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第104話 推しに“エッチな本”を没収され、恋心まで選別される俺
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俺は思わず息を飲んだ。
誰も使ってない親父の書斎――
そこに、銀髪オッドアイの天才発明家・安城星梨奈が座っていた。
「…………は?」
口の中がカラッカラになった。
「おま、お前……なにしてんだよ!?ここ、俺ん家だぞ!??」
星梨奈は工具をくるくる回しながら、いつもの調子で陽気に言う。
「今日ね~、放課後にスーパーで買い物してたら~妹ちゃんと遭遇したの。
で、“私が学校で暮らしてる”って言ったら、ウチにおいでって誘われたの!」
「えっ……ウチにおいでって?
てか姫花と知り合いだったのか!?」
状況が理解できず、俺は書斎を右へ左へウロウロするしかなかった。
「と、とりあえず……その件は後で家族会議だ!」
混乱する脳みそを後回しに押し込み、俺は赤い下敷きを探し始めた。
「……おっ、あったあった!」
赤シートを抱えて部屋を出ようとした、その瞬間。俺はふと思い出して振り返った。
「そういえば……今、妹きてるぜ?挨拶とか……しなくていいのか?」
星梨奈は、指先で装置をトントン叩きながら、そっけなく答えた。
「いいや!めんどくさいし!」
(……本当、妹に無関心だな…俺なんて姫花の事大好きすぎて毎日考えてるというのに)
俺は深いため息をつきつつ、部屋を後にした。
廊下を戻り、自分の部屋に戻り、赤い下敷きを安城(恵梨香)へ渡してから、妹の姫花に向き直る。
「姫花。……あとでお兄ちゃんと家族会議だからな?」
妹は肩をすくめ、観念したように返事した。
「……へへ…もうバレちゃったか??」
妹は、まるでこっそり飼っていた子猫を親に見つかった少女のような顔をしていた。
(……妹よ、お前が拾ったのは猫じゃないぞ?凶暴なライオンだぞ?)
そして――俺たちの勉強会がやっと始まった。
聖がノートを広げながら、首をかしげる。
「ゆういち~、何の勉強からやるの?」
「何言ってんだ?数学以外は……やらないぞ?」
「えっ、他の科目やらないの?まだ捨てるにしては早すぎないかな??」
俺は胸を張って答えた。
「当たり前だ。数学で一位を取って安城の隣に戻る。これが俺の最重要課題だ。
他の科目は前日に徹夜で詰め込む……」
「戦略っていうのはな、何が重要かを見極めて、そこに一点集中するんだ!」
胸を張って言い切った俺に――
周囲の視線は、見事なまでに冷たかった。
ドン引き。完璧なドン引き。
だが、気にしてはいけない。
偉大な挑戦ほど、初めは理解されないのだ。
(たぶん……最初に“地球が回ってる”って言い出した人も、こんな気分だったんだろうな……)
“太陽を中心に地球が回ってる”――その理に思いを馳せた瞬間、俺はハッとした。
(……なるほど。俺の場合――
安城を中心に、俺自身が回ってるんだ……!!)
そこまで考えて、ようやく結論に辿り着く。
(よし……これを"安城は太陽のように輝いてて可愛い説"と唱えよう)
(いや待て……太陽というより、星か!?星のように綺麗ということなのか!?)
(よし……後でじっくり推しの顔を観測でもしようか……)
そんなアホみたいな心の声は――
もちろん、安城に届いている。
安城はペンを止め、ジト目でこちらを見る。
(でたでた。また馬鹿な妄想ばかりして、ほんと、ばっかじゃないの?……勉強に集中しなさいよ)
わずかに頬を赤らめながら、しかしツンとした声音で。
そして聖に続いて、蜂須賀も言った。
「あわわわ……神田君、今日の宣言……とてもかっこよかったです……!」
その言葉に――姫花が「?」を浮かべながらこちらを見る。
「今日の宣言? なんのこと?」
ああ、そうだ。
妹は知らないのだ。
俺がクラス全員の前で、「安城の隣の席に戻してほしい」と宣言したあの革命(ワガママ)のことを。
蜂須賀は今日の出来事を姫花に話す。
俺はドヤ顔で妹に顔を向けていた。
姫花は俺を見てため息をつく。
「……お兄ちゃん。私は妹として恥ずかしいよ……」
いや、普通に傷つくし、その視線が痛い。
だが、さすが俺の妹。次の瞬間、俺が最も気になってた重要なことを聞いてくれた。
「それでさ?安城さんはどう思ったの?その宣言きいて?」
(……さすが姫花、ナイスアシスト……いやもはやゴール決めてるぜ……)
姫花はウインクしながら俺に親指を立てる。
(あかん……俺の妹はやっぱり優秀すぎる!!)
