113 / 113
鍋の祭典
8
しおりを挟む
「あ、ミシェルさん!聖女様の登場です!ああ、あの娘が獣人の国からやってきた前触れの巫女ですね。噂には聞いていましたが何ていう美しさだ」
隣のアポロンが興奮して立ち上がった。今日がニーケの前触れの巫女としてのデビュー日だ。
鳥族由来の小さな羽と美しい足を惜しみなく観客に披露して、聖女の周りを祝福しながら花びらを撒いているニーケは、とても獣人の国で虚な目をして、毎日申し訳なさそうに日々を過ごしていた悲しい若い娘と同じには見えない。
観客は天女のごとく美しいニーケに、そして神殿の奥に住まう、滅多に姿を現さない神の花嫁である聖女のお出ましに大興奮だ。
聖女が観客に祝福を授け、そして続いてカロンが静々と聖女の名代として祈りの祝詞を唱え始める。
ここのところのカロンの成長はめざましく、この若さで、この大観衆を前に堂々とした落ち着きっぷり。さすがは次代の大神官だけあるというものだ。
カロンの纏う白いマントには細かな刺繍がびっしりと白い糸で施されており、この由緒ある大マントを纏うことができる人は神殿の中でもカロンだけなのだそうだ。
カロンが祝詞を唱えると聖力がマントの上を滑り、ぼんやりとした光で包まれたカロンは幽玄で実に美しい。
会場のあちこちからため息が漏れている。
だが、会場中が聖女様と、ニーケと、そしてカロンに注目する中、ミシェルはただ一人、壇上の角に立つ、場違いにボロボロのローブを纏う美しい男を見つめていた。
(ダンテ)
愛される為に己の魂の自由を放棄して、残された時間を、もう迎える事のない次の誕生日の事で一杯にし、大事な人を憎んで年月を過ごした愚かなアフロディーテ。
決して戻ってくる事のない愛おしい女を今でも愛し続けて、思い詰めて醜いミシェルなんかを異世界から呼んでしまった、もっと愚かなダンテ。
そんな愚かなダンテへの、決して報われる事のない気持ちを自覚してしまった、愚かな愚かなミシェル。
(なんて、人というものは愚かなものなんだろう)
会場がワッ沸き立った。
イカロス様が、息子の二人と精鋭団を引き連れて聖女様の聖域に侵入を企ててたのだ。
どうやら会場の防備を突破したらしい。壇上にはイカロスの家の家紋の旗が翻る。
かつての伝説の英雄の堂々たる登場に会場は大盛り上がりだ。
「あ、父上は壇上まで辿り着いたのですね、さすが父上!!」
隣のアポロンも興奮気味だ。
「聖女様!さあ我々に拐かされていただきますぞ!」
イカロスがその腕を聖女様の方に向けた瞬間、だが、バチリ!!と大きな閃光が放たれて、イカロスの右腕は一瞬で石となった。
「な!! 石化の魔術だと!!」
ミシェルの隣でアポロンが叫び、会場がどよめく。
ミシェルにはよくわからないが、誰かが大魔術を放ったらしい。
「さすがイカロス様、お見事です。ですが、たとえ相手が貴方様とは言えど、聖女様には指一本触れさすわけにはいきません」
魔術を放ったのは、会場の角に立っていたダンテだった。
プス、プスと掌から灰色の煙が出ている。
随分痛みを伴う魔術らしい。その場で膝をついてしまったイカロスは、痛みで苦悶の表情を浮かべている。
「ははは、ダンテ様。貴方ほどの方が、こんな泥臭い呪術もお使いとは。ワシの研究不足でしたわい。来年こそはもっと研究を重ねて作戦を練り、見事聖女様を拐かして見せますぞ!はははは!」
そう悪役のような見事な高笑いを残して、二人の息子に抱えられてイカロスは壇上から去っていった。このまま神殿に石化された腕を解呪しに行くのであろう。バタバタと高位神官達がその後に心配そうに付き従ってゆく。
イカロス達が壇上から退出した後、何事もなかったかのようにカロンは壇上から降りてきて、聖女の名代として、高らかに開会を宣言した。
ニーケがいつの間にか手にしていた花をトランペットに変えて、トランペットを片手に大空を飛び回り、空いっぱいに美しいトランペットの音色が響き渡る。
会場は大盛り上がりだ。開会式はこれ以上ないほどの大成功だ。
