死にたがりハズレ神子は何故だか愛されています

ゴルゴンゾーラ安井

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思わぬ誘い

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(今考えても、アイツまじでやべーよな。ほんとに6歳かっての)


 もし自分が同じ立場だったとして、まずメイドを売ったりはすまい。
 為政者としては優れているのだろうが、子供の情緒としては完全に終わっている。
 我ながらあんなのと喧嘩したくないと判断できた自分を褒めてやりたいほどだ。もし周りに踊らされて祭り上げられ、イキってあんなのとやりあったら今頃命がなかったかもしれない。

 だが、恐ろしい怪物も味方となれば頼もしいことは確かだ。
 ライオネルにとっての唯一の特別であるマナトが絡んでいることもあって、惜しみなく協力を得られている。
 大抵のことはサラッと流して、『執着しない・去る者追わず・引き際が肝心』の3つでやってきたマクシミリアンにとっても、今回は絶対に負けたくない勝負だった。味方は強ければ強いほどいい。

 ハンバーガーを食べて笑っていたセイと、もう関わりたくないと言ったセイの顔が頭に浮かんでくるたび、マクシミリアンはたまらなくなった。
 自分がどんな顔をして絶縁を言い渡しているか、セイは気付いていなかったのだろうか。
 
(お前、そんなバカじゃね―だろうに)

 セイは聡い。
 教会の腐った連中は狸揃いで、一癖も二癖もあるやつばかり。神子からの信用を得るためとは言え、あれだけの秘密を相手から聞き出すには相当なテクニックを要しただろう。
 それをやすやすとやってのけるセイが、あの行動で逆に火を点ける可能性に気付かないなど、余程まともな精神状態ではなかったのに違いない。

 それだけ、セイはマナトに恋しているのだとマクシミリアンは思う。
 ライオネルにも言った通り、賢くても体が大きくても、セイは思春期の少年なのだ。精神的に不安定になる時はあるし、理想と現実のギャップに悩んだり、自分でも制御できない感情に苦しめられることもある。
 まして、セイは異世界に召喚されるという普通ではあり得ない状況に置かれ、後から来て前の神子を追い詰めて死なせかけたというショックも受けた。
 もう一人の神子に会わせてと取り乱すセイを見て、マクシミリアンはこちらの神子にもケアが必要だと思ったのだ。


(ん………?待てよ、それってなんかおかしくないか?)


 マナトが平然と自殺未遂をして死なせてくれと言い放っただけでなく、その後何度も自殺未遂を繰り返していると知った時のセイの動揺は大変なものだった。
 いつセイも『自分のせいだ』と言って思い詰めた真似をするんじゃないかとマクシミリアンは気が気ではなかったし、自分だけが被害者と決め込んで心を閉ざしているマナトの卑屈さにも腹が立って、きついことを言いもした。

 思えば、あの頃からセイにとってマナトは既に特別な存在だったのだ。
 ろくに顔を合わせたことも、話したこともないはずの相手に、同じ異世界人だからという理由だけであのセイがそこまで心を傾けるとは考えにくい。
 セイが素直で無邪気な子供を装っていた頃には気付かなかったが、今のセイの価値観と考え方を知った今振り返ると、違和感しかなかった。

(だとしたら、何故だ?何故セイはあの時点でマナトに入れ込んでたんだ?)

 マナトがセイを大事にしているのは、セイがマナトの友達だからだ。
 しかし、セイがマナトを求める理由は、そういう経験によって築かれた関係性を前提にしたものではない。
 世の中に一目惚れという言葉はあれど、まさか異世界に召喚されるという普通では考えられない状況で、そんな余裕などあるものだろうか。

(同じ境遇だから?いや、むしろそういう切羽詰まった状態だからこそみてぇなのがあるのか?うーん、わからん)

 セイがマナトとじっくり顔を合わせる時間など殆どなかったし、言葉も一言も交わしていないはずだ。
 召喚されたばかりの2人はそれぞれ神官たちに囲まれて世話されていたし、儀式も順番に行われた。
 その直後にマナトは自殺未遂を示し起こしてライオネルに担ぎ上げられて部屋に連れて行かれたのだから、間違いない。取り残されたセイを神子の部屋に案内してその後の面倒を見てきたマクシミリアンは、そのあたりはよくわかっているはずだった。

 とにかく一度マナトと話をしたい。頼みたいこともある。
 しかし、セイに気付かれずにマナトとコンタクトを取るのはなかなか難しいことに違いない―――そう思っていたマクシミリアンに、思わぬ光明が射した。

「マナト様から、お手紙でございます」

 マナト付きのメイドが運んできた幸運の手紙に、マクシミリアンは感謝した。
 手紙には、『2人だけでお話したいことがあります』と書かれており、マナトの方から場所と時間が指定されている。
 その申し出を断る理由は、マクシミリアンにはどこにもなかった。



 □□□




 セイがマクシミリアンと決別して2日が経った。

 あれ以来、セイはマクシミリアンとの一切の接触を断っている。
 まず、一緒に食事を摂らなくなった。
 食堂にはマナトと一緒に訪れるが、共に席につくことはない。他の侍従たちと同じように後ろで控え、ライオネルやマクシミリアンに何を言われても無表情で何も答えない。
 マナトが話しかけると最低限の返事は返してくれるが、二人きりの時以外はいっそそっけないほどだ。
 他の人と話す時も常に敬語を崩さない。まるで本当に侍従になってしまったかのように、セイはきっぱりと線を引いた。
 いよいよセイが子供らしさを捨ててしまっているらしいことに、マナトは落ち込んだ。

 あれから何度もセイと話をしたけれど、セイとマナトの意見は平行線のままだ。
 いっそ、ライオネルが好きだからセイとは番になれないと告げてしまった方がいいのかと思いもした。
 けれど、そうしたらセイはふっとどこかに消えてしまうんじゃないかという気がして、とてもできなかった。それぐらい、今のセイは静かで感情を見せないのだ。
 
(セイ…………)

 セイは、マナトのためにマクシミリアンを切り捨てた。本当はマクシミリアンのことが好きなのに、一方的に関係を断つことを決めてしまったのだ。
 それがどういう種類の好意なのかは、マナトにはわからない。
 恋かもしれないし、友情や兄に対するような親愛かもしれない。それはセイにしかわからないことだ。
 
 けれど、セイはマクシミリアンといる時間が楽しかったはずだ。けして好き好んで拒絶したかったわけではなかっただろうし、今だって全く未練がないわけがない。

(やっぱり、このままじゃだめだ)

 セイは後悔していないと言うけれど、そんなのは絶対に嘘だ。それだけははっきりとわかる。
 これから先マナトと過ごしていくうちに、セイは何度でも同じことを繰り返していくに違いない。マナト以外に大切なものは作らないとばかりに、好きになったもの、大事に思う人を自らの手で捨てていくなんて、そんな悲しいことはない。
 マナトはセイの番にはなれない。けれど、セイに幸せになってもらいたいという気持ちも、けして嘘ではないのだ。
 セイがそれでいいと言うなら仕方ない。そんな風に諦めて受け容れてしまっては、セイは不幸になってしまう。
 
(なんとかしなきゃ。セイの大事なものを守らないと)

 セイが捨ててしまうなら、マナトが拾っていくしかない。
 マナトは夜ベッドを抜け出して手紙を書き、翌日セイのいないタイミングを見計らってリジーにマクシミリアンへ届けてくれるように頼んだ。
 返事はその夜ベッドに入ってセイが隣室に入ってから手渡され、深夜こっそりと待ち合わせ場所へと向かったのだった。

 
 
  
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