そして俺たち全員の視線が、安城へ向く。
金髪を揺らしながら、安城は小さく俯き――
顔を真っ赤にして、蚊の鳴くような声で言った。
「えっ!?な、なにも思わないわよ……別に……バカだなって思ったわ!」
……俺は普通にショックだった。あの迫真の演説を安城は何も感じなかったみたいだ。
その瞬間、俺の “相手の本音が漏れる能力” が発動した。
「……う、嬉しかったわよ……わ、悪い?
はやく戻ってきなさいよ……」
俺の心臓が跳ねた。
安城は自分の口元を押さえ、真っ赤になって慌てだす。
「ち、ちがっ……今のは……!」
いや、もう遅い。
破壊力がすごすぎて、世界が一瞬スローモーションになった。あまりの尊さに、「死ぬときの走馬灯入りシーン」に正式採用された
(……推し活って……本当に素晴らしいな)
俺は震える声で聖に言った。
「普段ツンツンしてる安城が、デレたこの幸福……尊さ……
例えるなら――1万円の商品を100万円で買って『釣りはいらねぇ』って言った時の幸福度に匹敵するぜ……!」
聖が静かにツッコミを入れた。
「普通に損してるね」
だが俺の耳には届かない。
届くわけがない。
いま、俺の脳内は“推しのデレ”で埋め尽くされていたのだ。
そんな俺をよそに、蜂須賀が本棚へ視線を移し――そっと呟いた。
「そういえば……神田君の部屋って漫画、多いですね……?あっ、これは……少女漫画ですか?」
「ああ、それか?俺、漫画めっちゃ好きでさ。
セリフの一つ一つに“作者の伝えたい本音”がキャラを通して染みてるっていうか……」
蜂須賀は目を輝かせる。
「あわわわ……わかります、わかります……!!
その物語って、作者さん自身の“人生経験で得た心の叫び”が滲み出るんですよね……!?」
蜂須賀のその発言に俺は思わず驚く。
(おお……まさかこんな近くに同士がいるとは)
俺の中で蜂須賀の好感度が飛躍的に上昇しているそんな中、聖が手に取った一冊を見て眉をひそめた。
「ん?ゆういち……なんで同じ本が二冊あるの?」
「もちろん――読書用と布教用だぜ?」
「いや、その当たり前みたいなテンション何!?」
即ツッコミしてくる聖。
続いて安城も呆れたように肩をすくめる。
「……ふん、もったいないわね」
だが俺は誰の意見も聞く気はなかった。
胸に刻んだ信念を語るために、ぐっと身を乗り出す。
「お前ら何もわかっていない!!
俺は――自分の“好きなもの”を世界に広めたいんだよ!!
この尊さを一人でも多くに届けたい!
だから布教用が必要なんだよ!!」
(……俺が安城の可愛さを、もっと世界に広めたいように)
心の中で呟いた瞬間、隣で姫花が深いため息をついた。
「はい、出た。にぃにの“めんどくさい語り”が始まったよ……」
完全に慣れてる反応だ。
だが蜂須賀だけは全力で食いついてきた。
「あわわわ……わかります……!
その布教精神、感服しました……!
神田君は……どの作者が“推し”なんですか?」
俺は腕を組み、しばらく考え――静かに答えた。
「……“すみはち先生”の作品かな。
最近活動し始めた先生なんだけどさ、めっちゃ面白いんだぜ?」
その瞬間、蜂須賀の肩がビクッと震えた。
蜂須賀の表情が、完全に固まった。
目が大きく見開かれ、頬が赤く染まり、手が震え──
言葉にならない息が漏れる。
「……めっちゃ……お、面白い……?例えばどういうところがですか?」
俺は渾身のドヤ顔をしながら早口で語り始める。
「いや、あの先生ってさ、キャラの心情表現がめちゃくちゃ上手いんだよ?
