緑の指を持つ娘

Moonshine

文字の大きさ
72 / 130
緑の指を持つ娘 温泉湯けむり編

9

しおりを挟む
「ぎゃあ!!!」

「うわあああ!!!!」

お互い、誰もいないはずの森で思いがけずに人に出くわして、、森中こだまするほどの大声を上げてしまった。

「あ・・・なんだ!!!なんだお前!!この田舎娘!!!ここは離宮の敷地内だ。とっととでてゆけ!!!!」

亀を追っかけてベスは随分森の奥まできてしまったらしい。

森と亀しか見ていなかったベスの視界に急に非常に痛々しい皮膚をした若者が現れて、ベスは思わず大声で叫んでしまった。
若者も同じだったのだろう。誰か人がいるなど思っていなかったらしく不意をつかれて大声で叫ぶ。

奥は王家の森になっているので、立ち入り禁止だと聞いていたが、別にロープが張っているわけでも看板があるわけでもないので、どうやらベスは亀を追いかけて、ついつい王家の敷地まで入ってしまっていたようだ。
(とはいえ、ベスは王家の客人扱いなので、別に敷地に入った所で何も罰せられる事もないのだが)

思いもかけず森の中で、人、それも田舎臭くはあるが一応若い娘と出会ってしまい、フェリクスは羞恥心で体が焼けるような思いで怒鳴り声を張り上げたのだ。

折角の滅多にない、外出しても肌を脅かさない天気と気温の日。
森で誰かに会う事はないと踏んで、顔にも体にも、包帯を巻いていないのだ。
頭皮がずる剥けになって、髪の毛が抜け落ちた頭も、何もかぶらずにそのまま出てしまった。
顔も包帯を巻かなければ皮が剥けいるところから体液が漏れ出していて、まつげまで抜けて、自分でみる鏡の姿も本当にひどいものだ。そんな状態を、人目に、それも若い娘の人目に触れてしまうとは。

「お・・おのれ・・」

鏡もない、水面もないこの森で過ごすひとときは、フェリクスにとってとても大切な心の安らぎであったのに、思いかけずに邪魔をされた怒りと、醜い姿を見られてしまった羞恥で、フェリクスの体から魔力は溢れだし、皮膚は水膨れのような水疱がぎっしりと発生した。

フェリクスはぎりぎりと歯を食いしばり、その顔は、憤怒で赤くなる。
怒りが制御できずに、魔力の制御が遅れる。
ゆらりと制御を離れた魔力が体から昇り立つ。古い魔力がフェリクスの皮膚を破り、皮膚の痒みが全身を襲う。

「いいいい!!!か、かゆい!」

たまりかねて声が漏れ出て、フェリクは顔を掻きむしった。
フェリクスは泣きそうになりながら、心で叫んだ。

(ああ、そうだ。お前も俺の事を化けものだと、そう叫んでさっさとここから逃げればいい!!!)

離宮にきた当初、この村の子供に森でバッタリと出くわした事がある。
子供は泣いて、「化け物!」と叫び、フェリクスの前から逃げていった。
幸か不幸か、この森には化け物が出るという伝説があるので、村人は騒ぐことはなかったそうだが。

以来、王家の敷地内は村人は立ち入り禁止であると強く村民に言い渡している。

フェリクスは荒い息を肩でつきながら、目の前の娘が叫んで逃げ出すのを待っていたのだが、娘は、叫ぶわけでもなく、走って逃げるわけでもなく、ただ不思議そうな顔をして、じっとフェリスを見ていた。

(・・えっと・・何だ、恐ろしくて足が動かないのか??)

混乱するフェリクスに、ベスは静かに言葉を発した。

「痛そうね。かゆいのかしら?」

「ちょっと待っててね」

それだけ言うと、抱えていたカバンから、何やら水の入った小さな瓶を出してきてフェリクスに押し付けた。
鞄の中は、森で採集したのだろうか、よくわからない雑草やら実やら、果てはセミの抜け殻やら松ぼっくりやらのガラクタでいっぱいだった。

「お風呂の湯船に、これを混ぜるといいわ。少しかゆいのがましになると思う」

あとはフェリクスには全く興味を無くしたかのように、フェリクスの横をスッと通り過ぎた。

フェリクスがギョッとして、娘を振り返ると、娘は中腰のみっともない格好で、パンパンに詰まった鞄をお供に、そろり、そろりと何かを追いかけている様子だった。

(・・何を・・してるんだ?)

