隣の席のオッドアイギャルは俺の心の声が聞こえるらしい

夕凪けい

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第115話 死神と悪魔

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そして、季節は静かに巡り――
吐く息が白く染まる、冬の受験シーズンがやってきた。

部活は引退し、校舎にはどこか張り詰めた空気が漂っている。
廊下を歩く足音も、いつもより硬く、重たい。

それぞれが「次の場所」へ進もうとしている。
――私たちも、例外じゃない。

そんなある日。

「なあ、愛理……今日の放課後、空いてるか?」

呼び止められた瞬間、胸が跳ねた。
顔を上げると、ゆういちはいつもより少しだけ硬い表情をしていた。

――来た。

私は、すぐに確信してしまった。

「うん、大丈夫だよ! なになに~?
もしかしてプレゼント? 」

わざと、いつも通りの軽い調子で笑う。
けれど、内心は違った。

(やっとしてくれるんだね?)

どんなに察しの悪い女の子だって、わかる。
これは――告白だ。

「それは内緒だ……
じゃあ……放課後、屋上で待っててくれ」

「了解~♪」

そう答えながら、胸の奥が熱くなる。

(ゆういち……嬉しいわ♡)

そして、放課後。
冬の冷たい風が吹き抜ける屋上で、私の髪がふわりと宙に舞っていた。

「愛理、ごめん……待たせたか?」

少し息を切らしたゆういちが、こちらに駆け寄ってくる。

私は、いつものように小悪魔な笑顔を作って、首を振る。

「大丈夫! 今来たところだから♪
それで――話って何?」

(ゆういち……早く)

胸が、うるさい。
鼓動が、寒さを忘れさせるほど強く響いていた。

「……愛理」

彼が、私の名前を呼ぶ。

一拍。
喉が震えるのを、無理やり押し込むような仕草。

「俺……愛理のことが好きだ」

息が止まった。

「付き合ってほしい」

――嬉しかった。
心の底から、幸せだった。

(あぁ……たまらない♡)

今すぐ、この告白を受け止めて、笑って、頷きたかった。

でも。

その言葉に触れた瞬間――
私の視界は、過去に引きずり戻される。

冷たい玄関。
鍵の音。
帰ってこない母を、息を殺して待ち続ける、小さな私。

(また……失うかもしれない)

愛を手に入れた瞬間から始まる、
「失う恐怖」との戦い。

私は、それを知っている。

愛を信じた分だけ、
失ったときの痛みは、耐えられないほど大きくなる。

(だから……)

(もっと、ゆういちを私に心酔させなきゃ)

(他の女の子に目がいかなくなるぐらい。)

ゆっくりと、私は息を吸った。

「……ごめん」

白い息が、ふわりと宙に溶ける。

「私は……ゆういちとは、付き合えない」

言葉にした瞬間、胸の奥がひどく痛んだ。
それでも、私は目を逸らさなかった。

これは――
愛を拒んだ言葉じゃない。

愛を、失わないために選んだ、
**本郷愛理という人間の“正解”**だった。

「ごめん……そんなつもりじゃなかったんだ」

視線を逸らしながら、私は言った。

「今は、勉強に集中したいの。だから……ゆういちとは、友達でいたい」

――それっぽい嘘。
自分でも分かるくらい、綺麗に作った言葉。

本当は、勉強なんてどうでもよかった。
ゆういちの存在と比べること自体、烏滸がましいくらいなのに。

大好きな人を、自分の手で振る。
胸の奥が、きりきりと痛んだ。

ゆういちは、予想もしていなかったという顔で、ただ私を見ていた。

……当然だ。

少し前まで、私はその告白を受けるつもりでいたのだから。

それでも――

困惑も、戸惑いも、傷ついたその表情さえ。
全部が、愛おしかった。

たとえそれが、
私が与えた“苦しみ”の顔だったとしても。

(永遠の愛のために、一瞬の犠牲はつきものよね?)

そう、自分に言い聞かせる。

そして私は、
ふと――未来を思い描いてしまった。

永遠の愛を手に入れた先。
二人で笑っている、遠い将来の自分たち。

その光景が、あまりにも鮮明で。

気づけば私は、
思わず微笑んでしまっていた。

(待っててね? ゆういち♡)

胸の奥で、そっと囁く。

(すぐに――私が、あなたを救ってあげるから)

次の日。

私は――彼に、更なる追い討ちをかける。

恋愛相談をしていた“親友”に、
好きな人を奪われる瞬間を、はっきりと刻みつけるために。

ゆういちは、教室のドアの前に立っていた。

計画通り。
私は蓮也と、恋人のフリをして手を繋ぐ。

指先が触れ合う。
ただそれだけの行為なのに、胸の奥がざわついた。

……違う。
これは愛じゃない。
これは演出だ。

蓮也が、何か言おうとして口を開く。
けれど声が出ない。
喉が詰まったように、言葉が落ちてこない。
ゆういちを傷つける事に戸惑っているのだろう。
それでも、無理やり絞り出す。

「……どうした? ゆういち」

不自然なほど、低い声。

「そんなところに、突っ立って」

ゆういちは、ゆっくり振り返った。

まるで――
夢を見ているみたいな顔。

目の前の光景を理解できないまま、
それでも必死に感情を押し殺して、笑う。

「……なんだ」

乾いた声。

「お前ら、付き合ってたのかよ?」

ははっ、と短く笑う。

「めっちゃ……お似合いじゃん」

笑っている。
確かに笑っているのに――声が、震えていた。

それが、はっきりと分かった。

次の瞬間。

ゆういちは、教室とは逆の方向へ――走り出した。

追いかけることもできず、
呼び止めることもできず、
ただ、その背中が遠ざかっていくのを見送るしかなかった。

それから、卒業まで。

私たちは、ゆういちと一度も言葉を交わさなかった。

それから私は、わざと避けた。
目が合っても笑わなかった。声もかけなかった。
彼が話しかけられない“空気”だけを、丁寧に作った。

――問題ない。
これは予定通り。

次の舞台は、高校生。
秀英高校で、続きをやる――はずだった。

私と蓮也は、決定的に仲違いする。
傷ついた私は、ゆういちにすべてを打ち明け、助けを求める。

ゆういちは、迷わず私を救う。
壊れかけた心を抱きしめ、私を引き上げる。

そして――
私を救うその行為が、ゆういち自身をも救う。

一度、好きな人に振られ、
親友に奪われるという失恋の痛みを知ったゆういちは、
もう二度と同じ苦しみを繰り返さない。

だからこそ、
彼の視線は、私だけに向けられる。

私を失う怖さを知ったから。
失うくらいなら、最初から手放さないと決めたから。

そうして私たちは、結ばれる。

依存でも、偶然でもない。
傷と絶望を越えた先で、選び取った――永遠。

それが、
本郷愛理という人間が描いた結末。

そして、入学式。

クラス分けの名簿を見た瞬間、
私は――言葉を失った。

「……え?」

何度見返しても。

そこに、
神田ゆういちの名前はなかった。

「……嘘。」

胸の奥が、ひやりと冷える。

志望校の志願書は、一度提出したら、
もう変えられないはずだった。
提出期限は過ぎている。
だからこそ、その後に振るように調整した。

――なのに。
ふと私は先生の言葉を思い出す。

たった2人提出していない不届者がいる。

「……あれ…ゆういちだったのね。」

ぽつりと、呟く。

計算違い。
初めての、致命的な誤算。

入学式が終わったあと、
蓮也が静かに声をかけてきた。

「愛理」

少し、言いづらそうに。

「ゆういち、愛聖学園に行ったらしい」
「……聖も、一緒だってさ」

「……愛聖学園」

その名前を、ゆっくり噛みしめる。

「皮肉よね」

自嘲気味に、笑う。

「好きな人を一生離さないためにした行動が」
「結果的に――一番、遠ざけるなんて」
「私って本当に馬鹿」

蓮也は、淡々と問いかける。

「……諦めるのか?」

私は、即答だった。

「まさか」

唇が、自然と歪む。

「死んでも、諦めないわ」

だって――

これは、
まだ“途中”なんだから。

けど私は、恐れていた。

私の知らないところで。
私の知らない女に――
ゆういちへの恋が、上書きされてしまうことを。

考えただけで、胸の奥がざわつく。

だから私は、忘れさせないために――
何度も、何度も。
ゆういちの夢へ介入した。

みんなで笑った時間。
並んで歩いた放課後
あの教室、あの公園、あの視線。

私たちの思い出を、繰り返し、繰り返し――
夢の中で見せ続けた。

けれど、それは万能じゃない。

私の能力には、明確なデメリットがある。

夢へ介入している間、
無意識への直接介入はできない。

無意識を書き換えられるのは、現実だけ。
夢の中では、せいぜい――
映像として「思い出させる」程度。

つまり。

夢の中で
「ここに来て」
「この場所に行って」
そう命令することは、できない。

できるのは、
暗示。
誘導。
……神頼みみたいなものだけ。

過去の記憶を刺激して、
私たちの思い出の場所へ足が向くことを、
ただ祈るしかなかった。

けれど。

どの夢で。
どの記憶が呼び起こされて。
どの場所へ辿り着くかなんて――
分かるはずがない。

会えない日々が、
私を、少しずつ削っていく。

胸が苦しい。
息が詰まる。
思考が、ゆういちで埋め尽くされる。

(……わんちゃん)

(早く、会いたい)

(早く会って、いっぱいぎゅーしたいよ♡)

そんなことを考えながら、
私は公園のベンチに腰を下ろしていた。

――そのとき。

「やあやあ、初めまして~」

不意に、明るい声が降ってくる。

顔を上げると、
そこには――銀髪の少女が立っていた。

太陽みたいに明るい笑顔。
やけに無邪気な雰囲気。

「君が本郷愛理さんかな?
結構、探したんだよ~?」

そして、にこっと笑ってピースサインで言う。

「私、安城星梨奈っていいま~す。天才発明家で~す。」

……胡散臭いやつ。

私の最初の印象だった。
直感が、警鐘を鳴らす。
この人は、関わらない方がいい。

私は感情を隠し、素っ気なく返した。

「悪いけど怪しい勧誘なら他にあたって。」

それ以上関わる気はなかった。
私はその場を離れようと、立ち上がる。

――その瞬間。

銀髪の彼女が、ぽつりと呟いた。

「……神田ゆういち」

その一言で。

私の世界は、止まった。

足が、動かない。
背中に、冷たいものが走る。

……どうして。
どうして、その愛らしい名前を知っている。

振り返らずには、いられなかった。

その名前は――
私を止めるには、十分すぎる言葉だった。

「ねぇ……あなた、ゆういちと知り合いなの?」

私は、感情を極力殺した声で銀髪の少女に問いかけた。
語尾は静か。けれど、その奥に含ませた冷たさは隠していない。

少女は一瞬だけ首を傾げ、すぐに軽い調子で笑う。

「知り合いといえば、知り合いかな?
昨日、初めて会ったんだけど……なかなか“いい感じ”の男だよね?」

――昨日、知り合っただけ。

その程度の関係のくせに。
ゆういちの全てを見てきたかのような口ぶりで、
私の“わんちゃん”を語るその態度が、腹の奥を苛立たせた。

私は、一歩も動かずに睨みつける。

「ゆういちのこと、好きなの?」

一拍。

銀髪の少女は、わざとらしく間を置いてから言った。

「もし――好きだって言ったら?」

その声は、明らかに挑発だった。

私は、笑わない。
ただ、静かに――殺意を込めた視線を向ける。

「……お前を、消す。」

それだけ。

私の経験上、この言葉でほとんどの人間は怯む。
本気の殺意は、言葉よりも先に伝わる。
恐怖は、理屈より早く心を支配するからだ。

――けれど。

銀髪の少女は、怯えなかった。

ふっと、口元を緩める。

「……さすがだ」

その笑みは、さっきまでの軽薄なものとは違った。

「ステージ2、か」

空気が変わる。

「深い愛情が、ここまで人間を壊すとは……いや、見事だよ」

背筋に、冷たいものが走った。

(……ステージ2?)

その単語を知っている人間は、限られている。

「……あんた、一体何者なの?」

問いかける私の声は、さっきより低い。

「君には発明家より、こっちの方がわかりやすいか。」

銀髪の少女は、今度は誤魔化さなかった。
陽気さを完全に消し、淡々と名乗る。

「そうだな……“感応科学者”って言えば、君には伝わるかな?」

――感応科学者。

その言葉が、記憶を引きずり出す。

白衣を着た大人たち。
無表情でデータを取る視線。
人間を見る目じゃなかった。

EES共鳴現象を研究する者たち。
私が“施設”にいた頃、常に周囲にいた存在。

「……あんたたちが、私に何の用?」

自然と、声が刺々しくなる。
銀髪の少女は、肩をすくめた。

「随分と無愛想だな。
私たちのこと、嫌いかい?」

私は、一切迷わず答えた。

「ええ。大嫌いよ」

言葉は、氷のように冷たい。

「施設で……私たちを、人間としてじゃなく、
モルモットを見るみたいに観察してた」

感情を押し殺すように、言葉を吐き出す。

「あなた達は、人の苦しみや痛みを
“数値”や“評価”で判断する」

「どれだけ壊れているか。
どれだけ絶望しているか」

「――その苦しみに向き合うこともせず、
ただ、それを面白がる」

視線を逸らさない。
逃がさない。

「……大嫌いなの」

声は静かだった。
けれど、胸の奥に溜め込んできた憎悪は、確かにそこにあった。

「だって、そうでしょ?」

私は一歩、踏み出す。

「あなた達が研究している
EES共鳴現象は――」

「“壮絶な苦しみ”を経て、
初めて発現する」

「人が不幸であればあるほど、
あなた達の好奇心は刺激される」

「観察対象としての“価値”が上がる」

言い切る。

「あなた達にとって、
私達の不幸は“幸せ”なのよ」

唇が、わずかに歪む。

「……気持ち悪いわ」

施設で、私は蓮也以外に
特別仲のいい人間なんていなかった。

それでも――
あそこにいた人達は、みんな同じだった。

苦しみに耐え、
涙を堪え、
それでも必死に、生きていた。

そんな彼らを、
“面白い”と消費する連中を――

私は、どうしても許せなかった。
胸の奥で、鈍い痛みがじくじくとうずく。

銀髪の少女は、無機質な表情のまま答えた。

「同感だな」

その一言で、理性が弾け飛んだ。

私は怒りをあらわにし、彼女の胸ぐらを掴み上げる。

「……同感、ですって?」

声が低く、震える。

「安全な場所から、
私達を“観察”してきたあんた達に――
何がわかるっていうのよ」

怒鳴りつけても、
彼女は一切、表情を変えなかった。

淡々と、まるで事実を述べるように答える。

「わかるさ」

「私も、EES発現者だからね」

一瞬、言葉を失う。

「……私もそれなりの絶望は、経験している」

その声音には、同情も誇示もなかった。
ただの“自己申告”。

私はゆっくりと手を離す。
彼女は乱れた服を、トントンと軽く整えながら言った。

「さっきの答えだけど」

そして――
氷細工のような微笑みを浮かべたまま、淡々と続ける。

「私は、神田ゆういちに
恋愛感情なんて一切ないよ」

「ただ――
“彼という人間”には、強い興味がある」

その声は、あまりにも冷たく、
感情の起伏が一切感じられなかった。

「……は?」

思わず、喉の奥から低い声が漏れる。

「彼はね」

彼女は、まるで当然の結論のように言った。

「救世主なんだよ」

冗談を言っているようには、
到底、見えなかった。

「……何言ってるの、あんた」

睨みつけても、
彼女は意に介した様子もなく、続ける。

「これから彼が果たすべき“役割”において」

「君との再会は、どうしても必要なんだ」

一拍。

「だから私は――
君と神田ゆういちの再会を、手助けしようと思ってる」

そう言って、
彼女はすっと右手を差し出した。

「君と私の利害は一致している」

「君が神田ゆういちと恋愛しようが、
依存しようが――」

「正直、私にとっては
どうでもいいことだよ」

その言葉に、
ぞくりと背筋が冷えた。

――信用?
そんなもの、最初からあるはずがない。

それでも。
私は、ゆういちと再会するために、迷いを押し殺して彼女の手を取った。

長い、長い握手。

彼女の手は、驚くほど冷たくて――
まるで、人間の体温じゃないみたいだった。
そしてその時の彼女の目には私ではなく、何か違う光景をみているようだった。

◇◇◇

それから、数日。

彼女から一通のメッセージが届いた。

『神田ゆういちが、女友達とゲームセンターに行くらしい』
『場所までは特定できないけど』
『“くまのるんちゃん”を取りに行くとか言ってたよ』

……くまのるんちゃん。

子どもから絶大な人気を誇る、あのキャラクター。
正直、どこのゲームセンターにも置いてある。

でも――

(もしかして……)

私は、ゆっくりと息を吐いた。

私は、ずっとゆういちに夢を見せ続けている。
私たちの過去。
放課後の記憶。
笑い合った、あの時間。

もし、過去を想起させる夢を見たのなら――

(行く場所は、一つしかない)

