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3-3 another side

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少し時間が戻ります。



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空高く聳える白亜の城。昼の姿は見るものに畏怖を与え、夜は難攻不落の雄々しい姿を見せる。場所はウィリアディス王国の王都。


聖王騎士団、零護衛部隊に最年少で誘致を受けたカイル・アイリスは王座の間に呼ばれていた。真夜中の急な呼びつけは初めてのことだった。



聖王騎士団の中で優秀な人材が近衛騎士団に選抜され、王や要人の護衛を任される。近衛騎士団はまさに騎士の花形。そんな近衛騎士団の中から抜きん出て優れたものが零護衛部隊となる事を許される。極秘にして最強。聖王騎士団の騎士は愚か近衛騎士団でさえもその存在を確信している者は殆どいない。幻とまで言われる部隊に飛び込みで入隊した神童は、零護衛部隊で直ぐに頭角を現し初め、入隊5年後には弱冠19にして重役を担う存在にまでなっていた。



「魔王の気配が消えた、ですか?」


「いかにも。つい先刻のことだ」


豪華絢爛な玉座の間。贅を尽くした美しい部屋。一際豪勢な玉座にはこの国の王、ティベアリウス陛下が降臨する。銀髪に白が混じり始めた頭頂に冠を戴く、国王陛下のその隣に控えるのは王室専属の占師。薄いベールを纏った、たおやかな女性。従者や近衛兵は部屋に居らず人払いがされていることが分かる。


国王の言葉にカイルは敬礼の姿勢をとったまま
思わず聞き返す。


「しかし、魔王を倒せるものは存在しないはずでは…」

「アンヘル、説明を」

「仰せままに」


アンヘルと呼ばれたその占師は一歩前にでるとカイルに向かい一礼する。

「つい先ほど、魔王の探測波が完全に消失いたしました。この状況から鑑みるに魔王の浄化が行われたものと思われます」


「浄化…魔王には魔力を持つのの攻撃は効かないはずです…まさか魔法不適合者が?」


魔法は勿論のこと、僅かでも魔力を持っている者は例え物理で攻撃を行ったとしても魔王に傷を付けることは出来ない。魔王は魔法に対して無敵とも言える防御壁を持ち、討伐を困難にしていた。腕の立つものは大小あれど、殆どが魔法適合性を持っている。つまり、魔力を持たず、腕の立つものにしか討伐はできない。さらに、浄化となると事実上不可能だ。浄化は人間の為せる技ではない。


「いいえ。そうではありません。消失した魔王は魔の森にいる個体でした。ここから導き出されるのは……」



「陽の下の使者……」


「その通り。伝承が動きだしたのだ」


この国の者なら、いや、今やこの世界の誰もが知っている伝承。その伝承に沿うなら魔の森は謂わば、始まりの地であった。そして浄化という離れ技を為せる唯一無二の存在。それが陽の下の使者。世を統治し、平定をもたらす者。


「それでお前に頼みたいことがある」


薄く透き通るような青灰色の瞳が真っ直ぐにカイルを捉える。けして大きな声ではないのにも関わらず相手に有無を言わせない力。支配者の風格がそこにはあった。


「何なりと」



「まだ他国は魔の森の魔王が消えたこと、陽の下の使者が現れたことを知らない。もし知られれば使者を我が王国から奪おうとするだろう。他国に感づかれる前に王城に迎え入れたい。そこでお前には使者の王城までの護送を命ずる。いいな」


「御意に。部隊は如何いたしましょうか」


「そうだな。お前以外の零護衛部隊は出払っていおるからな。お前を隊長に近衛騎士団から選抜しよう。どうせ、使者が現れたことは各国に広まることだ。隠し通せることではない。本当に使者が現れていれば、魔の森を管理する街から使いが来るはずだ。確信が得られ次第出立になる。いつ命令が下っても良いように、準備を整えて置くことだ。」


「……拝命させていただきます」


















玉座の間を出たカイルは小さく息を吐く。もうすぐ日が昇る時間の廊下は酷く冷え込み吐いた息は白く浮かび上がっては消える。


あの王は恐らく、使者が魔王の浄化を終えた暁には味方に引き入れ、三国との戦争も終える積もりなのだろう。王にとっては陽の下の使者でさえも、駒に過ぎないのだ。伝承によれば使者は魔力を一切持たず、魔力全般に干渉しないはずだが一体どうして戦力となれるのだろうか。




大陸を分割する4つの大国はどれも多くの植民地や属国を持ち、差別に溢れている。いっそのこと滅んでしまえば良いのにと何度思ったことか。利己的で欲の塊のような命令にカイルはまたしてもため息をつく。





夕刻、使者が現れたという報告とともに街からの使いが城に到着する。カイル自身は気が進まないがもちろんそんな本心は噯にも出さない。いつだってそうやって渡り合ってきた。彼が率いる一団は陽の下の使者を迎えるために城を出た。





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「はっ…はっ…はっ…くっ!」


休むことなく走り続けているせいで口の中に広がる鉄の味に顔を歪める男。真っ白で艶やかな長い髪をもつその人。色素の薄い肌にアメジストの瞳。華奢な体躯で一見すると女性のような美しい男は息も絶え絶えに走り続ける。


元々体の弱い彼はこんなにも長く走ったのは生まれて初めてだった。白く長い足には木々による無数の切り傷。長い髪は絡まり汚れ、質素ながらも上質な衣服はぼろ布と化していた。それでも足を止めることはできない。


すぐ後ろまで迫った足音。男を追っているのは精鋭中の精鋭、ウィリアディス王国騎士団、零護衛部隊であり逃げ切るのはほぼ不可能。それでも必死に走り続ける。同胞は皆殺された。


嫌だ。怖い。殺されたくない。


溢れる涙を拭う余裕もない。捕まれば生きたまま体を裂かれ、血を抜かれる。絶対に嫌だった。


しかし、只でさえ足場の悪い森の中。疲弊しきった男はついに木の根に足を取られ転倒してしまう。これがとどめになった。


喉元に当てられた切っ先に体が震える。涙が止めどなく流れ、助けを請う言葉が次々に溢れる。しかし無情にも地面に仰向けに押し付けられ拘束される。痛いと言っても聞き入れられることはない。荷物の様に運ばれ馬車に投げ込まれた。助けを求める祈りは届かない。




"その体に流れる血は万病の万能薬となる"


大昔より不老不死の民として栄えた一族は、遂に完全に絶えた。血を求める人間に虐殺され続け、生き残った最後の1人にも終わりの時が近づいてきた。馬車に閉じ込められた男は静かに涙を流し続けた。
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