恐る恐る娘の視線の先に目を移すと、娘の視線の先には大きな亀がノシノシと森の下草の中を歩いており、この田舎娘はどうやら亀に気を取られていて、フェリクスどころではない様子。ゆっくりとした亀の歩みに合わせて、一歩一歩森の奥に、娘は消えていった。娘は一度も、フェリクスを振り返らなかった。

(なんだったんだ・・)

一人残されたフェリクスは、ポカンとその場にしばらく立ち尽くしていた。

しおりを挟む
感想 174

あなたにおすすめの小説

隠された第四皇女

山田ランチ
恋愛
 ギルベアト帝国。  帝国では忌み嫌われる魔女達が集う娼館で働くウィノラは、魔女の中でも稀有な癒やしの力を持っていた。ある時、皇宮から内密に呼び出しがかかり、赴いた先に居たのは三度目の出産で今にも命尽きそうな第二側妃のリナだった。しかし癒やしの力を使って助けたリナからは何故か拒絶されてしまう。逃げるように皇宮を出る途中、ライナーという貴族男性に助けてもらう。それから3年後、とある命令を受けてウィノラは再び皇宮に赴く事になる。  皇帝の命令で魔女を捕らえる動きが活発になっていく中、エミル王国との戦争が勃発。そしてウィノラが娼館に隠された秘密が明らかとなっていく。 ヒュー娼館の人々 ウィノラ(娼館で育った第四皇女) アデリータ(女将、ウィノラの育ての親) マイノ(アデリータの弟で護衛長) ディアンヌ、ロラ(娼婦) デルマ、イリーゼ(高級娼婦) 皇宮の人々 ライナー・フックス(公爵家嫡男) バラード・クラウゼ(伯爵、ライナーの友人、デルマの恋人) ルシャード・ツーファール(ギルベアト皇帝) ガリオン・ツーファール(第一皇子、アイテル軍団の第一師団団長) リーヴィス・ツーファール(第三皇子、騎士団所属) オーティス・ツーファール(第四皇子、幻の皇女の弟) エデル・ツーファール(第五皇子、幻の皇女の弟) セリア・エミル(第二皇女、現エミル王国王妃) ローデリカ・ツーファール(第三皇女、ガリオンの妹、死亡) 幻の皇女(第四皇女、死産?) アナイス・ツーファール(第五皇女、ライナーの婚約者候補) ロタリオ(ライナーの従者) ウィリアム(伯爵家三男、アイテル軍団の第一師団副団長) レナード・ハーン(子爵令息) リナ(第二側妃、幻の皇女の母。魔女) ローザ(リナの侍女、魔女) ※フェッチ   力ある魔女の力が具現化したもの。その形は様々で魔女の性格や能力によって変化する。生き物のように視えていても力が形を成したもの。魔女が死亡、もしくは能力を失った時点で消滅する。  ある程度の力がある者達にしかフェッチは視えず、それ以外では気配や感覚でのみ感じる者もいる。

私は側妃なんかにはなりません!どうか王女様とお幸せに

Karamimi
恋愛
公爵令嬢のキャリーヌは、婚約者で王太子のジェイデンから、婚約を解消して欲しいと告げられた。聞けば視察で来ていたディステル王国の王女、ラミアを好きになり、彼女と結婚したいとの事。 ラミアは非常に美しく、お色気むんむんの女性。ジェイデンが彼女の美しさの虜になっている事を薄々気が付いていたキャリーヌは、素直に婚約解消に応じた。 しかし、ジェイデンの要求はそれだけでは終わらなかったのだ。なんとキャリーヌに、自分の側妃になれと言い出したのだ。そもそも側妃は非常に問題のある制度だったことから、随分昔に廃止されていた。 もちろん、キャリーヌは側妃を拒否したのだが… そんなキャリーヌをジェイデンは権力を使い、地下牢に閉じ込めてしまう。薄暗い地下牢で、食べ物すら与えられないキャリーヌ。 “側妃になるくらいなら、この場で息絶えた方がマシだ” 死を覚悟したキャリーヌだったが、なぜか地下牢から出され、そのまま家族が見守る中馬車に乗せられた。 向かった先は、実の姉の嫁ぎ先、大国カリアン王国だった。 深い傷を負ったキャリーヌを、カリアン王国で待っていたのは… ※恋愛要素よりも、友情要素が強く出てしまった作品です。 他サイトでも同時投稿しています。 どうぞよろしくお願いしますm(__)m

ある公爵令嬢の死に様

鈴木 桜
恋愛
彼女は生まれた時から死ぬことが決まっていた。 まもなく迎える18歳の誕生日、国を守るために神にささげられる生贄となる。 だが、彼女は言った。 「私は、死にたくないの。 ──悪いけど、付き合ってもらうわよ」 かくして始まった、強引で無茶な逃亡劇。 生真面目な騎士と、死にたくない令嬢が、少しずつ心を通わせながら 自分たちの運命と世界の秘密に向き合っていく──。

女嫌いな騎士が一目惚れしたのは、給金を貰いすぎだと値下げ交渉に全力な訳ありな使用人のようです

珠宮さくら
恋愛
家族に虐げられ結婚式直前に婚約者を妹に奪われて勘当までされ、目障りだから国からも出て行くように言われたマリーヌ。 その通りにしただけにすぎなかったが、虐げられながらも逞しく生きてきたことが随所に見え隠れしながら、給金をやたらと値下げしようと交渉する謎の頑張りと常識があるようでないズレっぷりを披露しつつ、初対面から気が合う男性の女嫌いなイケメン騎士と婚約して、自分を見つめ直して幸せになっていく。

婚約破棄されたトリノは、継母や姉たちや使用人からもいじめられているので、前世の記憶を思い出し、家から脱走して旅にでる!