私たちが、放課後によく寄り道していた、あのゲームセンター。

私はそう仮説を立て、迷わずそこへ向かった。

◇◇◇

自動ドアが開く。

電子音と、クレーンゲームの軽快な効果音が耳に流れ込んできた。

――そして。

入って、ほんの数秒。

私は、すぐに彼を見つけた。

(……ああ)

胸の奥が、きゅっと締めつけられる。

(ゆういち……)

(ずっと、ずっと会いたかった)

視界の中心に映る、その背中。

(だから――)

(私、会いに来ちゃった♡)

唇が、自然と歪む。
この再会が、偶然なわけがない。

これは必然。
私が、彼の人生に――再び入り込むための、始まり。

――でも、再会は今じゃない。

蓮也はいない。
この場で顔を合わせれば、誤解は深まるだけ。

(……違う)

(ここじゃない)

だから私は、次の布石を打つことにした。

◇◇◇

ゆういちがその場から離れた事を確認して、
隣に立っていた、紫色の髪の女の子に接触する。
クレーンゲームの前で、少し緊張した様子で並んでいた。

私は、にこっと笑って声をかけた。

「にししっ♡
お嬢ちゃん、並んでる~?」

彼女は、びくっと肩を揺らし、か細い声で答える。

「ど、どうぞ……」

私は慣れた手つきでコインを入れ、レバーを操作する。
アームが降り、少しずつ――確実に、景品を寄せていく。

そして。

ガコン、という音とともに落ちてきたのは、
ヒーローのコスチュームを着た《くまのるんちゃん》。

彼女は目を丸くした。

「す、すごい……!
お上手なんですね……!よく来られるんですか?」

私は軽く肩をすくめて答える。

「中学のときね~?
仲良しの友達と、よく来てたんだぁ♡」

一瞬、懐かしむように目を細めてから、続ける。

「でも最近は、あんまりかな~」

ヒーロー姿のくまのるんちゃんを手に取り、くるりと回す。

「……君も、気の毒だね?」

ぽつりと、独り言みたいに。

「私なんかに、取られちゃうなんて」

彼女が戸惑うより早く、私はぬいぐるみを差し出した。

「これ、狙ってたんでしょ?
あげる♡」

一瞬、彼女は固まる。

「えっ……!?」

「わたし、ヒーロー嫌いだし♡♡」

彼女は慌てて首を振った。

「そ、そんな……!
あわわっ……ありがとうございます……!
で、でも……お金、お支払いしますっ!」

私は、くすっと笑う。

「いらな~い♡」

一歩、距離を詰める。

「お嬢ちゃん、ちっちゃくて可愛いからプレゼントだよ?」

そして――
声のトーンを、ほんの少しだけ落とす。

「……でも、その代わりね?」

私は彼女の前に立ち、視線を合わせた。
紫の瞳の奥を、じっと覗き込む。

――能力を、発動。

世界が、すっと静まる。
彼女の無意識にメッセージを刻む。

「来週の水曜日」

「神田ゆういちと一緒に下校して――
茜(あかね)公園前に、連れてきて」

彼女の瞳が、一瞬揺れた。
でも、抵抗はない。

(……よし)

役目は、これで十分。
私は、にこっと笑って一歩引いた。

私は何事もなかったかのように背を向け、
そのままゲームセンターを後にする。

◇◇◇

夕暮れ時。
橙色に染まる空の下、
私は銀髪の少女と、公園で落ち合った。

「来週の水曜日。
この公園の前で、再会する」

私はそれだけ告げる。

「だから、もう協力はいらない」

彼女は少しだけ目を細めた。

「そうか。
それは――君の能力のおかげかい?」

私は、答えなかった。

沈黙を肯定と受け取ったのか、
彼女は軽く肩をすくめる。

「まあ、いいさ」
「私の目的も無事達成したみたいだ。」

彼女は、公園のベンチから立ち上がる。
帰るつもりらしい。

その背中に、私は問いかけた。

「ねえ……あんた」

「私と、昔どこかで会ったこと、ない?」

彼女は振り返らない。
表情一つ変えず、淡々と答える。

「さあな」

そのまま、出口へと歩いていった。

夕暮れに溶けていく、その後ろ姿は――
まるで、何かに取り憑かれているみたいだった。

そう。

死神のような背中で。
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