上 下
7 / 15
一章:異世界へ行くまでのあれこれ

5;つべこべ言わずに異世界へ行ってみましょう

しおりを挟む

「――さて、私は準備に取り掛かりますか」

「あの説明してほしいんですが」

「私は準備に忙しいのです」

 取り付く島もなく、水流はテーブルに置かれている銅鏡をしまいに掛かる。

「説明を、求めます」

 一言一句区切って、強調して水流に話しかける。

「仕方ありませんね。説明を望んでいるのであれば、話すまでです」

 銅鏡を元々あった箪笥の引き出しにしまい込み、水流は再びソファに腰掛けた。

「さて、何から説明しましょうか」

 にこりと笑みを全く崩さないポーカーフェイスで水流は問いかける。

「まず私を助手にしたこと、私が魔法を何故使えることを知っているのか、何故私を別の世界に行けと言ったのか」

「質問が多いですね。質問に応えないとあなたは納得しないのでしょうから、全ての質問に応えましょうか」

「早く応えてくれませんかね。私、こう見えて時間がないんです」

「時間がないのであれば、この世界の時間を止めるまでです。停止した世界であれば、多くの時間を使えることが出来ますし、時間を動かすよりも簡単です」

「難しい魔法なのに何故そう簡単にあっさりとこなせるんです?」

「秘密です。で、助手にしたわけなのですが」

 そこで一旦切る水流。焦れったく時間を伸ばそうとする水流に私は。

「理由を話してください」

「ただ、君みたいな助手を探していたんですよ」

 にっこりとそれまで以上の笑顔を浮かべる水流。

「はぁ?!」

「あ、もちろんバイト代は出しますよ?」

 バイト代を出す根本的な問題の話を先に進めるわけにはいかないのだ。別の問題を解決するのが先決だ。

「主に助手ってどんなことをするんですか……普段は学校があるんですけど………」

「もちろん学生の本分は勉強ですからそっちを優先して構いませんよ。ただ君の小学校高学年の時代の経験が主に役に立つんじゃないでしょうか」

「はぁ?!」

「このお店の主旨は相談所です。君みたいな貴重な体験をした人が一緒に問題を解決すること自体がとても良い方向に向かいやすいのですよ」

「つまりは……不思議体験をした人がいて、前に私の不思議体験も解決した実績があるという証明になると」

「察しがいいですね。あまりにも信用しない人がいた場合は魔法を使えばいい話ですし。ネットでの噂が広がってくれたおかげで、魔法を見せなくても信じてくれる人がいるし、信じていたとしても確認のために魔法を見せろと言う人もいて困っていたんですよね。もちろん、確認のために来た人は丁重に断りを入れたので二度と来ないと思いますが」

 水流がその「確認のために魔法を見せろと言ってきた人」に対して、何をしたのか聞きたかったが、聞くなと口調と顔が語っていたので聞くのを止める。変に水流の地雷を踏んでしまって、流されるままに助手になったら余計に面倒になりそうだったからだ。

「そもそも、非科学的なモノを信じない人はこのお店がただの古ぼけた店にしか見えないようになっていますけど。今度はその中でも、悪意を持っている人を除外するしかないですかね」

 善意の中の悪意を見出すのは至難の業だが、水流なら簡単にやってのけてしまいそうだ。

「私が今までこのお店に気付かなかったのって……」

「非科学的なモノを信じないようにと思ったからじゃないでしょうか。このお店には一般人には見えないようにする幻術はもちろん、死角の位置に建てられています。勘の良い人はこんなお店があったのかと気付く人もいますが、大体店らしくないですし、看板も掛けられていない。古ぼけた廃屋にしか見えない人もいます。
 また店内は訪問者によって様々です。あなたの場合、インテリアショップのような内装と奥のバーカウンターと見えているでしょうが、これが本来の内装。収容所の取調室のように思える人もいるし、会社の応接室のように見える人もいます。これは本人の内面の心を読み取って具現化するようにしている幻術の一種です」

「なんでそこまで演出する必要があるの」

「演出した方が、本人の内面をより知れて、叙情的に語ってくれる場合が多いのですよ。相談するに相応しい場所を提供するのが相談所です。ありきたりなカウンセリング室で語ると緊張して、全てを話してもらえないのです」

