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マナトの決断
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身支度を整えてやってきたセイは、髪を整えられて大人びた雰囲気になっていた。
青年と呼んでも差し支えのないその姿は、12歳とはとても思えない。
マナトは心配になった。セイはまだ子供なのに、見た目だけこんなに大人になってしまって、セイに無茶な期待を寄せる人達が出ないだろうか。
マナトも少しは能力を発揮できる部分があるとはいえ、元々の聖力の強さは比べるべくもない。
不安を感じつつ、マナトはセイが大量のパンを口に運んでいる姿を見つめていた。
「セイ、体は大丈夫?痛くない?」
尋ねるマナトに、セイは微笑んで首を横に振る。
声が出ないのは可哀想だが、こればかりは仕方がない。
もしかしたら聖水を飲めば治りが早くなるかもしれないが、これ以上セイの体に負担を掛けたくない。
急激な細胞の破壊と再生はリスクがある。余程の次第でない限り、もう聖水は飲ませるべきではないだろう。
なんとなく聖水を使って作ったものを口にすることもはばかられて、味噌漬けは処分する事に決めた。
もったいないけれど、仕方がない。口に入れるものは安全でなくては。
マナトはセイに対する戸惑いを打ち消すため、昨日の街であったことを話した。
バザールの賑わいや品揃えの豊富さ、お土産の話、アディルの一件と味噌のあるサハル村の話などを楽しげに語る。
セイは言葉こそ発せないものの、表情やジェスチャーで反応を返してくれて、その仕草に元のセイの姿を垣間見ることができた。
大人びた容姿なのにニコニコしている姿はどことなく子供じみていて、そのアンバランスさが不思議な魅力を垣間見る醸し出す。
本当に良かったと言えることは、セイの病気がすっかり良くなったことだ。
体が落ち着くまでにはまだ少し時間がかかるだろうが、今日の昼からでも王都に帰ろうということになった。
セイの姿が一日にして変わったことを、あまり多くの人に知られたくない。発見したメイドにどう誤魔化すかはわからないが、今ならまだ姿が見えないことを怪しまれずに済む。
とはいえ、長旅が負担になることは事実だ。
とりあえずは馬車で一時間のアーケンラーヴへ行き、そこで数日を過ごして様子を見ながら王都を目指す予定になっている。
バザールがまた見られるかはわからないが、一緒に街を歩けばセイの気持ちも少し晴れるのではないだろうか。
「いこう、セイ」
マナトが手を引くと、セイは笑顔で頷く。
はじめはマナトが引いていたはずが、いつのまにか主導権を奪われ、馬車ではエスコートされる始末だった。
やっぱりセイはセイなんだなと思い、マナトは苦笑する。
子供なのに大人びた考えを持っていたセイ。アルファの彼は、その能力に相応しい肉体を得て、これからどんどん優秀さを増していくだろう。
そんなセイに、自分がしてあげられることなどあるのだろうか。マナトは手を繋いだまま隣に座るセイをちらりと見て、それから窓の外を眺めた。
セイが話すことが出来ないせいで、馬車の中は奇妙な沈黙が流れていた。
今まで如何にセイがムードメーカーを担っていてくれたかがわかる。
マナトは何か話そうとしたけれど、それが余計沈黙を気まずいものにしてしまう気がして、そのまま口を噤んだ。
かわりに口を開いたのは、ライオネルだった。
それは楽しい話題ではなかったが、必要な話題ではある。本人も同席な上、筆談は可能なため、問題はないと判断した。馬車は密室で、下手な場所より聞き咎められることがない。
「セイ、前に話していた神子を辞退する話を、ここでしてもいいか?」
え、と小さく目を見開いたマナトの隣で、セイはしっかりと頷く。
それを受けて、ライオネルは言い聞かせるようにマナトに呼びかけた。
「マナト、誤解をしないように最初にはっきりさせておくが、これは神子の枠が一つしかないという上での話ではない。大きな功績を残した君達は2人とも神子として公表することが可能だし、私もそうであるべきだと思っている。だが、セイ自身がそれを望まないというなら、それを強要してまでわざわざ枠を増やし、揉め事を増やすべきではないとも考えているんだ」
「…………どういうことですか?なにを言ってるのか、わかりません」
セイが神子にならない?そんなことが、あるわけがない。
マナトはおまけの神子で、本物の神子はセイなのだ。そんなことは、ライオネルだってわかっているはず。
なのに、まるで今の話ではセイが神子にならず、神子を1人だけ公表すると言っているように聞こえる。セイがならないのに、誰が神子を名乗るというのだろうか。
(まさか、違うよね?僕がセイを差し置いて、一人で神子になるなんて、そんなことないよね?)
