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12.あなたのために出来ること【Side:ウィルフレッド】
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それから私は、個人的にレニオール様と接触しないよう注意を払った。
レニオール様に対して特別な感情を抱く私が、アーネスト様の婚約者であるレニオール様に近づくことは、良いことにならない。最悪、あらぬ疑いをかけられてレニオール様のお立場を悪くしてしまう。
いつもお寂しそうな様子は心が痛んだが、そっと遠くから見守るだけに努めた。
万一無体を働くような輩がいたならば、すぐにでもお助けしようと思っていたが、幸か不幸かそのような事態は避けられた。
レニオール様はこの国で王家に次いで力を持つノクティス公爵家の御子息だ。三男といえど、レニオール様を公爵は大切に可愛がっておられると聞く。直接手を出せば待つのは破滅だけだと、周囲も弁えているのだろう。
このままいけば、レニオール様は学園を卒業され、王太子妃になる。
私はレニオール様の願いが叶うことを祈っていた。
しかし、事態は思わぬ展開を見せた。
マリク・アボット男爵令息の登場によって、アーネスト様は次第にアボットに心を移し始めたのだ。
一体何故。たしかに顔は美しいが、レニオール様のような優雅さも思慮深さもなく、単なる平民崩れの田舎貴族に過ぎない。まさか、その素朴さがアーネスト様には新鮮に映るとでも言うのだろうか。
可哀想に、レニオール様は何度もアーネストに蔑ろにされ、遂にはハンカチを差し出した手を払われすらした。何故、婚約者として努力を重ねてきたレニオール様にあんな残酷な仕打ちができるのか。
私は飛び出して行ってアーネスト様をお諌めしようとしたが、その前にレニオール様はハンカチを持って駆け出してしまった。
気付くと私は、個人的接触を禁じていたことも忘れて、レニオール様を追いかけていた。
レニオール様は、どこかぼんやりとした様子で、中庭の木の下で佇んでいる。
「あの……大丈夫ですか」
あの日以来初めて声を掛けるというのに、私は極めて凡庸かつ下らないことしか言えなかった。大丈夫なはずかないだろう。口下手な自分が呪わしい。
レニオール様は、一瞬自分にかけられたものかわからなかったようだったが、周りに自分以外誰もいないことを認めて、少し慌てながら頷いた。
「はい、大丈夫です!むしろ、元気すぎてビックリっていうか……」
レニオール様は、健気にもそんな気丈なことを言う。目の前で、ああもあからさまに男爵令息を贔屓されたのだ。ショックでないわけがないだろうに。
「あのやりようは、いかな王太子のアーネスト様といえど、非道すぎます。私ごときの言葉をお聞き入れ下さるかはわかりませんが、お諌め致しましょう」
「そんな、やめて下さい!俺なんかのために、そんな事はしなくて大丈夫です!ていうか、アーネストのことは諦めがついたっていうか、もういいやって感じなので!ほんとに!絶対やめて下さい!」
レニオール様はそう捲し立てると、その場から走り去ってしまった。
なんてことだ。あのひたすらにアーネスト様だけを見つめていたレニオール様が、アーネスト様を諦めるなどと……。本心であるはずがない。
それほどの状態でありながら、私の身を案じてアーネスト様への直訴を禁じられるとは。何という奥ゆかしさ。何故、アーネスト様はあの方を愛さずにいられるのだろうか。
レニオール様のために、私ができる事はないのだろうか、と私は考えた。
アーネスト様への直訴は禁じられている。立場の弱い下級生を虐めるようで心苦しいが、アボット男爵令息の考えを改めさせるしかない。
あくまでも紳士的な方法で。自分のしていることを恥じて身を慎んでくれれば、それで丸く収まるのだから。
