隣の席のオッドアイギャルは俺の心の声が聞こえるらしい

夕凪けい

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第114話 犠牲と正解

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あの事件の、次の日。

私は、いつも通りの顔で教室に入った。

――その瞬間。

視線を感じる。

顔を上げるまでもなく、分かっていた。
ゆういちだ。

彼は、自分でも気づいていないみたいに、じっと私を見ていた。
その心はもう、隠しようもなく――私に向いている。

(……ああ)

(嬉しい♡)

(やっと、両思いになれた)

私も、そっと視線を向ける。

目が合った。

一瞬だけ、時間が止まったみたいに。

私は、わざと軽い調子で首を傾げた。

「ん? どしたの?
ゆういち、さっきからチラチラ見てるけど?」

理由なんて、分かりきっているくせに。

「べ、別に見てねぇよ!!」

慌てて視線を逸らす、その仕草。

……可愛い。

照れ隠しすら、愛おしい。

(ああ……)

(付き合ったら、何しようかな)

(デートはどこがいい?
結婚は……何歳くらい?)

(子どもは……ふふ、何人がいいかな♡)

頭の中で、未来がどんどん膨らんでいく。

(……幸せ♡)

でも。

同時に、私は思っていた。

――学校でしか会えないなんて、足りない。

この時間だけじゃ、全然足りない。

だから私は、少しだけ――
“踏み出す”ことにした。

♢♢♢

休み時間。

私は、彼の机にひょいっと身を乗り出す。

距離が近い。
近すぎるくらい。

「ねぇねぇ、ゆういち~」

甘えた声で呼びかける。

「体操服、持ってない?
私さ~、うっかり忘れちゃって」

「体操服?」

一瞬考えてから、彼はあっさり言った。

「あー、あるぜ。
俺、汗かくの嫌でさ、いつも二着持ってきてるんだ」

そして、少し照れたように。

「……よかったら、貸そうか?」

――きた。

「ありがと、ゆういち!
洗って返すね♡」

「いや、いいって。どうせ洗うし、そのまま返してくれれば」

真顔で、あまりにも自然に言うゆういち。
きっと、深い意味なんて何もない。
ただの――優しさ。

……それが、余計にまずかった。

「や、やだやだやだ!!
絶対、洗って返すからぁ……っ」

思わず声が裏返る。

(く、くさいとか思われたらやだもん……っ)

胸の奥が、きゅっと締めつけられる。
平静を装おうとしても、心臓の音がうるさすぎた。

私は、彼から体操服を受け取った。

指先に触れる、柔らかな布地。
そこに、ほんのりと残る――彼の匂い。

(……うん)

(これでいい)

私は、家にあった新品の体操服を用意して、
何事もなかったかのように、彼のものとすり替える。

彼は、きっと気づかない。

そして私は――
彼の匂いが残る体操服を、そっと抱きしめる。

なぜなら。

私の能力――無意識への介入。
他者の夢へ介入するためには、条件がある。

それは、眠る直前に
“その人を強く連想させる刺激”を与えること。

匂い。
触感。
記憶。

全部が揃えば、夢の扉は開く。

(……これで、夢でも会えるね)

それは、ただの恋人ごっこじゃない。

彼の無意識に、
私という存在を――深く、深く刻み込むための準備だった。

体育の授業が無事に終わり、着替えを終えたころ。

蓮也が、少しだけ言いづらそうな顔で私の方に歩いてきた。

「なぁ……愛理。ちょっといいか?」

「ん? どしたの?」

軽く首を傾げると、蓮也は一瞬だけ視線を泳がせてから、ぽつりと言った。

「体育の前さ。ゆういちから、恋愛相談受けたんだけど……」

――来た。

「……あいつ、お前のこと好きらしいぞ。
男の好みとか、聞かれた」

分かっていた。
全部、分かっていたはずなのに。

胸の奥が、きゅっと熱くなる。

(……嬉しい♡)

