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創造するって事は
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「下?どういう事でしょう」
顔いっぱいに、「?」という疑問を隠しきれていないオルフェウスに、ミシェルは澄まして答えた。
「下に飛び込めばいいだけよ。あの子たちみたいに」
ミシェルの指さした先には例の神殿ウェイ系の子供達が、まだはしゃぎまくって飛び込みを決めている。次のグループは一回転して飛び込む事にしたらしい。失敗した子はお腹から着水してしまい、痛そうで、それからとっても楽しそうだ。
「あなたは努力して、何かを自分で積み上げないと小説は書けないと思っているでしょう?ちがうわ。逆よ。空っぽにして小説が降ってくるのを待てばいいのよ。完全に空っぽになって、穴の底に落ちて行って、鍵が降ってくるのを待てばいいのよ。上の扉と、下の扉は同じ扉なのよ」
すると光のさざめきが見せていた、ミシェルの映像がいきなり切り替わった。
オルフェウスは、足元にぽっかり空いた穴に気がついて、大きく動揺して、そしてさきほどまで階段をつくろうとして積み上げていた材料すべてを大急ぎで穴に投げ込んで、決して落ちないように蓋をしてしているオルフェウスの必死な姿だ。
「ちょ、ちょっと、どうしたのよ、折角の穴をなんで埋めちゃうのよ!」
ミシェルの映像をみえているはずのないオルフェウスが、弱弱しい笑顔で答えた。
どうやら不思議な事に、ミシェルの言っている事も、見えている事も説明もなく、理解している様子なのだ。
「あの子供達は、傷つく事を知らないから、ああも無防備でいられるのですよ。傷の痛みを知ったら、無防備に穴に身を任せて落ちていく事なんて、できやしません」
ミシェルは驚いて息をのむが、とにかく映像に集中する。
今度は全く違う映像になった。
そこにいるのは、小さな子供。子供の体の中には、創作なぞ始める前の、もっと野生のままの、生まれたてのオルフェウスの魂が入っていた。
意外にも、オルフェウスの魂は先ほどの神殿ウェイ系と同じくらい自由な魂で、まるで風のよう。
今のオルフェウスの魂は公園の樹木のように落ち着いていてしっかりしていて、なんだか別人みたいだ。
「あなたは・・本来の魂は風のように、軽くて自由なのね」
ミシェルはつぶやいた。
なぜこの真面目そうな男が詩の扉をギフトされて生まれてきたのかがようやく理解できた。
この男の生来の魂の姿は、瞬間瞬間の美しさを切り取り喜ぶ、まるでオルフェウスが綴った詩と同じ属性の魂を持っているからなのだ。
「ええ。昔の私は、もっと自由な質でした。ですが、自由奔放な魂の求めるそのままで生きていけるほど私の人生は易しいものではなかったのです。私は人を頼る事ができない状況で成長しました。守るもののために、私は生来の自分の性分を閉じ込めて、努力を重ねて違う人間になることを選びました」
詩の魂そのものを持つこの男は、ミシェルの詩的ともいえる発言の全てが、何の努力もなく理解できるのだろう。
なんの説明もないのに、オルフェウスはミシェルの言葉を理解した。
「・・何があったの・・?」
苦しそうにミシェルは問う。
オルフェウスは、全てを諦めたように遠い目をして、言った。
「まだ10歳の子供の頃に両親を亡くし、それからは家の当主としての責任を全うしてきました。家を乗っ取ろうと、牛耳ろうとしてくる叔父達や、若い当主に代替わりした私の足元をみて、財産をかすめとろうとしてゆく商人から弟妹達を守るのに精一杯生きてきました。あのように生まれたままの魂で、無防備で自由にいられるのは、守ってくれる存在がいるからなのですよ」
うらやましそうにオルフェウスはウェイな子供達を指さす。
「でも、そんなオルフェウスという人物を気に入っているのも事実なんです。私は人生の吹雪に耐え、家を守り、弟妹を守った。私の生まれてきた性質ではないけれども、大事なものを守るために刻苦して手に入れた、オルフェウスという信頼のおける人物の事を、誇りに思っています」
そして、寂しそうな、とても美しい笑顔をミシェルに見せた。
「ですので、私には今更無防備に、穴に落ちていって、降りくる鍵を待つのは無理なんです」
ミシェルもそれはよく知っている。
ミシェルは割と天真爛漫に育ってきた。あの災害がミシェルの両親をミシェルから奪っていくまで、ミシェルは産まれたときの魂そのままの、野生のミシェルでいられたのだ。
いつも正しいおばさんに引き取られてからは、ミシェルは野生でいる事はできなかった。
ミシェルは田舎の常識を覚えて、目立たず、当たり障りなく生きていく事を覚えた。
ミシェルが生まれたままのミシェルの魂のままでいるには、無条件に愛して守ってくれる両親が必要だった。
ほろほろと、ミシェルの瞳からも涙があふれてくる。
ミシェルには背負う家も、守るべき弟妹も、それから意地悪な叔父さんも悪徳商人もいやしなかったけれども、守ってくれる、愛してくれる両親がいなくなって、そのままのミシェルでいることが叶わなくなって、ミシェルはあんなにも辛くて悲しかったのだ。
