29 / 36
29話
あれから、少しずつ日常が戻ってきた。
王宮に漂っていた刺々しい空気は和らぎ、騎士たちの巡回にも笑い声が混じる。
王女メリアは本国へ戻り、残った古参貴族たちも、新しい条約の文言が公布されるにつれ次第に静観の姿勢を取り始めた。滞っていた交易税の見直し案も可決へと動き、街の市場には久しぶりに隣国産の香辛料が並び始めていると聞く。
けれど、戻ってきた日常は、もはや以前とまったく同じではなかった。
国が少しずつ前へ進んでいくように、自分の気持ちも、確かに変わっていく。
ジークと交わした言葉。
心に触れたあの夜のぬくもり。
そして気づいた……
自分の中に、確かに「好き」という想いがあることを。
ずっと憧れていた人、国民にとっても誇りであり、未来を切り拓く偉大な王。そんなジークから、まっすぐに「好きだ」と告げられた。胸がいっぱいで、日々が眩しくてたまらなかった。
自分の気持ちを伝えるのは、まだおこがましい気がしていたけれど、夜、ベッドの中では、素直な心を隠さずにぶつけることができている。
ジークは意外と独占欲が強いらしく、毎朝、離さないようにぎゅっと抱きしめてくる。朝起きるのが大変だけど、楽しく甘い二人の日が続いていた。
その朝も変わらず、食後の紅茶を用意しようとした瞬間、背後からぬくもりがふわりと重なった。
「…ジーク様、溢れますから…!」
「君がいる朝は、香りが倍に感じる。不思議だよな」
そんな甘い囁きが耳元にかかり、チルの手元がわずかに震える。
「ジーク様…ひゃっ…!」
小さなキスが首筋に落とされ、チルはとうとう、真っ赤になって何も言えなくなる。
ジークはくすりと笑いながら、チルの肩に顎をのせた。
「チル。今夜、少し出かけようか」
「……え?」
驚いたチルが振り向くと、ジークはいつになく柔らかな表情で続けた。
「例の一件で捨てられた本あるだろ?もう修復できないものもあるだろうし。特にあの、古い歴史の記録とか…。君、落ち込んでいたからな」
王女メリアの命で破棄された蔵書は数多く、ほとんどはなんとか回収できたものの、数冊だけは、取り戻せないまま失われてしまった。
それらは、チルにとって特別な価値を持つ、二度と手に入らない貴重な本だった。
「……はい。図書館の中でも、とても貴重なものだったので……」
ジークは少し視線を落とし、ふっと笑う。
「だから、一緒に探しに行こうと思ってな。王室の保管庫とは別に、郊外に信頼できる書物商がいる。以前、夜市の帰りに立ち寄った町なんだが…」
「 そうなんですか……!そんな場所があるんですね」
チルの瞳が嬉しさで、ぱっと輝く。
「あるとも。それに出かけるとなると、ふたりきりのデートだ。久しぶりだな。君と手をつなげるし、途中で甘いものも買おう」
「……っ」
嬉しさと恥ずかしさがないまぜになって、チルは思わず視線を落とし、こくんと小さくうなずいた。
そんなチルの様子を見ながら、ジークの声が、ふわりと優しく降りてくる。
「君のための時間にしたい。だから……つきあってくれるか?」
その一言に、チルの胸がまた、温かく震えた。
「……あの、ジーク様」
うつむいたままのチルが、ぽつりと呟く。視線はまだジークの胸元あたりをさまよっていた。
「ん?なんだ?」
「……手をつなぐのは……その、帰り道のときでも、いいですか……?」
その言葉に、ジークの表情がふっとやわらぎ、笑みがにじむ。
「最初からじゃなくて?ずいぶん慎ましいな、チルは」
「だ、だって……っ、最初からだと、なんだか…変に意識してしまって……」
恥ずかしそうに視線を伏せるチルの頬は、ほんのりと赤く染まっている。けれどその胸の奥には、確かに手をつなぎたいという素直な気持ちがあった。ジークもきっと、それに気づいている。
けれど彼は国王陛下だ。人目のある場所で、目立つ行為は控えるべきだということも、チルはわかっていた。だから、帰り道だけと伝えていた。