口元が緩みそうになるのを必死に堪えて、私はぎゅっと拳を握った。

「で?」

なるべく平静を装って、続きを促す。

「アンタ、なんて言ったの?」

「俺も愛理の好みなんて分からないからさ」

蓮也は少し照れたように頭を掻く。

「何かに向かって努力してるやつ。
結果を出そうとして、一生懸命頑張ってるやつ……って答えた」

一拍置いて。

「……違ったか?」

私は、ゆっくりと首を振った。

「んにゃ。別に違わないよ」

そして、少しだけ本音を混ぜる。

「私、特にタイプとかないし。
ゆういちの全部、愛せそうだし」

「一生懸命じゃなくても好きだし。
頑張れないときのゆういちも、たぶん大好き」

蓮也は一瞬、驚いたように目を丸くしてから、ふっと笑った。

「……そっか」

そして、からかうように続ける。

「よかったな、愛理。
お前にも、大切な人ができて」

その言葉は、まるで自分のことみたいに嬉しそうで。

――だからこそ。

次の言葉が、胸に刺さった。

「……そういえばさ」

蓮也の表情が、少しだけ真剣になる。

「ゆういちの過去の件だけど。
やっぱ、ヤンキー連中の仕業だよな?」

私は、心の奥で息を止めた。

「愛理、ちゃんと口止めできてなかったのか?」

――知らない。
蓮也は、何も知らない。

ゆういちの過去をクラスにばらしたのが、
“私”だということを。

平和主義で、真っ直ぐで。
そんな蓮也が、このやり方を許すはずがない。

だから私は――笑った。

「にしし♡」

いつもの、小悪魔みたいな笑顔で。

「ちゃんとボコボコにしたんだけどね?」

「痛みと苦しみが、足りなかったのかな~?」

冗談めかして言うと、蓮也は深く追及せず、肩をすくめた。

「……まぁ、いいか」

そして、真剣な声で言う。

「俺さ。ゆういちのこと、本当に親友だと思ってる」

「最初は、愛理が気に入ってたから関わってただけだった。
でも今は違う」

「……あいつの幸せも、ちゃんと願ってる」

少し照れたように、でもまっすぐに。

「だからさ。
二人とも、幸せになってくれよな?」

その優しさが、胸に重くのしかかる。

(……ごめんね)

ほんの少しだけ、心が痛んだ。

――でも。

それでも。

私は、ゆういちの過去をバラした事に後悔していなかった。

蓮也は自分の席に戻り、ほどなく授業が始まる。

私は前を向いたまま、静かに微笑んだ。

(だって)

(ゆういちは、私のものだもん♡)

そのためなら、
どんな嘘だって、飲み込める。

次の日。
私は、ゆういちから借りた体操服を、こっそり自分の持っている新品のものと入れ替えて返そうとしていた。

「にしし♡ ゆ~いちっ、おっはよ~!」

いつも通りの声。
いつも通りの笑顔。

「この前の体操服だよ? ありがとね!」

そう言って、私は悪戯っぽく笑いながら続ける。

「もぉ~、ゆういち、だめだよ?」

「家帰ってその服に着替えて、くんかくんかしたら?」

――本当は、匂いを嗅いでいるのは私の方なのに。

「するわけねーだろ!!人を変態みたいに言うなよ!?まったくよぉ!!」

顔を赤くして慌てるゆういち。

……可愛い。
焦れば焦るほど、余計に愛おしい。

私は無事に体操服を取り換え、そのまま席に戻ろうとした。
――その瞬間。

「愛理……ありがとな。あの穴、直してくれたんだな?」

心臓が、どくんと跳ねる。

(……穴?なんの事?)

何のことか分からない。
けれど私は、反射的に笑顔を作った。

「にしし♡ バレたか?」

曖昧な返事でも、ゆういちは疑わない。
それどころか、少し照れたように続けた。

「愛理って意外と家庭的なところもあるんだな……結婚とかしたら俺絶対幸せ者確定じゃん?」

……ずるい。

そんな言葉、
そんな未来を、あまりにも自然に口にしないで。

私は、自分の顔が一気に熱くなるのを感じた。

「は、はぁ!? は~~~!? な、なに言ってるんだよ、ゆ、ゆういちっ!?え?結婚?」

(……どうしてそんなこと、平然と言えるの?)

