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パワハラ男には、言い分があるのだそうだ
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ミシェルは、途方に暮れながら、手繰り寄せたサイコロを転がしてみる。
被害者で、そして同時に加害者でもあるエン。
(どうやったら、この人は救われるの)
ミシェルは、エンの中にいる、小さな泣く子供に問いかけた。
子供は真っすぐに立ち上がると、体を覆う青い光の粒を、四方にまきちらして、ミシェルのサイコロを促した。
ミシェルは、サイコロに導かれた番号のページを、手元の歌詞カード本で探す。
(あったわ)
ミシェルが祈る思いでめくったその歌詞は、
「漕ぎだした海には、夜霧が立ち込めていて、二人の行く先は、なにも見えない。月に導かれ、夜霧が晴れるその時まで、二人の航路はなにも、見えない」
手元のカラオケ歌詞カードは、そんな歌詞が書いていた。
親の反対を押し切って、船で二人で駆け落ちする二人。だが霧が立って、航路がみえていない、そんな内容のロマンチックなバラードの歌詞だった。
そうか。ミシェルは解釈した。
今、エンの心の目は、自分が被害者であるという意識で曇っていて、加害者の自分の姿がみえていないのか。
すんなりと、ミシェルは理解できた。被害者であった事が過去になれば、加害者である、現在の自分の姿が、ようやく正しく見えるのだろう。
なら、父の被害者であるエンを、救い出してあげれば、部下の加害者になったエンを、自覚できるだろう。
エンが、被害者である立場を手放せないでいるのは、なぜなのか、ミシェルは知っている。
「エン、大丈夫よ。もう泣かないで。あなたを苦しめたお父様は、もういないわ。あなたを愛してくれた、お父様も、もういないわ。憎くて憎くて、そして、愛しているのね、お父様を」
ミシェルは、まっすぐエンの目を見つめて、そう言った。
ミシェルに見えるのは、愛されたい、と泣く子供の姿だ。
この子供が、被害者の立場を手放せないのは、愛を手放せないからだ。
どんなに憎くても、愛されたことも、愛したことも、手放せないで、いるからだ。
愛される事を手放すくらいなら、被害者でありつづける事を、この子供は、選んでしまったのだ。
憎しみの裏に、父への愛が、あるからだ。
気が付いたら、エンはその美しい顔を涙でゆがめて、号泣していた。
「・・毎日です。小さな子供の頃から、計算問題を間違えたら、私は、棚にある鞭を自分で父の所にもっていって、鞭に打たれなければいけなかった。全問正解しても、褒められる事は一度もなかった。お前はそれが、当然だ。そう父は、私に吐き捨てるように」
「大好きだった絵本があったのです。絵本の登場人物には、鳥になる事ができる、人間の話でした。当時はやりの絵本で、父が珍しく買い与えてくれたはやりの娯楽だったのですが、ある日、虫の居所が悪かった父は、文章題の問題を間違えたときに、「こんな下世話なものを呼んでいるからだ」といって、目の前でびりびりに破いて、その場で火魔法を出して、炭にしました」
ぼたぼたとセイの顔を流れる滂沱の涙は、テーブルクロスに、大きなシミを作ってゆく。
どれほどの、悲しみだったのだろう。
「私は、私は、憎い父のお陰で、宮廷魔術師に、なれた。あのおぞましい毎日の教育の結果で、私は、国一番の騎士にも、なれた。憎い。悔しい、悲しいのですよ、ミシェルさん」
「ですが、私はあの男に認められたくて、それから認めてもらって嬉しくて・・」
ミシェルは泣きながら、大声で立ち上がって叫んだ。
「罪は罪、愛は愛です。お父様を憎む気持ちも、お父様を愛する気持ちも、否定しないで。憎んでいるからといって、愛する事をやめる事なんて、できないです」
そして、背中を丸めて苦しげに、涙を流す目の前の男の頭を抱きしめた。
「私の国に、罪を憎んで、人を憎まずという言葉があるんです。この言葉を、貴方に贈らせて、ください」
セイは、溜めていた思いが全て吐き出させられえるかのように嗚咽を繰り返し、絞り出すように魂の声を、上げた。
「ミシェルさん・・私は、父が死んで、悲しいんです。清々しているはずなのに、あんな鬼のような男が死んで、悲しいのです・・!」
ずっと、途方にくれたように二人を見守っていたダンテは、ぽつり、といった。
「お前は、前伯爵の葬儀にでていなかったから、上手に別れができなかったんだな」
永遠の別れという、耐え難い悲しみが人を襲った時、人類は型という方法を使って悲しみを受け入れて、そして乗り越える技を編み出してきたのだ。
田舎の大きな葬式には、謎の儀式がたくさんある。
ミシェルの田舎は死者の家族が小銭を撒く習慣のある田舎だったので、ミシェルは葬式を楽しみにしていた。
なぜ人が死んだら小銭をまいたり、黒い弁当を食べたりするのかと、半ば田舎の風習を少しバカにした発言をしたミシェルをたしなめるように、たくさんの葬式の儀式は、本当は全部、残された人が悲しみを乗り越える為にあるのよと、おばさんが言っていたか。
今なら少し、おばさんが言っていた事がわかる気がする。
小銭を撒いて、死者が旅立った事を自覚するのだ。黒い弁当をふるまって、もう死者がこの世で同じメシを食べる事はない事を、自覚するのだ。
セイの嗚咽だけが、静かなサンルームに、響き渡っていた。
被害者で、そして同時に加害者でもあるエン。
(どうやったら、この人は救われるの)
ミシェルは、エンの中にいる、小さな泣く子供に問いかけた。
子供は真っすぐに立ち上がると、体を覆う青い光の粒を、四方にまきちらして、ミシェルのサイコロを促した。
ミシェルは、サイコロに導かれた番号のページを、手元の歌詞カード本で探す。
(あったわ)
ミシェルが祈る思いでめくったその歌詞は、
「漕ぎだした海には、夜霧が立ち込めていて、二人の行く先は、なにも見えない。月に導かれ、夜霧が晴れるその時まで、二人の航路はなにも、見えない」
手元のカラオケ歌詞カードは、そんな歌詞が書いていた。
親の反対を押し切って、船で二人で駆け落ちする二人。だが霧が立って、航路がみえていない、そんな内容のロマンチックなバラードの歌詞だった。
そうか。ミシェルは解釈した。
今、エンの心の目は、自分が被害者であるという意識で曇っていて、加害者の自分の姿がみえていないのか。
すんなりと、ミシェルは理解できた。被害者であった事が過去になれば、加害者である、現在の自分の姿が、ようやく正しく見えるのだろう。
なら、父の被害者であるエンを、救い出してあげれば、部下の加害者になったエンを、自覚できるだろう。
エンが、被害者である立場を手放せないでいるのは、なぜなのか、ミシェルは知っている。
「エン、大丈夫よ。もう泣かないで。あなたを苦しめたお父様は、もういないわ。あなたを愛してくれた、お父様も、もういないわ。憎くて憎くて、そして、愛しているのね、お父様を」
ミシェルは、まっすぐエンの目を見つめて、そう言った。
ミシェルに見えるのは、愛されたい、と泣く子供の姿だ。
この子供が、被害者の立場を手放せないのは、愛を手放せないからだ。
どんなに憎くても、愛されたことも、愛したことも、手放せないで、いるからだ。
愛される事を手放すくらいなら、被害者でありつづける事を、この子供は、選んでしまったのだ。
憎しみの裏に、父への愛が、あるからだ。
気が付いたら、エンはその美しい顔を涙でゆがめて、号泣していた。
「・・毎日です。小さな子供の頃から、計算問題を間違えたら、私は、棚にある鞭を自分で父の所にもっていって、鞭に打たれなければいけなかった。全問正解しても、褒められる事は一度もなかった。お前はそれが、当然だ。そう父は、私に吐き捨てるように」
「大好きだった絵本があったのです。絵本の登場人物には、鳥になる事ができる、人間の話でした。当時はやりの絵本で、父が珍しく買い与えてくれたはやりの娯楽だったのですが、ある日、虫の居所が悪かった父は、文章題の問題を間違えたときに、「こんな下世話なものを呼んでいるからだ」といって、目の前でびりびりに破いて、その場で火魔法を出して、炭にしました」
ぼたぼたとセイの顔を流れる滂沱の涙は、テーブルクロスに、大きなシミを作ってゆく。
どれほどの、悲しみだったのだろう。
「私は、私は、憎い父のお陰で、宮廷魔術師に、なれた。あのおぞましい毎日の教育の結果で、私は、国一番の騎士にも、なれた。憎い。悔しい、悲しいのですよ、ミシェルさん」
「ですが、私はあの男に認められたくて、それから認めてもらって嬉しくて・・」
ミシェルは泣きながら、大声で立ち上がって叫んだ。
「罪は罪、愛は愛です。お父様を憎む気持ちも、お父様を愛する気持ちも、否定しないで。憎んでいるからといって、愛する事をやめる事なんて、できないです」
そして、背中を丸めて苦しげに、涙を流す目の前の男の頭を抱きしめた。
「私の国に、罪を憎んで、人を憎まずという言葉があるんです。この言葉を、貴方に贈らせて、ください」
セイは、溜めていた思いが全て吐き出させられえるかのように嗚咽を繰り返し、絞り出すように魂の声を、上げた。
「ミシェルさん・・私は、父が死んで、悲しいんです。清々しているはずなのに、あんな鬼のような男が死んで、悲しいのです・・!」
ずっと、途方にくれたように二人を見守っていたダンテは、ぽつり、といった。
「お前は、前伯爵の葬儀にでていなかったから、上手に別れができなかったんだな」
永遠の別れという、耐え難い悲しみが人を襲った時、人類は型という方法を使って悲しみを受け入れて、そして乗り越える技を編み出してきたのだ。
田舎の大きな葬式には、謎の儀式がたくさんある。
ミシェルの田舎は死者の家族が小銭を撒く習慣のある田舎だったので、ミシェルは葬式を楽しみにしていた。
なぜ人が死んだら小銭をまいたり、黒い弁当を食べたりするのかと、半ば田舎の風習を少しバカにした発言をしたミシェルをたしなめるように、たくさんの葬式の儀式は、本当は全部、残された人が悲しみを乗り越える為にあるのよと、おばさんが言っていたか。
今なら少し、おばさんが言っていた事がわかる気がする。
小銭を撒いて、死者が旅立った事を自覚するのだ。黒い弁当をふるまって、もう死者がこの世で同じメシを食べる事はない事を、自覚するのだ。
セイの嗚咽だけが、静かなサンルームに、響き渡っていた。
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