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後編
第三十一話 三筋の足跡
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二筋の足跡。
どちらも、小さな足の持ち主のようだ。すなわち、子供の靴跡。状態は良好で、靴底の模様まで読み取れる。清家が、黒井の背中越しに、痕跡を眺めていた。
「この足跡がつけられたのは、雪が降りやむ前だろう。私たちが自販機でココアを買った時点で、雪はかなりまばらだった。つまり、あの時よりも前につけられた足跡だ」
耳元でしゃべられるとくすぐったく、黒井はポケットでこぶしを揉んだ。吐息が視界左端にちらつき、温度が耳に伝わる。
「俺たちが飲み物を買いに出る前に、雪が止んでいた時間があった。十時くらいだったかな。その前は本降りだったから、この痕跡がつけられたのは少なくとも十時以降だ」
彼は、その時間、窓の外を眺めつつ妹を想っていた。一年前に死んだこと、あの日もあのような雪だったこと。
「この足跡が例の姉妹だとすると、時間的に符号がつく。この足跡も方角的に遺跡へ向かっているようだしな。十時に、遺跡で幽霊少女の姉になにかがあり、すぐさま山から村まで降りてきて、零時、たまたま大通りにいた私たちと合流する」
清家は淡々と検分を続ける。
「二人分の足跡。それぞれ、靴跡に特徴があるな」
一方は靴裏が縦のギザギザで、もう一方は横のジグザグ。その二列の押印を目線でたどると、途中、特徴のある凹みが目に入る。それは行列にある長方形の陥没だ。黒井は、さくっとその四角の辺に手を刺し込む。引き抜くと、黒色の手帳であった。水分を吸って、ふやけている。表面の結晶を手でぱっぱと払った。
「この靴跡の主のだろう。どれ、黒井、開いてみろ」
近くに足跡は二つしかないため、二人のうち、どちらかのもので間違いない。靴跡に重なれど、踏まれた痕跡はないので、元から落ちていたわけでもなさそうだ。縦のジグザグの上だから、その人の持ち物だろうか。
「勝手に見ていいのか」
「問題の人物の持ち物なら、目的地や、そこを訪れた理由がわかるかもしれない。読み上げろ」
彼は彼女に促されるまま、ページをはぐる。一ページ目は、
「『この手帳を勝手に読むなど、言語道断です。私は断固非難します。いかなる理由でも、無断閲覧を禁じます。ただし、 ”私の双子の妹” は例外です。もしも、私達のプライバシーが白日の下に晒されるなら、責任重大です。これを読んでいるものは、直ちに日記を返しなさい』」
という内容。子供にしては丁寧な文字だ。そのちぐはぐな大きさから、かろうじて幼さが読み取れる。
「双子の妹といっているなら、奴の姉で間違いないな。よし、次のページだ」
この学者は、他人の都合などどこ吹くかぜ、といった態度だ。哀れな子供である。私有地かもしれない土地に平気で立ち入る大人たちにはったりは無効なのであった。
「『十二月二十四日。額に模様を彫ってもらった。これは選ばれたものの証。もうすぐ、すべてが達成される。明日がその日だ。これは内緒なのだけど、妹とはお別れしなければならない。特別な日なので、お気に入りのシューズを履こうと思う。水色のパステルの靴』」
二人は、事情を知らないので、一つ一つの文章が独立して感じた。
「この日記は十二月二十四日、つまり昨日の日記だ」
彼は気付いた。ぱらぱらとめくると手帳は三枚目までしか記帳されていない。日焼けしていない紙の白さからも新品と知れる。
「手掛かりはそれだけか。一体、なぜ、あの双子は山に向かったんだろう」
清家つぶやいた。考えてみれば、こんな寒い日、こんな場所に、少女がいるというのは奇妙だ。その答えに黒井が答えを出す。
「神宮寺に誘拐されたんだ」
そして、彼は三枚目を開いた。最後のページで、残りは雪原のように白い荒野が広がっているのみ。引き続き、彼が内容を読み上げる。
「『十二月二十五日、クリスマス』。待てよ、今日はホワイトクリスマスか」
