32 / 35
後編
第三十三話 雪密室
しおりを挟む*
田んぼと田んぼの間を走る直線道路。このホワイトカーペットは、二人を旅館まで導く。彼らは惨殺体を見た衝撃と恐怖のため、捜索を引き上げることにした。もはや、彼らだけでは手に負えない。清家は、口内に残存する胃液の酸味をぺっと吐き出した。奇妙な味わいは、当分、しつこくついて回りそうな予感がする。暖かなつばが、雪に縦穴を掘る。
「やはり不可能だ。現場は犯人が絶対に出入りできない状況だった」
清家はイライラしたように、台詞を吐き捨てる。あれからずっと、あの場面が小骨ように引っかかっているのである。その不合理は、口の中の胃酸みたいに、不快感を残していった。
「入口に扉はないから、犯人はいくらでも出入りできたんじゃないか」
黒井は、遺跡の入り口を記憶から引っ張り出す。それは長方形の切れ目で門と言って差し支えなく、違いがあるとすれば冠木がないくらいで、コンクリートでできた円の切れ目といった印象だ。すなわち現場には、戸の開け閉めさえなしに、立ち入りが可能であったのである。
「それがそうはいかない。なぜならば、降り積もった雪が侵入を許さないからだ。遺跡に続く足跡は、三つのみだった」
もしも犯人が例の建物へ侵入したならば、雪上に痕跡が残されるはずだ。地面を歩かずに、あそこへ入るのは不可能である。天井が開放されているとはいえ、建物の壁は滑らかで、到底、よじ登れるものではない。周辺の木々はこられ、飛び移ることも難しい。最寄りの樹木は、五メートルほど離れているのである。仮に幹からの跳躍が可能だったとして、結局、着地しなければならない。現場を出入りした証拠は、どうしたって発生するのだ。
「雪密室か」
「そうだ。おそらく、最小の密室でもあるだろう」
清家は告げた。
普通、密室殺人は、ブラックボックスにより成立する。密室内の状況が不明瞭なため、工作の余地が生まれるというものだが、本件はどうだろう。足跡により、被害者らの動向は、余すことなく明らかになっている。雪の舞台では、血だまりの中でさえ、死に至るまでの一歩一歩が克明に記録されているのである。
「足跡がつかない方法があるんじゃないか。大型のドローンとかさ」
黒井は白くけぶる吐息とともに、考察を吐き出した。
「死体を乗せれるドローンは、さぞかし高価だろう。わざわざ、そんなことをするくらいならば別の場所で殺せばいいはずだ。それに、この雪は去年と同じとはいえ、予報ではないことになっていた。だから、事前に準備していたということもない。もちろん、犯人が雪を待っていた可能性はあるだろうが、いずれ消える雪の足跡に、そこまでする動機が分からない」
この学者の言う通り、この謎は、この状況のために制作した仕掛け、という線が薄い。
「足跡をなぞって歩いたとか」
「だとすれば、足跡の模様がつぶれたが、二重に見えたはずだ。どれだけ気を付けても、一つくらいはそうなってしまう」
そして、そういう足裏は決してなかったのである。
「おんぶしていたってのはどうだい。つまり、被害者は犯人に背負われていた。それか、被害者が、被害者の背中に乗っていたのさ」
「まず、足跡の深さが同じくらいだった」
同じくらいというのは右側、つまりやがて血の足跡に代わる横筋の方が、若干、浅かった、という意味だ。なんにせよ、人一人分の違いではない。
「それに、血だまりというか、血混ざりの雪の上にも、人跡は二種類だった。背中にいたとして、どうしたって着地は免れない。まさか、背負われたまま切断されたわけでもないだろう。あの血の量からして、二人は現場で生きたまま解体された。ばらばらにして持ち込んだ、というのも薄いか」
彼女は自分の説明に吐きそうになる。おぞましい。悲鳴が彼女たちのいる村まで、響き渡らなかったのが不思議なくらいだ。もちろん距離のためだが。しかし、酸鼻を極めた事件である。
清家は目じりの涙を親指ではねてから口を開いた。
「ふと思ったのだが、一般的には証拠を隠滅するために死体をバラバラにするという。犯人は、どうしてあそこに死体を放置した」
「怨念じゃないか。顔もズタズタだったし、きっと精神的な理由だと思う。きっとそこに実用的な理由はないんだよ」
と、黒井は、顔の傷に着目した。確かに、あの切り刻み方は尋常じゃない。深い裂け目では、骨さえ覗いていたほどなのだ。
0
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
意味が分かると怖い話(解説付き)
彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです
読みながら話に潜む違和感を探してみてください
最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください
実話も混ざっております
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
中1でEカップって巨乳だから熱く甘く生きたいと思う真理(マリー)と小説家を目指す男子、光(みつ)のラブな日常物語
jun( ̄▽ ̄)ノ
大衆娯楽
中1でバスト92cmのブラはEカップというマリーと小説家を目指す男子、光の日常ラブ
★作品はマリーの語り、一人称で進行します。
久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…
しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。
高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。
数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。
そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話
桜井正宗
青春
――結婚しています!
それは二人だけの秘密。
高校二年の遙と遥は結婚した。
近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。
キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。
ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。
*結婚要素あり
*ヤンデレ要素あり
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる