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古都・ラペット
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目を開けると、そこは知らない天井だった。
茶色い剥き出しの岩の天井は、どこか岩を掘って作った空間なのだろう。独特の香辛料の匂いがどこからか流れてくる。
メリルが目覚めたのは見知らぬ粗末な布のベッドの上だった。
(神殿じゃない・・昨日までいた宿じゃない・・え、ここは一体・・)
「カイアス様!!」
がばり、と起き上がったメリルの前に座っていたのは、レイピアを磨いている異国の女だった。
女は短い上着に、足をあらわにした服の美しい赤い髪をした若い女で、あまりメリルに興味はなさそうに異国語で話しかけてきた。
「気がついたかいお嬢ちゃん?」
「カイアス様はどこ!!」
女の所に走って近づこうとしたメリルは、空間に何か見えない力に遮られて後ろに飛ばされるのが感じた。
(え、結界が貼ってある・・見たこともない術式だわ)
混乱しながらもメリルは後退して、己が寝かされていた寝台に戻って座り込んだ。
赤い髪の女は特にメリルが混乱しているのに気にした様子もなく、手にしたレイピアを研ぎ続けていた。
「あんたの夫はカイアスっていうんだね、私はアフマル。あんたの夫はまだあっちの部屋で伸びてるよ。何、魔力を使い果たしたんだろう、あんたらは何かに吹っ飛ばされて、あたし達のアジトの真前まで飛ばされて落ちてきたんだ。落ちてきた時、二人とも防御魔法で囲まれていたから大きな傷はついてないが、夫の方は足を痛めて、まだ目を覚ましていないから別の場所で手当をしている」
どうやらカイアスは絨毯が墜落する直前に、メリルの聖力の爆発に合わせて防御魔法を発動させたらしい。
そのまま爆発の力で砂漠に飛ばされて少し怪我はしているようだが、大きな事ではなさそうだ。少しホッとしてメリルは言った。
「あなた方は私達を助けてくれたのね。私はメリルといいます。この度は助けてくださって感謝申し上げます」
だが、丁寧なメリルの言葉に、目の前のアフマルという女はケラケラとせせら笑うと言った。
「助ける? お前らを? 誰がそんな事を言った? 」
ひとしきりアフマルは笑いおえると言った。
「私らはこの砂漠の流浪民だ、砂漠をうろうろしているあんたらみたいな裕福そうな連中から色々失敬するのが仕事だ。砂漠の神の教えで、旅人には危害は加えないけれど、お前らを保護してやった手間賃として持ち物は没収させてもらったよ」
チャラリ、とカイアスのお財布を嬉しそうに空に投げてはキャッチした。
ずっしり重いそれは、確かカイアスが昨日丁度旅費のお金を下ろしてきていたやつだ。
やはりメリルの目からみても、カイアスは運が悪い。
「庶民の服なんか着てるけど、あんたら貴族だろう? 現金はあえて銀しか持たない事にしている様子だけれど、詰めが甘いよ。こんな見事な装飾の入った純銀のレイピアなんて金より金になる。あんたの持ち物も細々したものは全て質素に見せて、高級品だ。こんなに細かい細工の入った櫛なぞさぞ高く売れるだろう。お前らが空から降ってきたのは砂漠の神の恵みだな」
アフマルはウッシッシ、と悪い顔をした
「え、そうなんですか、で、でもあなたの神様に叱られないのです? 盗みなんて相当の御法度でしょう」
神殿育ちのメリルにとっては、神の名を語るものとして盗みなど絶対に有り得ない。
メリルの常識では盗みを犯したものは神によって地獄とやらに落とされるし、落とされたら最後、罪の償いにしては相当えげつない罰が待っている。
アフマルの発言は、不信仰な者の発言ならまだしも、どうやら旅人を傷つけないという戒律をしっかり守るほどには信仰者らしいのに、メリルは目を丸くして驚いた。
「この地は恵みの薄い土地でね。その上あたし達みたいな獣人はこの地では虐げられているから仕事も危険なものしか回ってこない。そうなると、富めるものからいただくのは、私達の神様の考えには叶ってるのさ」
そう言ってアフマルはピコ、っとくしゃくしゃの短い猫のような耳を赤い髪の合間から、ピンと立てて見せた。
「嘘お! まあ、あなたは獣人なの? 本物に初めて出会ったわ」
獣人だ。メリルは文献で見たことはあるが、実際には会ったことのない獣の属性を持つ人間を前に大興奮して叫ぶが、アフマルは何の感慨もないようにその猫のような尻尾をと耳を見せると、
「ん? そうぁお前は初めて獣人に会うのか。ははは、いい育ちしてるな。でもこの歳になってやっと初めて獣人に会うような、そんな本物のお嬢様がなんで後生大事にこんなチャチな宝石を持ち歩いてるんだ」
じゃら、と美しい刺繍の入った小さな袋からアフマルは赤い石を一つ取り出して、まじまじとみた。
「それ・・・!!!」
メリルは真っ青になる。
アフマルが弄んでいるそれは、大聖女の「核」だ。大聖女が己の聖力を練って石化したもので、結界の「核」となる重要なものだ。目の前の女にはその価値はわかっていないだろうし、金になるものではない。
だが、間違えた手にそれが渡ると大惨事になる事は請け合いだし、「核」を取り替えないと、先ほど苦労して修繕したこの街の結界はすぐに元に戻ってしまう。
「あの! アフマルさん!! お金でもなんでも持っていってください! でもそれだけは返して! 大切なものなんです、お願いよ!」
焦って結界の向こうから必死で声をかけるメリルに、アフマルはニヤリと笑った。
