転生悪役令嬢は200回目のループで近衛師団長に恋をする

矢作九月

文字の大きさ
5 / 36

第5話 蝶のように舞い、蜂のように刺す

しおりを挟む
 王都より馬車で北上すること3日。
 ティナは父とともに、北方に住むテミスト叔父の館を訪れていた。同じ国内ではあるが、やはり北の辺境というだけあり、王都に比べて風が冷たい。夷狄の土地と王国を隔てる峻厳な山脈は、すでにうっすらと雪化粧を始めている。
 
「ティナが剣の稽古を始めたのかい?じゃあ一つ、手合わせを頼むよ。」

 テミストは、北方の守りを担い、北方異民族に睨みをきかせる辺境伯の任についている。ティナの父であるカリストとの兄弟仲は良く、姪のティナのこともよく可愛がってくれた。
 今回も、姪のティナが剣術の稽古を始めた、と聞くと、気さくに手合わせを申し出た。王国の軍事の要を司る、テミスト自身が、剣の名手でもあった。

「王国の北の守りと名高い叔父様にお手合わせいただけるなんて…光栄の極みですわ。」

 広大な庭の一角で、ティナはテミストと対峙した。右手にはレイピア…ティナの体格、腕力に合わせ、男性用のそれより少し短くしたもの…左手には防御用のダガーを、油断なく構えた。

「おやもう二刀流ができるのかい?初心者はまず攻撃を…。」
「叔父様、子ども扱いしないでくださいまし。」

 むくれたように言うティナに、テミストは苦笑した。そして、ちらりとカリストの方を見る。

「テミスト、わかっているとは思うが、くれぐれも怪我などさせないように…。」
「わかっていますよ、兄さん」

 テミストは、心配そうに2人の立ち会いを見つめる兄に頷いてみせる。ティナとテミストは、互いにレイピアの刃を向け、打ち合いを始めた。

◆◆◆

 斬る、斬る、斬る―…剣術を学び始めて数年(数回のループ)は、そんな妄執に取りつかれながら、とにかく剣の素振りをしていた。
 そのとき握っていたのは幅広の剣で、いわゆるブロードソードと呼ばれる。刃渡りは80センチほどで、「断ち切る」攻撃を主体とする武器だ。その他、単に鎧の上から相手を殴打して叩き伏せる戦術もとれる。だが、いかんせん、ティナには重すぎた。
 近衛兵団の兵士のほとんどはこのブロードソードを使っているが、同じ剣を使って打ち合うと、体格・腕力ともにティナを上回る男の兵士たちに、どうしても勝てない。そのことに気づいたティナは、細身の剣…レイピアを極めることに決めた。
 レイピアの場合、主な攻撃は刺突となる。相手の太刀筋を流し、かわしながら、隙をついて急所を一刺しする。蝶のように舞い、蜂のように刺す―…とは、転移前の世界の小柄なボクサーの言葉だったか。

「なかなかやるな…。」

 ティナの繰り出す攻撃をいなしながら、テミストが呟く。

(それは当然。貴方のもとで、ずっと鍛えていただきましたから…。)

 レイピアの名手であるこの叔父のおかげで、ティナの修行はかなりはかどった。最近では、覚醒してすぐに辺境伯の叔父の元を訪れ、18歳の誕生日を迎えるまで1年みっちりと叔父のもとで稽古をし、18歳の誕生日に毒薬をあおって自害する、という流れがもっとも効率的に自分を鍛えられると気づき、王太子もエミリアもエドガルドもそっちのけで、そのループを繰り返してきた。

 キン!

