死にたがりハズレ神子は何故だか愛されています

ゴルゴンゾーラ安井

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神子のお仕事

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 着いた場所は、とても大きな教会だった。
 今朝登った鐘楼も充分凄かったけれど、それとは規模が全く違う。
 写真や映像でしか見たことはないが、ヨーロッパの大聖堂と言われるような建築物に近いかもしれないとマナトは思った。
 
(すごいけど……でも、なんだか怖い)

 あまりの大きさと荘厳さに圧倒されながら、マナトはきゅっと服の袖を握る。
 ライオネルはそんなマナトの様子には気付かず、慣れた様子で足を進めた。
 マナトは置いていかれないように、早足でその背中に着いていく。

「あ、あの。ここ、どこなんですか」

 少しでも不安を和らげたくて尋ねると、ライオネルはマナトを振り返り、ようやっとマナトとの歩幅の差に気付いたようだった。

「すまない、気が回らなくて」

 ライオネルは、マナトの手を取って歩調を合わせてくれる。
 マナトはホッとして、大人しく手を引かれながら歩いた。

「ここはエルシーヌ教の総本山、聖ラディア大聖堂だ。エルシーヌ教のことはどこまで話したか」
「この国の国教だということぐらいは……。一応、部屋にあった絵本は読みましたし」

 絵本には、初代神子エルがシルヴィウスとともに立ち上がり、様々な奇跡を起こして魔物の瘴気に苦しんでいた民を救う姿が描かれていた。
 シルヴィウスの弟であるギルフォードは偽りの神子に唆され、シルヴィウス達の功績を横取りして、この地を支配しようと考えた。
 真の神子であるエルは偽の神子の策略に負けず、遂にシルヴィウスは2人を討ち果たしてこの地に国を築いた。
 初代国王となったシルヴィウスは神子エルを伴侶とし、神子は奇跡の力で王の子を身籠って、2人の血は脈々と王家へと続いているのである……という話だ。

 それを読んで、マナトは改めて自分の存在が如何に厄介なものか悟った。あの場に居合わせた神官達が騒ぐのも当然だろう。
 神子が2人いる―――――。そうなれば、こう思う人も現れるはずだ。
『神子エルと聖王シルヴィウスが討ち果たした偽神子は、本当に偽物だったのか?』と。
 もしかしたら真実は全く逆で、もう1人の神子と弟ギルフォードの功績までもを自分達のものにするために、シルヴィウス達の方こそが、神子を陥れて2人を葬ったのではないか……と疑う余地も出てくる。
 そうなれば、王家の正当性は揺らぎ、エルシーヌ教は存在意義を問われる。
 マナトを隠しておかねばならないのは、この国としては当然のことなのだ。

「本を読んだのか。偉いな」
「別に……それくらい、普通です」

 ライオネルは、マナトの頭をポンポンと軽く叩いた。
 子供のように褒められて、マナトは憮然とする。本当は嬉しかったが、間に受けて喜ぶのは恥ずかしかった。
 高校も卒業間近だった自分が、絵本を読んで褒められるなんて有り得ない。一体ライオネルはマナトを幾つだと思っているのだろうか。

「それより、僕は何をすればいいんですか?仕事をさせるために、ここに連れて来たんですよね?」
「ああ、そうだ。おいで」

 ライオネルに手を引かれて歩いている間、マナトは大勢の神官や、寄進にやってきている貴族らしき人間の視線を集めた。
 マナトが神子ということは一部の人間しか知らされていないはずだが、まだセイのお披露目もされていないのだから、勘違いされても不思議はない。
 その視線の中に時折ねっとりとした不快なものを感じて、マナトは知らずライオネルの陰に隠れた。

「ここで少し待っていてくれ」

 ライオネルがマナトを連れて来たのは、応接間のようなところだった。
 ローテーブルにはクッキーなどの茶菓子が用意されており、マナトはソファに腰掛けるよう促される。
 すぐに仕事をさせて貰えると思っていたマナトは、拍子抜けした気分になる。

「あの、僕にできる仕事って、本当にあるんですよね?」
「ああ。神子にしかできない大切な仕事だ」

 ライオネルはまたマナトの頬を擽って、部屋を出て行った。
 手持ち無沙汰になったマナトは、チラチラと部屋の中を見渡す。
 教会の応接室だけあって華美ではないが、調度品は年季が入っていて、アンティークの特有の独特な魅力があった。