以前、手を繋いで歩いたときのことが、ふとよみがえる。嬉しくて、何度もぎゅっと握り返したこと。ふわふわと浮かぶような気持ちになって、顔が熱くなったこと。
そのすべてが、今また胸の奥でじんわりと灯っているようだった。
「ふふ、わかった。じゃあ帰り道のご褒美に取っておこう。ちゃんと、俺の隣にいてくれれば、それでいい」
そう言って、ジークはそっとチルの髪に手を伸ばし、耳の後ろをやさしくなぞるように撫でた。
「……君は、どうしてそんなに可愛いんだろうな」
低く囁くようにそう言うと、ジークはチルの頬に指先を添え、そっと顔を近づけた。
驚いて目を瞬かせるチルの唇に、ジークはゆっくりと口づける。
触れるか触れないかの、淡いキスだった。
けれど、離れるかと思った唇は、すぐには離れず、むしろそっと角度を変えて、もう一度触れる。
今度は少しだけ深く、少しだけ長く。
チルの唇がわずかに震えたのを感じたジークは、その震えごと包むように、そっと手を後頭部に添えた。
逃がさぬように、けれど優しく。
「……ジーク、様……」
かすれるようなチルの声が、触れ合う間にこぼれる。
その声を聞き、ジークのキスはさらに深くなりそうになる……が、そこでふっと息を抜くように、唇を離した。
「……危ないな、これ以上したら、またベッドに戻るところだ」
耳元で低く囁かれたその声に、チルは思わず耳まで赤く染めて俯いた。
王宮に漂っていた刺々しい空気は和らぎ、騎士たちの巡回にも笑い声が混じる。
王女メリアは本国へ戻り、残った古参貴族たちも、新しい条約の文言が公布されるにつれ次第に静観の姿勢を取り始めた。滞っていた交易税の見直し案も可決へと動き、街の市場には久しぶりに隣国産の香辛料が並び始めていると聞く。
けれど、戻ってきた日常は、もはや以前とまったく同じではなかった。
国が少しずつ前へ進んでいくように、自分の気持ちも、確かに変わっていく。
ジークと交わした言葉。
心に触れたあの夜のぬくもり。
そして気づいた……
自分の中に、確かに「好き」という想いがあることを。
ずっと憧れていた人、国民にとっても誇りであり、未来を切り拓く偉大な王。そんなジークから、まっすぐに「好きだ」と告げられた。胸がいっぱいで、日々が眩しくてたまらなかった。
自分の気持ちを伝えるのは、まだおこがましい気がしていたけれど、夜、ベッドの中では、素直な心を隠さずにぶつけることができている。
ジークは意外と独占欲が強いらしく、毎朝、離さないようにぎゅっと抱きしめてくる。朝起きるのが大変だけど、楽しく甘い二人の日が続いていた。
その朝も変わらず、食後の紅茶を用意しようとした瞬間、背後からぬくもりがふわりと重なった。
「…ジーク様、溢れますから…!」
「君がいる朝は、香りが倍に感じる。不思議だよな」
そんな甘い囁きが耳元にかかり、チルの手元がわずかに震える。
「ジーク様…ひゃっ…!」
小さなキスが首筋に落とされ、チルはとうとう、真っ赤になって何も言えなくなる。
ジークはくすりと笑いながら、チルの肩に顎をのせた。
「チル。今夜、少し出かけようか」
「……え?」
驚いたチルが振り向くと、ジークはいつになく柔らかな表情で続けた。
「例の一件で捨てられた本あるだろ?もう修復できないものもあるだろうし。特にあの、古い歴史の記録とか…。君、落ち込んでいたからな」
王女メリアの命で破棄された蔵書は数多く、ほとんどはなんとか回収できたものの、数冊だけは、取り戻せないまま失われてしまった。
それらは、チルにとって特別な価値を持つ、二度と手に入らない貴重な本だった。
「……はい。図書館の中でも、とても貴重なものだったので……」
ジークは少し視線を落とし、ふっと笑う。
「だから、一緒に探しに行こうと思ってな。王室の保管庫とは別に、郊外に信頼できる書物商がいる。以前、夜市の帰りに立ち寄った町なんだが…」
「 そうなんですか……!そんな場所があるんですね」
チルの瞳が嬉しさで、ぱっと輝く。