でも、胸の奥は――
はっきりと、喜んでいた。

ゆういちも、私と同じところを見ている。
同じ未来を、うっすらと思い描いている。

その事実が、嬉しくてたまらなかった。

身体が熱い。
早く席に戻らないと、顔がどうにかなりそう。

――なのに。

「てか俺愛理と結婚したら絶対……毎晩、アレするわ…… もう無理って言われても俺は……こんなに可愛い愛理が悪いんだ……」

思考が、止まる。

私は口をぽかんと開け、
次の瞬間、耳まで真っ赤に染め上げて――

「ゆ、ゆ、ゆういち……あ、あんたね……!!もぉ……気が早いぞ~?まだ付き合ってすらないのに……」

すると、ゆういちは我に返ったように、慌てて訂正し始めた。まるで言うつもりなんてなかったみたいに。

「あっ、ち、違う!これは違うんだよ!? “アレ”っていうのはさ!?」

「その……ほら!愛理って裁縫得意だろ?だから俺が仕事で穴あけて帰ってきたら、“おかえり♡ 今日もいっぱい頑張ったね♡”って、夜な夜な縫ってくれる的な!」

「結婚したらとかも妄想というか……!な、なんか知らんけど口に出てたっていうか!?ほんとそういう意味じゃないから!!健全です!!全年齢対象ですから!!」

必死すぎる弁解が、教室中に響き渡る。

私は嬉しさと恥ずかしさで、肩を小刻みに震わせながら、ぽつりと呟いた。

「……バカ」

「ゆういちのえっち!!もう知らないっ!」

でも――違った。

恥ずかしい。
照れる。
それでも。

私の重すぎる愛と同じくらい、
ゆういちも、同じ歩幅で私を想っている。

それが、何よりも嬉しかった。

(……幸せ♡)

こんなにも誰かを愛おしいと思えるなんて。

――そのとき。

本当は、心の中だけに留めるはずだった声が、
なぜか、唇から零れ落ちた。

「毎晩じゃ足りないわよ……朝、昼、晩も含めて三回はするの。それでいっぱい子供産んで、ゆういちをもう私から逃がさないようにするんだから……?ずっとゆういちは私の……」

はっとして、私は慌てて口を押さえた。
何事もなかったように、私は笑う。

「な~んもないよっ♡ ゆ・う・い・ち♪」

この幸せが、
できることなら――ずっと、永遠に続いてほしい。

そう、心から願いながら。

学校が終わり、家に帰っても――
私の中の熱は、まるで冷める気配がなかった。

玄関の鍵を閉め、部屋に入る。
鞄を床に置くと、私は迷いなくベッドに腰を下ろし、
ゆういちの体操服をそっと胸に抱いた。

布に顔を埋める。

ふわり、と。
彼の匂いが鼻先をくすぐる。

「……はぁ……」

自然と、息が熱を帯びる。

「ゆういちったら……♡
もう、私との“結婚”のことまで考えてるんだ……」

頬が緩む。

「嬉しい……ふふ……私もよ……」

頭の中に、昼間のやり取りが蘇る。

毎晩――
そんな言葉が、甘く胸を締めつける。

「……ずっと、ずーっと……私のものなんだから……」

体操服を強く抱きしめる。

「絶対、逃がさないよ……大好き♡」

――この時の私は、もう気づいていなかった。

どんな苦しみや痛みにも耐えてきたはずの私が、
幸せと愛だけには、耐えられなくなっていたことに。

そのとき。

ピコン、と。
スマホが光った。

「……ん?」

画面を覗く。

差出人――蓮也。

添えられていたのは、一枚の写真と短いメッセージ。

『ゆういちが、知らない女と手を握ってたぞ?
いいのか?
お前の言った通り、ゆういちが女の子と一緒にいたら写真送るようにしてるけど……
てか、この子知り合いか?』

……視界が、揺れた。

写真を、じっと見る。

手。
繋がれた、その手。

「……は?」

声が、喉の奥で凍りつく。

「……誰よ、この女」

指先が、震える。
胸の奥から、黒い何かが這い上がってくる。

――また、捨てられるかもしれない。
――また、失うかもしれない。

ふいに、あの日の記憶が蘇る。
母に置いていかれた、あの瞬間。

息が、詰まる。

「……ねえ」

誰にともなく、呟く。

「歌川のときも、そうだったけど……」

写真から目を離せない。

「最近……みんな、気づき始めてるよね?」

――ゆういちの、魅力に。

私はスマホを握りしめたまま、低く囁く。

「ねえ……ゆういち……」

「ダメじゃない……浮気なんか……」

次の瞬間。

ふっと、頭の奥で何かが弾けた。

「あ……そうだ」

唇が、歪む。

「……いいこと、思いついた♡」

指先が、写真をなぞる。

「仕方ないよね……?」

「ゆういちが悪いんだよ?」

声は、甘く。

「……他の女の子と――
手なんか、繋いじゃうから♡」

その瞬間。

視界が、すうっと暗くなる。
胸が締めつけられ、
それ以外のことを考えられなくなる。

―― 一つの思考だけが、鮮明になる。

(もっと……)

