月に兎がおりまして

りずべす

文字の大きさ
20 / 36
參、笑み、嘆く

笑み、嘆く④

しおりを挟む
 その日から、ユエを使役するための訓練が俺の日課になった。晴れた日は家の庭で、雨の降る日は境内の神楽殿を使って。
 もちろんそれにはアオの持つ月影が必要なので、彼女もその場に居合わせることになる。時間は就寝前の三十分から一時間、だいたい午後十時から十一時前後だ。そうすることで、彼女は夜に必ず家にいるようになり、結果的に、昼夜逆転の生活もまた元に戻った。副次効果としてはこの上ない。これだけでも俺が訓練を日課にしている意味がある気がした。
 週末を迎え金曜は、朝からしとしととぐずついた小雨が降っていた。そんな中で一日を過ごして夜を迎え、あとは寝る前の訓練を残すばかりとなっても、しかしアオの姿が家になかった。
 ここ数日は帰宅が早かったので妙だ。そう思って寝るに寝れず時間を持て余していると、曖昧に泳いだ思考を打つように、玄関扉がガシャンと鳴った。急いで向かうと、わずかに開いた扉に、びしょ濡れのアオがもたれかかるようにして倒れていた。
 即座に身体が熱くなる。
「お、おいっ! どうしたんだ!?」
 ほとんど条件反射で彼女を抱え起こした。すると俺の手にべとっと生温い血が付着する。その血液は彼女の脇腹から流れ出ていた。
「あ、はは……。ごめん、下手打っちゃった……」
 思わずこちらの血の気が引く。
「いっ……医者……! 病院にっ……!」
 慌てて立ち上がろうとした俺を、しかしアオが弱々しい手で引いて制した。
「……いい。誰も、呼ばないで。あんた以外に……こんな姿、見せらんない」
 その手――青白く、土に汚れた手。砂利を引っ掻いたのか、整えられていた爪は欠けて、砂が入り込んでいる。霞んだ目で俺を見ながらも、口元だけで必死に笑おうとしている。切れ切れの言葉での強がりは痛々しいばかりだった。
 そんなこと言ってる場合か、と喉まで出かける。けれども、浅い息で首を横に振るアオの、折れた白い耳が目に入った。そうだ。確かに、簡単に人は呼べない。そもそも呼ぶにしたって医者か獣医か。アオのこの姿だって、いつ解けて兎に戻ってしまうかもわからなかった。
「……ねぇ、あんたの部屋で、寝かせてくれない? それだけ……で、いい、から」
 迷った末、俺は要望通りに彼女を部屋へと運んで、ベッドに寝かせた。それとほとんど同時にアオは兎の姿に戻った。意図的に戻ったというよりは、力尽きて戻ったという感じだった。
 雨水と泥、加えて血に汚れた着物を取り払うと、彼女の白毛の全身が露わになる。最近のアオはたびたび怪我をして帰ってくるが、今日はその比ではなかった。全体的にいつもより多く深い傷を負っていて出血も酷く、特に脇腹と左足首にある傷は一目で銃痕とわかった。かわし損ねて弾に抉られたような傷だ。
 俺はひとまず、彼女の身体を清潔な布で拭いて止血を試みた。それからできる範囲で傷への処置を施し、様子を見ながら掃除や使ったものの処理をしていたら深夜になった。
 ピクリとも動かず、まるで死んだように眠り続けるアオ。こいつはいったい今日、どんな無茶をやらかしてきたのか。しっかりと問い質してやりたいところだが、彼女の意識が戻らないことにはそれも敵わない。朝になれば目を覚ますだろうか。困ったやつだな、と呆れていた気持ちが次第に、もし目を覚さなかったらどうしよう、という不安に変わっていく。
 結局俺はそれから二時間ほど、眠るわけでもなくただ彼女を見ていたが、午前三時を回ったくらいで記憶が途切れた。アオの横でベッドに突っ伏し、眠ってしまったらしかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

まだ見ぬ未来へ駆け抜けて!