 ギィ………。

 ふとドアが開く気配がして、マナトは視線をやる。
 恐らく貴族であろう身なりの男が、部屋の中に入って来た。

「おお……これが神子か。なかなかに愛くるしいものだな」

 ニヤついた顔をしてにじり寄る男を警戒して、マナトは逃げようとしたが、素早く腕を掴まれて再びソファに転がされる。
 流れるような動きで大きな体に伸し掛かられ、必死で抵抗した。

「なんなんだ、あんた!やめろ……っ!」
「嫌がる姿もかわいらしい。非力で乙女のようだな」

 禄に体を鍛えたこともない小柄なマナトの抵抗など、男にとっては何の障害にもならないようだった。
 必死で身を捩りながら、マナトはどうやってこの場を切り抜けるか考えを巡らせる。
 けれど、身一つで異世界に来たマナトに、いかにも身分の高そうなこの男をとどまらせる術は見つからなかった。一瞬神子であることが利用できないかとも思ったが、この男は既に自分が神子であるということは承知している。とても交渉材料になりそうにない。

「ああ、美しい肌だ。王族が神子を娶りたがるのも頷ける。まして、力を授かるとなれば手放すまい」
「何の話……?僕に、そんな力なんか……!!」
「なんと、神子様は何もご存知ないのか?神子と交わり、その神子に選ばれると、選ばれた者の能力は劇的に上昇する。更に、神子と子を成して一族を繁栄させることができるのだ。素晴らしい力……私にふさわしい」

 言いながら昂ぶってきたのか、男はますます興奮してマナトの服のボタンを荒々しい手付きで引き千切った。
 あらわになった白い胸に頬ずりし、舌を這わせようとする。
 マナトは男に言われたことが信じられなかった。自分を犯せば力を授かるなど、この男は本気で言っているのか。
 けれど、それで言うならば、あの水晶を光らせるなどということも元の世界ではあり得ないことだ。
 マナトが異世界に来たことで神子の力を得たのだと言うなら、マナト自身も知り得ない能力が備わっていても不思議ではない。

(まさか…………神子にしかできない仕事って……)

 この男は、王族が神子を娶りたがると言った。つまり、王家が娶りたいと望んでいるのは、真の神子であるセイなのだろう。
 そして、自分はあまりものの神子だ。表立って華やかな場に立たせることはできないが、神子としての力を利用することはできる。有力な貴族たちに下げ渡して躰を好きにさせ、優秀な手駒を増やすことも出来るのだ。
 美しくて綺麗なものはセイに、そして彼にはとても見せられない汚れ仕事は、マナトに引き受けてもらうつもりなのだろう。

(バカだな、僕。信じないって決めてたのに)

 ライオネルが優しいから、いつの間にか気を許してしまっていたらしい。
 自分にはこんな使い途ぐらいしかないと、とっくにわかっていたのに。
 
「お……?急に大人しくなったな。聞き分けが良くて何よりですよ、神子様」

 マナトは抗うことをやめた。抗っても誰も助けには来ないし、徒に苦痛が増えるだけだ。
 男に抱かれるのは初めてではない。婚約者だって、自分をリンの身代わりにしていたのだから、この男に抱かれるのと一体何の違いがあるというのか。

(これで恩返しになるんなら、そうしよう)

 でも、これ一度きりだ。
 これが済んだら城を出て、すぐに死のうと心に決めた。
 男に胸を舐め回され、激しい嫌悪感が湧き上がるが、無理矢理感覚と意識を切り離して耐える。
 このまま何も考えずにいれば全て終わるんだ、とマナトは自分に言い聞かせた。

 自分を陥れた張本人だというのに、何故だか頭の中にライオネルの顔が浮かんだ。
 笑った顔、優しい指先。全て自分を騙すための偽物だったとわかっているのに、どうしてなのか。
 胸が痛い。痛い。傷ついてなどいないと思いたいのに、誤魔化せない。

 男はマナトの下半身に手を伸ばし、マナトの陰茎を扱き上げたが、マナトはちっとも反応しなかった。きっと、マナトが感覚を切り離しているせいだろう。
 男は焦れて、今度は小さな窄まりに指を這わせた。受容れることが初めてではないそこは、指一本くらいなら易々と咥え込む。

「なんと、経験済みとは淫乱な神子だ。なら、遠慮はいらないな……!」

 嬉々として男は自身の分身を取り出し、ろくに解されていないマナトの入口に先端を押し当てた。
 きっと惨事になることだろうが、すぐに死ぬ予定のマナトにはどうでもいいことだ。
 むしろ、早く終わって死なせて欲しいとさえ思う。

(ねえ、ライオネル様。これであなたは喜んでくれるんだよね。少しは恩返しになったよね)

 ぐっ、と男が腰を掴む手に力を込める。
 マナトは全てを諦めて、そっと目を閉じた。



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