 それでは水流の欲求を満たすためにこの相談所を開いているようなものではないか。

「でも相談所としては商売にならないじゃないですか」

「商売にはなりますよ。もちろん、無報酬で行っている善人でもないのでちゃんと相談料も取ります」

「やっぱりお金取るんだ……」

「他人の体験談も聞くのはとても楽しいですが、ボランティア精神旺盛なわけでもないので。私も生活が掛かっていますし。あ、別のところからもお金をもらっていますが、相談者からもらっているのは感謝料であって、払わない人ももちろんいますよ。その人の記憶は細部なく、不思議体験に関する情報は全て削除していますが」

「話を聞くだけ聞いて、削除するって……いいんですか? そんなこと独断で行って……人の記憶を弄るなんて」

 時間操作の魔法と合わせて、精神系の魔法もタブー視されている。

「誤解されているようなので、言っておきますが不思議な体験を削除することは私が決定したことではないです。この世の不思議なものを管理している人からの要望なのですよ。それに不思議な体験をして、良かったと思っている人の方が少ないんです。大体の人は自分の非科学的体験を記憶から消したいと願っている人が多いです。誰かに話を聞いてほしくて、この相談所にやってくるのですから。もちろん、本人には聞きますよ? 一応は本人の意思を尊重しますから。言わない人もいますが」

「私があなたに相談して、記憶を消して欲しいと願ったら消してくれるんですか?」

「記憶を消したいから相談所に来る人は皆無に等しいです。特にあなたみたいな世界を救ってしまった人に関しては記憶を消さずに、再びこちらの世界に関わってきたらそのままこちら側の仕事に携わるような仕組みが策定されています。どのみち、あなたはこちら側の人間だった、ということになりますね」

「ちょっと待って。いくら平凡を願って暮らしていたとしても、結局はこの不思議体験に関わるような生活に戻るってこと?」

「そうなりますね。だから――」

「私は認めない。非日常的な生活なんて、フィクションの世界で十分。私は誰かが活躍するフィクションの世界を小説やテレビや映画の世界で見るだけでいいの。私は当事者でなく、第三者の立場でいい!」

「欲張りですね。あなた自身、フィクションの中の主人公でいたにも関わらず、引き続きフィクションの世界に存在せずに今度は他者の体験を嘲笑いながら観覧するなんて!」

 ピエロのように棒読みにだが高らかと言う水流。

「別に私の人生だし、私が何しようが私の勝手じゃない」

「そうですねぇ、決めるのはあなた自身だと思っていたいならそのままでも構わないでしょう。そのあなたの信念が大きく崩されそうになった時、あなたはどんな顔をするんでしょうね……」

 何かをほのめかすような口ぶりが妙に苛立たせる。

「何が言いたいの……」

「別に何も。あなたが選択した道がどうであれ、私は助言するしか方法は残されていません。あなたが全て決めて、行動に移した時後悔しないように導くのが私の役目でもありますし」

「あなたみたいな胡散臭い人に助言をしてもらおうとも思わない。このお店にくるのもこれで最後だし、私は不思議体験とは縁も関係ない場所で平々凡々に暮らすんだから」

「夢も目標も何もないですね」

「ありますよ! 有名国立大学に入って、キャリア――国一に合格して、この国を影で操る官僚になるんだから! 不思議体験とは全く関係のない日々を送るの!」

「あぁ、言い忘れましたが、向こうの世界の魔法使いもまた官僚の一人でありますよ。官僚と言っても、彼は国王ですからあなたは向こうの世界に行って魔法使いになれば国王補佐と同等の扱いになります。国王に気に入られた場合、政治にも介入出来ますし、国王が使えないただ椅子に座っているだけの無能だったらあなたが采配を振るうことになります。何もあなたがこの世界で官僚を目指すという夢は向こうの世界に行けば簡単に、しかもそれ以上の地位と名誉を受けられるのですよ」

「それだと私が国王の座を狙っているようにしか聞こえないんですけど」

「違ったんですか? まぁ、あなたくらいの年齢で世界を救ってしまえば、次に考えることは非日常生活ではなく、普通の日常生活か今度は自分が世界を牛耳ってしまおうという考えに発展しやすいのですが、あなたはどうやら両方だったようですね。とても欲張りです」

 はっきりと言った水流。

「別にいいじゃない。今度は魔法も何も頼らず、私の力ですることなんだから」

 魔法を使ったとしても人の信用はそう簡単に手に入らない。人の心を支配しようなんて、誰にも出来やしないのだから。

「目標があっていいですねぇ。現実的だけど非現実的な要素も兼ね備えている。非日常を過ごしてきただけあってバランスが非常に悪いですね」

 目標を貶されることがどんなに心に強い印象を残すのか、水流は分かっていて、叙情的に言う。私の考えが少しでも傾けばいいと思っているのだろうが、私の考えは――野望はそう簡単に打ち砕かれない。

