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緑の指を持つ娘 温泉湯けむり編
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「ではラッカ様、先に行ってきますねえー!待っててね!」
公園に遊びにいくかののんびりした声で、べスはフェリクスの手をとって自然に握り、一緒に歩みを進め出した。
「え・・・?あ、えっと」
人間はあまりに想定外の事が起こると、頭の中が固まってしまう。
なぜ一人で粛々と歩むべき場所を、この娘と手を繋いで一緒に歩いているのだろうという頭の中で処理されるべき疑問は、恋しい娘に手を急に握られた驚きと喜びで、有頂天という感情の大波に飲まれてしまい、答えなど出てきそうにもない。
フェリクスのそんな忙しい心など何も知らないベスは、少し急な岩場をそうっと握ったフェリクスの手を頼りに下りながら、機嫌よく言った。
「私ね、実は前にここまで迷って来た時に、この温泉見つけたんですよ。あまりに気持ちよさそうで思わず入ってみたら、やっぱり本当に気持ちよくて。私お風呂が大好きなんです」
「へ、へえ・・そう」
今度はフェリクスは後ろめたい罪悪感の到来で、どっと冷や汗が背中に流れてくる。
まさかその入浴しているベスの生まれたままの姿を、高潔な王太子たるフェリクスがデバガメのごとく覗いていただなんて、ベスは露にも思ってやしないのだろう。
高潔な心で国家の為、国民の為に、贄の旅立ちに向かうはずのフェリクスの頭の中は今、混乱の極みだ。
(今から生死どころか、人と人外の境界に歩みを進めているという真剣な場面なのに)
あの日の白いベスの生まれたままの姿がフェリックスの頭に思い浮かんでしまって、ニヘラとかなりダメな表情をしてしまいそうになる自分を必死の思いで律する。
王太子としての自己犠牲心と勇敢な心に満たされた高潔な自分と、愚かな若い男の、とても褒めれれたものではない下世話な喜びに大きく胸を躍らせてしまっている自分との間で、フェリクスは頭痛を覚え始めていた。
「ノエル様にもお伝えしたんです。そしたらね、森の中で外のお風呂に入って、私の入浴中の姿が誰かに見られでもしたら一大事だというので、今代わりに温室の中にお風呂を作ってもらっているんですよ! 温室なら入浴着も置いて置けるし、知らない人に入浴中の姿を見られたりしないから安心ですよね。温室のお風呂、今みんなで作っているのですけれど、いいお風呂になりそうでとても楽しみなんです」
フェリクスの温室にいろんな人間がやってきて何やら作業をしているのは知っていたが、なるほど、ここのお風呂の味を占めたベスの為に、皆でこの温泉を再現しようとしているのか、と今度はほっこりとした気持ちになる。
「一大事・・そうだな、大変な事になりそうだな」
フェリクスは忙しくも、今度はノエルの鬼神のごとき姿を思い浮かべて、ブルリと心に恐怖が湧いてくる。
(覗いてしまったのがバレたら間違いなくアイツに殺される)
忙しく沸き起こるさまざまな感情に身を任しているうちに、フェリクスとベスは湯の入り口に到着した。
「ついたわ!」
ベスは何の躊躇いもなく、バシャバシャと音を立てて、真っ直ぐに温泉に体を託してゆく。
「お、おい」
水音に驚いた美しい女の姿をした妖精達の群れが一斉に空に羽ばたいていった。
妖精達の爛れた皮膚も、破れた羽もすっかり元に戻っていて、フェリクスをチラリと一瞥すると、空に消えていった。
ベスは気持ちよさそうに水面に体を潜らせると、次の瞬間遠くの水面に顔を出して、満面の笑みでフェリクスを誘う。
「フェリクス様!こっちよ!早く!」
フェリクスはフラフラとベスの笑顔に誘われて、温泉に足を踏み入れようとして足元を見、一瞬恐怖で足がすくんだ。
(この温泉に体を浸すと、私は人外の存在に姿を変えるだろう)
おそらくは、フェリクスは人ではなくなる。
そして、フェリクスはもう一度顔を上げてみた。
顔を上げた先には、温泉の湯と戯れるベスの姿が見える。
実に幸せそうで、実に気持ちよさそうに、楽しそうにうっとりと湯に体を預けている。
先ほどまでフェリクスの頭をいっぱいにしていた、人間としてのさまざまな感情の一つ一つがフェリクスの心に蘇る。喜び、悲しみ、慈しみ、驚き、恐怖、嫉妬、愛。
それから、恋情。
人外の存在となれば、2度とフェリクスには味わう事ができなくなるだろう、人としての心のそれらだ。
今まで王太子として感情を律して、完璧に振る舞うことばかりに気を取られていた。
今から失うであろうそれらの感情の一つ一つを、律するばかりでちっとも大切にしてきた事などなかったことにフェリクスは今更気が付く。
フェリクスは、心に沸き起こった愛おしい感情の一つ一つを噛み締めるようにそっと抱きしめて、そして覚悟を持って手放した。
(失う直前になって、こんなに感情というものが愛おしいものである事を知ることになるとはな)
ちらりと、最後にベスの顔を見る。
そしてベスの顔を見て、心に沸き起こった大きな感情を最後の感情としてしっかりと抱きしめて、そっと大きく息を吸うと、フェリクスは大きな笑顔を作って、一歩足を温泉に踏み入れた。
(・・私がこの温泉に入ると、人ではなくなる。人の心も失う。2度と元に戻れないかもしれない)
(だが、恋する愛おしい娘が、私を笑顔で一緒に人外の温泉に入れと誘ってくれているのだ。たとえベスが悪質な魔物だったとして、私の恋情を弄んで湯に騙して招き入れているとしても)
そしてバシャバシャと大きな音を立てて、真っ直ぐベスに向かって温泉の中を進んでいく。
(それは男の本懐だ)
公園に遊びにいくかののんびりした声で、べスはフェリクスの手をとって自然に握り、一緒に歩みを進め出した。
「え・・・?あ、えっと」
人間はあまりに想定外の事が起こると、頭の中が固まってしまう。
なぜ一人で粛々と歩むべき場所を、この娘と手を繋いで一緒に歩いているのだろうという頭の中で処理されるべき疑問は、恋しい娘に手を急に握られた驚きと喜びで、有頂天という感情の大波に飲まれてしまい、答えなど出てきそうにもない。
フェリクスのそんな忙しい心など何も知らないベスは、少し急な岩場をそうっと握ったフェリクスの手を頼りに下りながら、機嫌よく言った。
「私ね、実は前にここまで迷って来た時に、この温泉見つけたんですよ。あまりに気持ちよさそうで思わず入ってみたら、やっぱり本当に気持ちよくて。私お風呂が大好きなんです」
「へ、へえ・・そう」
今度はフェリクスは後ろめたい罪悪感の到来で、どっと冷や汗が背中に流れてくる。
まさかその入浴しているベスの生まれたままの姿を、高潔な王太子たるフェリクスがデバガメのごとく覗いていただなんて、ベスは露にも思ってやしないのだろう。
高潔な心で国家の為、国民の為に、贄の旅立ちに向かうはずのフェリクスの頭の中は今、混乱の極みだ。
(今から生死どころか、人と人外の境界に歩みを進めているという真剣な場面なのに)
あの日の白いベスの生まれたままの姿がフェリックスの頭に思い浮かんでしまって、ニヘラとかなりダメな表情をしてしまいそうになる自分を必死の思いで律する。
王太子としての自己犠牲心と勇敢な心に満たされた高潔な自分と、愚かな若い男の、とても褒めれれたものではない下世話な喜びに大きく胸を躍らせてしまっている自分との間で、フェリクスは頭痛を覚え始めていた。
「ノエル様にもお伝えしたんです。そしたらね、森の中で外のお風呂に入って、私の入浴中の姿が誰かに見られでもしたら一大事だというので、今代わりに温室の中にお風呂を作ってもらっているんですよ! 温室なら入浴着も置いて置けるし、知らない人に入浴中の姿を見られたりしないから安心ですよね。温室のお風呂、今みんなで作っているのですけれど、いいお風呂になりそうでとても楽しみなんです」
フェリクスの温室にいろんな人間がやってきて何やら作業をしているのは知っていたが、なるほど、ここのお風呂の味を占めたベスの為に、皆でこの温泉を再現しようとしているのか、と今度はほっこりとした気持ちになる。
「一大事・・そうだな、大変な事になりそうだな」
フェリクスは忙しくも、今度はノエルの鬼神のごとき姿を思い浮かべて、ブルリと心に恐怖が湧いてくる。
(覗いてしまったのがバレたら間違いなくアイツに殺される)
忙しく沸き起こるさまざまな感情に身を任しているうちに、フェリクスとベスは湯の入り口に到着した。
「ついたわ!」
ベスは何の躊躇いもなく、バシャバシャと音を立てて、真っ直ぐに温泉に体を託してゆく。
「お、おい」
水音に驚いた美しい女の姿をした妖精達の群れが一斉に空に羽ばたいていった。
妖精達の爛れた皮膚も、破れた羽もすっかり元に戻っていて、フェリクスをチラリと一瞥すると、空に消えていった。
ベスは気持ちよさそうに水面に体を潜らせると、次の瞬間遠くの水面に顔を出して、満面の笑みでフェリクスを誘う。
「フェリクス様!こっちよ!早く!」
フェリクスはフラフラとベスの笑顔に誘われて、温泉に足を踏み入れようとして足元を見、一瞬恐怖で足がすくんだ。
(この温泉に体を浸すと、私は人外の存在に姿を変えるだろう)
おそらくは、フェリクスは人ではなくなる。
そして、フェリクスはもう一度顔を上げてみた。
顔を上げた先には、温泉の湯と戯れるベスの姿が見える。
実に幸せそうで、実に気持ちよさそうに、楽しそうにうっとりと湯に体を預けている。
先ほどまでフェリクスの頭をいっぱいにしていた、人間としてのさまざまな感情の一つ一つがフェリクスの心に蘇る。喜び、悲しみ、慈しみ、驚き、恐怖、嫉妬、愛。
それから、恋情。
人外の存在となれば、2度とフェリクスには味わう事ができなくなるだろう、人としての心のそれらだ。
今まで王太子として感情を律して、完璧に振る舞うことばかりに気を取られていた。
今から失うであろうそれらの感情の一つ一つを、律するばかりでちっとも大切にしてきた事などなかったことにフェリクスは今更気が付く。
フェリクスは、心に沸き起こった愛おしい感情の一つ一つを噛み締めるようにそっと抱きしめて、そして覚悟を持って手放した。
(失う直前になって、こんなに感情というものが愛おしいものである事を知ることになるとはな)
ちらりと、最後にベスの顔を見る。
そしてベスの顔を見て、心に沸き起こった大きな感情を最後の感情としてしっかりと抱きしめて、そっと大きく息を吸うと、フェリクスは大きな笑顔を作って、一歩足を温泉に踏み入れた。
(・・私がこの温泉に入ると、人ではなくなる。人の心も失う。2度と元に戻れないかもしれない)
(だが、恋する愛おしい娘が、私を笑顔で一緒に人外の温泉に入れと誘ってくれているのだ。たとえベスが悪質な魔物だったとして、私の恋情を弄んで湯に騙して招き入れているとしても)
そしてバシャバシャと大きな音を立てて、真っ直ぐベスに向かって温泉の中を進んでいく。
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