隣の席のオッドアイギャルは俺の心の声が聞こえるらしい

夕凪けい

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第105話 最低な私が、あなたで最高の恋に堕ちた日【蜂須賀澄玲視点】

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(あぁ……私は、最低な人間です。)

胸の奥がぎゅっと縮む。
いつも優しくて、誰よりも私なんかを気にかけてくれる神田君――

その神田君が、本郷愛理さんに裏切られ、絶望していた。そんな姿を目にした瞬間、胸の奥でふっと何かが揺れた。

(あぁ……素晴らしいです。)

彼の不幸を見た私は興奮に似たその微かな感情に、自分自身がいちばん驚いていた。
……そして、その感情を抱いてしまった自分を、どうしても許せなかった。

痛がる彼を見て胸が自分の事のように苦しくなったのに。
それと同じくらい、胸のどこかが高揚してる自分がいた。

(私は……どこか、壊れているのでしょうか?)

♢♢♢♢

時刻は19時。
勉強会が終わり、私たちは帰る準備を済ませて玄関に集まっていた。

安城さんはまだ階段の上。
どうやら神田君の漫画コレクションから、借りていく本を厳選しているらしい。

(あわわわ……安城さん、一体どんな漫画を……?やっぱり恋愛モノでしょうか?)

そして数分後――

トントン、と階段を降りてきた安城さんの姿が見えた。顔が、まるでお風呂上がりみたいに真っ赤。

(あわわわわ……安城さんどうしたのでしょうか……!)

私と如月さんは神田君・姫花ちゃんに手を振り、家を出る。

外の空気は少し冷たくて、でも胸の中は変にざわついていた。

そんな中、如月さんがいつもの調子でニコニコしながら話しかけた。

「ねぇ安城さん。ゆういちから何の本借りたの?
いや……あっ布教だから“もらった”のか!」

安城さんは、凛とした表情のまま軽くうなずく。

「ええ……もらったわ。でも、駄目。内緒よ」

(もらったというより没収したのだけど………)

「え~~っ、意地悪!何系かだけ教えてよ~」

少し迷ったあと、安城さんは頬を赤らめ、そっぽを向きながら小さな声で答えた。

「……ピンクの小悪魔系……」

「なんか…マニアックなもの選んだね?」

その瞬間、ピンクの小悪魔というワードで、誰かを思い出したかのように如月さんの顔がぱっと明るくなる。

「あっ、そうだ!それより安城さん!
どうやってドアの向こうで塞ぎ込んでいたゆういちを救ったのか気になってたけど……
まさか“ドア蹴り飛ばす”なんて思わなかったよ!まったく、敵わないや!!」

私はその会話で、すべてを悟った。

神田君が学校をしばらく休むほどに苦しんだ“本郷愛理さんの件”。
それを知った安城さんと如月さんは――
心配になり放課後、彼を助けに行ったみたいだ。

(…………私は行ってない)

いや、行こうとはした。
だけど……足が止まった。

私は確かに、あの光景を見て胸が痛んだ。
本郷愛理さんに裏切られた神田君の、あの苦しそうな顔。

だけど――
同時に、胸の奥のどこかが高鳴ったのも、紛れもない事実だった。

(こ、こんな最低な自分が……神田君を助けに行くなんて……できないです)

罪悪感が、心にずっと影を落としていた。

♢♢♢♢

今日の勉強会。
神田君の部屋に入った瞬間、私は思わず息を飲んだ。

(あわわわわ……すごい漫画の数です……)

壁一面の漫画。少女漫画から少年漫画まで種類は豊富。
お気に入りの本を大切に並べる、その丁寧な性格。ましてや鑑賞用と布教用まである。
それは物語を“愛している人”の棚だった。

胸が少しだけ熱くなる。

……私も、漫画が大好きだ。

恥ずかしくて誰にも言えないけど、将来は漫画家になりたい。
今は“すみはち”という名前で、ネットの片隅で作品を描いている。

有名でもない。
才能があるかもわからない。
でも――私を毎日支えてくれる読者がひとりだけいる。

毎日コメントをくれる。
毎日いいねを押してくれる。

その人の言葉が、才能のない私を生かしてきた。

(あわわわわ……いつか……いつか会ってみたいものです……)

そして、最近もらったコメントの中に、とびきり嬉しいものがあった。

『すみはち先生のキャラの心情表現、めちゃくちゃ上手いです!
先生はきっと、すっごく繊細で、心優しい人なんだと思います。応援してます』

そんな……恐らく一生会うことのない人の言葉を、私は宝物のように胸にしまって生きていた。

……そのはずだった。

今日。

勉強会の最中、神田君は最近の自分の推し漫画について、まっすぐな目で呟いた。

「キャラの心情表現がめちゃくちゃ上手いんだよ。
多分だけど――
あの作者さんは、すっごく繊細で、心優しい人なんだと思うんだ」

――息が止まった。あの人と全く同じコメント。
胸の奥が、ぎゅうっ……と熱くなる。

まるで、
あの“毎日コメントをくれる読者”の言葉が、
目の前の神田君の声で重なって聞こえたようで。

(……どうして。どうしてあなたが"それ"を言うんですか……)

震える指先を、私はそっと握りしめた。
涙がにじみそうになるのを、必死でこらえた。
その問いの答えなんて既にわかっていた。

(あぁ……あなただったんですね…
私を支えてくれていたのは)

声にならない想いが、胸で静かに溶けていった。

本当は――すぐにでも言いたかった。
「私がその“すみはち先生”です!」と。

でも言えない。

神田君があんなにも苦しんで塞ぎ込んでいた時、
私は助けに行くどころか……
あの絶望の瞬間に、胸が高鳴ってしまった最低な自分がいる。

そんな私が名乗ったところで、
神田君の中にある“すみはち”のイメージ――
「すっごく繊細で、心優しい人」
その言葉を壊してしまう。それだけは嫌だった。
彼が私の作品から感じ取った美しい感情を私は何より大切にしたかった。

(……これは、なんなんでしょう? 私の胸にあるこの気持ちは?)

今まで感じたことのない、苦しくて温かい、よくわからない感情。

(あわわわ……こ、これって創作者のサガなのでしょうか……
この胸の痛みや罪悪感……全部、物語として表現したい……
けど……その物語を神田君が読んだ時、どう思うのでしょうか……?
“すみはち”という作者を、同じように――
繊細で心優しいなんて……言ってくれるのでしょうか……?)

そんな複雑な思いを抱えたまま、
私は如月さんと安城さんにバイバイした。

夜の帰り道、ふと本屋の大きなガラスに自分が映った。

そこにいたのは――
重たい前髪で目がほとんど隠れ、
化粧もしていない地味な女の子。

(……あわわわ……私って……ブサイクですね……で、でも……少しだけ……オシャレしてみようかな……)

ガラスの向こうの自分は、
まるで――自分の描いたヒロインみたいな表情をしていた。

恋をして、変わり始める女の子の……
あの顔を。
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