多分だけど……あの作者さんは、すっごく繊細で、心優しい人なんだと思うんだ。
どんな人生歩んだら、あんなエモい感情を言語化できるんだよ!?
とくに恋愛の感情変化なんて、神がかってるレベルで上手いんだ!
しかもキャラクター同士は誰も傷つかず、みんな仲良し。
最終的にはちゃんとハッピーエンドに向かっていくんだ。ハッピーエンド厨の俺にとっては素晴らしいの一言だな!」
胸を張って語ったその瞬間。
「ぐぬぬぬぬぬぬぬぬぬ……」
蜂須賀は、顔を真っ赤にして固まり頭から湯気みたいなものが吹き出していた。
(……え? 俺なんか怒らしたのか?)
(っは!?まさか周りの事を考えず、自分語りをしてしまって不愉快な思いをしてしまったのか!?)
俺が不安になっていると、聖が会話を変えるように口を開く。
「ねぇそういえば、ゆういち。黒羽さんと……仲良いの?」
「なんだ急に?」
「だって、今日……すっごい楽しそうに話してたよ?黒羽さんってクラスの男子の中ですごい人気なんだよ?」
聖は、なぜか心配そうな顔でこちらをのぞき込んできた。
その表情を見た瞬間、勘のいい俺はすべてを察した。
にやり、と口元が勝手に緩む。
「……さてはお前、嫉妬してるな?」
「べ、べべべつに!? 嫉妬なんかしてないし!!」
明らかに声が裏返っていた。
俺はそんな聖の肩に腕を回し、豪快に笑う。
「黒羽さんは今日友達になったんだよ。
ちょっと変わってるけど、いいやつそうだったぜ?」
そして俺は聖の肩をギュッと抱き寄せながら言った。
「安心しろ聖。俺の“一番”はお前だぞ?
親友!! このこの~!」
「ち、ちょっと!? ゆ、ゆういち近い……!!」
顔を真っ赤にしながら、必死に距離を保とうとする聖。
(……やっぱり聖は可愛いやつだせ……!!)
そう思った瞬間、俺の脳裏に黒羽の出来事がよぎる。
(でも黒羽さん、本当に変わってるよな……急にスカートめくってきたりとか)
その無防備な心の声は――当然、安城にも届く。
(…………………は?)
空気が一瞬で凍りつくような沈黙。
だが当の本人である俺は、そんなこと知る由もなく心内独白を続ける。
(いや、黒羽さんには悪いが……そっち系の興味は持てないというか……
……安城のなら、ちょっと見たいかも――)
やばッ!!
脳内ブレーキが崩壊した瞬間、その“最低の本音”が盛大に漏れた。
それを聞いてしまった安城は――
「きゃッ!?」
反射的に両手でスカートを押さえ、真っ赤になった。顔から湯気が出るんじゃないかと思うほどの赤面。
「どうしたんだ? 安城?」
「べ、別に……なんでもないわよ」
(あんたになんか、見せる訳ないじゃない、ばーか、ばーか!)