「いやあ、ダンテ様が呪術師の使うような黒魔術までお使いになる事ができるとは、完全に我々の勉強不足でした。ダンテ様は、ただここ10年のベアトリーチェ様を偲んで暮らしておられるとばかり想定していたのですが、あれほどの呪術を習得するほど研鑽に励んできておられたとは、いやはやダンテ様をみくびっていた我々の完全なる敗北です」
アポロンは実に満足そうだ。
「いや、見事な開会式でした。この後は見せ物がありますし、会場には出店もたくさん出店しています。是非ご一緒に回りましょう・・ミシェルさん?大丈夫ですか」
アポロンの呼びかけに、だがミシェルの心はもう、限界を迎えていた。
「すみません、折角ですけれど、私はお暇させていただきます。今日は疲れてしまいました」
隣のアポロンが興奮して立ち上がった。今日がニーケの前触れの巫女としてのデビュー日だ。
鳥族由来の小さな羽と美しい足を惜しみなく観客に披露して、聖女の周りを祝福しながら花びらを撒いているニーケは、とても獣人の国で虚な目をして、毎日申し訳なさそうに日々を過ごしていた悲しい若い娘と同じには見えない。
観客は天女のごとく美しいニーケに、そして神殿の奥に住まう、滅多に姿を現さない神の花嫁である聖女のお出ましに大興奮だ。
聖女が観客に祝福を授け、そして続いてカロンが静々と聖女の名代として祈りの祝詞を唱え始める。
ここのところのカロンの成長はめざましく、この若さで、この大観衆を前に堂々とした落ち着きっぷり。さすがは次代の大神官だけあるというものだ。
カロンの纏う白いマントには細かな刺繍がびっしりと白い糸で施されており、この由緒ある大マントを纏うことができる人は神殿の中でもカロンだけなのだそうだ。
カロンが祝詞を唱えると聖力がマントの上を滑り、ぼんやりとした光で包まれたカロンは幽玄で実に美しい。
会場のあちこちからため息が漏れている。
だが、会場中が聖女様と、ニーケと、そしてカロンに注目する中、ミシェルはただ一人、壇上の角に立つ、場違いにボロボロのローブを纏う美しい男を見つめていた。
(ダンテ)
愛される為に己の魂の自由を放棄して、残された時間を、もう迎える事のない次の誕生日の事で一杯にし、大事な人を憎んで年月を過ごした愚かなアフロディーテ。
決して戻ってくる事のない愛おしい女を今でも愛し続けて、思い詰めて醜いミシェルなんかを異世界から呼んでしまった、もっと愚かなダンテ。
そんな愚かなダンテへの、決して報われる事のない気持ちを自覚してしまった、愚かな愚かなミシェル。
(なんて、人というものは愚かなものなんだろう)
会場がワッ沸き立った。
イカロス様が、息子の二人と精鋭団を引き連れて聖女様の聖域に侵入を企ててたのだ。
どうやら会場の防備を突破したらしい。壇上にはイカロスの家の家紋の旗が翻る。
かつての伝説の英雄の堂々たる登場に会場は大盛り上がりだ。
「あ、父上は壇上まで辿り着いたのですね、さすが父上!!」
隣のアポロンも興奮気味だ。
「聖女様!さあ我々に拐かされていただきますぞ!」
イカロスがその腕を聖女様の方に向けた瞬間、だが、バチリ!!と大きな閃光が放たれて、イカロスの右腕は一瞬で石となった。
「な!! 石化の魔術だと!!」
ミシェルの隣でアポロンが叫び、会場がどよめく。
ミシェルにはよくわからないが、誰かが大魔術を放ったらしい。
「さすがイカロス様、お見事です。ですが、たとえ相手が貴方様とは言えど、聖女様には指一本触れさすわけにはいきません」
魔術を放ったのは、会場の角に立っていたダンテだった。
プス、プスと掌から灰色の煙が出ている。
随分痛みを伴う魔術らしい。その場で膝をついてしまったイカロスは、痛みで苦悶の表情を浮かべている。
「ははは、ダンテ様。貴方ほどの方が、こんな泥臭い呪術もお使いとは。ワシの研究不足でしたわい。来年こそはもっと研究を重ねて作戦を練り、見事聖女様を拐かして見せますぞ!はははは!」
そう悪役のような見事な高笑いを残して、二人の息子に抱えられてイカロスは壇上から去っていった。このまま神殿に石化された腕を解呪しに行くのであろう。バタバタと高位神官達がその後に心配そうに付き従ってゆく。
イカロス達が壇上から退出した後、何事もなかったかのようにカロンは壇上から降りてきて、聖女の名代として、高らかに開会を宣言した。
