緑の指を持つ娘

Moonshine

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緑の指を持つ娘 温泉湯けむり編

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ノエルは混乱の極みにいるフェリクスの首根っこを掴むと、ずるずると引っ張って外に出て、そして温室に入っていった。

温室には、フェリクスの知らない顔も沢山入っていて、なにやら楽しそうに勝手に作業をしている様子。

(確かに、温室は自由にしてよいとは言ったが・・)

一応王家の領地だし、一言以上の挨拶が普通あるべきではないだろうか?

ほんの少しだけ、一応申し訳なさそうな顔を作ったオリビアが、漬物に使う人一人くらい入るほどの大きなツボの後ろから顔を出して、チラチラとフェリクスを見ている。

一体あんな古いツボなんか温室に持ち出して、どうするつもりだというのか?

「やあベス、しばらく見ない間に、随分お風呂の作業は進んでいるみたいだね」

先ほどの鬼のような形相はどこへ仕舞ったのやら、ノエルは温室の片隅で植物の世話をしているべスを見つけると、彫刻のように美しい造形の顔にニッコリ完璧な笑顔を湛えてベスに声をかける。

ノエルの声を聴いたベスは作業の手をとめると、タタタとノエルのもとに駆けてきた。

「ノエル様、とても楽しそうでしょう? あの小屋は蒸し風呂というお風呂で、こちらは足だけ入る、足湯というお風呂なのですって。それからラッカ様が掘っているあちらのお風呂は、月の方を向いて湯舟に入る月見の湯になるのだそうですよ。全部本当に完成が楽しみなの」

うっとりとべスはそう言うと、抱えていた鉢植えをノエルに手渡した。
べスの抱きしめている鉢植えは、まだ蕾すらつけていないが、月の下で実に儚げに花開く植物だ。

(今から月の湯の隣に並べる為に手入れをしているのだろう)

言葉の少ないベスの考えが、鉢植えを通じてノエルには手に取るように、よく伝わる。

砂糖菓子のような小さな花をつける草の種が、ベスの手に握られているのが目に映った
珍しくもない、川べりに丸く群生してふんわりと咲く、可愛い花だ。
足湯の足場のへりに植えて、足元から心がゆっくりと和むようにという思いなのだろう。

一見すると地味な植物ばかりのこの温室。

ベスはあちらこちら、緑の鉢の配置を変えたり、種を植えたり、少し肥料を足したりととても忙しいのだが、皆べスがなにがしたくて何をしているのか、さっぱりわからないでいる。

だがベスの能力をよく知るノエルの目を通すと、ベスが作り上げているのは、それぞれの風呂の特性に見事に合った、絶妙な配置の植物の妙。

ベスの作り出した緑の楽園と、温泉の村の人々たちの手による最高の温泉の完成の姿を想像するだけで、ノエルは多幸感で、クラクラとめまいがする。

ノエルは苦笑した。

「君の為ならどんな風呂でも作ってあげようと思っていたけれど、さすがは皆、温泉の村の人たちだね。俺には考えもつかないような素晴らしい温泉になりそうだ。君が整えた緑の温室で、君が整える温泉は、どれほど素晴らしいものになるだろう」

うっとりと完成した温泉と、温室に心を馳せる。
誰も、この場がどれほど素晴らしい場所になるのか想像だにできないだろう。

ノエルの視界の端に、ナーランダが何か魔術の実験しているのが見える。

温室の隅に沢山の魔術の材料を並べて、小さな魔法陣を組み立てる実験をしている様子だが、ノエルは何をしているのかは聞かないでおく。無駄に優秀かつ、べスの風呂の重度の中毒になっているこの男の事だ、何か風呂の事でよい事を思いついたのに違いない。

そして、ノエルの後ろで、青い顔をして立ち尽くしている青年の事をようやくノエルはおもいだした。

「ベス、俺が温室にきたのは君の可愛い姿を一目見る為でもあるけれど、少し君の助けが必要なんだ。忙しい中悪いが、手を貸してはくれないか」

「私に?なにがお手伝いできるんですか?」

ニコニコと嬉しそうにべスは笑顔を見せる。
べスはいつだって、大好きなノエルの役に立ちたい。ノエルに手伝いをお願いされて、嬉しいのだ。

可愛い笑顔に心が和んで、ノエルはくしゃりと目尻に皺をよせてほほえむと、ノエルの後ろで愚か者のように立ち尽くしていたここの温室の主をようやく前に出した。

「フェリクス様、どうなさったの?」

青ざめて言葉も出てこない様子のフェリクスにベスは戸惑う。
ノエルは少し真剣な顔をして、だが気軽な調子でベスに言った。

「次に噴火警報がでたら、フェリクス殿下を、例の人外の温泉に連れて行ってやって欲しいんだ。君が森に入ったら、必ずあの温泉に行きつける。そこでしばらく、殿下の用事が終わるまでまっていてほしい。それから殿下の用事がすんだら、ここまで連れて帰ってきて欲しいんだ。殿下では一人では帰ってこれないんだ。カラスが道案内してくれるよ」

