Dear “Dear”

りずべす

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第六章

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 たとえば昼間の退屈な授業中、窓際の座席から何となしに空を見たとき。
 たとえば下校する間、街中で買い物をする人やそれに寄り添うディアと擦れ違ったとき。
 たとえば自宅に帰ってから、照明の落ちたリビングでコップに透明な水を注いだとき。
 不意に、あの展望台の光景が脳裏を掠める。記憶から、俺を呼ぶあの人の声が甦る。そのたびに俺は、不思議な感覚に襲われるのだ。好奇心。親しみ。羨望。そのどれとも違う、何かわからない、けれどとても強い感情。俺の心を大きく占める、上手く名前をあてがうことのできない想い。赤い陽の下で、白い月の下で、優しく俺へと微笑みかけるアイリスさんへの――
 ただ、そこで俺は思い出す。ああ、そういえば、アイリスってのは偽名だったんだっけ。
 なぜなら、あの人は、ディアなのだから。あの人はあの世界樹の端末装置ターミナルであり、世界で最初の、ディアという名のディアなのだから。
 そのことを俺は、後々になって改めて認識した。
 彼女は世界樹。現代社会の礎だ。つまり彼女は、世界を手中に握る存在。けれど一方で、その身体のメンテナンスを行えるのはガラテイアだけだ。いくら技術の粋を集めて生体を模した身体でも、何十年何百年と稼働すれば、調整を要するタイミングが必ずやってくる。
 彼女とガラテイア。お互いが、お互いの命綱に手をかけている。断てば相手はすぐにでも事切れるだろう。しかしそれは、寸刻先の自身の姿でもあるかもしれない。一蓮托生。呉越同舟。手に手を取り合って美しくともに……そういう風には、どうも、いかないようである。
 ならば仲違いは必然の結末か。そういうわけにも、またいかず……結局の落としどころは、両者ともに相手を牽制し合い、付かず離れずの絶妙な距離のまま、最低限の接点だけを保って生きてゆくこと。これまでのあの人と翠のやりとりは、まさにそんな感じだった。
 だから時の凍結のことを調べている翠は、世界樹を直接調べることはせず、佐倉先生の事件のような、周囲の出来事から情報を得ようとしたのかもしれない。
 考えてみれば当然だ。仮に、何かしらの設備が原因不明で停止したとして、普通ならクラッキングなんて思わない。素直に故障を疑うはずだ。時の凍結は、一時的な世界樹の停止。その原因を探るとき、まず目を向けるべきは外部からのアクセスではなく、世界樹そのもの。
 すなわち彼女に他ならないのだ。
 まあ、実際にクラッキングという可能性がゼロであったわけではないし、さらに言えば、調査の手足に使った俺と彼女の接近が、翠の計算か誤算かはわからないが……。
 ともあれ、翠の思惑など俺は知らぬし、気にもならない。
 やはり気にかかるのは、あの人のことばかり。
 そんな調子で、最後に彼女と空の上で踊ってから数日が経った。学校では、夏休み前独特の浮ついた空気が流れている。肌にまとわりつく蒸し暑さが本格化し、昼も夜も、思考を鈍らせる熱が収まることはない。ともすれば夢現すら曖昧になりそうなほどの日も、いくらか過ぎて。
 うだるような気温の朝、学校へと歩いていた俺の鞄で、独りでにシータが立ち上がった。次いで聞こえた着信音がメッセージではなく、音声通話を知らせるものだとすぐに気づく。相手は翠。予想通りだ。先日の別れ際の発言から、そのうちくるだろうとは思っていた。
 が、しかし。
「那城さんですね。今、何処におられますか!?」
「何だよ。いきなりどうした?」
「何処にいるのかと聞いているんです!」
 それは予想していた連絡にしては、随分と慌て、また、取り乱したものであった。
「急で申し訳ありませんが、とにかく……とにかく今すぐ来てください!」
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