「ふーん、なんだかこのガラクタには価値があるみたいだね。ちょっとこれはお館様にお見せしないと」
そう言ってアフマルは、信じられないスピードで四つ足でメリルの目の前から旋風のように去っていった。
茶色い剥き出しの岩の天井は、どこか岩を掘って作った空間なのだろう。独特の香辛料の匂いがどこからか流れてくる。
メリルが目覚めたのは見知らぬ粗末な布のベッドの上だった。
(神殿じゃない・・昨日までいた宿じゃない・・え、ここは一体・・)
「カイアス様!!」
がばり、と起き上がったメリルの前に座っていたのは、レイピアを磨いている異国の女だった。
女は短い上着に、足をあらわにした服の美しい赤い髪をした若い女で、あまりメリルに興味はなさそうに異国語で話しかけてきた。
「気がついたかいお嬢ちゃん?」
「カイアス様はどこ!!」
女の所に走って近づこうとしたメリルは、空間に何か見えない力に遮られて後ろに飛ばされるのが感じた。
(え、結界が貼ってある・・見たこともない術式だわ)
混乱しながらもメリルは後退して、己が寝かされていた寝台に戻って座り込んだ。
赤い髪の女は特にメリルが混乱しているのに気にした様子もなく、手にしたレイピアを研ぎ続けていた。
「あんたの夫はカイアスっていうんだね、私はアフマル。あんたの夫はまだあっちの部屋で伸びてるよ。何、魔力を使い果たしたんだろう、あんたらは何かに吹っ飛ばされて、あたし達のアジトの真前まで飛ばされて落ちてきたんだ。落ちてきた時、二人とも防御魔法で囲まれていたから大きな傷はついてないが、夫の方は足を痛めて、まだ目を覚ましていないから別の場所で手当をしている」
どうやらカイアスは絨毯が墜落する直前に、メリルの聖力の爆発に合わせて防御魔法を発動させたらしい。
そのまま爆発の力で砂漠に飛ばされて少し怪我はしているようだが、大きな事ではなさそうだ。少しホッとしてメリルは言った。
「あなた方は私達を助けてくれたのね。私はメリルといいます。この度は助けてくださって感謝申し上げます」
だが、丁寧なメリルの言葉に、目の前のアフマルという女はケラケラとせせら笑うと言った。
「助ける? お前らを? 誰がそんな事を言った? 」
ひとしきりアフマルは笑いおえると言った。
「私らはこの砂漠の流浪民だ、砂漠をうろうろしているあんたらみたいな裕福そうな連中から色々失敬するのが仕事だ。砂漠の神の教えで、旅人には危害は加えないけれど、お前らを保護してやった手間賃として持ち物は没収させてもらったよ」
チャラリ、とカイアスのお財布を嬉しそうに空に投げてはキャッチした。
ずっしり重いそれは、確かカイアスが昨日丁度旅費のお金を下ろしてきていたやつだ。
やはりメリルの目からみても、カイアスは運が悪い。
「庶民の服なんか着てるけど、あんたら貴族だろう? 現金はあえて銀しか持たない事にしている様子だけれど、詰めが甘いよ。こんな見事な装飾の入った純銀のレイピアなんて金より金になる。あんたの持ち物も細々したものは全て質素に見せて、高級品だ。こんなに細かい細工の入った櫛なぞさぞ高く売れるだろう。お前らが空から降ってきたのは砂漠の神の恵みだな」
アフマルはウッシッシ、と悪い顔をした
「え、そうなんですか、で、でもあなたの神様に叱られないのです? 盗みなんて相当の御法度でしょう」
神殿育ちのメリルにとっては、神の名を語るものとして盗みなど絶対に有り得ない。
メリルの常識では盗みを犯したものは神によって地獄とやらに落とされるし、落とされたら最後、罪の償いにしては相当えげつない罰が待っている。
アフマルの発言は、不信仰な者の発言ならまだしも、どうやら旅人を傷つけないという戒律をしっかり守るほどには信仰者らしいのに、メリルは目を丸くして驚いた。
「この地は恵みの薄い土地でね。その上あたし達みたいな獣人はこの地では虐げられているから仕事も危険なものしか回ってこない。そうなると、富めるものからいただくのは、私達の神様の考えには叶ってるのさ」
そう言ってアフマルはピコ、っとくしゃくしゃの短い猫のような耳を赤い髪の合間から、ピンと立てて見せた。
「嘘お! まあ、あなたは獣人なの? 本物に初めて出会ったわ」
獣人だ。メリルは文献で見たことはあるが、実際には会ったことのない獣の属性を持つ人間を前に大興奮して叫ぶが、アフマルは何の感慨もないようにその猫のような尻尾をと耳を見せると、
「ん? そうぁお前は初めて獣人に会うのか。ははは、いい育ちしてるな。でもこの歳になってやっと初めて獣人に会うような、そんな本物のお嬢様がなんで後生大事にこんなチャチな宝石を持ち歩いてるんだ」
じゃら、と美しい刺繍の入った小さな袋からアフマルは赤い石を一つ取り出して、まじまじとみた。
「それ・・・!!!」
メリルは真っ青になる。
アフマルが弄んでいるそれは、大聖女の「核」だ。大聖女が己の聖力を練って石化したもので、結界の「核」となる重要なものだ。目の前の女にはその価値はわかっていないだろうし、金になるものではない。
だが、間違えた手にそれが渡ると大惨事になる事は請け合いだし、「核」を取り替えないと、先ほど苦労して修繕したこの街の結界はすぐに元に戻ってしまう。
「あの! アフマルさん!! お金でもなんでも持っていってください! でもそれだけは返して! 大切なものなんです、お願いよ!」
焦って結界の向こうから必死で声をかけるメリルに、アフマルはニヤリと笑った。
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