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故郷の祠を破壊してふたりで器物破損罪よりすごいことしちゃおっか?
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大変なことになってしまった。
村はずれの薄暗く黴臭い納屋で、僕は一人頭を抱えていた。出張のついで、という設定で着ていたサイズのややきついスーツは、すでに土埃で汚れている。
昨夜遅く、村の古い祠を破壊した。祠は小さく、昔小学校にあった百葉箱を百年以上放置したような姿だった。老朽化したそれは、持参したバールによってメキメキと音を立てて容易に解体される。
そこまではよかったのだ。中にあった石が転がり出ると、そこから黒い煙のような霧のような異様なモノが湧き出し、腰を抜かした僕の中へと入ってきた。そこからの記憶は曖昧だ。
深夜に宿に戻って目を覚ますと、にわかに村が騒がしくなっていた。いつの間に気付いたのか、村人達は祠を壊した者を探しているようだった。おそろしくなった僕は宿の窓から抜け出して、村外れに見つけた空き家の納屋にひとまず隠れた。
そういうわけで、今はこれからどうすべきかを考えている。
確かに、やけに都合のいい話ではあった。村の市有地にある古い祠を壊して片付けるだけで、高額の報酬のほか、東京からの旅費や宿代等諸々の経費も気前よく支払われるような仕事だ。依頼人からは、私有地だがいろいろとうるさく言う人も多いので、できるだけ人目につかないように作業して欲しいとは言われた。
怪しいとは思ったが、あんな異様なモノが現れるとまでは想像していなかった。そんな異様な祠を壊した人間が村人に見つかったら、一体何をされてしまうのか。それにあの黒いモノは一体何だったのか。
土地勘のない場所だが、どうにか逃走できそうなルートがないか思い返す。車を奪いでもしない限り、身一つで山を抜けることになるかも知れない。
悩んでいると、納屋の外に足音がした。
息を潜めてはみるが努力もむなしく、ガタガタと納屋の戸が開いた。
「はーいどーも、こんにちは~」
若い男の声だった。逆光の男が、アイスキャンディを持った片手をひらひらと振る。
場違いな声と動作に戸惑った僕は、相手の様子を窺った。若い男は色のついた丸眼鏡をかけており、耳にはぶらぶらと揺れるピアス、派手な柄シャツは半分近く前が開いている。
この村には不釣り合いな、絵に描いたようなチンピラ姿だった。人の多くない、高齢の人間の多いこの土地で、一度でも見かけていれば印象に残っていないはずがない。
「き、君は」
外の明るさに目が慣れてくると、男が目を細めてこちらをじっと見ているのが分かる。同時に、彼の顔立ちが素人離れして整っていることにも気付いた。
「へー……。あの祠、オニーサンが壊してくれたんだ?」
口角を上げ、男はにんまりと笑う。
「ありがとね」
チンピラ風の男はアイスキャンディの残りを咥えてシャクシャクと飲み込むと、はいこれあげる、と僕に残った平たい木の棒を渡した。反射的に受け取ってしまったが、あげると言われてもゴミでしかない。
「こ、壊したって、どうして僕がそんなこと」
「しらばっくれるんならそれでもいいけどさぁ~」
チンピラ風の男は僕の前にしゃがみ込むと、こちらに人差し指を向けてぐるぐると回す。
「オニーサンの中の《黒いやつ》、そのままにしてると死んじゃうかも~」
仕草はふざけているが、眼鏡の奥の目は笑っていない。
「君は……これは、一体何なんだ……!? 何か知ってるのか!?」
「はーい静かに~」
男は、人差し指をそのまま僕の口元に寄せる。
「村の人たちに見つかったら大変だからね。説明はしてあげま~す」
そう言うと、立ち上がって納屋の戸を閉める。彼が立ち上がるとき、派手なシャツの中に細いチェーンが左右に渡っているのと、身体に紋様のようなタトゥーが入っているのが見えた。
「祠を壊してくれた恩もあるし、ちょっとしたお礼ってことで。あ、オニーサン……オジサン? 名前は?」
