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肆、地兎
地兎④
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月見里に連れられて、俺は屋上庭園の柵まで来ていた。風吹けば身もすくむ、まさに転落寸前の敷地ギリギリ。
一面に広がる街明かりの海に目を向けると、正面から坂を歩いて上ってくる影が見えた。
ダン、と同時に大きな地響きが鳴る。その音を率いるように、左足を強く打ち下ろす月見里。
ダン、ダン、と重く連続で生まれる地震。よく見れば坂の周りの家やマンション、そのベランダや屋根の上に、紅い双点がチラついている。
ダン、ダン、ダン、とまるで空間を支配するがごとき音の帳が形成される。その音に乗った、何かを掻き立てるような逸る気持ちと警戒は、彼ら地兎が、歩いてこちらにやってくる着物の女性――アオを迎えてのものだとわかった。
遠く、アオは携えた月影を構え、坂を上り終えた辺りの開けた街路で立ち止まる。
そして大きく息を吸い、叫んだ。
「歓迎の準備はできてるようね!? せこい呼び出し方してくれちゃって! あたしの飼い主に手出したこと、せいぜい後悔させてやるからっ!」
言い終えるや否やアオは刀を引き抜いて、袖から放った手鏡を三枚、空中で横から一刀両断した。溢れ出たユエが彼女の身体を包み込んで、眩い光を放つ。
直後に彼女は駆けた。
それに反応して、周囲の地兎たちが一斉に彼女へと向かっていく。既に兎の姿の者。まだ人の姿を保っている者。様々入り乱れているが、ざっと目算しても五十匹は下らない。
地兎たちの武器はもっぱら銃だ。
無数に飛び交う弾丸を、しかしアオはほとんど開いた傘で、ときには刀で弾いて防ぐ。止まぬ銃声の中、ひときわ強く光る彼女こそが、むしろ唯一本物の弾丸であるかのように、俺と月見里のいるマンションの入口を目指して飛んでいた。
エントランス前のロータリー。そこに繋がる大きな並木道。中央で景観を彩る噴水。百メートル以上あろうかというその距離が一瞬で詰まる。
アオの身のこなしは、軽やかという他なかった。屋上から俯瞰している俺の視界を共有しているのかと思えるほど、前後左右上下、全ての弾丸を最小の動きでかわす。この場にいる誰よりも速く、脇の地兎には目もくれずに入口まで辿り着いたかと思いきや、勢いそのまま外壁とベランダを伝って垂直に上ってくる。
俺は自分が落ちるかもしれない恐怖も忘れて、柵から覗き込むように下を見た。このマンションのベランダにもたくさんの地兎が構えている。
それらからの攻撃を全て、アオは避け、防ぎ、上る動線を邪魔する相手は容赦なく蹴り落とす。そして一息のうちに地上十五階のこの屋上まで駆け上がってくる。
直後、俺たちの頭上をムーンサルトの要領で飛び越え、着地と同時に舞い上がった白い花々に包まれて、キッと刀を突き出した。
蒼い瞳を鋭く真っ直ぐに向けられた月見里は、しかし俺が気づいたときにはもう、アオの方へと駆け出していた。月見里は、はらはらと降る花弁の中でアオに飛びつく――が、意外にもその行為は、敵意からではないようだった。
ゆえにアオも、警戒意思のない無防備な接触に、反応を示すのが遅れたらしい。
両手を伸ばし、アオの首にぎゅっと腕を巻きつける月見里。そして――。
「お母様!」
放たれた言葉に、俺もアオも目一杯、困惑することとなる。
最後には、飛びつかれた勢いをアオが受け止めきれずに、月見里と一緒になって白い花の絨毯に倒れた。まるで張り詰めた糸が切れるかのように、二人同時に、兎となって。
一面に広がる街明かりの海に目を向けると、正面から坂を歩いて上ってくる影が見えた。
ダン、と同時に大きな地響きが鳴る。その音を率いるように、左足を強く打ち下ろす月見里。
ダン、ダン、と重く連続で生まれる地震。よく見れば坂の周りの家やマンション、そのベランダや屋根の上に、紅い双点がチラついている。
ダン、ダン、ダン、とまるで空間を支配するがごとき音の帳が形成される。その音に乗った、何かを掻き立てるような逸る気持ちと警戒は、彼ら地兎が、歩いてこちらにやってくる着物の女性――アオを迎えてのものだとわかった。
遠く、アオは携えた月影を構え、坂を上り終えた辺りの開けた街路で立ち止まる。
そして大きく息を吸い、叫んだ。
「歓迎の準備はできてるようね!? せこい呼び出し方してくれちゃって! あたしの飼い主に手出したこと、せいぜい後悔させてやるからっ!」
言い終えるや否やアオは刀を引き抜いて、袖から放った手鏡を三枚、空中で横から一刀両断した。溢れ出たユエが彼女の身体を包み込んで、眩い光を放つ。
直後に彼女は駆けた。
それに反応して、周囲の地兎たちが一斉に彼女へと向かっていく。既に兎の姿の者。まだ人の姿を保っている者。様々入り乱れているが、ざっと目算しても五十匹は下らない。
地兎たちの武器はもっぱら銃だ。
無数に飛び交う弾丸を、しかしアオはほとんど開いた傘で、ときには刀で弾いて防ぐ。止まぬ銃声の中、ひときわ強く光る彼女こそが、むしろ唯一本物の弾丸であるかのように、俺と月見里のいるマンションの入口を目指して飛んでいた。
エントランス前のロータリー。そこに繋がる大きな並木道。中央で景観を彩る噴水。百メートル以上あろうかというその距離が一瞬で詰まる。
アオの身のこなしは、軽やかという他なかった。屋上から俯瞰している俺の視界を共有しているのかと思えるほど、前後左右上下、全ての弾丸を最小の動きでかわす。この場にいる誰よりも速く、脇の地兎には目もくれずに入口まで辿り着いたかと思いきや、勢いそのまま外壁とベランダを伝って垂直に上ってくる。
俺は自分が落ちるかもしれない恐怖も忘れて、柵から覗き込むように下を見た。このマンションのベランダにもたくさんの地兎が構えている。
それらからの攻撃を全て、アオは避け、防ぎ、上る動線を邪魔する相手は容赦なく蹴り落とす。そして一息のうちに地上十五階のこの屋上まで駆け上がってくる。
直後、俺たちの頭上をムーンサルトの要領で飛び越え、着地と同時に舞い上がった白い花々に包まれて、キッと刀を突き出した。
蒼い瞳を鋭く真っ直ぐに向けられた月見里は、しかし俺が気づいたときにはもう、アオの方へと駆け出していた。月見里は、はらはらと降る花弁の中でアオに飛びつく――が、意外にもその行為は、敵意からではないようだった。
ゆえにアオも、警戒意思のない無防備な接触に、反応を示すのが遅れたらしい。
両手を伸ばし、アオの首にぎゅっと腕を巻きつける月見里。そして――。
「お母様!」
放たれた言葉に、俺もアオも目一杯、困惑することとなる。
最後には、飛びつかれた勢いをアオが受け止めきれずに、月見里と一緒になって白い花の絨毯に倒れた。まるで張り詰めた糸が切れるかのように、二人同時に、兎となって。
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