そっぽを向きながら答えるその横顔は、どこか微妙に赤く見えた。
(……推しをそんな目で見てしまうなんて、俺はファン失格だぜ……)
胸の奥がきゅっと痛む。
だが、ここで落ち込んでいる暇はない。
俺は自責の念をぐっと飲み込み、無理やり気持ちを切り替えるように鉛筆を握りしめた。
(だめだ……どこからどう見ても解き方がわからねぇ……)
その心の悲鳴が届いたのか、安城はすっと椅子を寄せてきた。
「ここはね、公式をこう置き換えるの。ほら……」
距離が近い。
いや近すぎる。
彼女の髪が俺の頬に触れ、鼻先をかすめる甘い香りがふわりと漂った。
(あかん……いい匂いすぎて逆になんもわからん……)
彼女に教えてもらって理解度が上がったのか、
匂いで思考が死んでるのか……判別もできない。
そんな俺たちのカオスな勉強会は続き、気づけば時計は19時を指していた。
「もうこんな時間だよ! 早く帰らなきゃ!」
聖が慌てて立ち上がる。
「わ、私もそろそろ……」
蜂須賀もカバンを抱えて立ち上がった。
そのとき。
「ねぇ神田君、この部屋の……本、何冊か借りてもいいかしら?」
安城が、何気ない風を装いながら言った。
驚いた。
正直、安城は漫画なんて読まないタイプだと思っていた。
けど――言葉にできない喜びが胸に広がる。
「もちろんだ! この部屋にあるやつだったら、一冊や二冊どころか……何冊でも持っていって大丈夫だ! なんせ、布教用もあるしな!」
ドヤ顔で親指を立てる俺。
「……ありがとう。ちょっと選びたいから、みんな先に降りててもらえるかしら?」
全員が頷き、帰る準備をしてみんなと俺は階段を降りる。
安城はひとり部屋に残った。
静寂が訪れた瞬間――
彼女は迷いなく立ち上がり、俺の机の“二段目”に手を伸ばした。
ガチャッ。
引き出しが開く。
中には俺の秘蔵のアレ――“金髪ギャルもの”と“ピンク髪の小悪魔もの”が並んでいた。
安城は一冊取り出し、じっと見つめる。
「ふふ……駄目じゃない……神田君。ピンク髪の小悪魔なんて……」
その横顔はいつものクールな彼女ではなかった。
嫉妬と所有欲を隠しきれない、“彼氏の浮気相手を見つけた彼女”の顔だった。
「これは没収ね………私が正しく導いてあげないとね………」
そっとバッグに入れた。
次に、金髪ギャルものを手に取って――
「……でも可哀想だからこっちは……残しておいてあげる。あなた、こういうの……好きでしょ?てか、これ以外見ちゃ駄目。」
言った本人が一番赤くなっていた。
(いけないことだってわかってるのに……
でも、“この部屋の中の本なら何冊でもいい”って……言ってたものね?)
とろけるような微笑みを浮かべながら。
安城は、俺の秘蔵コレクションを“慎重に、しかししっかりと”バッグへしまった。
部屋の外で俺はまだ知らない。
推しヒロインが、俺のコレクションを吟味し選別していることを――。
誰も使ってない親父の書斎――
そこに、銀髪オッドアイの天才発明家・安城星梨奈が座っていた。
「…………は?」
口の中がカラッカラになった。
「おま、お前……なにしてんだよ!?ここ、俺ん家だぞ!??」
星梨奈は工具をくるくる回しながら、いつもの調子で陽気に言う。
「今日ね~、放課後にスーパーで買い物してたら~妹ちゃんと遭遇したの。
で、“私が学校で暮らしてる”って言ったら、ウチにおいでって誘われたの!」
「えっ……ウチにおいでって?
てか姫花と知り合いだったのか!?」
状況が理解できず、俺は書斎を右へ左へウロウロするしかなかった。
「と、とりあえず……その件は後で家族会議だ!」
混乱する脳みそを後回しに押し込み、俺は赤い下敷きを探し始めた。
「……おっ、あったあった!」
赤シートを抱えて部屋を出ようとした、その瞬間。俺はふと思い出して振り返った。
「そういえば……今、妹きてるぜ?挨拶とか……しなくていいのか?」
星梨奈は、指先で装置をトントン叩きながら、そっけなく答えた。
「いいや!めんどくさいし!」
(……本当、妹に無関心だな…俺なんて姫花の事大好きすぎて毎日考えてるというのに)
俺は深いため息をつきつつ、部屋を後にした。
廊下を戻り、自分の部屋に戻り、赤い下敷きを安城(恵梨香)へ渡してから、妹の姫花に向き直る。
「姫花。……あとでお兄ちゃんと家族会議だからな?」
妹は肩をすくめ、観念したように返事した。
「……へへ…もうバレちゃったか??」
妹は、まるでこっそり飼っていた子猫を親に見つかった少女のような顔をしていた。
(……妹よ、お前が拾ったのは猫じゃないぞ?凶暴なライオンだぞ?)
