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番外編
王子殿下の悩み 後編
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次期王太子教育にも少しずつ慣れてくると、だんだんと教わる内容も難しくなってくる。
ちゃんと予習してないとついていくのが大変だけど、そこは優秀なシリル先生がきちんと指導してくれるし、父上も母上もものすごく褒めてくれるから、あんまり辛いとは感じてなかった。
だけど、やっぱりサボりたい日っていうものはある。毎日毎日お勉強ばっかりなんて、つまんないもん。
外に遊びに行きたいし、友達とお菓子を食べながらお喋りしたい。
ボクはいやになってしまって、頭がいたいと嘘をついてベッドに潜りこみ、メイドが心配して母上に知らせに行ったのを見計らって、部屋を抜け出した。
やったー!ボク、自由!
ボクは上機嫌でこっそり王宮内を冒険した。誰にも見つかっちゃダメだから、コソコソっと、みんなが見てない隙を狙って色んなところを移動して、時々ボクを探してる声を聴いては、ふふふとほくそ笑んだ。
ボクってば、すごい。誰にもみつからない。
だけど、リネンにくるまって隠れている間にボクはうとうとしてしまって、そのまま寝ちゃったんだ。
起きたら、こわーい顔した母上がいて、ボクはみっちりお説教された。授業をサボったことも、かくれんぼで皆に迷惑を掛けたことも、しっかり反省しなさいって、おやつとごはん抜きを言い渡されてしまう。
ボクは泣きそうになったけど、ズルしたり皆を困らせたのはいけないことだと思ったから、黙って頷いた。
その夜、ボクはなかなか眠れなかった。
お腹は空いてるし、お昼間にリネンにくるまって寝ちゃったから、いつもみたいに眠くならない。
(母上、すっごく怒ってたなぁ)
クッションを抱えながら、ベッドで丸まる。母上にあんなに怒られたのは初めてだ。
それがちょっとショックで、思い返すと不安な気持ちになる。母上に嫌われちゃったかな。そうだったらどうしよう。
怖くなってグスグス泣いていると、小さくドアをノックする音が聞こえた。
「だれ……?」
顔を上げると、ドアがちょっとだけ開いて、誰かが入ってきた。
手にはお盆を持っていて、足でドアを開けるお行儀の悪さ。そんなのは、この王宮で一人しかいない。
「お、起きてたね。イタズラっ子」
「父上……」
父上は、持っていたお盆をテーブルに置いて、ボクを手招きする。
ボクは泣いてたことに気付かれないようにそっと涙を拭って、テーブルに近付いた。
抱っこされて椅子に座らされると、お盆にはサンドイッチとスープが載っている。途端に、ボクのお腹は声を上げた。
「お腹空いただろ?食べなさい」
父上はボクの頭を優しく撫でて、そう言った。
でも、母上はごはん抜きって言ったのに、食べてもいいのかな。
「大丈夫だよ、レニたんの許可は取ってるから。レニたんも怒りすぎたって落ち込んでたよ」
「でも、ボクが悪いんだもん……」
「子供が習い事をサボりたがるなんて、当たり前のことだと思うけどねえ」
父上がサンドイッチを摘まんでボクの口に押し当てる。ボクはパクンとサンドイッチに食いついた。
一個食べると、すごくお腹が空いてたボクは止まらなくなって、夢中でサンドイッチとスープを頬張ってしまう。
父上は、そんな僕を見てニコニコ笑っていた。
「父上は、ボクのこと怒ってないの?」
「んー?そうだね、勝手に姿をくらませて、レニたんを心配させたことは怒ってるけどね。初回だから許してあげる。でも、次同じ事したらほんとに怒るから、もうやっちゃダメだよ」
父上はブレない。次やったら、多分大変なことになる予感がひしひしとする。ボクはコクコクと何度も頷いた。
他のことはどうあれ、母上に関することだけは父上は容赦がない。
「わかればよろしい。一杯食べて、大きくなるんだよ」
ボクがサンドイッチを平らげるのを、父上は楽しそうに見ていた。
今日叱られた時、父上は一度も王太子教育をサボったことがないって言ってたけど、ほんとかな。
「父上は、お勉強やお仕事が嫌になったりしないんですか?」
尋ねると、父上はちょっとだけ目を瞠って、また笑った。
「そうだねえ、昔ならともかく、今はヤダね。できるならレニたんやマナリスと遊んでたいし」
「昔は嫌じゃなかったのに、今はイヤなの?」
普通は逆じゃないのかな。子供の時の方が真面目だったっていうのは、ホントってこと?
「そうだね、昔は何かが好きとか欲しいとか、自分がどうしたいとかなかったからね。でも、レニたんが大好きになったから、優先順位が変わっちゃったんだよ」
「優先順位……」
「お前にいつか訊こうとは思っていたんだけど、マナリスは王になりたい?」
王になる。あまりに実感のない質問に、ボクは困ってしまう。
王っていうのは、おじいさまのことだよね?とっても偉い人で、とっても忙しそうなのは知ってるけど、それ以外のことはまだよくわからない。
だけど、殆どの人はボクにいい王太子になれるようにって言う。ボクのことを一番愛してくれてる母上ですら、そう言ってる。だから、ボクは当然そうなるものなんだろうなって思ってたんだ。
ボクがそうなりたいかどうか訊いてくれたのは、父上が初めてだった。
「まだ、よくわかんない。でも、ボクは父上の子だもの。いい王様にならなきゃいけないって、皆言うよ」
「まあ、皆はそう言うだろうね。でも俺は、お前が王になりたくないならそれでもいいと思うよ。王政なんて、やめようと思えばやめられる。やる気のない王に支配される国なんて碌なもんじゃないし、イヤイヤお前に重荷を背負わせたいとは思わない」
ボクはぽかんと口を開けた。
王政をやめる?そんなこと、聞いたこともないもの。
王様がいなくなっちゃったら、誰が国のことを決めて行けばいいのかな。貴族たちに任せたら、皆自分の得になるようにって好き勝手してしまうんじゃないの?父上が、王太子教育で教えてくれたのに。
「今の体制じゃ王がいないとうまくいかないことも多いけど、王政をやめて民主制を興そうと思えば、やってできないことはないんだ。時間は掛かるだろうけど、お前が王になることを望まないなら、俺がそうしてあげてもいい」
多分、父上はものすごいことを言ってるんだと思う。
そんなこと、ボクが決めていいのかな。ボクがやりたくなくっても、もしかしたらこれから出来るかもしれない弟が王様になりたがるかもしれない。
それに、もしそうなった時、父上や母上はどうなるのかな。
「―――――ボク、まだ決められません」
ボクがそう言うと、父上は焦らなくていいよと言った。
ボクは、初めて父上がほんとに凄い人なんじゃないかなって思う。これが、威厳っていうやつなのかな?
それから、僕の悩みは変わった。
王様になりたいかどうか、それがなかなか決められないのが一番の悩み。
母上に話したら、母上はまた父上にカミナリを落としていたけど、これに関しては父上は諦めてはいないみたい。
ボクは、相変わらず王太子教育をサボらずにがんばってるよ。
いつか自分がどうなりたいか、それはこれからゆっくり考えて決めて行かなくちゃね。
ちゃんと予習してないとついていくのが大変だけど、そこは優秀なシリル先生がきちんと指導してくれるし、父上も母上もものすごく褒めてくれるから、あんまり辛いとは感じてなかった。
だけど、やっぱりサボりたい日っていうものはある。毎日毎日お勉強ばっかりなんて、つまんないもん。
外に遊びに行きたいし、友達とお菓子を食べながらお喋りしたい。
ボクはいやになってしまって、頭がいたいと嘘をついてベッドに潜りこみ、メイドが心配して母上に知らせに行ったのを見計らって、部屋を抜け出した。
やったー!ボク、自由!
