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プロローグ ようこそ:さくら色を過ぎて
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背後でいくつか足音がする。振り返ると、廊下の先の玄関扉がギイッと音をたてて開かれた。
「結構たくさんあるんだねー」
「ほんとほんとー。これは思ったより迷うかもねー」
仲の良さそうな女子生徒が二人、話をしながら入ってくる。
その後ろには、さらに三人の男子生徒たちがいた。
「なんか研究室って言うからお堅いイメージだったけど、案外、緩い雰囲気だな」
「それある! いや、けどさー。正直言えば今日みたいな見学日じゃない、普通の日の様子も見てみたいわ」
「そうそう。入ってみたらスパルタ実験に徹夜続きのブラックラボでした、なんて洒落にならねーって」
五人はそうして、壁の貼紙が示す順路の先へと流れていく。僕は邪魔にならないように華麗な体捌きで横に避けてすれ違った。少し間を空けて、今度は三人、続けて四人、また二人、三人と、断続的に小さな集団が押し寄せる。
彼らは皆、この大学の四年生だ。正確には来年度、一ヶ月後の四月から四年生になる、新四年生。
そして今日は、その新四年生が自身の配属される研究室を選ぶために設けられた、見学日なのである。客人など滅多に訪れることのないこの広大かつ無骨な建物――地下二階から七階までが実に様々な研究室で埋め尽くされる理学研究館第二棟が、極めて多くの人で賑わう唯一の日と言ってよいだろう。
何人かの学生が、奥の部屋へと吸い込まれていく。同時に聞き慣れた声が響いた。
「結構来ましたね。では、もう少し集まったら、紹介を始めることにしましょう」
こうして学生がやって来るたび、スタッフはまるで学芸員のように自身の所属する研究室と、その研究テーマについて説明する。この日のために用意した、学生の興味を掻き立てる話術で、魅せる実演で、輝く笑顔で、ともに真理を探る旅が如何に面白いかをアピールするのだ。
片や訪れた学生たちも、己の卒業と将来ががかっているわけだから、それなりに真面目に聞くことだろう。
まあ、しかし、僕はいい加減聞き飽きたので失敬する。
そうして玄関から研究室を出た僕が行き先を思案していると、上へと繋がる階段から一人の女子生徒が現れた。ほとんどの見学者が複数で行動している中、しかし彼女は一人だった。
飾り気のない真っ黒で美しい髪が、腰上あたりまで伸びている。白いブラウスにフレアスカートという装いは、カジュアルな雰囲気を纏う他の学生とはやや異なった印象を、僕に与えた。
彼女はゆっくりと階段を下り、ほんの一瞬だけ僕に視線をやってから、扉の前で姿勢を正す。そして、口元を少しだけ引き結んでから中へと入った。
とても真面目そうな学生だな、と僕は思った。
またしばらくすると、今度は階段の下から賑やかな声がし始めた。男女含めた六人ほどの大きな集団が上がってくる。その輪の中心では、ややオーバーな身ぶり手振りを見せる男子生徒がたびたび冗談を飛ばしながら周囲の笑いを引き出していた。なんと髪は真っ赤である。左右、後ろに顔を向けながら、ときにはくるくると回りながら歩みを進め、僕などには目もくれずに扉の中へ入っていく。
実に賑やか、というよりは騒がしい連中。特に中心の男はその最たるものだ、と僕は思った。
古今東西、大学というコミュニティにはあらゆる種の人間が集まるものだ。普通の人から変人まで、普通の皮を被った奇人から、変人に憧れた凡人まで。
そんな生きとし生ける人間の坩堝の片隅。閉まる扉にかけられたプレートが、揺れてカランと小さく鳴る。そこに刻まれた文字の示す、此処は――
光の科学研究室。
「結構たくさんあるんだねー」
「ほんとほんとー。これは思ったより迷うかもねー」
仲の良さそうな女子生徒が二人、話をしながら入ってくる。
その後ろには、さらに三人の男子生徒たちがいた。
「なんか研究室って言うからお堅いイメージだったけど、案外、緩い雰囲気だな」
「それある! いや、けどさー。正直言えば今日みたいな見学日じゃない、普通の日の様子も見てみたいわ」
「そうそう。入ってみたらスパルタ実験に徹夜続きのブラックラボでした、なんて洒落にならねーって」
五人はそうして、壁の貼紙が示す順路の先へと流れていく。僕は邪魔にならないように華麗な体捌きで横に避けてすれ違った。少し間を空けて、今度は三人、続けて四人、また二人、三人と、断続的に小さな集団が押し寄せる。
彼らは皆、この大学の四年生だ。正確には来年度、一ヶ月後の四月から四年生になる、新四年生。
そして今日は、その新四年生が自身の配属される研究室を選ぶために設けられた、見学日なのである。客人など滅多に訪れることのないこの広大かつ無骨な建物――地下二階から七階までが実に様々な研究室で埋め尽くされる理学研究館第二棟が、極めて多くの人で賑わう唯一の日と言ってよいだろう。
何人かの学生が、奥の部屋へと吸い込まれていく。同時に聞き慣れた声が響いた。
「結構来ましたね。では、もう少し集まったら、紹介を始めることにしましょう」
こうして学生がやって来るたび、スタッフはまるで学芸員のように自身の所属する研究室と、その研究テーマについて説明する。この日のために用意した、学生の興味を掻き立てる話術で、魅せる実演で、輝く笑顔で、ともに真理を探る旅が如何に面白いかをアピールするのだ。
片や訪れた学生たちも、己の卒業と将来ががかっているわけだから、それなりに真面目に聞くことだろう。
まあ、しかし、僕はいい加減聞き飽きたので失敬する。
そうして玄関から研究室を出た僕が行き先を思案していると、上へと繋がる階段から一人の女子生徒が現れた。ほとんどの見学者が複数で行動している中、しかし彼女は一人だった。
飾り気のない真っ黒で美しい髪が、腰上あたりまで伸びている。白いブラウスにフレアスカートという装いは、カジュアルな雰囲気を纏う他の学生とはやや異なった印象を、僕に与えた。
彼女はゆっくりと階段を下り、ほんの一瞬だけ僕に視線をやってから、扉の前で姿勢を正す。そして、口元を少しだけ引き結んでから中へと入った。
とても真面目そうな学生だな、と僕は思った。
またしばらくすると、今度は階段の下から賑やかな声がし始めた。男女含めた六人ほどの大きな集団が上がってくる。その輪の中心では、ややオーバーな身ぶり手振りを見せる男子生徒がたびたび冗談を飛ばしながら周囲の笑いを引き出していた。なんと髪は真っ赤である。左右、後ろに顔を向けながら、ときにはくるくると回りながら歩みを進め、僕などには目もくれずに扉の中へ入っていく。
実に賑やか、というよりは騒がしい連中。特に中心の男はその最たるものだ、と僕は思った。
古今東西、大学というコミュニティにはあらゆる種の人間が集まるものだ。普通の人から変人まで、普通の皮を被った奇人から、変人に憧れた凡人まで。
そんな生きとし生ける人間の坩堝の片隅。閉まる扉にかけられたプレートが、揺れてカランと小さく鳴る。そこに刻まれた文字の示す、此処は――
光の科学研究室。
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