31 / 36
伍、襲撃
襲撃④
しおりを挟む
開けた場所で、アオが俺に向かって何かを差し出した。
「これは『砂時計』――転移の宝具よ」
見せられたのは、なるほど確かに砂時計。どこからどう見ても、そうとしか見えない形をしている宝具だった。手のひら大くらいのそれを、アオは少し離れた敷石の上に直接置いた。
「こうして溜まった砂を下にして置いて、触れながらユエを流し込むの。するとだんだん砂が上っていくわ。それに呼応して、ユエを流し込んだ者が月の世界へと運ばれる仕組み」
ちなみに月で使うと地上に転移するらしい。アオたち天兎はそうして地上に来るのだそうだ。
「他者のユエで転移することはできない。必ず本人のユエを使う必要がある。それから、砂時計一つで複数が転移することもできるけど、数に比例して転移に要する時間と、個々に要求されるユエの量も飛躍的に増える。一つあればそれで解決って代物じゃない」
俺に対して説明をしながら、しかし最後になると、アオは月見里の方にも視線を向けていた。
「っていう感じなんだけど。あたしの砂時計で転移するのは、あたしと紫苑と紅音、だけでいいのかしら?」
「はい」
月見里の返答を聞きながら、アオは周囲の地兎たちをざっと見渡す。地兎たちはだいたい三から五匹程度のグループに分かれていて、その中心にはそれぞれ砂時計が置かれていた。
「よくもまあこれだけ、集めたもんね。全部地上に来た天兎から、かっぱらったもの?」
「はい。手鏡もかなりの数がありましたが、今日のために、全て仲間に分配しました。綺麗さっぱり、在庫ゼロです」
アオはことさら大袈裟に呆れてみせる。
「あっそ。ま、いいんじゃない。これは戻ってこられる保証のない博打。場合によっちゃ、片道旅行なんだしね」
「勝算のある博打なんですよ。その勝算に、あなたの働きも入っています」
「あー、そうだったわね。せいぜい善処させてもらうわ。失敗したとき、死ぬのが自分だけじゃない方が、頑張れそうだしね」
それを聞いた月見里が、少しだけ声を詰まらせる。
「まさか……それが宮東さんを同行させたがった本当の理由なのですか?」
「さあ? でもいいじゃない。結局はもう紫苑も作戦に、必要になったわけだしさ」
とぼけるように肩をすくめるアオ。
何やら不穏な話だったが、俺はあえて知らぬ振りをして、別のことをアオに尋ねた。
「ところで、その作戦さ……自分で言っておいてあれだけど、本当に大丈夫なんだよな?」
不安の滲む俺の声に、しかしアオは冷静に答える。
「そうね。理屈は通ると思うわよ。かなり混乱するでしょうけど、月に住む天兎たちも、あれなら文句は言えないはず。てか、そもそも自分たちが今まで教えを盾に好き勝手やってきたんだから、それが元でひっくり返されるなら文句もないでしょうよ」
ついでにその言葉の最後の方は、妙に気迫がこもっていて重かった。
「それなら、うん、よかったよ。ちゃんと俺も、役に立てそうでさ」
するとアオはわずかに笑みを浮かべて「案外乗り気じゃない」なんて俺を小突いた。そりゃあ、ここまできたら腹を括るしかない。彼女たちのために、俺にできることをするつもりだ。
そんな俺たちの様子を見ていたのか、月見里もクスッと微笑んだようだ。そして短く息を吸い、周囲の地兎たちに向かって告げる。
「では皆様、いざ、参りましょう。いよいよ今日が、これまで手を伸ばし続けたものを、掴み取るときです」
月見里が砂時計に手をかざす。流れ込むユエに反応したそれが朧気に白く光り始め、中の砂が、一粒一粒連なるようにして細く吸い上げられていく。
彼女の身体が光に包まれ、続いて周囲からも、同じ光が次々と生まれた。
そのときアオが、そっと瞳を閉じて呟いたのが、俺にはわかった。
「手を伸ばす……か。もしかしたら、その是非をこの博打で問うのも、ありかもしれないわね」
きっとそれは、アオなりの決意の言葉なのだろう、と俺は思った。
アオが静かに砂時計に手をかざすのに合わせて、俺も同じく、神経を集中させる。
反対からは、月見里の穏やかな声が聞こえた。
「ずっと……ずっと私は、考えていました。例えばご都合主義もどんでん返しも、綺麗事も大歓迎。皆が幸せになるのなら、それを拒む理由なんて、世界のどこにもないはずだと」