不安な気持ちを抑えるために、自分に言い聞かせるようにしていたマナトに、衝撃の事実が明かされる。
隣でセイが紙にペンを滑らせ始め、マナトはそれを目で追いながら黙っているしかなかった。
『マナト、急に驚かせてごめんね。でも、前から考えてたんだ。僕はやっぱり自由に生きるほうが向いてるし、マナトと2人で神子になるより、マナトのお付きの人でいいからずっと傍にいたいなって』
「そんな……神子二人だって、ずっと一緒だよ」
『そんなことないよ。今回みたいに、片方は王都に縛り付けられて、片方はどこかに行かされるみたいなことに、きっとなるよ。もし二人同時に何かあったら大変だから、一人は安全なところにキープしようみたいにさ。そんな便利な物みたいに扱われて離れ離れにさせられるなんて、僕は我慢できない。でも、マナトの従者ってことになれば、誰にも僕とマナトを引き離せないでしょ?』
セイの書く文字を読む間、文章は以前のセイの声で再生された。
その言い分は本当にセイそのもので、もし声が出たならどんな口調で話すか容易に想像できる。
『大丈夫だよ、怖くないよ。マナトは立派な神子だし、僕はずっと一緒にいてマナトを助ける。ライオネル様もマクシミリアン様もいるし、一人には絶対にさせないからね』
セイはどこまでも優しくて、マナトを守ろうとしていた。
マナトは、さっき自分がこれからどうやってセイを守っていくべきか考えていたことを思い出す。
これが、その答えじゃないのか。セイがそれを嫌ではないのなら、マナトがしてあげられることは。
「………………………わかった…………セイがそう望むなら、僕はそれでいいよ」
分不相応な立場だけれど、傀儡の神子として立つぐらいならマナトにも出来る。
セイに無茶な要求をする人もいなくなるし、いざとなればマナトが神子の立場を使って守ってあげられるのだから。
(それに、セイはまだ小さいんだ。セイは何にだってなれるのに、神子なんて椅子に縛り付けられたくないのも当たり前なのかもしれない。きっと、あれはダメ、これは相応しくないってうるさく言われるに決まってるもの。この先自由に何処かに行きたくなったり、好きな人が出来たりするかもしれない。この形なら、そんな日が来た時にセイを自由にしてあげられる)
それが、今まで自分を守ろうとしてくれた、小さくて大切な友達にしてあげられる、ただ一つのことだとマナトは思った。
マナトが思っていたよりもずっと簡単に話を受け容れたため、3人は逆に複雑な心境になった。
マナトは、自分を殺して我慢することが得意な人間である。
たとえ意に沿わないことでも、他の誰かが望めば黙って頷いてしまう。それがマナトにとって大切な人なら、尚更だ。
(本当に、これで良かったんだろうか……)
総合的に判断して最適であると判断した結果の話ではあるが、今後マナトは誰につらい胸の裡を打ち明けなくなる気がして、セイの胸は曇った。
これについてマナトがつらさを訴えるということは、セイが立場から逃げたことを責めることになる。
黙って窓の外を見ているマナトの顔が急に大人になった気がして、セイは不安を覚えていた。
青年と呼んでも差し支えのないその姿は、12歳とはとても思えない。
マナトは心配になった。セイはまだ子供なのに、見た目だけこんなに大人になってしまって、セイに無茶な期待を寄せる人達が出ないだろうか。
マナトも少しは能力を発揮できる部分があるとはいえ、元々の聖力の強さは比べるべくもない。
不安を感じつつ、マナトはセイが大量のパンを口に運んでいる姿を見つめていた。
「セイ、体は大丈夫?痛くない?」
尋ねるマナトに、セイは微笑んで首を横に振る。
声が出ないのは可哀想だが、こればかりは仕方がない。
もしかしたら聖水を飲めば治りが早くなるかもしれないが、これ以上セイの体に負担を掛けたくない。
急激な細胞の破壊と再生はリスクがある。余程の次第でない限り、もう聖水は飲ませるべきではないだろう。
なんとなく聖水を使って作ったものを口にすることもはばかられて、味噌漬けは処分する事に決めた。
もったいないけれど、仕方がない。口に入れるものは安全でなくては。
マナトはセイに対する戸惑いを打ち消すため、昨日の街であったことを話した。
バザールの賑わいや品揃えの豊富さ、お土産の話、アディルの一件と味噌のあるサハル村の話などを楽しげに語る。
セイは言葉こそ発せないものの、表情やジェスチャーで反応を返してくれて、その仕草に元のセイの姿を垣間見ることができた。
大人びた容姿なのにニコニコしている姿はどことなく子供じみていて、そのアンバランスさが不思議な魅力を垣間見る醸し出す。
本当に良かったと言えることは、セイの病気がすっかり良くなったことだ。
体が落ち着くまでにはまだ少し時間がかかるだろうが、今日の昼からでも王都に帰ろうということになった。
セイの姿が一日にして変わったことを、あまり多くの人に知られたくない。発見したメイドにどう誤魔化すかはわからないが、今ならまだ姿が見えないことを怪しまれずに済む。
とはいえ、長旅が負担になることは事実だ。
とりあえずは馬車で一時間のアーケンラーヴへ行き、そこで数日を過ごして様子を見ながら王都を目指す予定になっている。
バザールがまた見られるかはわからないが、一緒に街を歩けばセイの気持ちも少し晴れるのではないだろうか。
「いこう、セイ」