小林汐希
ライト文芸
2年5組の生徒:松本花菜(17歳 高校2年生) 2年5組の担任:長谷川啓太(23歳 教師歴1年目) 幼い頃から、様々な悩みを抱えながら過ごしてきた花菜。 それは幼い頃に父との離別を経験した家庭環境だったり、小学校の最後に作ってしまった体の古傷であったり。 学校外の時間を一人で過ごすことになった彼女の唯一、かつ絶対的な味方でいてくれたのが、近所に住む啓太お兄ちゃんだった。 しかし年の離れた二人の関係では仕方ないとはいえ、啓太の大学進学や環境変化とともに、その時間は終わりを迎えてしまう。 ふさぎ込む花菜を前に、啓太は最後に「必ず迎えに来る」という言葉を残して街を離れた。 言葉を受け取った花菜は、自分を泣かせないための慰めだったという諦めも入りつつ、一方で微かな希望として心の中で温め続けていた。 数年の時を経て二人が再び顔を合わせたものの、もはや運命の意地悪とでもいうべき「担任教師と生徒」という関係。 最初は様子伺いだったけれど、往時の気持ちが変わっていないことを再確認してからは、「一人じゃない」と嬉しいこと・辛いことも乗り越えていく二人には少しずつ背中を押してくれる味方も増えていく。 再会した当初は「おとなしい終末的運命キャラ」になっていた花菜も次第に自信を取り戻し、新米教師の啓太も花菜のサポートを裏で受けつつ堂々と教壇に立ち続けた。 そんな互いを支えあった二人の前に開けた世界は……。 たった一つだけの約束を胸に、嬉しいときは一緒に喜び、悲しいときは支えあって走り抜けた二人の物語です。

愛人を選んだ夫を捨てたら、元婚約者の公爵に捕まりました

由香
恋愛
伯爵夫人リュシエンヌは、夫が公然と愛人を囲う結婚生活を送っていた。 尽くしても感謝されず、妻としての役割だけを求められる日々。 けれど彼女は、泣きわめくことも縋ることもなく、静かに離婚を選ぶ。 そうして“捨てられた妻”になったはずの彼女の前に現れたのは、かつて婚約していた元婚約者――冷静沈着で有能な公爵セドリックだった。 再会とともに始まるのは、彼女の価値を正しく理解し、決して手放さない男による溺愛の日々。 一方、彼女を失った元夫は、妻が担っていたすべてを失い、社会的にも転落していく。 “尽くすだけの妻”から、“選ばれ、守られる女性”へ。 静かに離婚しただけなのに、 なぜか元婚約者の公爵に捕まりました。

むっつり金持ち高校生、巨乳美少女たちに囲まれて学園ハーレム

ピコサイクス
青春
顔は普通、性格も地味。 けれど実は金持ちな高校一年生――俺、朝倉健斗。 学校では埋もれキャラのはずなのに、なぜか周りは巨乳美女ばかり!? 大学生の家庭教師、年上メイド、同級生ギャルに清楚系美少女……。 真面目な御曹司を演じつつ、内心はむっつりスケベ。

お兄ちゃんはお兄ちゃんだけど、お兄ちゃんなのにお兄ちゃんじゃない!?

すずなり。
恋愛
幼いころ、母に施設に預けられた鈴(すず)。 お母さん「病気を治して迎えにくるから待ってて?」 その母は・・迎えにくることは無かった。 代わりに迎えに来た『父』と『兄』。 私の引き取り先は『本当の家』だった。 お父さん「鈴の家だよ?」 鈴「私・・一緒に暮らしていいんでしょうか・・。」 新しい家で始まる生活。 でも私は・・・お母さんの病気の遺伝子を受け継いでる・・・。 鈴「うぁ・・・・。」 兄「鈴!?」 倒れることが多くなっていく日々・・・。 そんな中でも『恋』は私の都合なんて考えてくれない。 『もう・・妹にみれない・・・。』 『お兄ちゃん・・・。』 「お前のこと、施設にいたころから好きだった・・・!」 「ーーーーっ!」 ※本編には病名や治療法、薬などいろいろ出てきますが、全て想像の世界のお話です。現実世界とは一切関係ありません。 ※コメントや感想などは受け付けることはできません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 ※孤児、脱字などチェックはしてますが漏れもあります。ご容赦ください。 ※表現不足なども重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけたら幸いです。(それはもう『へぇー・・』ぐらいに。)

白苑後宮の薬膳女官

絹乃
キャラ文芸
白苑(はくえん)後宮には、先代の薬膳女官が侍女に毒を盛ったという疑惑が今も残っていた。先代は瑞雪(ルイシュエ)の叔母である。叔母の濡れ衣を晴らすため、瑞雪は偽名を使い新たな薬膳女官として働いていた。 ある日、幼帝は瑞雪に勅命を下した。「病弱な皇后候補の少女を薬膳で救え」と。瑞雪の相棒となるのは、幼帝の護衛である寡黙な武官、星宇(シンユィ)。だが、元気を取り戻しはじめた少女が毒に倒れる。再び薬膳女官への疑いが向けられる中、瑞雪は星宇の揺るぎない信頼を支えに、後宮に渦巻く陰謀へ踏み込んでいく。 薬膳と毒が導く真相、叔母にかけられた冤罪の影。 静かに心を近づける薬膳女官と武官が紡ぐ、後宮ミステリー。

春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話

登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。

処理中です...