緑の指を持つ娘

Moonshine

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緑の指を持つ娘 温泉湯けむり編

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ベスの温室には、色々な命が集う。
木々は目一杯に枝を広げ、花々はこの世に生まれた喜びを体いっぱいに表現するかのように、大輪の花を咲かせる。アリが隊列を整えて歩き、妖精たちは気ままに飛び交う。

ベスの平和で、誰もが幸せになれるこの人間と妖精の共同統治の場は、「聖域」と呼ばれていた。

聖域には、今日も穏やかな風が吹く。

「ビショップをこちらに動かしたら、お前のキングは丸裸だ」

「ふん。安直な。キングを動かせば、お前の兵隊など一網打尽だ」

この平和なはずの温室で、不穏な空気を漂わせている男が二人、テーブルのチェスセットを挟んで、その美しい顔を突き合わせている。

魔術院の鑑定責任者であるナーランダと、この温室で、ベスの手によりナメクジから発生した妖精王オベロンだ。

この二人はどうも性格的に似ているらしい。
お互いあまりお互いの事が好きではない様子なのだが、こうしてよく二人で温室にたむろして、あまり嬉しくなさそうに、チェスを打つ。

二人ともお互いの事が好きでないなら、どうしていつも一緒に屯しているのかベスには不思議なのだが、ベスはナーランダのこともオベロンのことも好きなので、放っておいているのだ。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

「あー! もうここのお風呂は最高よね」

エロイースは、魔術院の隣に屋敷を構えたノエルとベスの家に、これ幸いに入り浸って、しょっちゅうお風呂を入りにきている。

この屋敷はユージニアからノエルとべスに贈られた褒章の一つだ。
年齢を重ねた側妃の母が、娘の近くで一人で静かに暮らす為に立てられた、こじんまりとした上品なつくりの小さな館に、美しい庭がある。
二人で暮らすには丁度良いだろうと、ユージニアから贈られた館なのだが、エロイースもロドニーも、なんならナーランダまで皆しょっちゅうこの館に入り浸って、自分の家に帰ろうとしないのだ。

ちなみに、王都のど真ん中の家屋敷なので、こじんまりな家屋敷の報酬とはいえ辺境では城が立つほどの価値がある。

重厚な作りとはいえ、内部は特に贅沢に飾っているわけではないのだが、古いがよく手入れされた備え付けの家具に、田舎でべスが使っていたものと同じような、麻のリネンや、ベスが自分で染めた草木染めの優しい緑色のカーテン。古い手作りのキルト、ベスの村の木の手彫りの工芸品。

何もかもが華やかで、装飾が多い王都の真ん中で、ベスの暮らしに合わせたおおよそ貴族らしくないシンプルな内装のこの家は、本当に心地がいいのだ。

ワシワシとエロイースは髪をタオルで乾かして、勝手に台所に行って果実酒を注いでは、ご丁寧に氷の魔術を展開して、美味そうにごくごくと喉を鳴らして飲み干した。

「お前なあ、ちょっとは遠慮しろ」

人の家にきて、勝手に風呂に入って勝手に飲食して、時には勝手に泊まってゆく己の従姉妹に、ノエルは呆れ顔だ。

「いいじゃない、ベスはいいって言ってるんだし」

エロイースは、高級な石鹸の香りを漂わせて、客間のソファに身を投げ、悪びれずにそう言った。

「本当にベスは、居心地のいい空間を作るの上手だけど、こと温室とお風呂に掛けては本当に天才よね。どっちも最高に心地いいもの」

「エロイース様は良い石鹸を持ってきてくださるから、もっとお風呂が楽しみになりましたよ」

気の良いベスはニコニコと、風呂上がりに庭で採れたばかりの井戸で冷やしたトマトを持ってきてやる。
ベスの育てたトマトは、感動的なほど甘く、冷やしたそれは、風呂上がりには最高だ。

ノエルはせっかくの婚約者との家に入り浸るエロイースに、苦虫を噛み潰したような顔をしているが、ベスもエロイースが勝手に持ち込んだ、天国のような香りのする高級石鹸やら、触るだけで眠たくなるような最高級の肌触りのバスタオルやらのバスグッズを自由に使わせてもらっているので、ベスはエロイースの訪れは歓迎だ。

ベスはお風呂が大好きなのだ。

ベスは田舎にいた時は小さな桶に満たしたお湯で体を洗って、街にでた時だけ公衆浴場で体を清めていた。
田舎では一般的な入浴の方法だ。

王都の寮に入って一番ベスが驚いたのは、各部屋に小さな浴槽とシャワーが付いている事だった。

寮の風呂に大喜びしたべスは、備え付けの寮のシャワーにユーカリの青葉を掛けたり、浴槽の横に湿気を好む植物を並べたりして、心地のよい風呂を自分の為につくっていた。

この家にももちろん備え付けの風呂はあるのだが、古くなっており、入居に当たって改修が必要だったので、どんな風呂がいいのかとノエルはベスに聞いた所、

「では、お風呂は田舎のお風呂みたいに小さな桶ではなくて、大きなヒノキのいい香りのする桶にしてくれませんか」

うっとりと、世間一般の貴族の風呂というものをあまり知らないべスはそう言った。
ベスが想像できる最高に贅沢なお風呂が、それなのだ。

滅多におねだりをしないベスの願いに、ノエルは喜んでその日の内に巨大なヒノキの桶を風呂桶に注文した。

「こんな大きな桶を用意してくださるなんて、ノエル様大好き!」

見たこともない巨大な桶に、ベスは大喜びだ。
ベスは、せいぜいワイン樽くらいの大きさを想像していたのだが、ノエルの用意した風呂桶はちょっとした小船ほどの大きさで、足を伸ばしてもゆったりとできる。

足が伸ばせる大きさの、巨大なヒノキの桶に、ノエルは魔術を使って井戸水を汲み上げて、丁度いい温度に温めて、せっせとベスの風呂を用意してやるのが日課だ。

「ベスは絶対に桶はヒノキがいいと言っていたが、本当に浴室にヒノキの香りが満ちて、とんでもなく心地いいな」

ベスは小さな桶で身を清めていた頃から、身を清めるのに使う小さな桶は絶対にヒノキだと、こだわりがあったのだ。

ヒノキの風呂に大喜びするベスに気をよくしたノエルは、タイル張りだった床を、同じヒノキでできた床に張り替えてやり、桶の周りは真っ白な玉砂利を敷き詰めて、庭の木々や植物が見えるように大きな窓まで開けて、窓には外からは見えないように視界阻害の魔術までかけてやった。

シャワー派だったノエルもすっかり風呂の魅力にハマってしまい今に至るのだ。

「知っているかベス、隣国には温泉といって、地下からお湯が沸いてきて、それを使って入る風呂が存在する。今度お前を連れて行ってやりたいな」

「お湯が地下から沸いてくるのですか!ノエル様はなんでもご存じですね。まるで魔法のようですね!」

ベスは目を輝かせて、うっとりと温泉とやらを想像する。
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