マナトが手を引くと、セイは笑顔で頷く。
はじめはマナトが引いていたはずが、いつのまにか主導権を奪われ、馬車ではエスコートされる始末だった。
やっぱりセイはセイなんだなと思い、マナトは苦笑する。
子供なのに大人びた考えを持っていたセイ。アルファの彼は、その能力に相応しい肉体を得て、これからどんどん優秀さを増していくだろう。
そんなセイに、自分がしてあげられることなどあるのだろうか。マナトは手を繋いだまま隣に座るセイをちらりと見て、それから窓の外を眺めた。
セイが話すことが出来ないせいで、馬車の中は奇妙な沈黙が流れていた。
今まで如何にセイがムードメーカーを担っていてくれたかがわかる。
マナトは何か話そうとしたけれど、それが余計沈黙を気まずいものにしてしまう気がして、そのまま口を噤んだ。
かわりに口を開いたのは、ライオネルだった。
それは楽しい話題ではなかったが、必要な話題ではある。本人も同席な上、筆談は可能なため、問題はないと判断した。馬車は密室で、下手な場所より聞き咎められることがない。
「セイ、前に話していた神子を辞退する話を、ここでしてもいいか?」
え、と小さく目を見開いたマナトの隣で、セイはしっかりと頷く。
それを受けて、ライオネルは言い聞かせるようにマナトに呼びかけた。
「マナト、誤解をしないように最初にはっきりさせておくが、これは神子の枠が一つしかないという上での話ではない。大きな功績を残した君達は2人とも神子として公表することが可能だし、私もそうであるべきだと思っている。だが、セイ自身がそれを望まないというなら、それを強要してまでわざわざ枠を増やし、揉め事を増やすべきではないとも考えているんだ」
「…………どういうことですか?なにを言ってるのか、わかりません」
セイが神子にならない?そんなことが、あるわけがない。
マナトはおまけの神子で、本物の神子はセイなのだ。そんなことは、ライオネルだってわかっているはず。
なのに、まるで今の話ではセイが神子にならず、神子を1人だけ公表すると言っているように聞こえる。セイがならないのに、誰が神子を名乗るというのだろうか。
(まさか、違うよね?僕がセイを差し置いて、一人で神子になるなんて、そんなことないよね?)
不安な気持ちを抑えるために、自分に言い聞かせるようにしていたマナトに、衝撃の事実が明かされる。
隣でセイが紙にペンを滑らせ始め、マナトはそれを目で追いながら黙っているしかなかった。
『マナト、急に驚かせてごめんね。でも、前から考えてたんだ。僕はやっぱり自由に生きるほうが向いてるし、マナトと2人で神子になるより、マナトのお付きの人でいいからずっと傍にいたいなって』
「そんな……神子二人だって、ずっと一緒だよ」
『そんなことないよ。今回みたいに、片方は王都に縛り付けられて、片方はどこかに行かされるみたいなことに、きっとなるよ。もし二人同時に何かあったら大変だから、一人は安全なところにキープしようみたいにさ。そんな便利な物みたいに扱われて離れ離れにさせられるなんて、僕は我慢できない。でも、マナトの従者ってことになれば、誰にも僕とマナトを引き離せないでしょ?』
セイの書く文字を読む間、文章は以前のセイの声で再生された。
その言い分は本当にセイそのもので、もし声が出たならどんな口調で話すか容易に想像できる。
『大丈夫だよ、怖くないよ。マナトは立派な神子だし、僕はずっと一緒にいてマナトを助ける。ライオネル様もマクシミリアン様もいるし、一人には絶対にさせないからね』
セイはどこまでも優しくて、マナトを守ろうとしていた。
マナトは、さっき自分がこれからどうやってセイを守っていくべきか考えていたことを思い出す。
これが、その答えじゃないのか。セイがそれを嫌ではないのなら、マナトがしてあげられることは。
「………………………わかった…………セイがそう望むなら、僕はそれでいいよ」
分不相応な立場だけれど、傀儡の神子として立つぐらいならマナトにも出来る。
セイに無茶な要求をする人もいなくなるし、いざとなればマナトが神子の立場を使って守ってあげられるのだから。
(それに、セイはまだ小さいんだ。セイは何にだってなれるのに、神子なんて椅子に縛り付けられたくないのも当たり前なのかもしれない。きっと、あれはダメ、これは相応しくないってうるさく言われるに決まってるもの。この先自由に何処かに行きたくなったり、好きな人が出来たりするかもしれない。この形なら、そんな日が来た時にセイを自由にしてあげられる)
それが、今まで自分を守ろうとしてくれた、小さくて大切な友達にしてあげられる、ただ一つのことだとマナトは思った。
マナトが思っていたよりもずっと簡単に話を受け容れたため、3人は逆に複雑な心境になった。
マナトは、自分を殺して我慢することが得意な人間である。
たとえ意に沿わないことでも、他の誰かが望めば黙って頷いてしまう。それがマナトにとって大切な人なら、尚更だ。
(本当に、これで良かったんだろうか……)
総合的に判断して最適であると判断した結果の話ではあるが、今後マナトは誰につらい胸の裡を打ち明けなくなる気がして、セイの胸は曇った。
これについてマナトがつらさを訴えるということは、セイが立場から逃げたことを責めることになる。
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