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一章:異世界へ行くまでのあれこれ

2;相談者のご来店

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「――ごめんください」

「いらっしゃいませ」

 水流は立ち上がると女性に笑顔を見せる。

 恐る恐る店内を見た女性は、ニコリと微笑んで店内に一歩足を踏み入れた。

「相談したいことがあるんですけど、大丈夫でしょうか……」

「どうぞ! あなたが体験した不思議な出来事を私でよければ、話してください」

「ちょ! 初めて訪れたお店の店主に早々体験した出来事を気軽に話していいんですか?!」

 いきなり本題に入り始めた女性に驚きつつ、私は女性に考えを改めるよう言った。

「水流所長に相談するためにわざわざやってくる人もいるんですよ。もちろん、全国区から相談する人もいるんです。ネットの都市伝説を見て、本当かと思ってきたら本当に実在するとは思ってもみませんでした」

「都市伝説扱い級にレアな人だったの……」

 ネットをほとんど見ないし、噂やオカルトと言った類には興味がなかった。

「都市伝説になっていたのは驚きましたが、レアというわけでもないですね。その道の人以外しか知られてないと思っていたので、認知度については意外としか言いようがないですね」

 あっけらかんと自分の認識を言う水流に頭痛が鳴り止まなかった。
 ただ分かったのは、水流という男がその筋では結構有名であること、だ。

「まぁ、噂話が勝手に流れて、商売繁盛するのは別に構わないんですが。私も多種多様な体験談が聞けるは嬉しいですし。もちろん、あなたの話にも興味があります。あなたが体験した話を全てお聞かせ願いませんか」

「私は別に構いませんけど……」

 女性は私をちらりと見る。

 水流に話すのは別に構わないのだろうが、女子高生に話すのはどうかと気にしているようだ。

「じゃあ、私はこれで……」

「あなたも此処にいてください。私の話を信用してもらえませんでしたので、いっそ私の仕事ぶりを見てから決めてほしいと思います。ですので、君はこちらに黙ったまま座っていてください」

 ぽんぽんと水流は自分が座っていたソファ側に座るよう命令してくる。
 女性が訪れたのでさっさと帰ろうと思っていたが、どうやらそう簡単に帰らせてくれないようだ。

「この子も一緒にあなたの話を聞いても構わないでしょうか?」

「えぇ、私の話はつまらないと思いますが」

「自分ではつまらないと思っていたとしても、私はすごく興味があります。此処に来る人は必ずあなたと同じように『つまらない話』と表現します。ですが、私には『面白い話があるから聞いて欲しい』と言っているようにしか聞こえません。つまらないと決めるのは私ですので、あなた自身の手であなたが体験してきた話を完結しないでください」

「はい……」

 水流の言うことには説得力があり、こうなっては女性が話さないで帰るという選択肢が残されない。といっても、女性は他の誰かに相談出来ない内容だからこそ、ここに頼らざるを得なくて、水流がつまらないと判断した場合は女性が体験した話はどうなるんだろうという疑問が残った。

「すみません、今コーヒー豆切らしてまして紅茶しかなかったんですが……」

「紅茶で大丈夫です」

 女性は私と反対側のソファに座る。

「語り始める前に、この相談所と外の時間軸は少し違います。話し終わった時、あなたが望む時間に戻すことが出来ます。あなたは何時に時間を戻しますか、進めますか?」

 水流は私に言ったことと別の内容の時間軸を話す。

 カウンターまで歩き、女性用のカップを取り、ティーポットと一緒に持ってきて、テーブルに置いた。
 私は席を移動して鞄を置き、水流がソファに腰掛ける。

「上手く説明出来ないかもしれないんですが……」

 躊躇いながらも女性はぽつりと切り出した。

「構いませんよ。あなたが思ったこと、体験したことを全て私に話してくださるだけで良いので。あぁ、紹介遅れましたがこの子は私の助手です」

「はっ?!」

 水流の爆弾発言に私は目を丸くした。

 聞いていないとばかりに水流を睨むが、水流は素知らぬ顔で

「なので、気にせず話してくださいね」

 有無も口答えも何もさせてもらえず、私はただ水流の隣で女性の話を聞くしかないようだ。女性の話が終わり、帰ったところで水流に問い詰めれば良い話だ。

「はい……」

 女性は話し始める。

「お話が終わったら五時半に戻してくれませんかね。家族にちょっと足りなかった物を買いにスーパーへ行ってくると伝えてしまったので……」

「ちなみにお住まいはどちらなんですか?」

「神奈川方面です」

 二十三区内にあるこの相談所は、神奈川に近いとは言え、急行電車で十分ほどの立地にある。だが神奈川の何処ら辺から来たかによっては、十分遠出する距離にもある。

「ちょっとスーパーへ行ってくるにしては結構遠いと思うんですが……」

「その『ちょっとだけ』の時間しか取れない人もいるんですよ。――わかりました。五時半とおっしゃいましたが、四時半に設定させてください。スーパーに寄って足りなかった物を買う時間も必要でしょうし」

「すみません、我儘ばかり言ってしまって……」

「我儘ではないので安心してくださいね。相談者の都合が第一ですので」

 にこやかに水流は話し、奥から一つの古ぼけた時計を持ってきて、テーブルに置いた。

「この時計はこの店の時間軸の全てです。これからあなたが体験した話を語っている間はお店の外の時間とは違います。あなたの話が終わり次第、外へ出る時間を合わせるために時間が巻き戻ります。時間を動かすと身体がついていけなくなりがちになってしまいますので、少し気分が悪くなったりします。その時は遠慮せず言ってください」

 置き時計の裏側をひっくり返して、水流は時間を十二時に合わせる。

 何も変哲もないただの置き時計。家電量販店では売ってなくても、アンティークインテリアを多く扱っているお店ならば置いてあってもおかしくないほどの、細やかな細工が施された木製の時計だ。
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