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第三章 明日へ
87. 庭園
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約束の日になり、指定された王宮内の庭園へと向かう。そこは手入れされた美しい花壇に囲まれた場所だった。
庭園には既に人影があった。淡い金色の髪に蒼色の瞳を持つその人は、一線を画す凛とした美しさを放っている。彼はこちらの姿を見つけると軽く会釈をした。
周りには人が居らず、どうやら人払いがされているらしい。僕はその人物の前で膝を折り、最敬礼をした。
「ティト・クローデルと申します。本日はお招き頂き、誠に有難うございます」
「いえ、此方こそ急な申し出にも関わらず来てくださり感謝しています。私はアルスランと申します」
「殿下にお会いできて光栄です。本日はどうぞよろしくお願いいたします」
挨拶を終えるとアルスラン殿下は微笑まれた。軍人とは思えないほど、柔らかな雰囲気だ。
「ジェイデンは元気にしていますか」
「はい、とても。結婚式のお祝いも出産の祝いも本当にありがとうございました」
「ふふ、気にしないでください。私にとっては兄の様な存在ですから」
そう言うと殿下はとても懐かしそうな表情を見せた。それから、ガゼボにある椅子に座り、少し世間話をした後、殿下はようやく本題を切り出した。
「今日貴方に来てもらったのには理由がありまして……」
「はい」
そしてアルスラン殿下は真剣な表情で言った。
「貴方は私の兄上――カミーユ殿下にお会いになられた事はありますか」
「カミーユ殿下ですか、成人の謁見の際にお言葉をいただいたことがあります」
「……そうですか、貴方の成人の時はユイールが生きていた頃ですね」
「ええ……」
ユイール様――王太子であるカミーユ殿下の実子である御子が亡くなられてまだ2年ほどだ。あまりにも小さい棺を見送った葬儀は記憶に新しい。
「兄上は……ユイールが亡くなってから随分と変わられてしまいました」
「……無理もありません……」
「ええ……兄上の心はまだ癒えてはいらっしゃらないのです。それどころか日に日に弱っていらっしゃる……」
「そうなのですか……」
「ですから、貴方に力を貸していただきたいのです」
「私……ですか……」
僕は正直戸惑っていた。それはそうだ、そんなことを言われても僕に何ができるというのか。そもそも何故そのような事を僕に話をするのだろう。
すると僕の困惑を感じ取ったのか殿下は言葉を続けた。
「今、兄上は周りをことごとく避けていらっしゃる。今、容易に近づく事が出来るのはアデルだけなのです」
「……アデルだけ、ですか」
「今の兄上は公務はしっかりとこなされておりますが、夜になると……酒を煽り、貴族家や保護地区のアデルを連れ込んで夜を過ごしておいでです」
「…………」
「貴方はとても穏やかで優しい方だとお聞きしました。どうか兄のその様な行為を止めていただきたい。兄上の心を癒やして差し上げて欲しいのです」
「私に殿下の相手をしろ……という事ですか」
アルスラン殿下はゆっくりと首を横に振った。
「いいえ、兄上には今、療養が必要です。酒や周りのアデルを遠ざけ、せめて夜だけでもゆっくりと休まれる様に取り計らっていただきたいのです」
「……私は20にも満たない若輩者です。私などが殿下のお相手など務まるとは思えません」
「……そう思われるのも当然です……ですがお願いできる様なアデルの方が他に見当たらない……貴方のお父上にお願いするのは……あまりに……兄に酷で……」
そう言って殿下は立ち上がった。そしてそのままこちらへと歩み寄ると、そっと手を取られた。殿下の手は温かく、僅かに震えていた。
「これは私のわがままです。このままでは兄上は壊れてしまう……私の言葉では……今の兄には届かないのです……どうか兄上をお救いください……」
「殿下……」
「兄上の心の拠り所になっていただきたい……どうか……」