 高い音とともにティナの刃がテミストの剣を弾き、一瞬生まれた間に、ティナは飛び込んだ。模擬戦用に覆いをつけられた刃先が、テミストの左胸を的確に突く。もし真剣だったら、間違いなくテミストは刺し殺されていただろう。

「これは驚いた…兄さん、ティナは天才かもしれないよ。」
「天才だなんて…そんな。」

 ティナははにかんで見せた。
 …天才であるはずがない。天才であれば、こんなに時間をかける必要はなかった。

「ティナはいつから剣を始めたの?」
「…10日ほど前から、ですわ。」

 正確には、90年と、10日。
 初めてティナが剣の稽古を始めた日から、それだけの歳月が経過していた。
 いや、ティナ以外の人間たちは、同じ1年をただ延々と繰り返しているにすぎない。それどころか、1年が経ち、ティナが破滅するたびに、1年間の時間と記憶はリセットされるから、それだけの歳月を過ごしている認識があるのは、世界でティナだけだった。

(孤独な戦いだった…でも、もうすぐ終わる。)

 これだけの修行を積んだ今なら、エドガルドを斬り伏せることができるかもしれない。そして…

(そして、何がしたいんだっけ?わたしは…)

 一瞬の間。そうだ、と膝を打つ。エドガルドを斬るのは、聖女エミリアを殺すためで、それは婚約破棄を阻止し、幸福な結末ハッピーエンドを迎えるためだった。この90年近く、剣の腕を上げ、エドガルドに勝つことばかりを考えていたから、最初の目的を忘れそうになっていた。

(ちょっと、試してみようか。今回のループで。)

 時は満ちた。今の実力が通用するか、試してみる時だ。
 ティナは薄く笑った。

しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました

佐倉穂波
恋愛
 転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。  確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。 (そんな……死にたくないっ!)  乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。 2023.9.3 投稿分の改稿終了。 2023.9.4 表紙を作ってみました。 2023.9.15 完結。 2023.9.23 後日談を投稿しました。

悪役令嬢の慟哭

浜柔
ファンタジー
 前世の記憶を取り戻した侯爵令嬢エカテリーナ・ハイデルフトは自分の住む世界が乙女ゲームそっくりの世界であり、自らはそのゲームで悪役の位置づけになっている事に気付くが、時既に遅く、死の運命には逆らえなかった。  だが、死して尚彷徨うエカテリーナの復讐はこれから始まる。 ※ここまでのあらすじは序章の内容に当たります。 ※乙女ゲームのバッドエンド後の話になりますので、ゲーム内容については殆ど作中に出てきません。 「悪役令嬢の追憶」及び「悪役令嬢の徘徊」を若干の手直しをして統合しています。 「追憶」「徘徊」「慟哭」はそれぞれ雰囲気が異なります。

【12月末日公開終了】これは裏切りですか?

たぬきち25番
恋愛
転生してすぐに婚約破棄をされたアリシアは、嫁ぎ先を失い、実家に戻ることになった。 だが、実家戻ると『婚約破棄をされた娘』と噂され、家族の迷惑になっているので出て行く必要がある。 そんな時、母から住み込みの仕事を紹介されたアリシアは……?

【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます

腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった! 私が死ぬまでには完結させます。 追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。 追記2:ひとまず完結しました!

復讐のための五つの方法

炭田おと
恋愛
 皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。  それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。  グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。  72話で完結です。

悪役令嬢、休職致します

碧井 汐桜香
ファンタジー
そのキツい目つきと高飛車な言動から悪役令嬢として中傷されるサーシャ・ツンドール公爵令嬢。王太子殿下の婚約者候補として、他の婚約者候補の妨害をするように父に言われて、実行しているのも一因だろう。 しかし、ある日突然身体が動かなくなり、母のいる領地で療養することに。 作中、主人公が精神を病む描写があります。ご注意ください。 作品内に登場する医療行為や病気、治療などは創作です。作者は医療従事者ではありません。実際の症状や治療に関する判断は、必ず医師など専門家にご相談ください。

【完結】前提が間違っています

蛇姫
恋愛
【転生悪役令嬢】は乙女ゲームをしたことがなかった 【転生ヒロイン】は乙女ゲームと同じ世界だと思っていた 【転生辺境伯爵令嬢】は乙女ゲームを熟知していた 彼女たちそれぞれの視点で紡ぐ物語 ※不定期更新です。長編になりそうな予感しかしないので念の為に変更いたしました。【完結】と明記されない限り気が付けば増えています。尚、話の内容が気に入らないと何度でも書き直す悪癖がございます。 ご注意ください 読んでくださって誠に有難うございます。

処理中です...