視界の中で、月見山が白い光に染まっていく。そしてアオも、次第に周りの草花や地兎たちも、空も街も、それから自分の身体までも。
「有り余るくらい幸せで、何がいけないのでしょう。上手くいって何がいけないのでしょう。皆が笑える未来のどこに、いけないことがありましょう」
月見里の声はまるで子守唄のように、俺の意識が白に溶ける瞬間、地上から消えるその瞬間まで、この耳に優しく届く。
「それを許さないドラマやリアリティなど、おととい来たらいいのです。そんなもの私はお断り。ありったけくだらない陳腐な筋書きでも、それは、ハッピーエンドを貶める理由には、ならないのですから」
「これは『砂時計』――転移の宝具よ」
見せられたのは、なるほど確かに砂時計。どこからどう見ても、そうとしか見えない形をしている宝具だった。手のひら大くらいのそれを、アオは少し離れた敷石の上に直接置いた。
「こうして溜まった砂を下にして置いて、触れながらユエを流し込むの。するとだんだん砂が上っていくわ。それに呼応して、ユエを流し込んだ者が月の世界へと運ばれる仕組み」
ちなみに月で使うと地上に転移するらしい。アオたち天兎はそうして地上に来るのだそうだ。
「他者のユエで転移することはできない。必ず本人のユエを使う必要がある。それから、砂時計一つで複数が転移することもできるけど、数に比例して転移に要する時間と、個々に要求されるユエの量も飛躍的に増える。一つあればそれで解決って代物じゃない」
俺に対して説明をしながら、しかし最後になると、アオは月見里の方にも視線を向けていた。
「っていう感じなんだけど。あたしの砂時計で転移するのは、あたしと紫苑と紅音、だけでいいのかしら?」
「はい」
月見里の返答を聞きながら、アオは周囲の地兎たちをざっと見渡す。地兎たちはだいたい三から五匹程度のグループに分かれていて、その中心にはそれぞれ砂時計が置かれていた。
「よくもまあこれだけ、集めたもんね。全部地上に来た天兎から、かっぱらったもの?」
「はい。手鏡もかなりの数がありましたが、今日のために、全て仲間に分配しました。綺麗さっぱり、在庫ゼロです」
アオはことさら大袈裟に呆れてみせる。
「あっそ。ま、いいんじゃない。これは戻ってこられる保証のない博打。場合によっちゃ、片道旅行なんだしね」
「勝算のある博打なんですよ。その勝算に、あなたの働きも入っています」
「あー、そうだったわね。せいぜい善処させてもらうわ。失敗したとき、死ぬのが自分だけじゃない方が、頑張れそうだしね」
それを聞いた月見里が、少しだけ声を詰まらせる。
「まさか……それが宮東さんを同行させたがった本当の理由なのですか?」
「さあ? でもいいじゃない。結局はもう紫苑も作戦に、必要になったわけだしさ」
とぼけるように肩をすくめるアオ。
何やら不穏な話だったが、俺はあえて知らぬ振りをして、別のことをアオに尋ねた。
「ところで、その作戦さ……自分で言っておいてあれだけど、本当に大丈夫なんだよな?」
不安の滲む俺の声に、しかしアオは冷静に答える。
「そうね。理屈は通ると思うわよ。かなり混乱するでしょうけど、月に住む天兎たちも、あれなら文句は言えないはず。てか、そもそも自分たちが今まで教えを盾に好き勝手やってきたんだから、それが元でひっくり返されるなら文句もないでしょうよ」
ついでにその言葉の最後の方は、妙に気迫がこもっていて重かった。
「それなら、うん、よかったよ。ちゃんと俺も、役に立てそうでさ」
するとアオはわずかに笑みを浮かべて「案外乗り気じゃない」なんて俺を小突いた。そりゃあ、ここまできたら腹を括るしかない。彼女たちのために、俺にできることをするつもりだ。
そんな俺たちの様子を見ていたのか、月見里もクスッと微笑んだようだ。そして短く息を吸い、周囲の地兎たちに向かって告げる。
「では皆様、いざ、参りましょう。いよいよ今日が、これまで手を伸ばし続けたものを、掴み取るときです」
月見里が砂時計に手をかざす。流れ込むユエに反応したそれが朧気に白く光り始め、中の砂が、一粒一粒連なるようにして細く吸い上げられていく。