オルフェウスがどれほどの苦しみを乗り越えてきたのか、そしてどうやって今の人格を獲得したのなど、想像もしたくないほどに、まだミシェルの傷口はじくじくと膿んでいる。
顔いっぱいに、「?」という疑問を隠しきれていないオルフェウスに、ミシェルは澄まして答えた。
「下に飛び込めばいいだけよ。あの子たちみたいに」
ミシェルの指さした先には例の神殿ウェイ系の子供達が、まだはしゃぎまくって飛び込みを決めている。次のグループは一回転して飛び込む事にしたらしい。失敗した子はお腹から着水してしまい、痛そうで、それからとっても楽しそうだ。
「あなたは努力して、何かを自分で積み上げないと小説は書けないと思っているでしょう?ちがうわ。逆よ。空っぽにして小説が降ってくるのを待てばいいのよ。完全に空っぽになって、穴の底に落ちて行って、鍵が降ってくるのを待てばいいのよ。上の扉と、下の扉は同じ扉なのよ」
すると光のさざめきが見せていた、ミシェルの映像がいきなり切り替わった。
オルフェウスは、足元にぽっかり空いた穴に気がついて、大きく動揺して、そしてさきほどまで階段をつくろうとして積み上げていた材料すべてを大急ぎで穴に投げ込んで、決して落ちないように蓋をしてしているオルフェウスの必死な姿だ。
「ちょ、ちょっと、どうしたのよ、折角の穴をなんで埋めちゃうのよ!」
ミシェルの映像をみえているはずのないオルフェウスが、弱弱しい笑顔で答えた。
どうやら不思議な事に、ミシェルの言っている事も、見えている事も説明もなく、理解している様子なのだ。
「あの子供達は、傷つく事を知らないから、ああも無防備でいられるのですよ。傷の痛みを知ったら、無防備に穴に身を任せて落ちていく事なんて、できやしません」
ミシェルは驚いて息をのむが、とにかく映像に集中する。
今度は全く違う映像になった。
そこにいるのは、小さな子供。子供の体の中には、創作なぞ始める前の、もっと野生のままの、生まれたてのオルフェウスの魂が入っていた。
意外にも、オルフェウスの魂は先ほどの神殿ウェイ系と同じくらい自由な魂で、まるで風のよう。
今のオルフェウスの魂は公園の樹木のように落ち着いていてしっかりしていて、なんだか別人みたいだ。
「あなたは・・本来の魂は風のように、軽くて自由なのね」
ミシェルはつぶやいた。
なぜこの真面目そうな男が詩の扉をギフトされて生まれてきたのかがようやく理解できた。
この男の生来の魂の姿は、瞬間瞬間の美しさを切り取り喜ぶ、まるでオルフェウスが綴った詩と同じ属性の魂を持っているからなのだ。
「ええ。昔の私は、もっと自由な質でした。ですが、自由奔放な魂の求めるそのままで生きていけるほど私の人生は易しいものではなかったのです。私は人を頼る事ができない状況で成長しました。守るもののために、私は生来の自分の性分を閉じ込めて、努力を重ねて違う人間になることを選びました」
詩の魂そのものを持つこの男は、ミシェルの詩的ともいえる発言の全てが、何の努力もなく理解できるのだろう。
なんの説明もないのに、オルフェウスはミシェルの言葉を理解した。
「・・何があったの・・?」
苦しそうにミシェルは問う。
オルフェウスは、全てを諦めたように遠い目をして、言った。
「まだ10歳の子供の頃に両親を亡くし、それからは家の当主としての責任を全うしてきました。家を乗っ取ろうと、牛耳ろうとしてくる叔父達や、若い当主に代替わりした私の足元をみて、財産をかすめとろうとしてゆく商人から弟妹達を守るのに精一杯生きてきました。あのように生まれたままの魂で、無防備で自由にいられるのは、守ってくれる存在がいるからなのですよ」
うらやましそうにオルフェウスはウェイな子供達を指さす。
「でも、そんなオルフェウスという人物を気に入っているのも事実なんです。私は人生の吹雪に耐え、家を守り、弟妹を守った。私の生まれてきた性質ではないけれども、大事なものを守るために刻苦して手に入れた、オルフェウスという信頼のおける人物の事を、誇りに思っています」
そして、寂しそうな、とても美しい笑顔をミシェルに見せた。
「ですので、私には今更無防備に、穴に落ちていって、降りくる鍵を待つのは無理なんです」
ミシェルもそれはよく知っている。
ミシェルは割と天真爛漫に育ってきた。あの災害がミシェルの両親をミシェルから奪っていくまで、ミシェルは産まれたときの魂そのままの、野生のミシェルでいられたのだ。
いつも正しいおばさんに引き取られてからは、ミシェルは野生でいる事はできなかった。
ミシェルは田舎の常識を覚えて、目立たず、当たり障りなく生きていく事を覚えた。
ミシェルが生まれたままのミシェルの魂のままでいるには、無条件に愛して守ってくれる両親が必要だった。
ほろほろと、ミシェルの瞳からも涙があふれてくる。
ミシェルには背負う家も、守るべき弟妹も、それから意地悪な叔父さんも悪徳商人もいやしなかったけれども、守ってくれる、愛してくれる両親がいなくなって、そのままのミシェルでいることが叶わなくなって、ミシェルはあんなにも辛くて悲しかったのだ。
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