転生主人公な僕の推しの堅物騎士は悪役令息に恋してる

ゴルゴンゾーラ安井

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 今、僕なんて言った????

 思わず大声で叫んでしまってから、僕は自分の口を押えて固まった。
 主人公?主人公ってなんだ???
 自分の人生の主人公は自分、とかそういうありふれた意味じゃなく、もの凄く自然に僕は自分が主人公だと叫んでいた。
 なんで??主人公って、一体何の主人公なんだ??

「大丈夫か?マリク。今のは一体」

「黙って!僕だって混乱してるんです!!!大体、あなたが傷心の僕にあんまりにも無神経なことばかり言うから、いくら推しでも我慢できなくて僕は」

 推し。推しってなんだ???またしても意味の分からない言葉を使ってしまって、僕はますます混乱する。
 普通に考えて、男爵令息でしかも後輩の僕が、伯爵家の嫡男の先輩に有り得ない口のきき方をしていると思うけど、僕はもうそれどころじゃなかった。
 頭の中から誰かがガンガン拳で殴りつけてくるような感覚。中から何が飛び出してくるのか、僕は恐ろしかった。

「マリク、今推しと言ったか???」

 先輩は、目敏く僕の謎用語に反応する。訳が分からないと思うけど、僕だって訳が分からないんだから、聞き流してほしい。

「すみません、僕、なんかおかしい。わけわかんないことばっかり――――」

「推しというのは、前の君が使っていた言葉だ。まさか、記憶が?」

 そんなの、わかるわけない。記憶が戻ってたらこんなに動揺するわけないんだから、それぐらい察してよ。
 しかもさ、さっき記憶がなくなる前の僕と今の僕をごっちゃにして苦しめたよねって話をしたばかりなのに、あからさまに喜んだ声出さないでよ。ほんと、本心を隠すってことができないんだから。そんなバカ正直で愚直な人、僕は―――――――





 ――――――――僕は、昔から大好きなんだ。










 いきなりパズルのピースが全部嵌ってくみたいに、超高速で頭の中に全ての記憶が流れ込んできた。今まで押さえ込まれてきた奔流が、亀裂をぶち破って全てを飲みこんでいく。
 勿論、僕がいなくなるわけじゃない。ただ、僕が『ちーちゃん』と呼ばれていた頃の記憶と、それに付随する思い出が統合されただけだ。
 全てが戻ると、矛盾する記憶を成立させるため、色々な部分の記憶が歪められ、改変されていたことにも気付く。


『ごめんね、ちーちゃん』 


 脳にかかる過負荷に視界が真っ白になっている間、僕は小さな男の子の声を聞いた。それは、僕がずっと聞きたかった弟の声だ。
 まーくんが謝ることなんてなにもない。謝らなくちゃいけないのは、僕の方なのに。
 話し掛けたいことが山ほどあったのに、僕の身体は膨大な記憶のリインストールに耐えることで精一杯で、何一つ呼びかけることができなかった。
 光が収まったと同時に、僕は現実世界に放り出されて膝を着く。余りの消耗に体に力が入らず、両手を地面につけて肩で息をした。

「どうした、マリク。どこか痛むのか?」

 尋常じゃない僕の様子に、ウィルフレッドが焦って顔を覗きこんでくる。顔がいい。
 今までのこと全部覚えてるから、デリカシーゼロとか、バカ正直すぎとか色々感想は沢山沸いて来たけど、今の僕には推しの萌えポイントでしかなかった。
 ポーカーフェイスで完璧な紳士で、他人の心の機微に敏くて、思ってもない口先だけの優しさを語れるような男は、僕の推しのウィルフレッドじゃない。どんなに迷惑を掛けられようと、ドジっ子はドジっ子だから愛せるのと同じように、ウィルフレッドは自分の心を偽れず、時には無神経にもなって、後から反省して落ち込んだりしてしまうところを含めてウィルフレッドなんだ。
 完璧男がいいなら、他にもキャラはいる。キャラの欠点を欠点じゃなく魅力と思えてしまうのが、そのキャラを推してるってことなんだよ。

「大丈夫じゃないです。めっっっちゃくちゃ足が痛い!!!!!アーネストめあのクソ野郎、よくも僕を振った上にブン投げたな!!!絶ゆる!!!!転生チート主人公なめんな、絶対痛い目見せてやるから――――くっそ、ホントに痛い~~~!!!」

 思い出しても腹が立って、僕はいつになく口が悪くなり、復讐を誓いながらも苦痛に転げまわる。
 よくこんなんでここまで歩いて来たな、僕。
 きっと、絶望のあまり闇落ち一歩手前だったお陰で、良くも悪くも感覚が鈍くなってたんだろう。マジでやばかった。あのままだったら、まさかの僕自身がこの世界をぶっ壊す魔王になるとこだったかも。

「落ち着けマリク!やはりどこか怪我をしていたんだな!?すぐに医務室に行こう」

 ウィルフレッドが僕を華麗に抱き上げ、まるで人一人お姫様抱っこしてるとは思えないほどのスピードで走っていく。やだ、僕の推しが滅茶苦茶かっこいいよお。今なら僕、死んでもいい。
 あまりの興奮に鼻血が出そうになり、僕は掌で鼻のあたりを隠して、真っ赤になって悶えまくる。
 ぶっちゃけ今もなお、自分の身に何があったのかさっぱりわかってないけど、今はとりあえずどうでもいいです。
 今後アーネストを再攻略するかどうかとか、そもそもアイツに何が起こったのか調査するとか、色々やんなきゃなんないことはあるけど、今だけは密着した推しの匂いを存分に堪能したいんだよ。





 ************************




「うーんこれは、軽くヒビが入ってるねえ~」

 医務室に運ばれた僕は、先生にやたら暢気な声でそう言われた。
 まじで?あれしきのことで??あの魔王予備軍、馬鹿力すぎだろ。

「一応湿布は貼って固定したけど、これ以上はどうすることもできないからね~。とにかく安静にして、極力足に負担を掛けないこと。これから休みに入るから、痛み止めは多めに渡しておくね。どうしても痛むとき、コップ一杯のお水と一緒に飲むんだよ~。一回二錠で、一度飲んだら六時間は置いてね。それじゃあ、おだいじに~、よい夏休みを~~」

 先生はマイペースにしつつも説明すべきことと処置すべきことは全てやって、そのまま無慈悲に僕を放り出した。
 先生を責めることはできない。長期休暇に入る学園のベッドに、僕を寝かせておいてもどうしようもないんだから。
 付き添ってくれたウィルフレッドは、帰る時も僕をお姫様抱っこしてくれて、僕の荷物を回収してくれた。
 そして、伯爵家の馬車に乗せてくれるなり、とんでもないことを提案してきたんだ。

「考えたんだが、足が治るまで私の屋敷で療養する気はないか?」

「ハァ????????」

 待ってよ、なんでそうなる。そりゃあさ、足がこれだから自分じゃまともに歩けないし、送ってもらわないとどうしようもないのはそうなんだけど、だからってなんでウィルフレッドんちに????
 これから夏休みなんだから、普通にこのまま僕の実家に送り届けてくれればいい話だ。
 
「君をこのままご実家に送り届けても、どうせ君は大人しくしていられないだろう。やれ掃除だ、やれ料理だとご家族の心配を振り切って無理をするに決まっている」

 うっ。確かにありそう。なにげにウィルフレッド、僕の行動と思考のパターンを覚えて来てるんだよね。
 まあ、どうせ嫌われても構わないと思って、猫もほとんどかなぐり捨ててやりたい放題したから当然なのかもしれないけど。

「そ、そんなことナイデスヨ~~。ウィルフレッド様の考えすぎでは???ホラ、僕記憶ないし!料理も掃除もできないから~」

「やはり記憶が戻ったんだな、本当に良かった。そうとはっきりわかったからには、ますます帰すわけにはいかなくなったぞ」

「なんでそうなるんですか!!!!!!!!!!」

「今まで散々騙されてきたからな。君が嘘をついている時の顔ぐらいわかるようになってきた。それに、覚えているか?記憶を失っていた時、君は私を先輩と呼んでいたんだ」

 そういえばそうだった。うう、僕としたことがまさかウィルフレッドにやりこめられてしまうなんて。
 ちょっと眠ってる期間が長かったから、本調子じゃないんだきっと。それに、色々予想外なことがありすぎて混乱もしてるしさ。

「やっと私を名前で呼んでくれた。本当にうれしい」

 ウィルフレッドは完璧な尊顔に極上の笑みを浮かべて、僕に微笑みかける。
 グハァァァァ!!!!眩しい、眩しすぎる!!!!!推しのそんな蕩け顔見せられたら、僕やばいんだってば!!!
 
 その上、ウィルフレッドは正面の席に足を伸ばして座っていた僕の身体を抱っこして、自分の膝の上に載せ始めたんだ。一体なにごと!???????

