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これが噂の異世界転移か

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「ミシェル。君は、見えたの?」

カロンが、蒼白な真剣な顔をして、ミシェルに問いかけた。

「見えた?あの後ろにいた三人組の事?それともあの娘の未来の姿?それとも、あの娘の父ちゃん?」

ミシェルは、答えた。

ダンテは、ミシェルの言葉を聞くと、苦しそうに、口を開いた。

「ミシェル、教えてくれ。三人組の姿だ」

辛そうに、泣き出しそうに。

「えっと、爺さん婆さんと、太ったおばさんよ。爺さんは耳がとがり気味で、緑の瞳よ。婆さんは、茶色い髪で、鼻の頭に、でっかいほくろがあった。おばさんは、紺の瞳と茶色の髪で、ちょっと太ってて、それから黄色い羽織をかぶってたわ」

ダンテの様子に少したじろいだが、ミシェルは見たものを報告した。

ミシェルの言葉を聞いたダンテとカノンは、言葉なく顔を見合わせてて、そして痛そうに、ダンテが口をひらいた。

「間違いない。ミシェル、君が見た人々は、先ほどの娘の母と、祖父母だ。3年前にみな、この世を去った。この城下町の道具屋を営んでいた、私の領民だ」

「幽霊をみたってこと?あんまり怖くなかったから、異世界ではそういうものかと思っちゃったわ」

ミシェルの知ってる元の世界の幽霊という存在は、なんか恨みがましい存在ばかりだったが、あの三人はあの初心な娘を心から心配して、なんとかしてくれ、と必死になってミシェルに訴えていた。ちっとも、怖くなどなかった。

ダンテは、また、深い沈黙に入った。

そろそろ夜も更けてきた。今夜の宿をなんとかしなくてはいけない。
ミシェルが口を開こうとしたとき、ダンテが重い口を開いた。

「ミシェル。君は元の世界から、完全に離脱しては、いない、という事だ」

「ダンテ様!」

悲痛なさけび声は、カロンのもの。

「つまり、君は元の世界に、まだかろうじてつながっている。肉体から魂が、完全には離れていない、という事だ。だが、君はこの世界にいる。そして、この世に存在しないものを見ている。君の魂は、この世界と、あちらの世界の中間にいる」

ふらり、とめまいがする。

そうだ。たしかトラックに挽かれるその瞬間だった。

「ダンテ。つまり、私は向こうの世界で、死んでないっていう事、なのね」

仮死状態か、何かなのだろう。不穏な言葉に、ミシェルは青くなる。

「ああ、かろうじて、だが。君の状態は、リンボ、といわれる状態だ。君が向こうの世界で死ぬまで、生まかわる事も、この世界で死ぬことも、かなわない。生と死の、間の存在だ。だから、君には生の世界の者も、死者の世界の者も、そして未来も、過去も、うっすらと感じるのだろう。君の魂は、どこにも、存在していないから」

「わたしは、どこにも存在しない?」

カロンは、大きな声で、嗚咽をはじめた。

「すまないミシェル。私は、ベアトリーチェ恋しさに、無関係の君を、ただの異世界の生者であった君を、リンボに堕とした。なんと、なんと残酷な事を君にしてしまった。私は、永遠の咎人として、この身を地獄の業火に焼かれるであろう。すまない。本当にすまない」

ダンテは、その美しい紫色の瞳から、大きな涙の粒をぼろぼろと流しはじめた。

(私は、どこにも存在していない)

その意味は、ミシェルにはよくわからなかったが、ぼんやりと、自分が放った言葉を、遠くに感じながら、心で復唱してみた。

災害で両親をなくしてから、ミシェルは、どこにも存在していなかった。
誰の心の中にも、自分の心の中にも。
いつだって、その場を平和的にやり過ごすため、息を止めて、その場にふさわしいように、いい顔してふるまっていただけ。
おばさんも、おじさんも、みんなミシェルにやさしかった。友人も、いた気がする。
だけれど、ミシェルの心の中に、ミシェルはいなかった。存在していたのは、ミシェルの仮面をかぶった、だれかだった。

(いつも通りじゃない)

田舎からでてきた後は、破れかぶれのように、派手な服を着て、派手に遊んでみた。
息をひそめて生きていた、そんな自分をとりもどすように。だけれど、それも、別に楽しかったわけでない。
都会のミシェルも、自由になった風の、ミシェルの仮面をかぶった、だれかだった。

ミシェルがいなくても、会社も、おばさんたちも、友人たちも、誰一人、困るものも、ごはんが食べられなくなるほど悲しんでくれるものも、いないだろう。ミシェルの心は、両親を亡くしたあの日に、止まったそのままだ。

(そっか)

ミシェルから湧いて出たのは、自虐的な、湿度の伴わない、乾いた笑いだった。

(なら、ここが私の場所で、まちがいないわ)

元の世界は、マニキュアコレクション以外は大した未練はない。生にも大した未練はない。死者の世界は、興味がない。未来も過去も、現在も、どうでもいい気がする。

そして、現実主義者は、大事な事を思い出す。

「とりあえず、今日の宿だけ、用意してよね」

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