「荒畑……です」
「おっけー、荒畑さんね。おれはナノカでいーよ」
姓なのか下の名前なのか分からないが、男はそう名乗った。
ナノカくんの説明はこうだった。
祠の《ごほうざい様》が解き放たれると祟りが振りまかれる。しかし、ごほうざい様の声を聞ける人間がその身に宿すと、お告げが下される。
いつからかこの村では、祠に封印した《ごほうざい様》を、お告げのために人間に宿す儀式が行われていたのだという。
「宿せる体質で儀式に選ばれた人間のことも、《ごほうざい様》って呼ぶんだよね。宿される人間側は単なる容れ物だから、名前もないってことなんだろーけど」
「僕が、それだってことか……?」
「んにゃ~、違うと思う。《黒いやつ》が憑いてから、変な声とか聞こえる?」
「……特にない」
こんな時だというのに一瞬自分が選ばれし者のような、何かの主人公になったような気がしたが、そうではなかったらしい。
「おれから見ても、くっついてるだけっぽい。だから、祟りの影響が一番近くで、一番早く出るってだけだと思う」
「祟りの影響っていうのは、もしや」
「死にま~す!」
ナノカくんは両手で作ったハートを僕の左胸に当て、そのまま引っこ抜くジェスチャーをした。
「僕の命が軽すぎる……」
「なので祠破壊のお礼として、荒畑さんにくっついてる黒いやつを、おれが取ってあげます。おめでとう!」
ナノカくんが小さく両手を挙げたので、つられて胸の前で同じ動きをしてしまう。
「あ、ありがとう」
「その代わり、その前にちょっと手伝って欲しいことがあるんだよね」
「……君もしかして、僕のこと騙そうとしてない?」
「手伝わないなら、このままその《黒いやつ》の祟りで死ぬけど」
薄々気付いていたが、彼はおそらく騙そうとしているわけではない。これはただの脅迫だ。
「手伝います!」
僕は強く頷く。
「よっしゃ、それじゃオニーサン」
立ち上がったナノカくんが、こちらに手を伸ばす。
「おれと一緒に、器物破損罪よりすごいことしちゃお~ぜ」
それが何だか楽しそうにも見えて、脅迫されていることも忘れ、僕は彼に手を取られて立ち上がってしまった。
村はずれの薄暗く黴臭い納屋で、僕は一人頭を抱えていた。出張のついで、という設定で着ていたサイズのややきついスーツは、すでに土埃で汚れている。
昨夜遅く、村の古い祠を破壊した。祠は小さく、昔小学校にあった百葉箱を百年以上放置したような姿だった。老朽化したそれは、持参したバールによってメキメキと音を立てて容易に解体される。
そこまではよかったのだ。中にあった石が転がり出ると、そこから黒い煙のような霧のような異様なモノが湧き出し、腰を抜かした僕の中へと入ってきた。そこからの記憶は曖昧だ。
深夜に宿に戻って目を覚ますと、にわかに村が騒がしくなっていた。いつの間に気付いたのか、村人達は祠を壊した者を探しているようだった。おそろしくなった僕は宿の窓から抜け出して、村外れに見つけた空き家の納屋にひとまず隠れた。
そういうわけで、今はこれからどうすべきかを考えている。
確かに、やけに都合のいい話ではあった。村の市有地にある古い祠を壊して片付けるだけで、高額の報酬のほか、東京からの旅費や宿代等諸々の経費も気前よく支払われるような仕事だ。依頼人からは、私有地だがいろいろとうるさく言う人も多いので、できるだけ人目につかないように作業して欲しいとは言われた。
怪しいとは思ったが、あんな異様なモノが現れるとまでは想像していなかった。そんな異様な祠を壊した人間が村人に見つかったら、一体何をされてしまうのか。それにあの黒いモノは一体何だったのか。
土地勘のない場所だが、どうにか逃走できそうなルートがないか思い返す。車を奪いでもしない限り、身一つで山を抜けることになるかも知れない。
悩んでいると、納屋の外に足音がした。
息を潜めてはみるが努力もむなしく、ガタガタと納屋の戸が開いた。
「はーいどーも、こんにちは~」
若い男の声だった。逆光の男が、アイスキャンディを持った片手をひらひらと振る。