彼女の身体が光に包まれ、続いて周囲からも、同じ光が次々と生まれた。
そのときアオが、そっと瞳を閉じて呟いたのが、俺にはわかった。
「手を伸ばす……か。もしかしたら、その是非をこの博打で問うのも、ありかもしれないわね」
きっとそれは、アオなりの決意の言葉なのだろう、と俺は思った。
アオが静かに砂時計に手をかざすのに合わせて、俺も同じく、神経を集中させる。
反対からは、月見里の穏やかな声が聞こえた。
「ずっと……ずっと私は、考えていました。例えばご都合主義もどんでん返しも、綺麗事も大歓迎。皆が幸せになるのなら、それを拒む理由なんて、世界のどこにもないはずだと」
視界の中で、月見山が白い光に染まっていく。そしてアオも、次第に周りの草花や地兎たちも、空も街も、それから自分の身体までも。
「有り余るくらい幸せで、何がいけないのでしょう。上手くいって何がいけないのでしょう。皆が笑える未来のどこに、いけないことがありましょう」
月見里の声はまるで子守唄のように、俺の意識が白に溶ける瞬間、地上から消えるその瞬間まで、この耳に優しく届く。
「それを許さないドラマやリアリティなど、おととい来たらいいのです。そんなもの私はお断り。ありったけくだらない陳腐な筋書きでも、それは、ハッピーエンドを貶める理由には、ならないのですから」
0
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
まだ見ぬ未来へ駆け抜けて!
小林汐希
ライト文芸
2年5組の生徒:松本花菜(17歳 高校2年生)
2年5組の担任:長谷川啓太(23歳 教師歴1年目)
幼い頃から、様々な悩みを抱えながら過ごしてきた花菜。
それは幼い頃に父との離別を経験した家庭環境だったり、小学校の最後に作ってしまった体の古傷であったり。
学校外の時間を一人で過ごすことになった彼女の唯一、かつ絶対的な味方でいてくれたのが、近所に住む啓太お兄ちゃんだった。
しかし年の離れた二人の関係では仕方ないとはいえ、啓太の大学進学や環境変化とともに、その時間は終わりを迎えてしまう。
ふさぎ込む花菜を前に、啓太は最後に「必ず迎えに来る」という言葉を残して街を離れた。
言葉を受け取った花菜は、自分を泣かせないための慰めだったという諦めも入りつつ、一方で微かな希望として心の中で温め続けていた。
数年の時を経て二人が再び顔を合わせたものの、もはや運命の意地悪とでもいうべき「担任教師と生徒」という関係。
最初は様子伺いだったけれど、往時の気持ちが変わっていないことを再確認してからは、「一人じゃない」と嬉しいこと・辛いことも乗り越えていく二人には少しずつ背中を押してくれる味方も増えていく。
再会した当初は「おとなしい終末的運命キャラ」になっていた花菜も次第に自信を取り戻し、新米教師の啓太も花菜のサポートを裏で受けつつ堂々と教壇に立ち続けた。
そんな互いを支えあった二人の前に開けた世界は……。
たった一つだけの約束を胸に、嬉しいときは一緒に喜び、悲しいときは支えあって走り抜けた二人の物語です。
愛人を選んだ夫を捨てたら、元婚約者の公爵に捕まりました
由香
恋愛
伯爵夫人リュシエンヌは、夫が公然と愛人を囲う結婚生活を送っていた。
尽くしても感謝されず、妻としての役割だけを求められる日々。
けれど彼女は、泣きわめくことも縋ることもなく、静かに離婚を選ぶ。
そうして“捨てられた妻”になったはずの彼女の前に現れたのは、かつて婚約していた元婚約者――冷静沈着で有能な公爵セドリックだった。
再会とともに始まるのは、彼女の価値を正しく理解し、決して手放さない男による溺愛の日々。
一方、彼女を失った元夫は、妻が担っていたすべてを失い、社会的にも転落していく。
“尽くすだけの妻”から、“選ばれ、守られる女性”へ。
静かに離婚しただけなのに、
なぜか元婚約者の公爵に捕まりました。
むっつり金持ち高校生、巨乳美少女たちに囲まれて学園ハーレム
ピコサイクス
青春
顔は普通、性格も地味。
けれど実は金持ちな高校一年生――俺、朝倉健斗。
学校では埋もれキャラのはずなのに、なぜか周りは巨乳美女ばかり!?