少女が殺されるなんて、今日みたいな日には絶対にあってはならない。これからその子は、かすり傷もなく救われるだろう。その救いこそが、幽霊の妹にとって、当人にとって、最高のクリスマスプレゼントとなるのだ。彼は、少女の生存を固く願った。
「ハッピークリスマス」
清家の囁きで、少し陽気な空気が戻ってくる。
「ハッピークリスマス! それで最後のページには、『妹に呼び出された。目的地へ向かう』と短くある。この手帳は備忘録も兼ねているんだろう」
少女の姉がなぜ遺跡を訪れたか、を知ったところで、二人は二組の人跡の追跡を再開する。まだ続く雪の大地。四足の平行線は、しっかりした足取りで、ある場所を目指していた。ぐんぐん伸びる双直線。すると、ある場所で逆さの足跡が合流してくる。
「黒井」
「ああ、そうだな。俺たちは、気楽に考えすぎていたらしい。あの子の話していたことは、本当みたいだ」
それは逆さにつけられた血の足跡。真っ白な雪と混ざってピンクに見える。かき氷にかけるようなイチゴ味のシロップだ。それがなんだか作り物じみていた。でも、紛れもなく本物である。
「まだ酸化していない。最近のだ」
学者の言葉で、黒井は周囲の警戒を強めた。転々とする木立の陰に、その足跡の主が潜んでいそうな気配がして仕方なかった。彼の裏で彼女はじっと、小さな血だまりを観察している。
「この形。もともと追っていた二つの足跡のうち、片方と形状が一致する」
滑り止めが靴を横断する足裏の模様。
「この森のどこかで殺された妹のものじゃないか。旅館の子供だ」
黒井の見解。
「あるいは、トーチカで殺されかけた姉のものかもしれない。もしくは、」
と、清家は一呼吸おいて言葉を継ぐ、
「犯人か。少女を殺して返り血を浴びた、それか返り討ちにあって逃走中の犯人の足跡。どうする、黒井」
どの説を採用するかで、判断は百八十度変わる。もし妹ならば、すでに手遅れだから無視するべきであり、姉ならば、迅速に駆けつけて応急処置するべき。だが、犯人なら、不用意に近づくべきではない。
どちらも、小さな足の持ち主のようだ。すなわち、子供の靴跡。状態は良好で、靴底の模様まで読み取れる。清家が、黒井の背中越しに、痕跡を眺めていた。
「この足跡がつけられたのは、雪が降りやむ前だろう。私たちが自販機でココアを買った時点で、雪はかなりまばらだった。つまり、あの時よりも前につけられた足跡だ」
耳元でしゃべられるとくすぐったく、黒井はポケットでこぶしを揉んだ。吐息が視界左端にちらつき、温度が耳に伝わる。
「俺たちが飲み物を買いに出る前に、雪が止んでいた時間があった。十時くらいだったかな。その前は本降りだったから、この痕跡がつけられたのは少なくとも十時以降だ」
彼は、その時間、窓の外を眺めつつ妹を想っていた。一年前に死んだこと、あの日もあのような雪だったこと。
「この足跡が例の姉妹だとすると、時間的に符号がつく。この足跡も方角的に遺跡へ向かっているようだしな。十時に、遺跡で幽霊少女の姉になにかがあり、すぐさま山から村まで降りてきて、零時、たまたま大通りにいた私たちと合流する」
清家は淡々と検分を続ける。
「二人分の足跡。それぞれ、靴跡に特徴があるな」
一方は靴裏が縦のギザギザで、もう一方は横のジグザグ。その二列の押印を目線でたどると、途中、特徴のある凹みが目に入る。それは行列にある長方形の陥没だ。黒井は、さくっとその四角の辺に手を刺し込む。引き抜くと、黒色の手帳であった。水分を吸って、ふやけている。表面の結晶を手でぱっぱと払った。
「この靴跡の主のだろう。どれ、黒井、開いてみろ」
近くに足跡は二つしかないため、二人のうち、どちらかのもので間違いない。靴跡に重なれど、踏まれた痕跡はないので、元から落ちていたわけでもなさそうだ。縦のジグザグの上だから、その人の持ち物だろうか。
「勝手に見ていいのか」
「問題の人物の持ち物なら、目的地や、そこを訪れた理由がわかるかもしれない。読み上げろ」
