月に兎がおりまして

りずべす

文字の大きさ
19 / 36
參、笑み、嘆く

笑み、嘆く③

しおりを挟む
 時針回って午後十時半。あとは寝るだけとなったところで、アオが声をかけてきた。
「ねぇ、あんたに一つ提案があるんだけどさ。庭に行かない?」
 しんとした闇夜だった。街明かりも少しずつ消え、空の月はほとんど雲に隠れていた。
 俺とアオは庭で、ひと二人分ほどの間隔を空けて向かい立つ。
 彼女の手には例の白い和傘――月影。その柄を掴んで引き抜き、刀身部分を露わにする。右手に刀を、左手に傘を、それぞれ持ってアオはこちらを見た。
「お、おい……何する気だ。物騒な話か?」
「いいえ、怯えるようなことは何もないわ」彼女は少しだけ楽しそうに答える。「あんたにもらったこの刀、近頃、地兎たちと遊んだおかげでコツが掴めたから、説明しとこうかなって」
 なんだそういうことか。わざわざ庭まで呼び出すから何事かと思ってしまった。無意識に張っていた肩から力が抜ける。
 吹き抜ける夜の風はいくらかの湿気と冷気を孕んでいる。
「別に、俺はいいよ。あんま興味ないしさ」
「まあまあ、そうつれないこと言わないで。あたしの酔い覚ましに付き合いなさいよ」
 この酔っ払い……結局はそれが目的だな。
「前にも少し言いかけたけど、この月影は与奪の宝具である『枝』から作り出された宝刀よ。したがってその宝具の性質を、そのまま受け継いでいる」
 そういえば前に蔵を漁ったときにも、そんなようなことを言っていた気がする。
「『与奪』をこの月影に当てはめると『放出と吸収』ね。こっちの刀は持ち主、もしくは月影そのものに内包されたユエを放出して、使役したり、他者に分け与えることができるみたい」
 アオは言い終えると同時、刀を握る右手を上げ、俺へ向けて刃先を構えた。すると刀身が次第にぼんやりと、夜空に浮かぶはずの月と同じ光を灯し始める。柔らかな光の美しさに思わず視線を奪われたが、なんとその光は、宙を舞って俺の方へと向かってきた。
 これは、ユエだ。アオのユエが、仄かに輝きながら、やがて俺の身体の中に収まっていく。
 その一連の光景を見届けると、次にアオは左手の傘を開いた。
「対してこっちの傘は、ユエによる攻撃を吸収したり、他者から強引に奪い取ることができる」
 模様も飾りもない真っ白な傘紙。一見地味だが、夜の闇の中で円く開かれたその姿は、凛々しくも燻みのない満月そのものだ。アオの姿をすっぽりと覆い隠すほどの大きな円に、今しがた俺に集まったユエが吸い寄せられ、再び彼女の体内に戻っていく。
「……とまあ、こんな芸当が可能な代物ね」
 着物やユエの光も相まって、幻想的な彼女の佇まい。それを見ているうち、辺りはただの雲夜に戻った。終わってみれば一瞬だったが、酔っ払いの酔い覚ましにしては、聞き流すに惜しい話だ。俺はそう思う。
「……ユエは、兎にとっては生命力そのもの、なんだよな? これって、もしかしてすごい力なんじゃないか?」
「もしかしなくても、すごい力よ。傘で奪い溜め込んだユエを使役して戦えば、持ち主のユエの消費は格段に抑えられる。それに、この刀そのものにも、持ち主のユエを引き出す力があるみたいだから、普通の武器にユエを纏わせるよりも効率がいいわ。月から離れた地上で戦う者にとっては、この上ない得物ね」
 というよりむしろ、そういう用途のために作られたとさえ思える。ユエの使役効率、補充、外部貯蓄……武器としての側面以外にも利点が多い。
「手鏡が節約できそうね」
「酒の節約にもなるわけだな」
 にこやかに笑うアオが一瞬だけものすごく渋い顔をしたが、気づいていないことにした。
 するとアオはアオで、俺の発言など聞こえもしなかったように尋ねる。
「それはそうと紫苑、ここからが本題なんだけど……さっきあたしのユエの流れを身に受けて、何か感じた?」
「え? 何かって……んなこと、今更言われても」
「じゃあもう一度よ。さ、こっちに背中向けて、感覚を研ぎ澄ませて」
「はあ……?」
 話をとっとと酒から遠ざけようとしているのか、アオは俺を急かすように指図した。
「ほら早く!」わかったうるさいちょっと待て。
 俺は渋々、アオに背を受ける。後ろで彼女が刀を振る気配があった。
「どう?」
 注意深く意識を背後に、背中に、身体中に巡らせる。
「あー……うーん……言われてみれば、なんとなく? ……こう、うねりみたいなのが、来てる気がする」
 実際にやってみて驚いたのは、ユエに対して意識的になることで、視覚にも変化があったことだ。ユエの流れ込んでいる俺の身体が、さきほどよりもさらに強く光っているのがわかった。
 しばらく経ってその光が弱まり、また背後に吸われていく。
「あ、あー……なんか身体から抜けていくなぁ」
 そして、与えられたユエが再び身体から抜けきるのを待ち、俺は振り返った。
「上出来ね」アオが満足そうに頷く。「もともとあんたは、無意識ではあっても指先に灯せる程度には、ユエを扱うことができたわけだしね」
 言いながら、アオは傘を閉じてそこに刀を収めた。仕込み刀はただの和傘に戻る。
「基本的な感覚はそれと変わらないわ。体内にユエを巡らせて、制御する感覚」
「はあ……で、それがなんなんだよ?」
 結局、何をさせられたのかわかっていない俺の質問に、アオははっきりと答える。
「あんたは、訓練を重ねることで、今よりもっと多くのユエを、高い精度で使役できるようになる可能性を秘めている」
「俺が?」
「……かもしれない」
 ん?
「……と言えなくもない」
 だんだん弱まっていく語気に合わせて、俺の中に少しばかり膨らんだ期待も萎んだ。
「……希望は薄そうだな」
「人間でありながらユエが扱えるだけで、既にあんたは十分に希少種よ。前例のないことに、断定的なことは言えないのよ」
 まあ……ごもっともで。
「だけど、ものは試しだと思わない? やって損することは何もないわ」
 実際、それも同じくごもっともだ。
「そうだな。そういや、じじいもそんなようなこと、言ってた気がするし」
「そ。試せるだけ、あんたはお得なのよ。特別会員様だけの、お買い得すぺしゃるぷらん、よ!」
 とりあえず、アオがたびたび変な言葉を習得していることに関しては、あとでちゃんと突っ込んでやろう。今にどこかで恥をかくに違いない。
 そんなことを考えている俺に向かって、アオは突然、持っていた月影を軽々と放った。
「おわっと!」
 咄嗟のことに俺は慌てて構え、両手で抱え込むように受け取る。
 そうしてホッと息をついてから文句を飛ばそうとした俺よりも早く、彼女が言った。
「使って。こいつはあんたの訓練にも、役に立つ代物だと思うわ」
 その訓練について、アオが提案した内容はこうだった。
 俺が月影を構えて傘でアオからユエを吸い取り、一度身体に取り込んでから、刀でアオに戻す。それにより、身体は必然的にユエの流れの中に置かれることになる。一度に取り込むユエを増やしていくことで、より多くユエを扱うことができるようになる。一度に取り込むユエを減らしていくことで、より繊細なユエの制御ができるようになる。そういう趣旨の訓練らしい。
 ちなみに信憑性はない。アオが即興で考えたものらしく、この訓練が正しく意味を成すのかはわからないようだ。しかしそれも致し方ない。前例のない訓練、いわばこれは、教科書のない勉強なのだ。成果にはあまり期待せず、夜の運動程度に考えて取り組むのがよさそうである。
「普段の生活に影響のない範囲で努力するよ」
 そう返答する俺に対し、アオは
「じゃあ、あんたの努力とやらに大いに期待するわ」
 と朗らかに笑った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

