月に兎がおりまして

りずべす

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伍、襲撃

襲撃④

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 開けた場所で、アオが俺に向かって何かを差し出した。
「これは『砂時計』――転移の宝具よ」
 見せられたのは、なるほど確かに砂時計。どこからどう見ても、そうとしか見えない形をしている宝具だった。手のひら大くらいのそれを、アオは少し離れた敷石の上に直接置いた。
「こうして溜まった砂を下にして置いて、触れながらユエを流し込むの。するとだんだん砂が上っていくわ。それに呼応して、ユエを流し込んだ者が月の世界へと運ばれる仕組み」
 ちなみに月で使うと地上に転移するらしい。アオたち天兎はそうして地上に来るのだそうだ。
「他者のユエで転移することはできない。必ず本人のユエを使う必要がある。それから、砂時計一つで複数が転移することもできるけど、数に比例して転移に要する時間と、個々に要求されるユエの量も飛躍的に増える。一つあればそれで解決って代物じゃない」
 俺に対して説明をしながら、しかし最後になると、アオは月見里の方にも視線を向けていた。
「っていう感じなんだけど。あたしの砂時計で転移するのは、あたしと紫苑と紅音、だけでいいのかしら?」
「はい」
 月見里の返答を聞きながら、アオは周囲の地兎たちをざっと見渡す。地兎たちはだいたい三から五匹程度のグループに分かれていて、その中心にはそれぞれ砂時計が置かれていた。
「よくもまあこれだけ、集めたもんね。全部地上に来た天兎から、かっぱらったもの?」
「はい。手鏡もかなりの数がありましたが、今日のために、全て仲間に分配しました。綺麗さっぱり、在庫ゼロです」
 アオはことさら大袈裟に呆れてみせる。
「あっそ。ま、いいんじゃない。これは戻ってこられる保証のない博打。場合によっちゃ、片道旅行なんだしね」
「勝算のある博打なんですよ。その勝算に、あなたの働きも入っています」
「あー、そうだったわね。せいぜい善処させてもらうわ。失敗したとき、死ぬのが自分だけじゃない方が、頑張れそうだしね」
 それを聞いた月見里が、少しだけ声を詰まらせる。
「まさか……それが宮東さんを同行させたがった本当の理由なのですか?」
「さあ? でもいいじゃない。結局はもう紫苑も作戦に、必要になったわけだしさ」
 とぼけるように肩をすくめるアオ。
 何やら不穏な話だったが、俺はあえて知らぬ振りをして、別のことをアオに尋ねた。
「ところで、その作戦さ……自分で言っておいてあれだけど、本当に大丈夫なんだよな?」
 不安の滲む俺の声に、しかしアオは冷静に答える。
「そうね。理屈は通ると思うわよ。かなり混乱するでしょうけど、月に住む天兎たちも、あれなら文句は言えないはず。てか、そもそも自分たちが今まで教えを盾に好き勝手やってきたんだから、それが元でひっくり返されるなら文句もないでしょうよ」
 ついでにその言葉の最後の方は、妙に気迫がこもっていて重かった。
「それなら、うん、よかったよ。ちゃんと俺も、役に立てそうでさ」
 するとアオはわずかに笑みを浮かべて「案外乗り気じゃない」なんて俺を小突いた。そりゃあ、ここまできたら腹を括るしかない。彼女たちのために、俺にできることをするつもりだ。
 そんな俺たちの様子を見ていたのか、月見里もクスッと微笑んだようだ。そして短く息を吸い、周囲の地兎たちに向かって告げる。
「では皆様、いざ、参りましょう。いよいよ今日が、これまで手を伸ばし続けたものを、掴み取るときです」
 月見里が砂時計に手をかざす。流れ込むユエに反応したそれが朧気に白く光り始め、中の砂が、一粒一粒連なるようにして細く吸い上げられていく。
 彼女の身体が光に包まれ、続いて周囲からも、同じ光が次々と生まれた。
 そのときアオが、そっと瞳を閉じて呟いたのが、俺にはわかった。
「手を伸ばす……か。もしかしたら、その是非をこの博打で問うのも、ありかもしれないわね」
 きっとそれは、アオなりの決意の言葉なのだろう、と俺は思った。
 アオが静かに砂時計に手をかざすのに合わせて、俺も同じく、神経を集中させる。
 反対からは、月見里の穏やかな声が聞こえた。
「ずっと……ずっと私は、考えていました。例えばご都合主義もどんでん返しも、綺麗事も大歓迎。皆が幸せになるのなら、それを拒む理由なんて、世界のどこにもないはずだと」
 視界の中で、月見山が白い光に染まっていく。そしてアオも、次第に周りの草花や地兎たちも、空も街も、それから自分の身体までも。
「有り余るくらい幸せで、何がいけないのでしょう。上手くいって何がいけないのでしょう。皆が笑える未来のどこに、いけないことがありましょう」
 月見里の声はまるで子守唄のように、俺の意識が白に溶ける瞬間、地上から消えるその瞬間まで、この耳に優しく届く。
「それを許さないドラマやリアリティなど、おととい来たらいいのです。そんなもの私はお断り。ありったけくだらない陳腐な筋書きでも、それは、ハッピーエンドを貶める理由には、ならないのですから」
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