そして――俺たちの勉強会がやっと始まった。
聖がノートを広げながら、首をかしげる。
「ゆういち~、何の勉強からやるの?」
「何言ってんだ?数学以外は……やらないぞ?」
「えっ、他の科目やらないの?まだ捨てるにしては早すぎないかな??」
俺は胸を張って答えた。
「当たり前だ。数学で一位を取って安城の隣に戻る。これが俺の最重要課題だ。
他の科目は前日に徹夜で詰め込む……」
「戦略っていうのはな、何が重要かを見極めて、そこに一点集中するんだ!」
胸を張って言い切った俺に――
周囲の視線は、見事なまでに冷たかった。
ドン引き。完璧なドン引き。
だが、気にしてはいけない。
偉大な挑戦ほど、初めは理解されないのだ。
(たぶん……最初に“地球が回ってる”って言い出した人も、こんな気分だったんだろうな……)
“太陽を中心に地球が回ってる”――その理に思いを馳せた瞬間、俺はハッとした。
(……なるほど。俺の場合――
安城を中心に、俺自身が回ってるんだ……!!)
そこまで考えて、ようやく結論に辿り着く。
(よし……これを"安城は太陽のように輝いてて可愛い説"と唱えよう)
(いや待て……太陽というより、星か!?星のように綺麗ということなのか!?)
(よし……後でじっくり推しの顔を観測でもしようか……)
そんなアホみたいな心の声は――
もちろん、安城に届いている。
安城はペンを止め、ジト目でこちらを見る。
(でたでた。また馬鹿な妄想ばかりして、ほんと、ばっかじゃないの?……勉強に集中しなさいよ)
わずかに頬を赤らめながら、しかしツンとした声音で。
そして聖に続いて、蜂須賀も言った。
「あわわわ……神田君、今日の宣言……とてもかっこよかったです……!」
その言葉に――姫花が「?」を浮かべながらこちらを見る。
「今日の宣言? なんのこと?」
ああ、そうだ。
妹は知らないのだ。
俺がクラス全員の前で、「安城の隣の席に戻してほしい」と宣言したあの革命(ワガママ)のことを。
蜂須賀は今日の出来事を姫花に話す。
俺はドヤ顔で妹に顔を向けていた。
姫花は俺を見てため息をつく。
「……お兄ちゃん。私は妹として恥ずかしいよ……」
いや、普通に傷つくし、その視線が痛い。
だが、さすが俺の妹。次の瞬間、俺が最も気になってた重要なことを聞いてくれた。
「それでさ?安城さんはどう思ったの?その宣言きいて?」
(……さすが姫花、ナイスアシスト……いやもはやゴール決めてるぜ……)
姫花はウインクしながら俺に親指を立てる。
(あかん……俺の妹はやっぱり優秀すぎる!!)
そして俺たち全員の視線が、安城へ向く。
金髪を揺らしながら、安城は小さく俯き――
顔を真っ赤にして、蚊の鳴くような声で言った。
「えっ!?な、なにも思わないわよ……別に……バカだなって思ったわ!」
……俺は普通にショックだった。あの迫真の演説を安城は何も感じなかったみたいだ。
その瞬間、俺の “相手の本音が漏れる能力” が発動した。
「……う、嬉しかったわよ……わ、悪い?
はやく戻ってきなさいよ……」
俺の心臓が跳ねた。
安城は自分の口元を押さえ、真っ赤になって慌てだす。
「ち、ちがっ……今のは……!」
いや、もう遅い。
破壊力がすごすぎて、世界が一瞬スローモーションになった。あまりの尊さに、「死ぬときの走馬灯入りシーン」に正式採用された
(……推し活って……本当に素晴らしいな)
俺は震える声で聖に言った。
「普段ツンツンしてる安城が、デレたこの幸福……尊さ……
例えるなら――1万円の商品を100万円で買って『釣りはいらねぇ』って言った時の幸福度に匹敵するぜ……!」
聖が静かにツッコミを入れた。
「普通に損してるね」
だが俺の耳には届かない。
届くわけがない。
いま、俺の脳内は“推しのデレ”で埋め尽くされていたのだ。
そんな俺をよそに、蜂須賀が本棚へ視線を移し――そっと呟いた。
「そういえば……神田君の部屋って漫画、多いですね……?あっ、これは……少女漫画ですか?」
「ああ、それか?俺、漫画めっちゃ好きでさ。
セリフの一つ一つに“作者の伝えたい本音”がキャラを通して染みてるっていうか……」
蜂須賀は目を輝かせる。
「あわわわ……わかります、わかります……!!