「いいですよ、温泉に入って待っています」

にっこりとベスは、まるで隣家に牛乳をもらいにいくような軽やかさでそう答えた。

「な・・!貴殿は、何を言っている!それがどれほど危険な事かわからない訳ではないだろう、私一人で十分だ!」

「殿下。ベスならこちらの世界とあちらの世界を、自由に行き来できます。貴方は一度あちらに足を踏み入れたら、2度と帰っては来れないでしょう」

フェリクスは激高するが、ノエルはフェリクスのいう事など何も聞いていない。

(確かに、いう通りだ)

ベスが精霊の愛し子であれば、そうだ。一刻前のフェリクスでは思いもつかない事だ。

ノエルは今度は掘削作業で忙しいラッカの元にすたすたと歩いていくと、声を掛けた。

「ラッカ殿! 今度すまないが、森に用事に行くべスとフェリクス殿下について行ってやってくれないだろうか? それから殿下は森からアビーブ山の頂上まで登るので、登り終えた事を魔力で感じたら、遠慮なくラッカ殿の最大の出力で、雷をこの男の頭上に落としてやってほしい。大丈夫だ。死んだら私が責任を持つ」

「お、おい!サラトガ魔法泊、一体なにを!!」

戦時は王家の雷と呼ばれたほどの実力者だった盲人の男は、口の端をニヤリと上げて、言った。

「何をお考えかは分かりかねますが、べスとフェリクス殿下のお使いについてゆけばよいのですね。それで、フェリクス殿下が山の頂上に到着したら、フェリクス殿下に雷を浴びせると。フォフォフォ、やはりエリクサーの精製に成功されたようなお方は、なにか人とは違った考えに至るのですな。全てが終わったら、私にも説明してくださるという事ですな」

「無論だ」

そして、今度は遠くで作業をしていたメイソンにもノエルは声をかけた。

「メイソン!すぐに王宮に行って、王の許可をもぎとってきてくれ。許可の内容は隣国からの魔術師の緊急招聘。魔術師の名はエズラ老師。水魔法の大家だ」

「あら、エズラ様をお呼びするの?どうして?」

知った名前にべスは嬉しそうだ。
嬉しそうなべスの顔をニヤニヤと眺めると、ノエルは可愛いべスの小さな鼻をつん、とつつくと、

「君の温泉を完成させる為だよ。なあにベスの温泉につからせてやると一言つぶやけば、エズラ様は転移魔法で飛んできて、魔法を使ってくださるさ」

「ああ、やはりノエル様はエズラ様を最後にはお呼びすると思っていました」

遠くでナーランダが、微妙に嫌そうな顔をして、そう言った。

聞かん坊な爺さんであるエズラだ。
ベスの風呂に一度はいったら最後、エズラは朝から晩までノエルとベスの家に入りびたりになるのは目に見えているので、べスの素晴らしい風呂の事は一切エズラには言わないでおこうという暗黙の紳士協定が魔術院では結ばれていたのだ。

だが、エズラであれば、源泉から大魔術で温泉をこの温室に間違いなく引っ張ってくるだけの魔力がある。
そして、どうやらこの温泉の建築当初、ジア殿下は王宮から水魔法の大家を呼んで源泉を引っ張ってきた痕跡があるのだ。
おそらくは兄君であった、時のアビーブ王がお忍びでやってきたのだろう。水魔法の使い手として高い名声を誇っていた王だ。

最終手段としてナーランダもノエルもエズラの名はいつも頭にあったのだが、できれば呼びたくはなかった。
だが背に腹は代えられない。事態はひっ迫しているのだ。

目まぐるしくあれこれと理解のできない指示を出すノエルに、フェリクスは、ついてゆけない。
先ほどまで、死んでこの国の一柱になる覚悟をこの男に打ち明けたばかりだというのに、ラッカに向かって人の頭に雷を打てだとか、隣国から水魔法の大魔術師を緊急招聘するだとか、フェリクスには意味が全く分からない。

(ここは秘密裡にメイソンにうっすらと私の運命を伝えて、この地での葬式の準備でも指示している場面のはず)

「サラトガ魔法泊・・本当に、一体何を・・・」

ノエルはフェリクスの事など、まったく目に入っていない様子だ。
ほとんど独り言のように、独り言をつぶやいていた。

「やっとベスの両親の糸口が見つかったのに、こいつを死なせてたまるか。さっさと俺はべスと誰にも邪魔されない結婚生活をおくりたいんだ!くそ、この問題が終わったら、二人でしっぽり世界最高の温泉につかってやる!」

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