大学生の家庭教師、年上メイド、同級生ギャルに清楚系美少女……。
真面目な御曹司を演じつつ、内心はむっつりスケベ。
お兄ちゃんはお兄ちゃんだけど、お兄ちゃんなのにお兄ちゃんじゃない!?
すずなり。
恋愛
幼いころ、母に施設に預けられた鈴(すず)。
お母さん「病気を治して迎えにくるから待ってて?」
その母は・・迎えにくることは無かった。
代わりに迎えに来た『父』と『兄』。
私の引き取り先は『本当の家』だった。
お父さん「鈴の家だよ?」
鈴「私・・一緒に暮らしていいんでしょうか・・。」
新しい家で始まる生活。
でも私は・・・お母さんの病気の遺伝子を受け継いでる・・・。
鈴「うぁ・・・・。」
兄「鈴!?」
倒れることが多くなっていく日々・・・。
そんな中でも『恋』は私の都合なんて考えてくれない。
『もう・・妹にみれない・・・。』
『お兄ちゃん・・・。』
「お前のこと、施設にいたころから好きだった・・・!」
「ーーーーっ!」
※本編には病名や治療法、薬などいろいろ出てきますが、全て想像の世界のお話です。現実世界とは一切関係ありません。
※コメントや感想などは受け付けることはできません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
※孤児、脱字などチェックはしてますが漏れもあります。ご容赦ください。
※表現不足なども重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけたら幸いです。(それはもう『へぇー・・』ぐらいに。)
白苑後宮の薬膳女官
絹乃
キャラ文芸
白苑(はくえん)後宮には、先代の薬膳女官が侍女に毒を盛ったという疑惑が今も残っていた。先代は瑞雪(ルイシュエ)の叔母である。叔母の濡れ衣を晴らすため、瑞雪は偽名を使い新たな薬膳女官として働いていた。
ある日、幼帝は瑞雪に勅命を下した。「病弱な皇后候補の少女を薬膳で救え」と。瑞雪の相棒となるのは、幼帝の護衛である寡黙な武官、星宇(シンユィ)。だが、元気を取り戻しはじめた少女が毒に倒れる。再び薬膳女官への疑いが向けられる中、瑞雪は星宇の揺るぎない信頼を支えに、後宮に渦巻く陰謀へ踏み込んでいく。
薬膳と毒が導く真相、叔母にかけられた冤罪の影。
静かに心を近づける薬膳女官と武官が紡ぐ、後宮ミステリー。
どんなあなたでも愛してる。
piyo
恋愛
遠征から戻った夫の姿が変わっていたーー
騎士である夫ディーノが、半年以上の遠征を終えて帰宅した。心躍らせて迎えたシエラだったが、そのあまりの外見の変わりように失神してしまう。
どうやら魔女の呪いでこうなったらしく、努力しなければ元には戻らないらしい。果たして、シエラはそんな夫を再び愛することができるのか?
※全四話+後日談一話。
※毎日夜9時頃更新(予約投稿済)&日曜日完結です。
※なろうにも投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる