死にたがりハズレ神子は何故だか愛されています

ゴルゴンゾーラ安井

文字の大きさ
44 / 80

マナトの決断

しおりを挟む
 身支度を整えてやってきたセイは、髪を整えられて大人びた雰囲気になっていた。
 青年と呼んでも差し支えのないその姿は、12歳とはとても思えない。

 マナトは心配になった。セイはまだ子供なのに、見た目だけこんなに大人になってしまって、セイに無茶な期待を寄せる人達が出ないだろうか。
 マナトも少しは能力を発揮できる部分があるとはいえ、元々の聖力の強さは比べるべくもない。
 不安を感じつつ、マナトはセイが大量のパンを口に運んでいる姿を見つめていた。

「セイ、体は大丈夫?痛くない?」

 尋ねるマナトに、セイは微笑んで首を横に振る。
 声が出ないのは可哀想だが、こればかりは仕方がない。
 もしかしたら聖水を飲めば治りが早くなるかもしれないが、これ以上セイの体に負担を掛けたくない。
 急激な細胞の破壊と再生はリスクがある。余程の次第でない限り、もう聖水は飲ませるべきではないだろう。

 なんとなく聖水を使って作ったものを口にすることもはばかられて、味噌漬けは処分する事に決めた。
 もったいないけれど、仕方がない。口に入れるものは安全でなくては。
 
 マナトはセイに対する戸惑いを打ち消すため、昨日の街であったことを話した。
 バザールの賑わいや品揃えの豊富さ、お土産の話、アディルの一件と味噌のあるサハル村の話などを楽しげに語る。
 セイは言葉こそ発せないものの、表情やジェスチャーで反応を返してくれて、その仕草に元のセイの姿を垣間見ることができた。

 大人びた容姿なのにニコニコしている姿はどことなく子供じみていて、そのアンバランスさが不思議な魅力を垣間見る醸し出す。
 本当に良かったと言えることは、セイの病気がすっかり良くなったことだ。
 体が落ち着くまでにはまだ少し時間がかかるだろうが、今日の昼からでも王都に帰ろうということになった。
 セイの姿が一日にして変わったことを、あまり多くの人に知られたくない。発見したメイドにどう誤魔化すかはわからないが、今ならまだ姿が見えないことを怪しまれずに済む。
 
 とはいえ、長旅が負担になることは事実だ。
 とりあえずは馬車で一時間のアーケンラーヴへ行き、そこで数日を過ごして様子を見ながら王都を目指す予定になっている。
 バザールがまた見られるかはわからないが、一緒に街を歩けばセイの気持ちも少し晴れるのではないだろうか。

「いこう、セイ」

 マナトが手を引くと、セイは笑顔で頷く。
 はじめはマナトが引いていたはずが、いつのまにか主導権を奪われ、馬車ではエスコートされる始末だった。
 やっぱりセイはセイなんだなと思い、マナトは苦笑する。
 子供なのに大人びた考えを持っていたセイ。アルファの彼は、その能力に相応しい肉体を得て、これからどんどん優秀さを増していくだろう。
 そんなセイに、自分がしてあげられることなどあるのだろうか。マナトは手を繋いだまま隣に座るセイをちらりと見て、それから窓の外を眺めた。
 
 セイが話すことが出来ないせいで、馬車の中は奇妙な沈黙が流れていた。
 今まで如何にセイがムードメーカーを担っていてくれたかがわかる。
 マナトは何か話そうとしたけれど、それが余計沈黙を気まずいものにしてしまう気がして、そのまま口を噤んだ。

 かわりに口を開いたのは、ライオネルだった。
 それは楽しい話題ではなかったが、必要な話題ではある。本人も同席な上、筆談は可能なため、問題はないと判断した。馬車は密室で、下手な場所より聞き咎められることがない。

「セイ、前に話していた神子を辞退する話を、ここでしてもいいか?」

 え、と小さく目を見開いたマナトの隣で、セイはしっかりと頷く。
 それを受けて、ライオネルは言い聞かせるようにマナトに呼びかけた。

「マナト、誤解をしないように最初にはっきりさせておくが、これは神子の枠が一つしかないという上での話ではない。大きな功績を残した君達は2人とも神子として公表することが可能だし、私もそうであるべきだと思っている。だが、セイ自身がそれを望まないというなら、それを強要してまでわざわざ枠を増やし、揉め事を増やすべきではないとも考えているんだ」
「…………どういうことですか?なにを言ってるのか、わかりません」

 セイが神子にならない?そんなことが、あるわけがない。
 マナトはおまけの神子で、本物の神子はセイなのだ。そんなことは、ライオネルだってわかっているはず。
 なのに、まるで今の話ではセイが神子にならず、神子を1人だけ公表すると言っているように聞こえる。セイがならないのに、誰が神子を名乗るというのだろうか。
 
(まさか、違うよね?僕がセイを差し置いて、一人で神子になるなんて、そんなことないよね?)

 不安な気持ちを抑えるために、自分に言い聞かせるようにしていたマナトに、衝撃の事実が明かされる。
 隣でセイが紙にペンを滑らせ始め、マナトはそれを目で追いながら黙っているしかなかった。

『マナト、急に驚かせてごめんね。でも、前から考えてたんだ。僕はやっぱり自由に生きるほうが向いてるし、マナトと2人で神子になるより、マナトのお付きの人でいいからずっと傍にいたいなって』

「そんな……神子二人だって、ずっと一緒だよ」

『そんなことないよ。今回みたいに、片方は王都に縛り付けられて、片方はどこかに行かされるみたいなことに、きっとなるよ。もし二人同時に何かあったら大変だから、一人は安全なところにキープしようみたいにさ。そんな便利な物みたいに扱われて離れ離れにさせられるなんて、僕は我慢できない。でも、マナトの従者ってことになれば、誰にも僕とマナトを引き離せないでしょ?』

 セイの書く文字を読む間、文章は以前のセイの声で再生された。
 その言い分は本当にセイそのもので、もし声が出たならどんな口調で話すか容易に想像できる。
 
『大丈夫だよ、怖くないよ。マナトは立派な神子だし、僕はずっと一緒にいてマナトを助ける。ライオネル様もマクシミリアン様もいるし、一人には絶対にさせないからね』

 セイはどこまでも優しくて、マナトを守ろうとしていた。
 マナトは、さっき自分がこれからどうやってセイを守っていくべきか考えていたことを思い出す。
 これが、その答えじゃないのか。セイがそれを嫌ではないのなら、マナトがしてあげられることは。

「………………………わかった…………セイがそう望むなら、僕はそれでいいよ」

 分不相応な立場だけれど、傀儡の神子として立つぐらいならマナトにも出来る。
 セイに無茶な要求をする人もいなくなるし、いざとなればマナトが神子の立場を使って守ってあげられるのだから。
 
(それに、セイはまだ小さいんだ。セイは何にだってなれるのに、神子なんて椅子に縛り付けられたくないのも当たり前なのかもしれない。きっと、あれはダメ、これは相応しくないってうるさく言われるに決まってるもの。この先自由に何処かに行きたくなったり、好きな人が出来たりするかもしれない。この形なら、そんな日が来た時にセイを自由にしてあげられる)

 それが、今まで自分を守ろうとしてくれた、小さくて大切な友達にしてあげられる、ただ一つのことだとマナトは思った。
 

 マナトが思っていたよりもずっと簡単に話を受け容れたため、3人は逆に複雑な心境になった。
 マナトは、自分を殺して我慢することが得意な人間である。
 たとえ意に沿わないことでも、他の誰かが望めば黙って頷いてしまう。それがマナトにとって大切な人なら、尚更だ。


(本当に、これで良かったんだろうか……)


  総合的に判断して最適であると判断した結果の話ではあるが、今後マナトは誰につらい胸の裡を打ち明けなくなる気がして、セイの胸は曇った。
 これについてマナトがつらさを訴えるということは、セイが立場から逃げたことを責めることになる。
 黙って窓の外を見ているマナトの顔が急に大人になった気がして、セイは不安を覚えていた。




しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

公爵家の末っ子に転生しました〜出来損ないなので潔く退場しようとしたらうっかり溺愛されてしまった件について〜

上総啓
BL
公爵家の末っ子に転生したシルビオ。 体が弱く生まれて早々ぶっ倒れ、家族は見事に過保護ルートへと突き進んでしまった。 両親はめちゃくちゃ溺愛してくるし、超強い兄様はブラコンに育ち弟絶対守るマンに……。 せっかくファンタジーの世界に転生したんだから魔法も使えたり?と思ったら、我が家に代々伝わる上位氷魔法が俺にだけ使えない? しかも俺に使える魔法は氷魔法じゃなく『神聖魔法』?というか『神聖魔法』を操れるのは神に選ばれた愛し子だけ……? どうせ余命幾ばくもない出来損ないなら仕方ない、お荷物の僕はさっさと今世からも退場しよう……と思ってたのに? 偶然騎士たちを神聖魔法で救って、何故か天使と呼ばれて崇められたり。終いには帝国最強の狂血皇子に溺愛されて囲われちゃったり……いやいやちょっと待て。魔王様、主神様、まさかアンタらも? ……ってあれ、なんかめちゃくちゃ囲われてない?? ――― 病弱ならどうせすぐ死ぬかー。ならちょっとばかし遊んでもいいよね?と自由にやってたら無駄に最強な奴らに溺愛されちゃってた受けの話。 ※別名義で連載していた作品になります。 (名義を統合しこちらに移動することになりました)

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。

公爵家の五男坊はあきらめない

三矢由巳
BL
ローテンエルデ王国のレームブルック公爵の妾腹の五男グスタフは公爵領で領民と交流し、気ままに日々を過ごしていた。 生母と生き別れ、父に放任されて育った彼は誰にも期待なんかしない、将来のことはあきらめていると乳兄弟のエルンストに語っていた。 冬至の祭の夜に暴漢に襲われ二人の運命は急変する。 負傷し意識のないエルンストの枕元でグスタフは叫ぶ。 「俺はおまえなしでは生きていけないんだ」 都では次の王位をめぐる政争が繰り広げられていた。 知らぬ間に巻き込まれていたことを知るグスタフ。 生き延びるため、グスタフはエルンストとともに都へ向かう。 あきらめたら待つのは死のみ。

婚約破棄を傍観していた令息は、部外者なのにキーパーソンでした

Cleyera
BL
貴族学院の交流の場である大広間で、一人の女子生徒を囲む四人の男子生徒たち その中に第一王子が含まれていることが周囲を不安にさせ、王子の婚約者である令嬢は「その娼婦を側に置くことをおやめ下さい!」と訴える……ところを見ていた傍観者の話 :注意: 作者は素人です 傍観者視点の話 人(?)×人 安心安全の全年齢!だよ(´∀`*)

運悪く放課後に屯してる不良たちと一緒に転移に巻き込まれた俺、到底馴染めそうにないのでソロで無双する事に決めました。~なのに何故かついて来る…

こまの ととと
BL
『申し訳ございませんが、皆様には今からこちらへと来て頂きます。強制となってしまった事、改めて非礼申し上げます』  ある日、教室中に響いた声だ。  ……この言い方には語弊があった。  正確には、頭の中に響いた声だ。何故なら、耳から聞こえて来た感覚は無く、直接頭を揺らされたという感覚に襲われたからだ。  テレパシーというものが実際にあったなら、確かにこういうものなのかも知れない。  問題はいくつかあるが、最大の問題は……俺はただその教室近くの廊下を歩いていただけという事だ。 *当作品はカクヨム様でも掲載しております。

悪役令息を改めたら皆の様子がおかしいです?

  *  ゆるゆ
BL
王太子から伴侶(予定)契約を破棄された瞬間、前世の記憶がよみがえって、悪役令息だと気づいたよ! しかし気づいたのが終了した後な件について。 悪役令息で断罪なんて絶対だめだ! 泣いちゃう! せっかく前世を思い出したんだから、これからは心を入れ替えて、真面目にがんばっていこう! と思ったんだけど……あれ? 皆やさしい? 主人公はあっちだよー? ユィリと皆の動画をつくりました! インスタ @yuruyu0 絵も皆の小話もあがります。 Youtube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます。動画を作ったときに更新! プロフのWebサイトから、両方に飛べるので、もしよかったら! 名前が  *   ゆるゆ  になりましたー! 中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー! ご感想欄 、うれしくてすぐ承認を押してしまい(笑)ネタバレ 配慮できないので、ご覧になる時は、お気をつけください!

番解除した僕等の末路【完結済・短編】

藍生らぱん
BL
都市伝説だと思っていた「運命の番」に出逢った。 番になって数日後、「番解除」された事を悟った。 「番解除」されたΩは、二度と他のαと番になることができない。 けれど余命宣告を受けていた僕にとっては都合が良かった。

愛を知らない少年たちの番物語。

あゆみん
BL
親から愛されることなく育った不憫な三兄弟が異世界で番に待ち焦がれた獣たちから愛を注がれ、一途な愛に戸惑いながらも幸せになる物語。 *触れ合いシーンは★マークをつけます。

処理中です...