「まぁ、あなたが何を言おうが関係ないんですが。向こうの世界に行くことは決定事項ですので。元からあなたの意見は一切受け入れるなと命令を受けて――」

「なにそれ、ますます意味が分からない」

「人間に出来ることなんて、一握りしかないんですよ。あなたは世界を救ったかもしれませんが、世界を救うことも。一時的ではありますが、あなたが魔法を使えたことも。生まれた時から全て決まっていたことです。今後あなたが足掻こうが、別の道を進もうが何処へ行こうが全ては決められていたこと。あなたは決められた道を進んでいるに過ぎません」

「だったらあなたもまた同じでしょう? 私が決められた道を進むしか方法が残っていないとしたら、あなたも決められた人生を歩んでいるはず。私にどうこう言う資格なんてないわ」

「もちろん、私も決められた人生を送っている一人です。私の場合、大分狂わされた人生を送っていますね。こうして辺鄙な国の都会で相談所を開いている辺り、大分違った道を進んでいますね。赤の他人の不思議体験をなかったことにする仕事なんて、普通ありませんし。あったとしても、すぐ廃業になるのがオチでしょうね」

「廃業にならないのは何かしら理由があるから?」

「もちろん。廃業になったら、各地で発生する不思議体験の後片付けを対処出来なくなります。そういえば、あなたは宇宙人を信じます、ませんね」

 怪訝そうな顔をしたのがわかったのか、水流は溜息一つ吐いた。

「当然でしょ」

 鼻を鳴らす私に水流は呆れ顔もせず、声色だけトーンを落としただけに留まった。

「聞いた私が間違いでした。話を進めます。この星は大星雲の銀河の端っこの惑星群の一つです。当然、この星から離れた宇宙にも人間と呼ばれる知的生命体はいます。その知的生命体がいる星にあなたはこれから向かってもらいます」

 相も変わらずぶっ飛んだことを軽く言い放つ水流に私は間髪入れずに突っ込んだ。水流のペースに飲み込まれては、すぐさま別の世界に飛ばされてしまいそうだ。

「ちょっと内容が把握出来ないんですけど! つまりあの女性が行っていた世界はどこかの大星雲の惑星群のどこかの星の国ってこと?! あの女性は宇宙人と交流していたってこと?!」

 地球がアンドロメダ大星雲の端っこにある太陽系の一惑星なのは一般常識なので知っていたが、オフィシャルではない他の惑星の知的生命体の存在をあっさり認めてしまった。ここまでの情報はこんな相談所で知りたくなかった。

「まぁ、簡単に説明すればそうなりますね。そういうあなたもまた宇宙人と戦って世界を救ってしまった一人になるんですけども。世界を救ったというか、宇宙人の侵略は結構盛んに行われていて、その度に勇者なり戦隊ヒーローになったり、魔法少女や魔法少年が誕生したりして彼らが侵略を防いでいたりしたんでんですが。世界を救ってしまった系は大体が宇宙人との戦いです。
 もう一つの分類が、宇宙人が地球人をタイムトラベルという手法を用いて、召喚してしまうという話です。タイムトラベルなんてそんなフィクションの世界じゃあるまいし。と思ったでしょう? 彼らの文明は我々が思っている以上に発展している星がほとんどです。少し遅れている星もありますが、どの星も地球と同じような文明と滅亡を繰り返しているのですよ。
 侵略しようとしているのは、第二の故郷の星にしようと画策している星の数々です。多くは星の寿命に合わせて滅亡寸前の星ですけども」

「そんな星に住んでた人達と戦っていたの……」

 星の寿命に合わせて滅亡寸前に陥った異星人達が地球を第二の故郷にしようとしているなんて初めて聞いた。

 私が戦った敵は人とかけ離れた外見とただ地球を手に入れようとしていた一点だけの考えの持ち主。それが自分の故郷のために動いていたとはどうも考えにくかった。

「あ、今共存という道はなかったのかと思いました? 甘いですよ。彼らの文明は地球がいずれ辿る道の果てになります。彼らから齎される情報や技術の類は地球の滅亡に一歩近付くことになりますよ。それに彼らと我々の考えはかけ離れている。いくら共存を願ったとして、彼らを住まわせたとして。待っているのは暴動の末の彼らの地球掌握です」