その物語って、作者さん自身の“人生経験で得た心の叫び”が滲み出るんですよね……!?」
蜂須賀のその発言に俺は思わず驚く。
(おお……まさかこんな近くに同士がいるとは)
俺の中で蜂須賀の好感度が飛躍的に上昇しているそんな中、聖が手に取った一冊を見て眉をひそめた。
「ん?ゆういち……なんで同じ本が二冊あるの?」
「もちろん――読書用と布教用だぜ?」
「いや、その当たり前みたいなテンション何!?」
即ツッコミしてくる聖。
続いて安城も呆れたように肩をすくめる。
「……ふん、もったいないわね」
だが俺は誰の意見も聞く気はなかった。
胸に刻んだ信念を語るために、ぐっと身を乗り出す。
「お前ら何もわかっていない!!
俺は――自分の“好きなもの”を世界に広めたいんだよ!!
この尊さを一人でも多くに届けたい!
だから布教用が必要なんだよ!!」
(……俺が安城の可愛さを、もっと世界に広めたいように)
心の中で呟いた瞬間、隣で姫花が深いため息をついた。
「はい、出た。にぃにの“めんどくさい語り”が始まったよ……」
完全に慣れてる反応だ。
だが蜂須賀だけは全力で食いついてきた。
「あわわわ……わかります……!
その布教精神、感服しました……!
神田君は……どの作者が“推し”なんですか?」
俺は腕を組み、しばらく考え――静かに答えた。
「……“すみはち先生”の作品かな。
最近活動し始めた先生なんだけどさ、めっちゃ面白いんだぜ?」
その瞬間、蜂須賀の肩がビクッと震えた。
蜂須賀の表情が、完全に固まった。
目が大きく見開かれ、頬が赤く染まり、手が震え──
言葉にならない息が漏れる。
「……めっちゃ……お、面白い……?例えばどういうところがですか?」
俺は渾身のドヤ顔をしながら早口で語り始める。
「いや、あの先生ってさ、キャラの心情表現がめちゃくちゃ上手いんだよ?
多分だけど……あの作者さんは、すっごく繊細で、心優しい人なんだと思うんだ。
どんな人生歩んだら、あんなエモい感情を言語化できるんだよ!?
とくに恋愛の感情変化なんて、神がかってるレベルで上手いんだ!
しかもキャラクター同士は誰も傷つかず、みんな仲良し。
最終的にはちゃんとハッピーエンドに向かっていくんだ。ハッピーエンド厨の俺にとっては素晴らしいの一言だな!」
胸を張って語ったその瞬間。
「ぐぬぬぬぬぬぬぬぬぬ……」
蜂須賀は、顔を真っ赤にして固まり頭から湯気みたいなものが吹き出していた。
(……え? 俺なんか怒らしたのか?)
(っは!?まさか周りの事を考えず、自分語りをしてしまって不愉快な思いをしてしまったのか!?)
俺が不安になっていると、聖が会話を変えるように口を開く。
「ねぇそういえば、ゆういち。黒羽さんと……仲良いの?」
「なんだ急に?」
「だって、今日……すっごい楽しそうに話してたよ?黒羽さんってクラスの男子の中ですごい人気なんだよ?」
聖は、なぜか心配そうな顔でこちらをのぞき込んできた。
その表情を見た瞬間、勘のいい俺はすべてを察した。
にやり、と口元が勝手に緩む。
「……さてはお前、嫉妬してるな?」
「べ、べべべつに!? 嫉妬なんかしてないし!!」
明らかに声が裏返っていた。
俺はそんな聖の肩に腕を回し、豪快に笑う。
「黒羽さんは今日友達になったんだよ。
ちょっと変わってるけど、いいやつそうだったぜ?」
そして俺は聖の肩をギュッと抱き寄せながら言った。
「安心しろ聖。俺の“一番”はお前だぞ?
親友!! このこの~!」
「ち、ちょっと!? ゆ、ゆういち近い……!!」
顔を真っ赤にしながら、必死に距離を保とうとする聖。
(……やっぱり聖は可愛いやつだせ……!!)
