SANCTUARY ~誘拐された妹の子供を探している俺は恋する天才火山学者と推理する~

黒木篤人

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後編

第三十三話 雪密室

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 田んぼと田んぼの間を走る直線道路。このホワイトカーペットは、二人を旅館まで導く。彼らは惨殺体を見た衝撃と恐怖のため、捜索を引き上げることにした。もはや、彼らだけでは手に負えない。清家は、口内に残存する胃液の酸味をぺっと吐き出した。奇妙な味わいは、当分、しつこくついて回りそうな予感がする。暖かなつばが、雪に縦穴を掘る。

「やはり不可能だ。現場は犯人が絶対に出入りできない状況だった」

 清家はイライラしたように、台詞を吐き捨てる。あれからずっと、あの場面が小骨ように引っかかっているのである。その不合理は、口の中の胃酸みたいに、不快感を残していった。

「入口に扉はないから、犯人はいくらでも出入りできたんじゃないか」

 黒井は、遺跡の入り口を記憶から引っ張り出す。それは長方形の切れ目で門と言って差し支えなく、違いがあるとすれば冠木がないくらいで、コンクリートでできた円の切れ目といった印象だ。すなわち現場には、戸の開け閉めさえなしに、立ち入りが可能であったのである。

「それがそうはいかない。なぜならば、降り積もった雪が侵入を許さないからだ。遺跡に続く足跡は、三つのみだった」

 もしも犯人が例の建物へ侵入したならば、雪上に痕跡が残されるはずだ。地面を歩かずに、あそこへ入るのは不可能である。天井が開放されているとはいえ、建物の壁は滑らかで、到底、よじ登れるものではない。周辺の木々はこられ、飛び移ることも難しい。最寄りの樹木は、五メートルほど離れているのである。仮に幹からの跳躍が可能だったとして、結局、着地しなければならない。現場を出入りした証拠は、どうしたって発生するのだ。

「雪密室か」
「そうだ。おそらく、最小の密室でもあるだろう」

 清家は告げた。
 普通、密室殺人は、ブラックボックスにより成立する。密室内の状況が不明瞭なため、工作の余地が生まれるというものだが、本件はどうだろう。足跡により、被害者らの動向は、余すことなく明らかになっている。雪の舞台では、血だまりの中でさえ、死に至るまでの一歩一歩が克明に記録されているのである。

「足跡がつかない方法があるんじゃないか。大型のドローンとかさ」

 黒井は白くけぶる吐息とともに、考察を吐き出した。

「死体を乗せれるドローンは、さぞかし高価だろう。わざわざ、そんなことをするくらいならば別の場所で殺せばいいはずだ。それに、この雪は去年と同じとはいえ、予報ではないことになっていた。だから、事前に準備していたということもない。もちろん、犯人が雪を待っていた可能性はあるだろうが、いずれ消える雪の足跡に、そこまでする動機が分からない」

 この学者の言う通り、この謎は、この状況のために制作した仕掛け、という線が薄い。

「足跡をなぞって歩いたとか」
「だとすれば、足跡の模様がつぶれたが、二重に見えたはずだ。どれだけ気を付けても、一つくらいはそうなってしまう」

 そして、そういう足裏は決してなかったのである。

「おんぶしていたってのはどうだい。つまり、被害者は犯人に背負われていた。それか、被害者が、被害者の背中に乗っていたのさ」
「まず、足跡の深さが同じくらいだった」

 同じくらいというのは右側、つまりやがて血の足跡に代わる横筋の方が、若干、浅かった、という意味だ。なんにせよ、人一人分の違いではない。

「それに、血だまりというか、血混ざりの雪の上にも、人跡は二種類だった。背中にいたとして、どうしたって着地は免れない。まさか、背負われたまま切断されたわけでもないだろう。あの血の量からして、二人は現場で生きたまま解体された。ばらばらにして持ち込んだ、というのも薄いか」

 彼女は自分の説明に吐きそうになる。おぞましい。悲鳴が彼女たちのいる村まで、響き渡らなかったのが不思議なくらいだ。もちろん距離のためだが。しかし、酸鼻を極めた事件である。
 清家は目じりの涙を親指ではねてから口を開いた。

「ふと思ったのだが、一般的には証拠を隠滅するために死体をバラバラにするという。犯人は、どうしてあそこに死体を放置した」
「怨念じゃないか。顔もズタズタだったし、きっと精神的な理由だと思う。きっとそこに実用的な理由はないんだよ」

 と、黒井は、顔の傷に着目した。確かに、あの切り刻み方は尋常じゃない。深い裂け目では、骨さえ覗いていたほどなのだ。


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