SANCTUARY ~誘拐された妹の子供を探している俺は恋する天才火山学者と推理する~

黒木篤人

文字の大きさ
30 / 35
後編

第三十一話 三筋の足跡

しおりを挟む
 二筋の足跡。

 どちらも、小さな足の持ち主のようだ。すなわち、子供の靴跡。状態は良好で、靴底の模様まで読み取れる。清家が、黒井の背中越しに、痕跡を眺めていた。

「この足跡がつけられたのは、雪が降りやむ前だろう。私たちが自販機でココアを買った時点で、雪はかなりまばらだった。つまり、あの時よりも前につけられた足跡だ」

 耳元でしゃべられるとくすぐったく、黒井はポケットでこぶしを揉んだ。吐息が視界左端にちらつき、温度が耳に伝わる。

「俺たちが飲み物を買いに出る前に、雪が止んでいた時間があった。十時くらいだったかな。その前は本降りだったから、この痕跡がつけられたのは少なくとも十時以降だ」

 彼は、その時間、窓の外を眺めつつ妹を想っていた。一年前に死んだこと、あの日もあのような雪だったこと。

「この足跡が例の姉妹だとすると、時間的に符号がつく。この足跡も方角的に遺跡へ向かっているようだしな。十時に、遺跡で幽霊少女の姉になにかがあり、すぐさま山から村まで降りてきて、零時、たまたま大通りにいた私たちと合流する」

 清家は淡々と検分を続ける。

「二人分の足跡。それぞれ、靴跡に特徴があるな」

 一方は靴裏が縦のギザギザで、もう一方は横のジグザグ。その二列の押印を目線でたどると、途中、特徴のある凹みが目に入る。それは行列にある長方形の陥没だ。黒井は、さくっとその四角の辺に手を刺し込む。引き抜くと、黒色の手帳であった。水分を吸って、ふやけている。表面の結晶を手でぱっぱと払った。

「この靴跡の主のだろう。どれ、黒井、開いてみろ」

 近くに足跡は二つしかないため、二人のうち、どちらかのもので間違いない。靴跡に重なれど、踏まれた痕跡はないので、元から落ちていたわけでもなさそうだ。縦のジグザグの上だから、その人の持ち物だろうか。

「勝手に見ていいのか」
「問題の人物の持ち物なら、目的地や、そこを訪れた理由がわかるかもしれない。読み上げろ」

 彼は彼女に促されるまま、ページをはぐる。一ページ目は、

「『この手帳を勝手に読むなど、言語道断です。私は断固非難します。いかなる理由でも、無断閲覧を禁じます。ただし、 ”私の” は例外です。もしも、私達のプライバシーが白日の下に晒されるなら、責任重大です。これを読んでいるものは、直ちに日記を返しなさい』」

 という内容。子供にしては丁寧な文字だ。そのちぐはぐな大きさから、かろうじて幼さが読み取れる。

「双子の妹といっているなら、奴の姉で間違いないな。よし、次のページだ」

 この学者は、他人の都合などどこ吹くかぜ、といった態度だ。哀れな子供である。私有地かもしれない土地に平気で立ち入る大人たちにはったりは無効なのであった。

「『十二月二十四日。額に模様を彫ってもらった。これは選ばれたものの証。もうすぐ、すべてが達成される。明日がその日だ。これは内緒なのだけど、妹とはお別れしなければならない。特別な日なので、お気に入りのシューズを履こうと思う。水色のパステルの靴』」

 二人は、事情を知らないので、一つ一つの文章が独立して感じた。

「この日記は十二月二十四日、つまり昨日の日記だ」

 彼は気付いた。ぱらぱらとめくると手帳は三枚目までしか記帳されていない。日焼けしていない紙の白さからも新品と知れる。

「手掛かりはそれだけか。一体、なぜ、あの双子は山に向かったんだろう」

 清家つぶやいた。考えてみれば、こんな寒い日、こんな場所に、少女がいるというのは奇妙だ。その答えに黒井が答えを出す。

「神宮寺に誘拐されたんだ」

 そして、彼は三枚目を開いた。最後のページで、残りは雪原のように白い荒野が広がっているのみ。引き続き、彼が内容を読み上げる。

「『十二月二十五日、クリスマス』。待てよ、今日はホワイトクリスマスか」

 少女が殺されるなんて、今日みたいな日には絶対にあってはならない。これからその子は、かすり傷もなく救われるだろう。その救いこそが、幽霊の妹にとって、当人にとって、最高のクリスマスプレゼントとなるのだ。彼は、少女の生存を固く願った。

「ハッピークリスマス」

 清家の囁きで、少し陽気な空気が戻ってくる。

「ハッピークリスマス! それで最後のページには、『妹に呼び出された。目的地へ向かう』と短くある。この手帳は備忘録も兼ねているんだろう」

 少女の姉がなぜ遺跡を訪れたか、を知ったところで、二人は二組の人跡の追跡を再開する。まだ続く雪の大地。四足の平行線は、しっかりした足取りで、ある場所を目指していた。ぐんぐん伸びる双直線。すると、ある場所で逆さの足跡が合流してくる。

「黒井」
「ああ、そうだな。俺たちは、気楽に考えすぎていたらしい。あの子の話していたことは、本当みたいだ」

 それは逆さにつけられた血の足跡。真っ白な雪と混ざってピンクに見える。かき氷にかけるようなイチゴ味のシロップだ。それがなんだか作り物じみていた。でも、紛れもなく本物である。

「まだ酸化していない。最近のだ」

 学者の言葉で、黒井は周囲の警戒を強めた。転々とする木立の陰に、その足跡そくせきの主が潜んでいそうな気配がして仕方なかった。彼の裏で彼女はじっと、小さな血だまりを観察している。

「この形。もともと追っていた二つの足跡のうち、片方と形状が一致する」

 滑り止めが靴を横断する足裏の模様。

「この森のどこかで殺された妹のものじゃないか。旅館の子供だ」

 黒井の見解。

「あるいは、トーチカで殺されかけた姉のものかもしれない。もしくは、」

 と、清家は一呼吸おいて言葉を継ぐ、

「犯人か。少女を殺して返り血を浴びた、それか返り討ちにあって逃走中の犯人の足跡。どうする、黒井」

 どの説を採用するかで、判断は百八十度変わる。もし妹ならば、すでに手遅れだから無視するべきであり、姉ならば、迅速に駆けつけて応急処置するべき。だが、犯人なら、不用意に近づくべきではない。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

意味が分かると怖い話(解説付き)

彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです 読みながら話に潜む違和感を探してみてください 最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください 実話も混ざっております

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…

しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。 高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。 数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。 そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

中1でEカップって巨乳だから熱く甘く生きたいと思う真理(マリー)と小説家を目指す男子、光(みつ)のラブな日常物語

jun( ̄▽ ̄)ノ
大衆娯楽
 中1でバスト92cmのブラはEカップというマリーと小説家を目指す男子、光の日常ラブ  ★作品はマリーの語り、一人称で進行します。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

服を脱いで妹に食べられにいく兄

スローン
恋愛
貞操観念ってのが逆転してる世界らしいです。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

処理中です...