 地球にとって最悪を言う水流にだんだんと辟易してきた。

「なんでそんなに悲観的に物事を進展させるんですか。彼らと仲良くなったとしてのメリットってないんですか。デメリットばかり聞いても判断がつきにくいんですけど」

「メリットですか。違う文明と技術を教えてもらうとか食文化の違いとかそんなもんじゃないんでしょうか。君が行くことで何かが変化する可能性だってあるじゃないですか。侵略していた宇宙人から守った過去がある君なら。傾いている星をどうにかすることだってもしかしたら出来るかもしれない」

「地球は他の星より文明が遅れているんでしょう? その星の住民が滅びそうなところへ行ったって、将来を悲観するだけで何も役に立たないんじゃないの?」

 他の星よりも文明が遅れているならば、その遅れている文明の星に来て何をするのだろうか。こういった将来になるから今から改善しろと助言でもするのだろうか。

「君は地球が侵略されています。魔法を使えるようにしますから、侵略者達と戦ったんじゃないんですか? 成り行き上、仕方なく地球を救ったんですか?」

「さっきから私が魔法を使えて、あまつさえ地球を救ったとか言ってますけど! 私を勝手にフィクションの世界に引きこもうとしないでくれます?! 私は普通に暮らしている女子高生であって、異世界に飛んでいる暇も、国王を補佐する時間も! 微塵も残ってないんですけど!」

 確かに昔は魔法が使えた。

 だけど、その力は宇宙人と戦った時、他の滅ぼされた星に住んでいた人にもらった力。侵略者を倒した後は使えなくなっていた力だ。

 全てが終わったと思ったら、その力は元々無かったのかのように消え失せてしまった。だからこそ、他の人に証明してみろと言われても言い返せなかった。

 言い返せなかった次の言葉は、やっぱり嘘つきだ、頭がおかしくなったのだ。と。
 だから簡単に魔法が使えると言いのける水流。

「始めに言いましたよね? 私は時間軸を操れると。あなた一人の時間軸を動かすことなんて動作ないのですよ。そもそも他の惑星間の移動には時間が掛かりますので、その星の出来事は地球時間に換算すると大分前の出来事になります」

「地球から六百光年離れているとしたら、地球換算だと六百年前の出来事ということ?」

「そうなります。だからと言って、あなたの年齢が増えるというわけではないです。この相談所へ来た時間から何秒も動きません。あなたが飛んだ時から時間を遡るので、こちらに帰ってきた瞬間から時間が動き始めるのです。あなたの体感時間は一年以上になりますが、現実では一切変わらないので安心してください」

「私の体感時間だけが変わるということ?」

「その解釈になりますね。今のままの地球の文明と技術からして、太陽系から人類が出るには少々時間が掛かるようですし、地球人が他の知的生命体に遭遇する形はあまりないでしょう。向こうが地球に来るのは頻繁にありますが。地球側からのアプローチはほとんどありません。電波を飛ばしてはいますが、他星人が受信したケースはないですし。まぁ、これは周波数の違いによるものだと推測出来ますが。
 ですので、地球から意図的に他の惑星に行くのはあなたが初めてになります。他の方々は召喚という形の場合が多いので、無意識で飛んでいましたから」

「向こうの人達は地球人に何を求めているんだろう……」

「自分の国が危機的状況に陥っていた時、第三者の声に耳を傾けたくなるでしょう。自分達と同じ考えではなく、何も知らない第三者の声と行動が。君なりにこれまで学んだ知識を向こうでも活かしてきてくればいいんですよ」

「だーかーら! 私は向こうの世界? 星に行かないと何度言えば……」

 何回言えば水流は引き下がってくれるのだろうか。多分水流は何度言ったとしても、私の話を聞かずに自分勝手に進めてしまうに違いない。

「つべこべ言わずに行ってきてください。ちゃんと君の時間は止めたままにしてあげますから!」

 反論ばかり口にする私に焦れたのか、水流は杖を取り出して私を中心にして魔法陣を描いた。

 床に描かれた魔法陣は淡く光り輝き始め、私は慌てふためいた。

「ちょ! ちょっと待ってよ! 私まだ向こうに行くと決めたわけじゃ……!」

「反論はもういいですので、さっさと行って、さっさと片付けてきてください。向こうの世界で君の存在は多いに役立つことでしょうし。大体の魔法は使えるので、必要があれば使ってくださいね。ただし、私利私欲のために魔法を行使した場合、地球に二度と戻ってこれないと思ってください。では、頑張ってくださいね」

 ものすごく重要なことをさらりと言いのける水流。

 嫌味にしか映らない水流の笑顔を最後に、私は意識を失った。


しおりを挟む

処理中です...