ボクは上機嫌でこっそり王宮内を冒険した。誰にも見つかっちゃダメだから、コソコソっと、みんなが見てない隙を狙って色んなところを移動して、時々ボクを探してる声を聴いては、ふふふとほくそ笑んだ。
ボクってば、すごい。誰にもみつからない。
だけど、リネンにくるまって隠れている間にボクはうとうとしてしまって、そのまま寝ちゃったんだ。
起きたら、こわーい顔した母上がいて、ボクはみっちりお説教された。授業をサボったことも、かくれんぼで皆に迷惑を掛けたことも、しっかり反省しなさいって、おやつとごはん抜きを言い渡されてしまう。
ボクは泣きそうになったけど、ズルしたり皆を困らせたのはいけないことだと思ったから、黙って頷いた。
その夜、ボクはなかなか眠れなかった。
お腹は空いてるし、お昼間にリネンにくるまって寝ちゃったから、いつもみたいに眠くならない。
(母上、すっごく怒ってたなぁ)
クッションを抱えながら、ベッドで丸まる。母上にあんなに怒られたのは初めてだ。
それがちょっとショックで、思い返すと不安な気持ちになる。母上に嫌われちゃったかな。そうだったらどうしよう。
怖くなってグスグス泣いていると、小さくドアをノックする音が聞こえた。
「だれ……?」
顔を上げると、ドアがちょっとだけ開いて、誰かが入ってきた。
手にはお盆を持っていて、足でドアを開けるお行儀の悪さ。そんなのは、この王宮で一人しかいない。
「お、起きてたね。イタズラっ子」
「父上……」
父上は、持っていたお盆をテーブルに置いて、ボクを手招きする。
ボクは泣いてたことに気付かれないようにそっと涙を拭って、テーブルに近付いた。
抱っこされて椅子に座らされると、お盆にはサンドイッチとスープが載っている。途端に、ボクのお腹は声を上げた。
「お腹空いただろ?食べなさい」
父上はボクの頭を優しく撫でて、そう言った。
でも、母上はごはん抜きって言ったのに、食べてもいいのかな。
「大丈夫だよ、レニたんの許可は取ってるから。レニたんも怒りすぎたって落ち込んでたよ」
「でも、ボクが悪いんだもん……」
「子供が習い事をサボりたがるなんて、当たり前のことだと思うけどねえ」
父上がサンドイッチを摘まんでボクの口に押し当てる。ボクはパクンとサンドイッチに食いついた。
一個食べると、すごくお腹が空いてたボクは止まらなくなって、夢中でサンドイッチとスープを頬張ってしまう。
父上は、そんな僕を見てニコニコ笑っていた。
「父上は、ボクのこと怒ってないの?」
「んー?そうだね、勝手に姿をくらませて、レニたんを心配させたことは怒ってるけどね。初回だから許してあげる。でも、次同じ事したらほんとに怒るから、もうやっちゃダメだよ」
父上はブレない。次やったら、多分大変なことになる予感がひしひしとする。ボクはコクコクと何度も頷いた。
他のことはどうあれ、母上に関することだけは父上は容赦がない。
「わかればよろしい。一杯食べて、大きくなるんだよ」
ボクがサンドイッチを平らげるのを、父上は楽しそうに見ていた。
今日叱られた時、父上は一度も王太子教育をサボったことがないって言ってたけど、ほんとかな。
「父上は、お勉強やお仕事が嫌になったりしないんですか?」
尋ねると、父上はちょっとだけ目を瞠って、また笑った。
「そうだねえ、昔ならともかく、今はヤダね。できるならレニたんやマナリスと遊んでたいし」
「昔は嫌じゃなかったのに、今はイヤなの?」
普通は逆じゃないのかな。子供の時の方が真面目だったっていうのは、ホントってこと?