(もっと、ゆういちを私にだけ心酔させないと)

(もう、他の女の子に興味すら湧かないくらい狂気的に――)

(ゆういちを、もう一度地獄に落として……)

(私が、救わないと)

その感覚は、確信だった。

この瞬間――
私は、理解した。

EES発現者・ステージ1が終わった。
私は、静かに――
その日を境にステージ2へと移行した。

次の日。

私は、朝の始業前――
人の気配がほとんどない近くの公園に、蓮也を呼び出していた。

ブランコが、きい、と小さく鳴る。
空気はまだ冷たく、朝露の匂いが残っている。

「……なんだよ」

蓮也は眠そうに目を擦りながら、こちらに歩いてきた。

「こんな朝っぱらから」

私は、遠回しな前置きはしなかった。
迷いも、躊躇も――もうなかった。

「私ね」

ブランコを軽く揺らしながら、淡々と言う。

「ゆういちを、振ろうと思うの」

その瞬間、蓮也の動きが止まった。

「……は?」

信じられない、という顔で私を見る。

「なんでだよ。あんなに好きだったじゃん」
「ゆういちのこと、嫌いになったのか?」

私は首を横に振る。

「まさか」

笑う気にもならなかった。

「でもね? 昨日の写真みたいに……」
「ゆういちが、他の女と関わる可能性はあるでしょ?」

蓮也は黙り込む。

私は続けた。

「だからね……」
「もう、他の女の子に関心が向かないくらい」
「私に、心酔させないといけないと思ったの」

一拍置いて。

「徹底的に地獄に落として」
「……私が、救わないと」

自分の声が、驚くほど冷静なのに気づく。
以前の私なら、こんな話を蓮也にすること自体、考えられなかった。

けれど――
あの写真を見た瞬間、何かが変わった。

「……お前、何言ってんだよ」

蓮也の声が、明らかに揺れる。

「地獄に落とす……?」

私はブランコを止め、彼を見る。

「ねえ、蓮也」
「手伝ってほしいの」

彼の眉が、きつく寄った。

「私が、ゆういちを振ったあと――」
「蓮也が、私と付き合う“フリ”をするの」

「……は?」

「ゆういちが“親友”だと思っている、あなたが」
「ゆういちの好きな人を、奪うの」

ゆういちは、また地獄に落ちる。
クラス中から恐怖と嫌悪の視線を向けられ、
ようやく抜け出したはずの“孤独”という地獄へ――再び。

しかも今度は、
自分を救ったはずの私たちという“本物”に、
さらに裏切られる。

私は淡々と、計画をなぞる。

「それで、私と蓮也は仲違いする」
「理由なんて、なんでもいいの」

「その壊れた関係を――ゆういちが“救う”」

「そして、ゆういちと私は結ばれる。永遠にね?」

「私を救うことで、ゆういちは救われるの」

私は微笑んだ。

「一度、好きな人に振られて」
「失う痛みを知ったゆういちは」
「もう他の女の子なんて見ない」

「……ずっと、私だけを大切にしてくれる♡」

「……どうかしら?」
「手伝ってくれる?」

次の瞬間。

「ふざけるなよ」

蓮也の声は、低く鋭かった。

「そんな理不尽な苦しみに」
「ゆういちを巻き込むようなこと、できるわけないだろ」

拳が、ぎゅっと握られている。

「お前、知ってるだろ」
「俺の夢」

「誰も理不尽な苦しみを抱えない」
「穏やかな世界を作ることだ」

「そんな俺によく、そんな話ができたな」

私は、ぴょん、とブランコから飛び降りる。

砂を踏みしめ、振り返った。

「蓮也」

静かな声。

「薄々、気づいてるでしょ?」

「誰にも傷つけられず」
「理由もなく苦しまされず」
「大切な人と、安全で穏やかに暮らせる世界」

私は首を傾げる。

「そんな世界――」
「この、くだらない世界では不可能よ」

「……なんだと?」

「周りを見てみなよ」

私は、ゆっくりと言葉を重ねる。

「苦しんでる人ばっかりじゃない」
「みんな、理不尽の中で」
「自分なりの幸せを必死に探してる」

「そしてその幸せさえ」
「数え切れない犠牲の上に成り立ってる」
「私がお母さんに捨てられ、お母さんは今新しい家庭で温かく幸せの家庭を築いているように。」

視線を逸らさず、言い切った。

「つまりね」