彼は彼女に促されるまま、ページをはぐる。一ページ目は、
「『この手帳を勝手に読むなど、言語道断です。私は断固非難します。いかなる理由でも、無断閲覧を禁じます。ただし、 ”私の双子の妹” は例外です。もしも、私達のプライバシーが白日の下に晒されるなら、責任重大です。これを読んでいるものは、直ちに日記を返しなさい』」
という内容。子供にしては丁寧な文字だ。そのちぐはぐな大きさから、かろうじて幼さが読み取れる。
「双子の妹といっているなら、奴の姉で間違いないな。よし、次のページだ」
この学者は、他人の都合などどこ吹くかぜ、といった態度だ。哀れな子供である。私有地かもしれない土地に平気で立ち入る大人たちにはったりは無効なのであった。
「『十二月二十四日。額に模様を彫ってもらった。これは選ばれたものの証。もうすぐ、すべてが達成される。明日がその日だ。これは内緒なのだけど、妹とはお別れしなければならない。特別な日なので、お気に入りのシューズを履こうと思う。水色のパステルの靴』」
二人は、事情を知らないので、一つ一つの文章が独立して感じた。
「この日記は十二月二十四日、つまり昨日の日記だ」
彼は気付いた。ぱらぱらとめくると手帳は三枚目までしか記帳されていない。日焼けしていない紙の白さからも新品と知れる。
「手掛かりはそれだけか。一体、なぜ、あの双子は山に向かったんだろう」
清家つぶやいた。考えてみれば、こんな寒い日、こんな場所に、少女がいるというのは奇妙だ。その答えに黒井が答えを出す。
「神宮寺に誘拐されたんだ」
そして、彼は三枚目を開いた。最後のページで、残りは雪原のように白い荒野が広がっているのみ。引き続き、彼が内容を読み上げる。
「『十二月二十五日、クリスマス』。待てよ、今日はホワイトクリスマスか」
少女が殺されるなんて、今日みたいな日には絶対にあってはならない。これからその子は、かすり傷もなく救われるだろう。その救いこそが、幽霊の妹にとって、当人にとって、最高のクリスマスプレゼントとなるのだ。彼は、少女の生存を固く願った。
「ハッピークリスマス」
清家の囁きで、少し陽気な空気が戻ってくる。
「ハッピークリスマス! それで最後のページには、『妹に呼び出された。目的地へ向かう』と短くある。この手帳は備忘録も兼ねているんだろう」
少女の姉がなぜ遺跡を訪れたか、を知ったところで、二人は二組の人跡の追跡を再開する。まだ続く雪の大地。四足の平行線は、しっかりした足取りで、ある場所を目指していた。ぐんぐん伸びる双直線。すると、ある場所で逆さの足跡が合流してくる。
「黒井」
「ああ、そうだな。俺たちは、気楽に考えすぎていたらしい。あの子の話していたことは、本当みたいだ」
それは逆さにつけられた血の足跡。真っ白な雪と混ざってピンクに見える。かき氷にかけるようなイチゴ味のシロップだ。それがなんだか作り物じみていた。でも、紛れもなく本物である。
「まだ酸化していない。最近のだ」
学者の言葉で、黒井は周囲の警戒を強めた。転々とする木立の陰に、その足跡の主が潜んでいそうな気配がして仕方なかった。彼の裏で彼女はじっと、小さな血だまりを観察している。
「この形。もともと追っていた二つの足跡のうち、片方と形状が一致する」
滑り止めが靴を横断する足裏の模様。
「この森のどこかで殺された妹のものじゃないか。旅館の子供だ」
黒井の見解。
「あるいは、トーチカで殺されかけた姉のものかもしれない。もしくは、」
と、清家は一呼吸おいて言葉を継ぐ、
「犯人か。少女を殺して返り血を浴びた、それか返り討ちにあって逃走中の犯人の足跡。どうする、黒井」
どの説を採用するかで、判断は百八十度変わる。もし妹ならば、すでに手遅れだから無視するべきであり、姉ならば、迅速に駆けつけて応急処置するべき。だが、犯人なら、不用意に近づくべきではない。
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