
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