アルスラン殿下は僕を見つめながら言った。
「どうか……」
掠れた声で繰り返す。その瞳にはわずかに涙が浮かんでいた――。
庭園には既に人影があった。淡い金色の髪に蒼色の瞳を持つその人は、一線を画す凛とした美しさを放っている。彼はこちらの姿を見つけると軽く会釈をした。
周りには人が居らず、どうやら人払いがされているらしい。僕はその人物の前で膝を折り、最敬礼をした。
「ティト・クローデルと申します。本日はお招き頂き、誠に有難うございます」
「いえ、此方こそ急な申し出にも関わらず来てくださり感謝しています。私はアルスランと申します」
「殿下にお会いできて光栄です。本日はどうぞよろしくお願いいたします」
挨拶を終えるとアルスラン殿下は微笑まれた。軍人とは思えないほど、柔らかな雰囲気だ。
「ジェイデンは元気にしていますか」
「はい、とても。結婚式のお祝いも出産の祝いも本当にありがとうございました」
「ふふ、気にしないでください。私にとっては兄の様な存在ですから」
そう言うと殿下はとても懐かしそうな表情を見せた。それから、ガゼボにある椅子に座り、少し世間話をした後、殿下はようやく本題を切り出した。
「今日貴方に来てもらったのには理由がありまして……」
「はい」
そしてアルスラン殿下は真剣な表情で言った。
「貴方は私の兄上――カミーユ殿下にお会いになられた事はありますか」
「カミーユ殿下ですか、成人の謁見の際にお言葉をいただいたことがあります」
「……そうですか、貴方の成人の時はユイールが生きていた頃ですね」
「ええ……」
ユイール様――王太子であるカミーユ殿下の実子である御子が亡くなられてまだ2年ほどだ。あまりにも小さい棺を見送った葬儀は記憶に新しい。
「兄上は……ユイールが亡くなってから随分と変わられてしまいました」
「……無理もありません……」
「ええ……兄上の心はまだ癒えてはいらっしゃらないのです。それどころか日に日に弱っていらっしゃる……」
「そうなのですか……」
「ですから、貴方に力を貸していただきたいのです」
「私……ですか……」
僕は正直戸惑っていた。それはそうだ、そんなことを言われても僕に何ができるというのか。そもそも何故そのような事を僕に話をするのだろう。
すると僕の困惑を感じ取ったのか殿下は言葉を続けた。
「今、兄上は周りをことごとく避けていらっしゃる。今、容易に近づく事が出来るのはアデルだけなのです」
「……アデルだけ、ですか」
「今の兄上は公務はしっかりとこなされておりますが、夜になると……酒を煽り、貴族家や保護地区のアデルを連れ込んで夜を過ごしておいでです」
「…………」
「貴方はとても穏やかで優しい方だとお聞きしました。どうか兄のその様な行為を止めていただきたい。兄上の心を癒やして差し上げて欲しいのです」
「私に殿下の相手をしろ……という事ですか」
アルスラン殿下はゆっくりと首を横に振った。
「いいえ、兄上には今、療養が必要です。酒や周りのアデルを遠ざけ、せめて夜だけでもゆっくりと休まれる様に取り計らっていただきたいのです」
「……私は20にも満たない若輩者です。私などが殿下のお相手など務まるとは思えません」
「……そう思われるのも当然です……ですがお願いできる様なアデルの方が他に見当たらない……貴方のお父上にお願いするのは……あまりに……兄に酷で……」
そう言って殿下は立ち上がった。そしてそのままこちらへと歩み寄ると、そっと手を取られた。殿下の手は温かく、僅かに震えていた。
「これは私のわがままです。このままでは兄上は壊れてしまう……私の言葉では……今の兄には届かないのです……どうか兄上をお救いください……」
「殿下……」
「兄上の心の拠り所になっていただきたい……どうか……」
アルスラン殿下は僕を見つめながら言った。
「どうか……」
掠れた声で繰り返す。その瞳にはわずかに涙が浮かんでいた――。
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