ニーケがいつの間にか手にしていた花をトランペットに変えて、トランペットを片手に大空を飛び回り、空いっぱいに美しいトランペットの音色が響き渡る。
会場は大盛り上がりだ。開会式はこれ以上ないほどの大成功だ。
「いやあ、ダンテ様が呪術師の使うような黒魔術までお使いになる事ができるとは、完全に我々の勉強不足でした。ダンテ様は、ただここ10年のベアトリーチェ様を偲んで暮らしておられるとばかり想定していたのですが、あれほどの呪術を習得するほど研鑽に励んできておられたとは、いやはやダンテ様をみくびっていた我々の完全なる敗北です」
アポロンは実に満足そうだ。
「いや、見事な開会式でした。この後は見せ物がありますし、会場には出店もたくさん出店しています。是非ご一緒に回りましょう・・ミシェルさん?大丈夫ですか」
アポロンの呼びかけに、だがミシェルの心はもう、限界を迎えていた。
「すみません、折角ですけれど、私はお暇させていただきます。今日は疲れてしまいました」
25
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
召喚聖女に嫌われた召喚娘
ざっく
恋愛
闇に引きずり込まれてやってきた異世界。しかし、一緒に来た見覚えのない女の子が聖女だと言われ、亜優は放置される。それに文句を言えば、聖女に悲しげにされて、その場の全員に嫌われてしまう。
どうにか、仕事を探し出したものの、聖女に嫌われた娘として、亜優は魔物が闊歩するという森に捨てられてしまった。そこで出会った人に助けられて、亜優は安全な場所に帰る。
【完結】異世界転移した私、なぜか全員に溺愛されています!?
きゅちゃん
恋愛
残業続きのOL・佐藤美月(22歳)が突然異世界アルカディア王国に転移。彼女が持つ稀少な「癒しの魔力」により「聖女」として迎えられる。優しく知的な宮廷魔術師アルト、粗野だが誠実な護衛騎士カイル、クールな王子レオン、最初は敵視する女騎士エリアらが、美月の純粋さと癒しの力に次々と心を奪われていく。王国の危機を救いながら、美月は想像を絶する溺愛を受けることに。果たして美月は元の世界に帰るのか、それとも新たな愛を見つけるのか――。
捕まり癒やされし異世界
波間柏
恋愛
飲んでものまれるな。
飲まれて異世界に飛んでしまい手遅れだが、そう固く決意した大学生 野々村 未来の異世界生活。
異世界から来た者は何か能力をもつはずが、彼女は何もなかった。ただ、とある声を聞き閃いた。
「これ、売れる」と。
自分の中では砂糖多めなお話です。
私は、聖女っていう柄じゃない
波間柏
恋愛
夜勤明け、お風呂上がりに愚痴れば床が抜けた。
いや、マンションでそれはない。聖女様とか寒気がはしる呼ばれ方も気になるけど、とりあえず一番の鳥肌の元を消したい。私は、弦も矢もない弓を掴んだ。
20〜番外編としてその後が続きます。気に入って頂けましたら幸いです。
読んで下さり、ありがとうございました(*^^*)
異世界転移聖女の侍女にされ殺された公爵令嬢ですが、時を逆行したのでお告げと称して聖女の功績を先取り実行してみた結果
富士とまと
恋愛
公爵令嬢が、異世界から召喚された聖女に婚約者である皇太子を横取りし婚約破棄される。
そのうえ、聖女の世話役として、侍女のように働かされることになる。理不尽な要求にも色々耐えていたのに、ある日「もう飽きたつまんない」と聖女が言いだし、冤罪をかけられ牢屋に入れられ毒殺される。
死んだと思ったら、時をさかのぼっていた。皇太子との関係を改めてやり直す中、聖女と過ごした日々に見聞きした知識を生かすことができることに気が付き……。殿下の呪いを解いたり、水害を防いだりとしながら過ごすあいだに、運命の時を迎え……え?ええ?
面倒くさがりやの異世界人〜微妙な美醜逆転世界で〜
波間柏
恋愛
仕事帰り電車で寝ていた雅は、目が覚めたら満天の夜空が広がる場所にいた。目の前には、やたら美形な青年が騒いでいる。どうしたもんか。面倒くさいが口癖の主人公の異世界生活。
短編ではありませんが短めです。
別視点あり
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる