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36.伯爵令息の惑い 4【Side:ウィルフレッド】
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私に抱えられて馬に乗ったマリクは、明らかにぶすくれて一言も口を利かなかった。気まずい沈黙が続き、私は口を開く。
「いつまで拗ねているんだ」
マリクは「拗ねてません」と答えたが、その声はあからさまに心情を物語っていた。
「どう見ても拗ねているだろう」
追い打ちを掛けると、遂にマリクは「拗ねててなんか悪いですか?」と開き直り、ツンとした態度を取る。楽しいところに水を差されて、怒っているのだろう。
一瞬そんなところもかわいいと思ったが、彼が自分と帰ることよりあの冒険者たちと過ごしたかったのだと思うと、面白くないのも事実だった。可愛さ余って何とやらだ。
私はこんなも彼に振り回されているというのに、彼にとって私は一体何番目の存在だというのだろうか。
時折彼の態度から、私に対する好意の片鱗のようなものを感じることもあり、私は満更彼に嫌われてもいないのだろうと認識していたが、この分だとそれも怪しい。
想い人のアーネスト様に敵わないのは仕方ないとしても、ただの知り合いを優先されてしまうとは。
そして―――そうだ、アーネスト様。アーネスト様とマリクは、本当に一線を越えた関係になったのだろうか。私がここに来たのは、それを確かめたかったからだ。
男爵邸のご家族の前で話せるようなことではない。有耶無耶になってしまわないよう、今ここで話しておかなくては。
「アーネスト様と出掛けた君が、アーネスト様を誘惑して関係を持ったと、上級クラスでは大変な噂になっている。それは、真実か?」
問いかけた瞬間、マリクの体が動きを止めた。それは、心当たりがあるからなのか。
少しの沈黙を挟んで、マリクはその事実を否定した。肯定されなかったことには安堵したが、それならば私がみた光景はなんだったのか。
「あれは……単なる親愛の表現だったんだと、僕は解釈しています」
「親愛?」
あれが、親愛?あの、愛おしそうに乱れた服を整えていた時のアーネスト様の眼差しが、親愛だと?
私には、到底それが真実だとは思えなかった。
けれど、マリクはあくまで特別な関係になった事実はないと言う。体調が悪く、介抱して頂いたところを誤解されたにすぎないのだと。
本当だろうか。疑わしくはあるが、一方でそうであったらいいと望む自分がいる。
しかし、マリクはそもそもアーネスト様から額に口付けられたこと自体を軽く考えていた。
あれがただのおまじないなどであるはずがない。まさか、アーネスト様の想いすら、マリクは正しく理解していないのか。
そのまま放って置けば、無自覚のままアーネスト様と抜き差しならぬ関係になってしまうかもしれない。
そうなれば、王太子のお手付きとなったマリクは、恐らく側室候補になるだろう。いや、下手をすればレニオール様に取って代わる可能性もある。
アーネスト様は、間違っても一時の欲望に流されて火遊びをするような方ではない。もっと頭のいい方だ。
そのアーネスト様がマリクを抱いたなら、それは相応の扱いをすると定めた時に違いない。
まさか、あの噂を否定しなかったのは、既に何らかの心積もりがあるということなのでは――――?
このままではいけない。早急に、マリクをアーネスト様から遠ざけなければ。
私は、わざとマリクに悪戯を仕掛けた。勿論、無理矢理最後まで事を運ぶつもりなどなく、せいぜい額に口付けを実行するぐらいまでのつもりだ。
マリクには危機感がなさすぎる。少し怖がらせて自覚を促しておかねば、いずれ最悪の事態になりかねない。
それに、純粋に私の好意が本物だと気付いていてもらいたいという気持ちもあった。
私は、確実にマリクに心を傾け始めている。とにかく放って置けないし、目を離すとすぐに無茶をするのではと気になって仕方ない。しかも、その面倒を他人に任せたくないと謎の独占欲まで抱いてしまっているのだから、これが好意でなかったら何なのか。
しかし、私の勝手な心など知る由もないマリクは、それが私がレニオール様を思うがゆえの無体だと受け止めた。
元々私はレニオール様のために彼をアーネスト様から引き離そうと現れた人間だ。マリクからすれば、そういう発想に行きついても仕方がない。
私自身、そういうつもりが欠片もないかと言われれば、胸を張って答える自信がなかった。
私にとって、レニオールさまは大切な御方だ。そして、同時にマリクを大切にも思っていて、その両方の感情と実行すべきことが、絶妙に相反することなく絡み付いている。
戸惑う私の答えを待たず、マリクはとんでもない暴挙に及んだ。
私の腕からすり抜け、自ら地面へと身を投げ出したのだ。
今思えば、迂闊だった。マリクは自分を大事にしないくせに、頑固で我が強い。一見矛盾する性質だが、要するに自分の目的のためなら自分がどんな犠牲を払うことも厭わないということだ。普段はその目的が、自分より家族に向いているので、余計自己犠牲に拍車が掛かっているのだろう。それを、本人は『自分は自分のやりたいことを好き勝手にしている』ので『自分は我儘で、誰かの犠牲になんかなってない』と認識しているだけだ。
だからマリクは、自分のしたいようにした。私に脅かされるのをよしとせず、自分の身を危険に晒すことを選んだのだ。
「いつまで拗ねているんだ」
マリクは「拗ねてません」と答えたが、その声はあからさまに心情を物語っていた。
「どう見ても拗ねているだろう」
追い打ちを掛けると、遂にマリクは「拗ねててなんか悪いですか?」と開き直り、ツンとした態度を取る。楽しいところに水を差されて、怒っているのだろう。
一瞬そんなところもかわいいと思ったが、彼が自分と帰ることよりあの冒険者たちと過ごしたかったのだと思うと、面白くないのも事実だった。可愛さ余って何とやらだ。
私はこんなも彼に振り回されているというのに、彼にとって私は一体何番目の存在だというのだろうか。
時折彼の態度から、私に対する好意の片鱗のようなものを感じることもあり、私は満更彼に嫌われてもいないのだろうと認識していたが、この分だとそれも怪しい。
想い人のアーネスト様に敵わないのは仕方ないとしても、ただの知り合いを優先されてしまうとは。
そして―――そうだ、アーネスト様。アーネスト様とマリクは、本当に一線を越えた関係になったのだろうか。私がここに来たのは、それを確かめたかったからだ。
男爵邸のご家族の前で話せるようなことではない。有耶無耶になってしまわないよう、今ここで話しておかなくては。
「アーネスト様と出掛けた君が、アーネスト様を誘惑して関係を持ったと、上級クラスでは大変な噂になっている。それは、真実か?」
問いかけた瞬間、マリクの体が動きを止めた。それは、心当たりがあるからなのか。
少しの沈黙を挟んで、マリクはその事実を否定した。肯定されなかったことには安堵したが、それならば私がみた光景はなんだったのか。
「あれは……単なる親愛の表現だったんだと、僕は解釈しています」
「親愛?」
あれが、親愛?あの、愛おしそうに乱れた服を整えていた時のアーネスト様の眼差しが、親愛だと?
私には、到底それが真実だとは思えなかった。
けれど、マリクはあくまで特別な関係になった事実はないと言う。体調が悪く、介抱して頂いたところを誤解されたにすぎないのだと。
本当だろうか。疑わしくはあるが、一方でそうであったらいいと望む自分がいる。
しかし、マリクはそもそもアーネスト様から額に口付けられたこと自体を軽く考えていた。
あれがただのおまじないなどであるはずがない。まさか、アーネスト様の想いすら、マリクは正しく理解していないのか。
そのまま放って置けば、無自覚のままアーネスト様と抜き差しならぬ関係になってしまうかもしれない。
そうなれば、王太子のお手付きとなったマリクは、恐らく側室候補になるだろう。いや、下手をすればレニオール様に取って代わる可能性もある。
アーネスト様は、間違っても一時の欲望に流されて火遊びをするような方ではない。もっと頭のいい方だ。
そのアーネスト様がマリクを抱いたなら、それは相応の扱いをすると定めた時に違いない。
まさか、あの噂を否定しなかったのは、既に何らかの心積もりがあるということなのでは――――?
このままではいけない。早急に、マリクをアーネスト様から遠ざけなければ。
私は、わざとマリクに悪戯を仕掛けた。勿論、無理矢理最後まで事を運ぶつもりなどなく、せいぜい額に口付けを実行するぐらいまでのつもりだ。
マリクには危機感がなさすぎる。少し怖がらせて自覚を促しておかねば、いずれ最悪の事態になりかねない。
それに、純粋に私の好意が本物だと気付いていてもらいたいという気持ちもあった。
私は、確実にマリクに心を傾け始めている。とにかく放って置けないし、目を離すとすぐに無茶をするのではと気になって仕方ない。しかも、その面倒を他人に任せたくないと謎の独占欲まで抱いてしまっているのだから、これが好意でなかったら何なのか。
しかし、私の勝手な心など知る由もないマリクは、それが私がレニオール様を思うがゆえの無体だと受け止めた。
元々私はレニオール様のために彼をアーネスト様から引き離そうと現れた人間だ。マリクからすれば、そういう発想に行きついても仕方がない。
私自身、そういうつもりが欠片もないかと言われれば、胸を張って答える自信がなかった。
私にとって、レニオールさまは大切な御方だ。そして、同時にマリクを大切にも思っていて、その両方の感情と実行すべきことが、絶妙に相反することなく絡み付いている。
戸惑う私の答えを待たず、マリクはとんでもない暴挙に及んだ。
私の腕からすり抜け、自ら地面へと身を投げ出したのだ。
今思えば、迂闊だった。マリクは自分を大事にしないくせに、頑固で我が強い。一見矛盾する性質だが、要するに自分の目的のためなら自分がどんな犠牲を払うことも厭わないということだ。普段はその目的が、自分より家族に向いているので、余計自己犠牲に拍車が掛かっているのだろう。それを、本人は『自分は自分のやりたいことを好き勝手にしている』ので『自分は我儘で、誰かの犠牲になんかなってない』と認識しているだけだ。
だからマリクは、自分のしたいようにした。私に脅かされるのをよしとせず、自分の身を危険に晒すことを選んだのだ。
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