まだ見ぬ未来へ駆け抜けて!

小林汐希
ライト文芸
2年5組の生徒:松本花菜(17歳 高校2年生) 2年5組の担任:長谷川啓太(23歳 教師歴1年目) 幼い頃から、様々な悩みを抱えながら過ごしてきた花菜。 それは幼い頃に父との離別を経験した家庭環境だったり、小学校の最後に作ってしまった体の古傷であったり。 学校外の時間を一人で過ごすことになった彼女の唯一、かつ絶対的な味方でいてくれたのが、近所に住む啓太お兄ちゃんだった。 しかし年の離れた二人の関係では仕方ないとはいえ、啓太の大学進学や環境変化とともに、その時間は終わりを迎えてしまう。 ふさぎ込む花菜を前に、啓太は最後に「必ず迎えに来る」という言葉を残して街を離れた。 言葉を受け取った花菜は、自分を泣かせないための慰めだったという諦めも入りつつ、一方で微かな希望として心の中で温め続けていた。 数年の時を経て二人が再び顔を合わせたものの、もはや運命の意地悪とでもいうべき「担任教師と生徒」という関係。 最初は様子伺いだったけれど、往時の気持ちが変わっていないことを再確認してからは、「一人じゃない」と嬉しいこと・辛いことも乗り越えていく二人には少しずつ背中を押してくれる味方も増えていく。 再会した当初は「おとなしい終末的運命キャラ」になっていた花菜も次第に自信を取り戻し、新米教師の啓太も花菜のサポートを裏で受けつつ堂々と教壇に立ち続けた。 そんな互いを支えあった二人の前に開けた世界は……。 たった一つだけの約束を胸に、嬉しいときは一緒に喜び、悲しいときは支えあって走り抜けた二人の物語です。

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

愛人を選んだ夫を捨てたら、元婚約者の公爵に捕まりました

由香
恋愛
伯爵夫人リュシエンヌは、夫が公然と愛人を囲う結婚生活を送っていた。 尽くしても感謝されず、妻としての役割だけを求められる日々。 けれど彼女は、泣きわめくことも縋ることもなく、静かに離婚を選ぶ。 そうして“捨てられた妻”になったはずの彼女の前に現れたのは、かつて婚約していた元婚約者――冷静沈着で有能な公爵セドリックだった。 再会とともに始まるのは、彼女の価値を正しく理解し、決して手放さない男による溺愛の日々。 一方、彼女を失った元夫は、妻が担っていたすべてを失い、社会的にも転落していく。 “尽くすだけの妻”から、“選ばれ、守られる女性”へ。 静かに離婚しただけなのに、 なぜか元婚約者の公爵に捕まりました。

むっつり金持ち高校生、巨乳美少女たちに囲まれて学園ハーレム

ピコサイクス
青春
顔は普通、性格も地味。 けれど実は金持ちな高校一年生――俺、朝倉健斗。 学校では埋もれキャラのはずなのに、なぜか周りは巨乳美女ばかり!? 大学生の家庭教師、年上メイド、同級生ギャルに清楚系美少女……。 真面目な御曹司を演じつつ、内心はむっつりスケベ。

お兄ちゃんはお兄ちゃんだけど、お兄ちゃんなのにお兄ちゃんじゃない!?

すずなり。
恋愛
幼いころ、母に施設に預けられた鈴(すず)。 お母さん「病気を治して迎えにくるから待ってて?」 その母は・・迎えにくることは無かった。 代わりに迎えに来た『父』と『兄』。 私の引き取り先は『本当の家』だった。 お父さん「鈴の家だよ?」 鈴「私・・一緒に暮らしていいんでしょうか・・。」 新しい家で始まる生活。 でも私は・・・お母さんの病気の遺伝子を受け継いでる・・・。 鈴「うぁ・・・・。」 兄「鈴!?」 倒れることが多くなっていく日々・・・。 そんな中でも『恋』は私の都合なんて考えてくれない。 『もう・・妹にみれない・・・。』 『お兄ちゃん・・・。』 「お前のこと、施設にいたころから好きだった・・・!」 「ーーーーっ!」 ※本編には病名や治療法、薬などいろいろ出てきますが、全て想像の世界のお話です。現実世界とは一切関係ありません。 ※コメントや感想などは受け付けることはできません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 ※孤児、脱字などチェックはしてますが漏れもあります。ご容赦ください。 ※表現不足なども重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけたら幸いです。(それはもう『へぇー・・』ぐらいに。)

詠唱? それ、気合を入れるためのおまじないですよね? ~勘違い貴族の規格外魔法譚~

Gaku
ファンタジー
「次の人生は、自由に走り回れる丈夫な体が欲しい」 病室で短い生涯を終えた僕、ガクの切実な願いは、神様のちょっとした(?)サービスで、とんでもなく盛大な形で叶えられた。 気がつけば、そこは剣と魔法が息づく異世界。貴族の三男として、念願の健康な体と、ついでに規格外の魔力を手に入れていた! これでようやく、平和で自堕落なスローライフが送れる――はずだった。 だが、僕には一つ、致命的な欠点があった。それは、この世界の魔法に関する常識が、綺麗さっぱりゼロだったこと。 皆が必死に唱える「詠唱」を、僕は「気合を入れるためのおまじない」だと勘違い。僕の魔法理論は、いつだって「体内のエネルギーを、ぐわーっと集めて、どーん!」。 その結果、 うっかり放った火の玉で、屋敷の壁に風穴を開けてしまう。 慌てて土魔法で修復すれば、なぜか元の壁より遥かに豪華絢爛な『匠の壁』が爆誕し、屋敷の新たな観光名所に。 「友達が欲しいな」と軽い気持ちで召喚魔法を使えば、天変地異の末に伝説の魔獣フェンリル(ただし、手のひらサイズの超絶可愛い子犬)を呼び出してしまう始末。 僕はただ、健康な体でのんびり暮らしたいだけなのに! 行く先々で無自覚に「やりすぎ」てしまい、気づけば周囲からは「無詠唱の暴君」「歩く災害」など、実に不名誉なあだ名で呼ばれるようになっていた……。 そんな僕が、ついに魔法学園へ入学! 当然のように入学試験では的を“消滅”させて試験官を絶句させ、「関わってはいけないヤバい奴」として輝かしい孤立生活をスタート! しかし、そんな規格外な僕に興味を持つ、二人の変わり者が現れた。 魔法の真理を探求する理論オタクの「レオ」と、強者との戦いを求める猪突猛進な武闘派女子の「アンナ」。 この二人との出会いが、モノクロだった僕の世界を、一気に鮮やかな色に変えていく――! 勘違いと無自覚チートで、知らず知らずのうちに世界を震撼させる! 腹筋崩壊のドタバタコメディを軸に、個性的な仲間たちとの友情、そして、世界の謎に迫る大冒険が、今、始まる!

処理中です...