「ちょっと、ウィルフレッド様!?なにしてるんですか、いきなり!!」

「ようやっと私を好きな君に戻ってくれたのだから、人目のない馬車でぐらい愛情表現しても許されるだろう?」

 しれっとした顔で、ウィルフレッドが連投で爆弾をブン投げてくる。僕は真っ赤になって言葉にならない声を漏らした。

「なっ、なななななななななななななな、僕が、あなたを好き!?なんでいきなりそんなことに」

「君は、記憶を失う直前のことを覚えていないのか?私に『さいおし』の意味と自作の童話の存在を知られて、君が好きなのはアーネスト様ではなく私だろうと迫られ、君は意識を失った。そして、次に目を覚ました時には一部の記憶を失っていた」

 そういえばそうだった。あの時はほんとにテンパってたんだよ。
 追いつめられて引導渡したつもりが、まさかのカウンター食らっちゃってさ。しかも、推しに『私のことが好きだろう?』みたく迫られて、正気でいられるわけがない。

「君は、都合が悪くなるとすぐに逃げたがる。ということは、あの状況は君にとって旗色が悪かったということだろう。私のことが好きでないのなら、君は逃げずにはっきりと主張したはずだ。違うか?」

 頭は悪くないけど人の恋心には鈍感なはずの推しが、ものすごいいい顔で名推理かましてくるんですけど、どうしたらいいですか???
 僕は完全にふにゃふにゃになって、目がハートマークになってしまった。

「ち、ちがわないです~~~♡♡♡」

 ハッと正気に戻った時には、もう遅い。ウィルフレッドはめちゃめちゃ幸せですみたいな顔をして、後ろからだっこしていた僕のほっぺに、チュッと音を立てて口付けた。
 あーもう、なんかほんともうどうでもいい。色々義務感とか皆を幸せにしなきゃとか頑張ってきたけど、肝心のアーネストがああなんだもん。なんかもうあれでいいんじゃないかな。
 おまけに、最推しがこんな幸せですみたいな顔してるのに、それをぶち壊すとかもうムリ。ダメだったらまた改めて考えよう。どっちみち夏休みだし貧乏男爵子息ごときが王太子に会いに行ったりできないんだしさ。
 最悪アーネストが魔王化したとして、僕が心中すれば止めることはできるわけだし、人生最後かもしんない夏休みをエンジョイしたって許されるでしょ。

 結局僕は、そのままウィルフレッドにお持ち帰りされ、数日伯爵家でお世話になった。
 足が痛いだけであとは健康体だから、晩餐後のサロンでリクエストに応えて歌ったり、昼間に夫人と刺繍したりしていたらいたく気に入られて、ウチにお嫁に来なさいね♡♡といい笑顔で迫られてしまった。
 というか、ウィルフレッド、僕のことご家族や使用人の方にどういう説明してるわけ???
 何か知らないけど、普通の客人以上の過分な待遇を受けている気がするのは気のせいだろうか。何気に部屋のテーブルにウィルフレッドの家の歴史と家系図が書かれた名鑑みたいなのが置いてあるんだけど、どういうこと?
 
 僕の足の怪我はと言うと、5日経った今、殆ど完治してる。
 普通じゃ絶対あり得ないってお医者様も腰を抜かしていたけど、僕は『きっと医務室の先生が大袈裟に言っただけで、ただの捻挫だったんですよ~』って笑って誤魔化した。
 ホントは足が痛すぎて我慢できなくて、チートの回復アイテムを使ってしまったんだけどさ。
 だってほんと無理だよ!!!痛すぎるって!!!僕、転生チートだけど苦痛耐性は一般人だからさぁ。
 それに、いつまでも怪我してると、ウィルフレッドとえっちなことできないじゃん?
 イチャイチャラブラブで毎日心配されて抱っこで移動させられてギュッギュチュッチュされるのも最高だったけど、健康な男子としてはだんだん辛抱たまらなくなってきて、もっとあんなことやこんなこともしたい!って気持ちでいっぱいになった。
 でも、ウィルフレッドは堅物で優しいから、僕が怪我してるうちは絶対手なんか出してくれない。だったら、手っ取り早く治しちゃうしかないでしょ。
 僕の人生、もしかしたらもう先が短いかもしれないんだから、思い残すことは少なくしておきたい。家族にも会いたいしね。

 
 その後、僕は訪ねてきたアーネストが異世界転生者と知って、二人でDA PUMP踊っちゃうことになるわけなんだけど、その話はまた後で話すことにするね。




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