山田 バルス
恋愛
 この屋敷は、わたしの居場所じゃない。  薄明かりの差し込む天窓の下、トリノは古びた石床に敷かれた毛布の中で、静かに目を覚ました。肌寒さに身をすくめながら、昨日と変わらぬ粗末な日常が始まる。  かつては伯爵家の令嬢として、それなりに贅沢に暮らしていたはずだった。だけど、実の母が亡くなり、父が再婚してから、すべてが変わった。 「おい、灰かぶり。いつまで寝てんのよ、あんたは召使いのつもり?」 「ごめんなさい、すぐに……」 「ふーん、また寝癖ついてる。魔獣みたいな髪。鏡って知ってる?」 「……すみません」 トリノはペコリと頭を下げる。反論なんて、とうにあきらめた。 この世界は、魔法と剣が支配する王国《エルデラン》の北方領。名門リドグレイ伯爵家の屋敷には、魔道具や召使い、そして“偽りの家族”がそろっている。 彼女――トリノ・リドグレイは、この家の“戸籍上は三女”。けれど実態は、召使い以下の扱いだった。 「キッチン、昨日の灰がそのままだったわよ? ご主人様の食事を用意する手も、まるで泥人形ね」 「今朝の朝食、あなたの分はなし。ねえ、ミレイア? “灰かぶり令嬢”には、灰でも食べさせればいいのよ」 「賛成♪ ちょうど暖炉の掃除があるし、役立ててあげる」 三人がくすくすと笑うなか、トリノはただ小さくうなずいた。  夜。屋敷が静まり、誰もいない納戸で、トリノはひとり、こっそり木箱を開いた。中には小さな布包み。亡き母の形見――古びた銀のペンダントが眠っていた。  それだけが、彼女の“世界でただ一つの宝物”。 「……お母さま。わたし、がんばってるよ。ちゃんと、ひとりでも……」  声が震える。けれど、涙は流さなかった。  屋敷の誰にも必要とされない“灰かぶり令嬢”。 だけど、彼女の心だけは、まだ折れていない。  いつか、この冷たい塔を抜け出して、空の広い場所へ行くんだ。  そう、小さく、けれど確かに誓った。

愛されなかった公爵令嬢のやり直し

ましゅぺちーの
恋愛
オルレリアン王国の公爵令嬢セシリアは、誰からも愛されていなかった。 母は幼い頃に亡くなり、父である公爵には無視され、王宮の使用人達には憐れみの眼差しを向けられる。 婚約者であった王太子と結婚するが夫となった王太子には冷遇されていた。 そんなある日、セシリアは王太子が寵愛する愛妾を害したと疑われてしまう。 どうせ処刑されるならと、セシリアは王宮のバルコニーから身を投げる。 死ぬ寸前のセシリアは思う。 「一度でいいから誰かに愛されたかった。」と。 目が覚めた時、セシリアは12歳の頃に時間が巻き戻っていた。 セシリアは決意する。 「自分の幸せは自分でつかみ取る!」 幸せになるために奔走するセシリア。 だがそれと同時に父である公爵の、婚約者である王太子の、王太子の愛妾であった男爵令嬢の、驚くべき真実が次々と明らかになっていく。 小説家になろう様にも投稿しています。 タイトル変更しました!大幅改稿のため、一部非公開にしております。

追放聖女35歳、拾われ王妃になりました

真曽木トウル
恋愛
王女ルイーズは、両親と王太子だった兄を亡くした20歳から15年間、祖国を“聖女”として統治した。 自分は結婚も即位もすることなく、愛する兄の娘が女王として即位するまで国を守るために……。 ところが兄の娘メアリーと宰相たちの裏切りに遭い、自分が追放されることになってしまう。 とりあえず亡き母の母国に身を寄せようと考えたルイーズだったが、なぜか大学の学友だった他国の王ウィルフレッドが「うちに来い」と迎えに来る。 彼はルイーズが15年前に求婚を断った相手。 聖職者が必要なのかと思いきや、なぜかもう一回求婚されて?? 大人なようで素直じゃない2人の両片想い婚。 ●他作品とは特に世界観のつながりはありません。 ●『小説家になろう』に先行して掲載しております。

二度目の初恋は、穏やかな伯爵と

柴田はつみ
恋愛
交通事故に遭い、気がつけば18歳のアランと出会う前の自分に戻っていた伯爵令嬢リーシャン。 冷酷で傲慢な伯爵アランとの不和な結婚生活を経験した彼女は、今度こそ彼とは関わらないと固く誓う。しかし運命のいたずらか、リーシャンは再びアランと出会ってしまう。

処理中です...