「そうだね、昔は何かが好きとか欲しいとか、自分がどうしたいとかなかったからね。でも、レニたんが大好きになったから、優先順位が変わっちゃったんだよ」
「優先順位……」
「お前にいつか訊こうとは思っていたんだけど、マナリスは王になりたい?」
王になる。あまりに実感のない質問に、ボクは困ってしまう。
王っていうのは、おじいさまのことだよね?とっても偉い人で、とっても忙しそうなのは知ってるけど、それ以外のことはまだよくわからない。
だけど、殆どの人はボクにいい王太子になれるようにって言う。ボクのことを一番愛してくれてる母上ですら、そう言ってる。だから、ボクは当然そうなるものなんだろうなって思ってたんだ。
ボクがそうなりたいかどうか訊いてくれたのは、父上が初めてだった。
「まだ、よくわかんない。でも、ボクは父上の子だもの。いい王様にならなきゃいけないって、皆言うよ」
「まあ、皆はそう言うだろうね。でも俺は、お前が王になりたくないならそれでもいいと思うよ。王政なんて、やめようと思えばやめられる。やる気のない王に支配される国なんて碌なもんじゃないし、イヤイヤお前に重荷を背負わせたいとは思わない」
ボクはぽかんと口を開けた。
王政をやめる?そんなこと、聞いたこともないもの。
王様がいなくなっちゃったら、誰が国のことを決めて行けばいいのかな。貴族たちに任せたら、皆自分の得になるようにって好き勝手してしまうんじゃないの?父上が、王太子教育で教えてくれたのに。
「今の体制じゃ王がいないとうまくいかないことも多いけど、王政をやめて民主制を興そうと思えば、やってできないことはないんだ。時間は掛かるだろうけど、お前が王になることを望まないなら、俺がそうしてあげてもいい」
多分、父上はものすごいことを言ってるんだと思う。
そんなこと、ボクが決めていいのかな。ボクがやりたくなくっても、もしかしたらこれから出来るかもしれない弟が王様になりたがるかもしれない。
それに、もしそうなった時、父上や母上はどうなるのかな。
「―――――ボク、まだ決められません」
ボクがそう言うと、父上は焦らなくていいよと言った。
ボクは、初めて父上がほんとに凄い人なんじゃないかなって思う。これが、威厳っていうやつなのかな?
それから、僕の悩みは変わった。
王様になりたいかどうか、それがなかなか決められないのが一番の悩み。
母上に話したら、母上はまた父上にカミナリを落としていたけど、これに関しては父上は諦めてはいないみたい。
ボクは、相変わらず王太子教育をサボらずにがんばってるよ。
いつか自分がどうなりたいか、それはこれからゆっくり考えて決めて行かなくちゃね。
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番外編、楽しく読みました。
もう、お互いに、犬と飼い主の自覚出てますね(恋人ではないところが(笑))お茶会も、ポッキーやポテチ出てきてて、やっとレニたんとマリクの友達活動❓️が見られて嬉しいです。ひめごとも、まさかご飯持ってマリクとウィルが来てくれるとは。マリク編の、闇落ちの記述見て、だから本編で、やたら魔王とか出てきてたのね、と納得。レニたんが飼い主になることで、マリクも助かったし、世界も守られたんですね。驚きました💦
しかしアーネスト…お子にも特殊性癖バレてるって、どうなの❓️隠してないのよね、勿論f(^_^;
それなのに、お子にも好かれてるって、きっとレニたんの教育がキチンとしてたのね。飼い主は責任もって最後まで犬を面倒見ること、と(王家の将来が少しだけ心配に)つくづく、王妃がレニたんで良かったと実感しました。
番外編まで読んで頂き、ありがとうございます!
書きたりないことや、色んな裏設定をてんこ盛りにしたので、楽しんで頂けたら嬉しいです!
魔王設定も、地味に最初から決まっていたんですが、そこを明かすより先に犬になってしまいました(笑)
まさかマリクの方で書けるとは……。
アーネストはレニたん溺愛なので、子供には性癖はバレてないですが、パパが一番好きなのはママというのは知られています。だからか、子供たちもパパは好きだけどママの方が好きです(^_^;
総愛されなレニたんです。
レニたんがしっかりママしてる💕
アーネストをしかるクイーン最高です💕
マナリスがマリクにご執心なの可愛かったです♪ウィルフレッドはライバル視しても気づいてくれなさそうですねw
(これは…ルーリクが幸せになるところが読めるフラグ…(°▽°)⁉︎涼しくなって気が向いたら…)
コ、コメントが反映されていない……だと……???
すみません、今何も書かれていないことに気付きました~゚(゚´Д`゚)゚。
せっかく感想を頂いたのに、長らく申し訳ありません!
マリクはマナリスの初恋の人なので、マナリスは懐きまくってます。
ウィルフレッドはそのうち指南役とかになって、微妙な火花の押収を、親子二代に渡って経験することになる……かも!?
早く涼しくなってくれることを、毎日心から叫んでます(∩´﹏`∩)
マナリス?マリナス?ルーリク??
マナリスです(;´Д`)やばいぐらい間違っててすみません……。
取り急ぎ修正しました。ほんとにありがとうございました;;;;