「幸せって、誰かの苦しみや痛みの犠牲で成り立つものなの」

「あなたの理想は美しい」
「でも、前提がもう間違ってる」

「……お前」

蓮也の声が、かすれる。

「本当に……愛理か?」

私は、迷わなかった。

「犠牲の上で成り立つ尊い愛を」
「私は、もう失いたくない」

「だから――」

一歩、近づく。

「支配するの」

私は、蓮也に手を差し伸べた。

「私に力を貸して。私の尊い愛の犠牲になってちょうだい。」

「……」

蓮也は、無言で首を振る。

「誰かを理不尽に苦しめる手伝いなんてできない」
「それに……俺に、何の意味がある?」

私は、まっすぐ彼を見つめる。

逃げ場のない距離で。

「私が、幸せになる」

静かに、断言した。

「あなたの理想は、綺麗なだけで何も救えない」
「でも、私の計画なら――」

一拍。

「家族である“私”を、あなたは救える」

一拍、置いてから――

「そして、最終的に」
「親友のゆういちも、救えるの」

朝の公園に、ひゅっと風が吹き抜けた。
ブランコが、きい、と小さく軋む。

蓮也は、その場に立ち尽くしたまま、言葉を失っている。

私は、静かに続けた。

「あなたの能力はね」
「対象となる人間の“苦しみの半分”を、自分が肩代わりする能力」

その声は、責めるようでも、諭すようでもなく。
ただ事実を並べているだけだった。

「……長い付き合いだから、わかるの」

私は彼の目を見つめる。

「あなた、ずっとこの世界の苦しみを」
「一人で背負おうとしてるでしょ?」

蓮也の指先が、わずかに震えた。

「ステージ5まで行けば、能力の範囲は拡大する」
「世界中にだって、届く。」

私は淡々と、未来を描く。

「そのときは、苦しみの“半分”なんて言わず」
「……すべてを、肩代わりすらできる」

静かに、言い切った。

「あなたが――人柱になることで」

「誰も理不尽な苦しみを抱えない」
「穏やかな世界の完成」

私は、首を傾げる。

「……違う?」

「お前……」

蓮也の声が、かすれた。

「なんで……そんなことを……」

私は、少しだけ目を細める。

「結局ね」

言葉を、ゆっくりと選ぶ。

「あなたの理想は」
「あなた自身が犠牲になって、初めて完成するの」

私は息を吸って、吐いた。
それでも胸の奥の熱が引かない。

「私は嫌。」
「私の唯一の家族が望んで人柱になろうとしていることを。」

一瞬、沈黙。

そして私は、容赦なく問いを重ねた。

「このくだらない世界に」
「あなたが犠牲になるほどの価値、ある?」

「私たち、もう小さい頃とは違う」
「世界を信じられないくらい、見てきたでしょ?」

視線を逸らさず、続ける。

「自分勝手な人ばかり」
「優しい人間ほど、苦しんで」
「いつも、馬鹿を見る」

声は静かだったけれど、
その一言一言が、刃みたいに落ちていく。

「そんな人たちのために」
「ステージ5までなるような壮絶な苦しみを抱えて、このくだらない世界のために自己犠牲になるくらいなら――」

私は、一歩、蓮也に近づいた。

「私のために、犠牲になって」

朝の空気が、ひどく冷たく感じられた。

それは懇願でも、命令でもない。
ただ――選択肢を提示しているだけの声。

蓮也の瞳が、揺れる。

「本当に……そんなやり方しかないのか?」

その問いに、私は迷わず答えた。

「そうよ。これが――本郷愛理という人間の出した“正解”。」

一拍。

「他にも、たくさんの選択肢はあるかもしれない」
「でも私は……“本郷愛理”として、それを選んだの」

冷たい朝の空気が、肺の奥まで染みていく。
それでも私の声は、驚くほど落ち着いていた。

蓮也は、しばらく黙っていた。
何かを噛みしめるように、視線を伏せて――やがて、ゆっくりと顔を上げる。

その表情は、納得ではない。
許しでもない。

それでも――決めた顔だった。

「……わかったよ」

低い声。

「手伝ってやる」

その瞬間、風が吹く。
錆びた鎖が擦れて、ブランコが――もう一度、かすかに鳴った。
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