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參、笑み、嘆く
笑み、嘆く④
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その日から、ユエを使役するための訓練が俺の日課になった。晴れた日は家の庭で、雨の降る日は境内の神楽殿を使って。
もちろんそれにはアオの持つ月影が必要なので、彼女もその場に居合わせることになる。時間は就寝前の三十分から一時間、だいたい午後十時から十一時前後だ。そうすることで、彼女は夜に必ず家にいるようになり、結果的に、昼夜逆転の生活もまた元に戻った。副次効果としてはこの上ない。これだけでも俺が訓練を日課にしている意味がある気がした。
週末を迎え金曜は、朝からしとしととぐずついた小雨が降っていた。そんな中で一日を過ごして夜を迎え、あとは寝る前の訓練を残すばかりとなっても、しかしアオの姿が家になかった。
ここ数日は帰宅が早かったので妙だ。そう思って寝るに寝れず時間を持て余していると、曖昧に泳いだ思考を打つように、玄関扉がガシャンと鳴った。急いで向かうと、わずかに開いた扉に、びしょ濡れのアオがもたれかかるようにして倒れていた。
即座に身体が熱くなる。
「お、おいっ! どうしたんだ!?」
ほとんど条件反射で彼女を抱え起こした。すると俺の手にべとっと生温い血が付着する。その血液は彼女の脇腹から流れ出ていた。
「あ、はは……。ごめん、下手打っちゃった……」
思わずこちらの血の気が引く。
「いっ……医者……! 病院にっ……!」
慌てて立ち上がろうとした俺を、しかしアオが弱々しい手で引いて制した。
「……いい。誰も、呼ばないで。あんた以外に……こんな姿、見せらんない」
その手――青白く、土に汚れた手。砂利を引っ掻いたのか、整えられていた爪は欠けて、砂が入り込んでいる。霞んだ目で俺を見ながらも、口元だけで必死に笑おうとしている。切れ切れの言葉での強がりは痛々しいばかりだった。
そんなこと言ってる場合か、と喉まで出かける。けれども、浅い息で首を横に振るアオの、折れた白い耳が目に入った。そうだ。確かに、簡単に人は呼べない。そもそも呼ぶにしたって医者か獣医か。アオのこの姿だって、いつ解けて兎に戻ってしまうかもわからなかった。
「……ねぇ、あんたの部屋で、寝かせてくれない? それだけ……で、いい、から」
迷った末、俺は要望通りに彼女を部屋へと運んで、ベッドに寝かせた。それとほとんど同時にアオは兎の姿に戻った。意図的に戻ったというよりは、力尽きて戻ったという感じだった。
雨水と泥、加えて血に汚れた着物を取り払うと、彼女の白毛の全身が露わになる。最近のアオはたびたび怪我をして帰ってくるが、今日はその比ではなかった。全体的にいつもより多く深い傷を負っていて出血も酷く、特に脇腹と左足首にある傷は一目で銃痕とわかった。かわし損ねて弾に抉られたような傷だ。
俺はひとまず、彼女の身体を清潔な布で拭いて止血を試みた。それからできる範囲で傷への処置を施し、様子を見ながら掃除や使ったものの処理をしていたら深夜になった。
ピクリとも動かず、まるで死んだように眠り続けるアオ。こいつはいったい今日、どんな無茶をやらかしてきたのか。しっかりと問い質してやりたいところだが、彼女の意識が戻らないことにはそれも敵わない。朝になれば目を覚ますだろうか。困ったやつだな、と呆れていた気持ちが次第に、もし目を覚さなかったらどうしよう、という不安に変わっていく。
結局俺はそれから二時間ほど、眠るわけでもなくただ彼女を見ていたが、午前三時を回ったくらいで記憶が途切れた。アオの横でベッドに突っ伏し、眠ってしまったらしかった。
もちろんそれにはアオの持つ月影が必要なので、彼女もその場に居合わせることになる。時間は就寝前の三十分から一時間、だいたい午後十時から十一時前後だ。そうすることで、彼女は夜に必ず家にいるようになり、結果的に、昼夜逆転の生活もまた元に戻った。副次効果としてはこの上ない。これだけでも俺が訓練を日課にしている意味がある気がした。
週末を迎え金曜は、朝からしとしととぐずついた小雨が降っていた。そんな中で一日を過ごして夜を迎え、あとは寝る前の訓練を残すばかりとなっても、しかしアオの姿が家になかった。
ここ数日は帰宅が早かったので妙だ。そう思って寝るに寝れず時間を持て余していると、曖昧に泳いだ思考を打つように、玄関扉がガシャンと鳴った。急いで向かうと、わずかに開いた扉に、びしょ濡れのアオがもたれかかるようにして倒れていた。
即座に身体が熱くなる。
「お、おいっ! どうしたんだ!?」
ほとんど条件反射で彼女を抱え起こした。すると俺の手にべとっと生温い血が付着する。その血液は彼女の脇腹から流れ出ていた。
「あ、はは……。ごめん、下手打っちゃった……」
思わずこちらの血の気が引く。
「いっ……医者……! 病院にっ……!」
慌てて立ち上がろうとした俺を、しかしアオが弱々しい手で引いて制した。
「……いい。誰も、呼ばないで。あんた以外に……こんな姿、見せらんない」
その手――青白く、土に汚れた手。砂利を引っ掻いたのか、整えられていた爪は欠けて、砂が入り込んでいる。霞んだ目で俺を見ながらも、口元だけで必死に笑おうとしている。切れ切れの言葉での強がりは痛々しいばかりだった。
そんなこと言ってる場合か、と喉まで出かける。けれども、浅い息で首を横に振るアオの、折れた白い耳が目に入った。そうだ。確かに、簡単に人は呼べない。そもそも呼ぶにしたって医者か獣医か。アオのこの姿だって、いつ解けて兎に戻ってしまうかもわからなかった。
「……ねぇ、あんたの部屋で、寝かせてくれない? それだけ……で、いい、から」
迷った末、俺は要望通りに彼女を部屋へと運んで、ベッドに寝かせた。それとほとんど同時にアオは兎の姿に戻った。意図的に戻ったというよりは、力尽きて戻ったという感じだった。
雨水と泥、加えて血に汚れた着物を取り払うと、彼女の白毛の全身が露わになる。最近のアオはたびたび怪我をして帰ってくるが、今日はその比ではなかった。全体的にいつもより多く深い傷を負っていて出血も酷く、特に脇腹と左足首にある傷は一目で銃痕とわかった。かわし損ねて弾に抉られたような傷だ。
俺はひとまず、彼女の身体を清潔な布で拭いて止血を試みた。それからできる範囲で傷への処置を施し、様子を見ながら掃除や使ったものの処理をしていたら深夜になった。
ピクリとも動かず、まるで死んだように眠り続けるアオ。こいつはいったい今日、どんな無茶をやらかしてきたのか。しっかりと問い質してやりたいところだが、彼女の意識が戻らないことにはそれも敵わない。朝になれば目を覚ますだろうか。困ったやつだな、と呆れていた気持ちが次第に、もし目を覚さなかったらどうしよう、という不安に変わっていく。
結局俺はそれから二時間ほど、眠るわけでもなくただ彼女を見ていたが、午前三時を回ったくらいで記憶が途切れた。アオの横でベッドに突っ伏し、眠ってしまったらしかった。
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