場違いな声と動作に戸惑った僕は、相手の様子を窺った。若い男は色のついた丸眼鏡をかけており、耳にはぶらぶらと揺れるピアス、派手な柄シャツは半分近く前が開いている。
この村には不釣り合いな、絵に描いたようなチンピラ姿だった。人の多くない、高齢の人間の多いこの土地で、一度でも見かけていれば印象に残っていないはずがない。
「き、君は」
外の明るさに目が慣れてくると、男が目を細めてこちらをじっと見ているのが分かる。同時に、彼の顔立ちが素人離れして整っていることにも気付いた。
「へー……。あの祠、オニーサンが壊してくれたんだ?」
口角を上げ、男はにんまりと笑う。
「ありがとね」
チンピラ風の男はアイスキャンディの残りを咥えてシャクシャクと飲み込むと、はいこれあげる、と僕に残った平たい木の棒を渡した。反射的に受け取ってしまったが、あげると言われてもゴミでしかない。
「こ、壊したって、どうして僕がそんなこと」
「しらばっくれるんならそれでもいいけどさぁ~」
チンピラ風の男は僕の前にしゃがみ込むと、こちらに人差し指を向けてぐるぐると回す。
「オニーサンの中の《黒いやつ》、そのままにしてると死んじゃうかも~」
仕草はふざけているが、眼鏡の奥の目は笑っていない。
「君は……これは、一体何なんだ……!? 何か知ってるのか!?」
「はーい静かに~」
男は、人差し指をそのまま僕の口元に寄せる。
「村の人たちに見つかったら大変だからね。説明はしてあげま~す」
そう言うと、立ち上がって納屋の戸を閉める。彼が立ち上がるとき、派手なシャツの中に細いチェーンが左右に渡っているのと、身体に紋様のようなタトゥーが入っているのが見えた。
「祠を壊してくれた恩もあるし、ちょっとしたお礼ってことで。あ、オニーサン……オジサン? 名前は?」
「荒畑……です」
「おっけー、荒畑さんね。おれはナノカでいーよ」
姓なのか下の名前なのか分からないが、男はそう名乗った。
ナノカくんの説明はこうだった。
祠の《ごほうざい様》が解き放たれると祟りが振りまかれる。しかし、ごほうざい様の声を聞ける人間がその身に宿すと、お告げが下される。
いつからかこの村では、祠に封印した《ごほうざい様》を、お告げのために人間に宿す儀式が行われていたのだという。
「宿せる体質で儀式に選ばれた人間のことも、《ごほうざい様》って呼ぶんだよね。宿される人間側は単なる容れ物だから、名前もないってことなんだろーけど」
「僕が、それだってことか……?」
「んにゃ~、違うと思う。《黒いやつ》が憑いてから、変な声とか聞こえる?」
「……特にない」
こんな時だというのに一瞬自分が選ばれし者のような、何かの主人公になったような気がしたが、そうではなかったらしい。
「おれから見ても、くっついてるだけっぽい。だから、祟りの影響が一番近くで、一番早く出るってだけだと思う」
「祟りの影響っていうのは、もしや」
「死にま~す!」
ナノカくんは両手で作ったハートを僕の左胸に当て、そのまま引っこ抜くジェスチャーをした。
「僕の命が軽すぎる……」
「なので祠破壊のお礼として、荒畑さんにくっついてる黒いやつを、おれが取ってあげます。おめでとう!」
ナノカくんが小さく両手を挙げたので、つられて胸の前で同じ動きをしてしまう。
「あ、ありがとう」
「その代わり、その前にちょっと手伝って欲しいことがあるんだよね」
「……君もしかして、僕のこと騙そうとしてない?」
「手伝わないなら、このままその《黒いやつ》の祟りで死ぬけど」
薄々気付いていたが、彼はおそらく騙そうとしているわけではない。これはただの脅迫だ。
「手伝います!」
僕は強く頷く。
「よっしゃ、それじゃオニーサン」
立ち上がったナノカくんが、こちらに手を伸ばす。
「おれと一緒に、器物破損罪よりすごいことしちゃお~ぜ」
それが何だか楽しそうにも見えて、脅迫されていることも忘れ、僕は彼に手を取られて立ち上がってしまった。
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