「あるとも。それに出かけるとなると、ふたりきりのデートだ。久しぶりだな。君と手をつなげるし、途中で甘いものも買おう」
「……っ」
嬉しさと恥ずかしさがないまぜになって、チルは思わず視線を落とし、こくんと小さくうなずいた。
そんなチルの様子を見ながら、ジークの声が、ふわりと優しく降りてくる。
「君のための時間にしたい。だから……つきあってくれるか?」
その一言に、チルの胸がまた、温かく震えた。
「……あの、ジーク様」
うつむいたままのチルが、ぽつりと呟く。視線はまだジークの胸元あたりをさまよっていた。
「ん?なんだ?」
「……手をつなぐのは……その、帰り道のときでも、いいですか……?」
その言葉に、ジークの表情がふっとやわらぎ、笑みがにじむ。
「最初からじゃなくて?ずいぶん慎ましいな、チルは」
「だ、だって……っ、最初からだと、なんだか…変に意識してしまって……」
恥ずかしそうに視線を伏せるチルの頬は、ほんのりと赤く染まっている。けれどその胸の奥には、確かに手をつなぎたいという素直な気持ちがあった。ジークもきっと、それに気づいている。
けれど彼は国王陛下だ。人目のある場所で、目立つ行為は控えるべきだということも、チルはわかっていた。だから、帰り道だけと伝えていた。
以前、手を繋いで歩いたときのことが、ふとよみがえる。嬉しくて、何度もぎゅっと握り返したこと。ふわふわと浮かぶような気持ちになって、顔が熱くなったこと。
そのすべてが、今また胸の奥でじんわりと灯っているようだった。
「ふふ、わかった。じゃあ帰り道のご褒美に取っておこう。ちゃんと、俺の隣にいてくれれば、それでいい」
そう言って、ジークはそっとチルの髪に手を伸ばし、耳の後ろをやさしくなぞるように撫でた。
「……君は、どうしてそんなに可愛いんだろうな」
低く囁くようにそう言うと、ジークはチルの頬に指先を添え、そっと顔を近づけた。
驚いて目を瞬かせるチルの唇に、ジークはゆっくりと口づける。
触れるか触れないかの、淡いキスだった。
けれど、離れるかと思った唇は、すぐには離れず、むしろそっと角度を変えて、もう一度触れる。
今度は少しだけ深く、少しだけ長く。
チルの唇がわずかに震えたのを感じたジークは、その震えごと包むように、そっと手を後頭部に添えた。
逃がさぬように、けれど優しく。
「……ジーク、様……」
かすれるようなチルの声が、触れ合う間にこぼれる。
その声を聞き、ジークのキスはさらに深くなりそうになる……が、そこでふっと息を抜くように、唇を離した。
「……危ないな、これ以上したら、またベッドに戻るところだ」
耳元で低く囁かれたその声に、チルは思わず耳まで赤く染めて俯いた。
あなたにおすすめの小説
人気アイドルの俺、なぜかメンバー全員に好かれてます
七瀬
BL
デビュー4年目の人気アイドルグループ「ECLIPSE(エクリプス)」に所属する芹沢 美澄(せりざわみすみ)は、昔からどこか抜けていてマイペースな性格。
歌もダンスも決して一番ではないはずなのに、なぜかファンからもメンバーからも目を離されない存在だった。
世話焼きな幼なじみ、明るく距離の近い同い年、しっかり者で面倒見のいい年上、掴みどころのない自由人、そして無言で隣にいるリーダー——。
気づけば、美澄の周りにはいつも誰かがいて、当たり前のように甘やかされていく。
次男は愛される
那野ユーリ
BL
ゴージャス美形の長男×自称平凡な次男
佐奈が小学三年の時に父親の再婚で出来た二人の兄弟。美しすぎる兄弟に挟まれながらも、佐奈は家族に愛され育つ。そんな佐奈が禁断の恋に悩む。
素敵すぎる表紙は〝fum☆様〟から頂きました♡
無断転載は厳禁です。
【タイトル横の※印は性描写が入ります。18歳未満の方の閲覧はご遠慮下さい。】
12月末にこちらの作品は非公開といたします。ご了承くださいませ。
近況ボードをご覧下さい。
[BL]憧れだった初恋相手と偶然再会したら、速攻で抱かれてしまった
ざびえる
BL
エリートリーマン×平凡リーマン
モデル事務所で
メンズモデルのマネージャーをしている牧野 亮(まきの りょう) 25才
中学時代の初恋相手
高瀬 優璃 (たかせ ゆうり)が
突然現れ、再会した初日に強引に抱かれてしまう。
昔、優璃に嫌われていたとばかり思っていた亮は優璃の本当の気持ちに気付いていき…
夏にピッタリな青春ラブストーリー💕
婚約破棄されたSubですが、新しく伴侶になったDomに溺愛コマンド受けてます。
猫宮乾
BL
【完結済み】僕(ルイス)は、Subに生まれた侯爵令息だ。許婚である公爵令息のヘルナンドに無茶な命令をされて何度もSub dropしていたが、ある日婚約破棄される。内心ではホッとしていた僕に対し、その時、その場にいたクライヴ第二王子殿下が、新しい婚約者に立候補すると言い出した。以後、Domであるクライヴ殿下に溺愛され、愛に溢れるコマンドを囁かれ、僕の悲惨だったこれまでの境遇が一変する。※異世界婚約破棄×Dom/Subユニバースのお話です。独自設定も含まれます。(☆)挿入無し性描写、(★)挿入有り性描写です。第10回BL大賞応募作です。応援・ご投票していただけましたら嬉しいです! ▼一日2話以上更新。あと、(微弱ですが)ざまぁ要素が含まれます。D/Sお好きな方のほか、D/Sご存じなくとも婚約破棄系好きな方にもお楽しみいただけましたら嬉しいです!(性描写に痛い系は含まれません。ただ、たまに激しい時があります)
【完結】塩対応の同室騎士は言葉が足らない
ゆうきぼし/優輝星
BL
騎士団養成の寄宿学校に通うアルベルトは幼いころのトラウマで閉所恐怖症の発作を抱えていた。やっと広い二人部屋に移動になるが同室のサミュエルは塩対応だった。実はサミュエルは継承争いで義母から命を狙われていたのだ。サミュエルは無口で無表情だがアルベルトの優しさにふれ少しづつ二人に変化が訪れる。
元のあらすじは塩彼氏アンソロ(2022年8月)寄稿作品です。公開終了後、大幅改稿+書き下ろし。
無口俺様攻め×美形世話好き
*マークがついた回には性的描写が含まれます。表紙はpome村さま
他サイトも転載してます。
罪人として辺境へ送られた僕は騎士団長の腕の中でしかうまく眠れない
cyan
BL
クライスラー侯爵家のクリストフ様に婿入りすることが決まっていたエリアス・フェデラーは、兄を好きすぎるクリストフ様の妹、リリア嬢の罠にハマって婚約破棄されることになった。
婚約破棄されるくらいならまだよかったんだけど、それだけでは終わらなかった。
リリア嬢を階段から突き落とした容疑がかけられたんだ。まったく身に覚えがない。
「僕はやっていません」
エリアスの声は誰にも届かなかった。
──夢も希望も失い全てを諦めたエリアスは、辺境の地で居場所を見つけた。
※シリアスあり
※10万字ちょっと超えるくらいの作品です
※他サイトにも掲載中
中年冒険者、年下美青年騎士に番認定されたことで全てを告白するはめになったこと
mayo
BL
王宮騎士(24)×Cランク冒険者(36)
低ランク冒険者であるカイは18年前この世界にやって来た異邦人だ。
諸々あって、現在は雑用専門冒険者として貧乏ながら穏やかな生活を送っている。
冒険者ランクがDからCにあがり、隣国の公女様が街にやってきた日、突然現れた美青年騎士に声をかけられて、攫われた。
その後、カイを〝番〟だと主張する美青年騎士のせいで今まで何をしていたのかを文官の前で語ることを強要される。
語らなければ罪に問われると言われ、カイは渋々語ることにしたのだった、生まれてから36年間の出来事を。
青い薔薇と金色の牡丹【BL】
水月 花音
BL
ある日、異世界で目覚めた主人公。
通じる言葉、使える魔法…
なぜ自分はここに来たのか。訳がわからないまま、時間は過ぎていく。
最後に待ち受ける結末とは…
王子様系攻め×綺麗系受け