そう思った瞬間、俺の脳裏に黒羽の出来事がよぎる。
(でも黒羽さん、本当に変わってるよな……急にスカートめくってきたりとか)
その無防備な心の声は――当然、安城にも届く。
(…………………は?)
空気が一瞬で凍りつくような沈黙。
だが当の本人である俺は、そんなこと知る由もなく心内独白を続ける。
(いや、黒羽さんには悪いが……そっち系の興味は持てないというか……
……安城のなら、ちょっと見たいかも――)
やばッ!!
脳内ブレーキが崩壊した瞬間、その“最低の本音”が盛大に漏れた。
それを聞いてしまった安城は――
「きゃッ!?」
反射的に両手でスカートを押さえ、真っ赤になった。顔から湯気が出るんじゃないかと思うほどの赤面。
「どうしたんだ? 安城?」
「べ、別に……なんでもないわよ」
(あんたになんか、見せる訳ないじゃない、ばーか、ばーか!)
そっぽを向きながら答えるその横顔は、どこか微妙に赤く見えた。
(……推しをそんな目で見てしまうなんて、俺はファン失格だぜ……)
胸の奥がきゅっと痛む。
だが、ここで落ち込んでいる暇はない。
俺は自責の念をぐっと飲み込み、無理やり気持ちを切り替えるように鉛筆を握りしめた。
(だめだ……どこからどう見ても解き方がわからねぇ……)
その心の悲鳴が届いたのか、安城はすっと椅子を寄せてきた。
「ここはね、公式をこう置き換えるの。ほら……」
距離が近い。
いや近すぎる。
彼女の髪が俺の頬に触れ、鼻先をかすめる甘い香りがふわりと漂った。
(あかん……いい匂いすぎて逆になんもわからん……)
彼女に教えてもらって理解度が上がったのか、
匂いで思考が死んでるのか……判別もできない。
そんな俺たちのカオスな勉強会は続き、気づけば時計は19時を指していた。
「もうこんな時間だよ! 早く帰らなきゃ!」
聖が慌てて立ち上がる。
「わ、私もそろそろ……」
蜂須賀もカバンを抱えて立ち上がった。
そのとき。
「ねぇ神田君、この部屋の……本、何冊か借りてもいいかしら?」
安城が、何気ない風を装いながら言った。
驚いた。
正直、安城は漫画なんて読まないタイプだと思っていた。
けど――言葉にできない喜びが胸に広がる。
「もちろんだ! この部屋にあるやつだったら、一冊や二冊どころか……何冊でも持っていって大丈夫だ! なんせ、布教用もあるしな!」
ドヤ顔で親指を立てる俺。
「……ありがとう。ちょっと選びたいから、みんな先に降りててもらえるかしら?」
全員が頷き、帰る準備をしてみんなと俺は階段を降りる。
安城はひとり部屋に残った。
静寂が訪れた瞬間――
彼女は迷いなく立ち上がり、俺の机の“二段目”に手を伸ばした。
ガチャッ。
引き出しが開く。
中には俺の秘蔵のアレ――“金髪ギャルもの”と“ピンク髪の小悪魔もの”が並んでいた。
安城は一冊取り出し、じっと見つめる。
「ふふ……駄目じゃない……神田君。ピンク髪の小悪魔なんて……」
その横顔はいつものクールな彼女ではなかった。
嫉妬と所有欲を隠しきれない、“彼氏の浮気相手を見つけた彼女”の顔だった。
「これは没収ね………私が正しく導いてあげないとね………」
そっとバッグに入れた。
次に、金髪ギャルものを手に取って――
「……でも可哀想だからこっちは……残しておいてあげる。あなた、こういうの……好きでしょ?てか、これ以外見ちゃ駄目。」
言った本人が一番赤くなっていた。
(いけないことだってわかってるのに……
でも、“この部屋の中の本なら何冊でもいい”って……言ってたものね?)
とろけるような微笑みを浮かべながら。
安城は、俺の秘蔵コレクションを“慎重に、しかししっかりと”バッグへしまった。
部屋の外で俺はまだ知らない。
推しヒロインが、俺のコレクションを吟味し選別していることを――。
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