私は数回アボットの下駄箱に手紙を書いて入れておいたが、一向にアボットがアーネスト様から離れる様子はない。それどころか、ますます馴れ馴れしく、気軽に食べ物を渡したりし、アーネスト様もまた、毒味もなしに口になさったりする。
最近ではレニオール様のお姿を目にする事もなくなった。なんとやるせないことだ。
仕方なく、私はアボットと直接話をすることにした。爵位の差や上級生という立場で話をするのは一方的になるため避けたかったが、こうなっては仕方がない。
(学内では人目がありすぎる。寮に帰る途中で声を掛けてみるか)
アボットは割と早く寮へ帰るようだった。寄り道などはあまりしないのだろう。そういえば、特定の誰かと親しく付き合っている様子は見たことがない。
男爵令息の身で、あんなにもあからさまにアーネスト様に擦り寄っているのだから、ある意味仕方がないかもしれないが。
「マリク・アボットか?」
「……そうだけど」
アボットは、思っていたよりも平然としていた。いきなり見知らぬ大柄な上級生に声を掛けられたら怯えさせるかと思ったが、可愛い顔に似合わず、意外と肝が据わっているのかもしれない。
まあ、そうでなければ王太子に纏わりつくなど出来るはずもないが。
「すまないが、少し時間をもらえないか?」
アボットは何故か嬉しそうに微笑んで頷いた。あまりに以外な反応に、私は不信感を抱く。
一体何を考えているのだろう。
結局、私のアーネスト様に近付くなという諌めも、アボットに聞き入れられることなはかった。
それどころか、はっきりと彼の考えを主張されもした。
屁理屈ではあるが、見解の不一致と言われればそうなのかもしない。
立場が違えば、見方も違う。それは当然のことだ。
だが、私にも譲れないものがある。アボットはレニオール様から婚約者の座を奪うつもりはないと言っていたが、たとえそうだとしても、レニオール様の現状を考えれば看過できるものではない。
(アボットが何を考えてアーネスト様に近付いているのか……きっと何か裏があるはずだ。それを調べて、白日の下に晒せば、アーネスト様も目を覚まされるに違いない)
私はアボットの周辺を調査し、次の休日にアボット男爵領に向かったのだった。
レニオール様に対して特別な感情を抱く私が、アーネスト様の婚約者であるレニオール様に近づくことは、良いことにならない。最悪、あらぬ疑いをかけられてレニオール様のお立場を悪くしてしまう。
いつもお寂しそうな様子は心が痛んだが、そっと遠くから見守るだけに努めた。
万一無体を働くような輩がいたならば、すぐにでもお助けしようと思っていたが、幸か不幸かそのような事態は避けられた。
レニオール様はこの国で王家に次いで力を持つノクティス公爵家の御子息だ。三男といえど、レニオール様を公爵は大切に可愛がっておられると聞く。直接手を出せば待つのは破滅だけだと、周囲も弁えているのだろう。
このままいけば、レニオール様は学園を卒業され、王太子妃になる。
私はレニオール様の願いが叶うことを祈っていた。
しかし、事態は思わぬ展開を見せた。
マリク・アボット男爵令息の登場によって、アーネスト様は次第にアボットに心を移し始めたのだ。
一体何故。たしかに顔は美しいが、レニオール様のような優雅さも思慮深さもなく、単なる平民崩れの田舎貴族に過ぎない。まさか、その素朴さがアーネスト様には新鮮に映るとでも言うのだろうか。
可哀想に、レニオール様は何度もアーネストに蔑ろにされ、遂にはハンカチを差し出した手を払われすらした。何故、婚約者として努力を重ねてきたレニオール様にあんな残酷な仕打ちができるのか。
私は飛び出して行ってアーネスト様をお諌めしようとしたが、その前にレニオール様はハンカチを持って駆け出してしまった。
気付くと私は、個人的接触を禁じていたことも忘れて、レニオール様を追いかけていた。
レニオール様は、どこかぼんやりとした様子で、中庭の木の下で佇んでいる。
「あの……大丈夫ですか」
あの日以来初めて声を掛けるというのに、私は極めて凡庸かつ下らないことしか言えなかった。大丈夫なはずかないだろう。口下手な自分が呪わしい。
レニオール様は、一瞬自分にかけられたものかわからなかったようだったが、周りに自分以外誰もいないことを認めて、少し慌てながら頷いた。
「はい、大丈夫です!むしろ、元気すぎてビックリっていうか……」
レニオール様は、健気にもそんな気丈なことを言う。目の前で、ああもあからさまに男爵令息を贔屓されたのだ。ショックでないわけがないだろうに。
「あのやりようは、いかな王太子のアーネスト様といえど、非道すぎます。私ごときの言葉をお聞き入れ下さるかはわかりませんが、お諌め致しましょう」
「そんな、やめて下さい!俺なんかのために、そんな事はしなくて大丈夫です!ていうか、アーネストのことは諦めがついたっていうか、もういいやって感じなので!ほんとに!絶対やめて下さい!」
レニオール様はそう捲し立てると、その場から走り去ってしまった。
なんてことだ。あのひたすらにアーネスト様だけを見つめていたレニオール様が、アーネスト様を諦めるなどと……。本心であるはずがない。
それほどの状態でありながら、私の身を案じてアーネスト様への直訴を禁じられるとは。何という奥ゆかしさ。何故、アーネスト様はあの方を愛さずにいられるのだろうか。
レニオール様のために、私ができる事はないのだろうか、と私は考えた。
アーネスト様への直訴は禁じられている。立場の弱い下級生を虐めるようで心苦しいが、アボット男爵令息の考えを改めさせるしかない。
あくまでも紳士的な方法で。自分のしていることを恥じて身を慎んでくれれば、それで丸く収まるのだから。
私は数回アボットの下駄箱に手紙を書いて入れておいたが、一向にアボットがアーネスト様から離れる様子はない。それどころか、ますます馴れ馴れしく、気軽に食べ物を渡したりし、アーネスト様もまた、毒味もなしに口になさったりする。
最近ではレニオール様のお姿を目にする事もなくなった。なんとやるせないことだ。
仕方なく、私はアボットと直接話をすることにした。爵位の差や上級生という立場で話をするのは一方的になるため避けたかったが、こうなっては仕方がない。
(学内では人目がありすぎる。寮に帰る途中で声を掛けてみるか)
アボットは割と早く寮へ帰るようだった。寄り道などはあまりしないのだろう。そういえば、特定の誰かと親しく付き合っている様子は見たことがない。
男爵令息の身で、あんなにもあからさまにアーネスト様に擦り寄っているのだから、ある意味仕方がないかもしれないが。
「マリク・アボットか?」
「……そうだけど」
アボットは、思っていたよりも平然としていた。いきなり見知らぬ大柄な上級生に声を掛けられたら怯えさせるかと思ったが、可愛い顔に似合わず、意外と肝が据わっているのかもしれない。
まあ、そうでなければ王太子に纏わりつくなど出来るはずもないが。
「すまないが、少し時間をもらえないか?」
アボットは何故か嬉しそうに微笑んで頷いた。あまりに以外な反応に、私は不信感を抱く。
一体何を考えているのだろう。
結局、私のアーネスト様に近付くなという諌めも、アボットに聞き入れられることなはかった。
それどころか、はっきりと彼の考えを主張されもした。
屁理屈ではあるが、見解の不一致と言われればそうなのかもしない。
立場が違えば、見方も違う。それは当然のことだ。
だが、私にも譲れないものがある。アボットはレニオール様から婚約者の座を奪うつもりはないと言っていたが、たとえそうだとしても、レニオール様の現状を考えれば看過できるものではない。
(アボットが何を考えてアーネスト様に近付いているのか……きっと何か裏があるはずだ。それを調べて、白日の下に晒せば、アーネスト様も目を覚まされるに違いない)
私はアボットの周辺を調査し、次の休日にアボット男爵領に向かったのだった。
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