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2章

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「お前なぁ、少しは警戒した方がいいんじゃないのか? この部屋の主を知っているのはごくわずかとはいえ、警戒心が無さ過ぎだ」

「ちゃんと透視して見てたし、ヴェンデルが来たのも確認済みだ。この部屋に至るまでにいくつ仕掛けていると思っているんだ」

 警戒心が無いというのは撤回したほうが良いみたいだ。

 リーンハルトはこの部屋までの道のりの間にいくつかトラップを仕掛けているようで、誰が来たのかも事前に分かるように仕掛けていた。

 私には何が仕掛けてあったのか分からなかったが。

「はいはい、お前の用心さには頭が上がらねぇよ。でもなぁ、確認に確認を重ねるのも重要だと俺は思うぞ」

「確認を重ねたって、裏切る時は簡単に裏切るのが人間だからな。別に仕掛けていたとしても、悪意を持っていなければトラップに引っかかることもない」

「悪意を持って部屋に近付いたらどうなるんですか?」

「……知りたい?」

 ニヤリと口角を上げるリーンハルトにぞっと背筋に悪寒が走る。興味本位で聞きたかったが、聞かなかった方が得策のようだ。

「知らない方がいいぞ」

「止めておきます」

 引き際が大事だ。

「ま、今見なくても機会はいくらでもあると思うから別に今日見なくても言い訳だし? トラップはカレンが魔法を使えるようになったら自由に掛けてもいいからね」

 トラップを仕掛けないと安心して暮らしていけないのか。

「トラップを仕掛けているのはコイツの趣味みたいなもんだから別に仕掛けなくてもいいぞ。姿は見えないが間者も傍に控えているからな。ソイツらは今度紹介する」

「あ、はい」

「で、私の紹介はしていただけないんですの?」

 ヴェンデルの後ろにいたらしい少女がヴェンデルの前に出てくる。私の顔を覗き込むように見てくる少女は茶色の髪に金色が混ざっている不思議な髪色をしていた。

「うん、確かにこれほどまでに真っ黒な髪の毛と瞳ではこの世界では目立ち過ぎるわね……陛下、何色するか希望はありますの?」

「んーそうだね。赤茶もいいけど、彼女はクリーム色に近い金色がいいかな。肌も透き通るくらいに白いし。儚さが上がっていいと思わない?」

「お前の趣味はちょっと理解しがたいものばかりだな」

「普通だと思うんだけどなぁ。メガネを掛けさせるのはどうかな? 三つ編みにして、いかにも出来る侍女! の雰囲気を醸し出してるけど、ドジっ子の侍女とかのイメージ」

「陛下に意見を聞くのを間違ったような気がします」

「うん、聞かなかった方が良かったのかもしれない。変な趣味嗜好を持っているのは理解したくなかったが、受け入れるしかない」

「お前、俺のこと変人とか思ってないだろうな……」

 じろりとヴェンデルを睨むリーンハルト。

「陛下の変人ぶりは分かりましたので、先に進めても構いませんか? 陛下もそろそろ、公務をしないと彼女との時間も取れませんよ」

「私との時間ってなんですか、私との時間って!」

「そのまんまの意味合いですけれど、私の認識が間違っているならば訂正します」

「訂正しなくていい」

「では、彼女は未来の王后陛下様で間違いないということで周知徹底をしておきますね」

「は?」

「それはまだしなくていい。彼女は記憶を無くして彷徨っていた所を発見して保護して、僕の侍女に招き入れた……ということにしておいてくれないか?」

「へっ?! ちょっと!」

 話を遮ろうとしても、無視して話を続けるリーンハルト。

「公式ではそのように手配しておきます。では非公式には」

「異世界から召喚した、僕の隣にいて不足ない魔法使いとなる可能性を秘めた人だ」

「へぇ。近い将来、伯爵クラス以上の貴族の養女にしてから召し上げるという認識で構わないのですか?」

「ちょっと待って! 何それ! 私、まだ魔法が使えると決まってない! 召し上げるってなに?!」

 女性とリーンハルトの間に入り込んで、話を中断させる。このままでは私が不利になる状況しか待ち受けていない。

「陛下、彼女にちゃんと説明しなかったのですか?」

 呆れた口調で、女性がリーンハルトを責める。

「公務が終わり次第話そうと思っていたんだ」

「説明というか弁明というよりは口説きと表現した方がいいんですかね。彼女……まだ名前聞いてませんでしたね、聞いても構わないでしょうか? 私はルイカです」

「カレンです。カレンと呼んでください」

「じゃあ私もルイカで構わないわ」

 ルイカが手を差し出してきたので、両手で握り返した。きょとんとするルイカも可愛らしく、改めてよろしくねとルイカは返す。はいっと微笑みながら返せば、ごほりと咳払いをして、リーンハルトが遮ってきた。

 眉間に皺を寄せているから少し機嫌が悪いのか。

「自己紹介も終わったことだし、ルイカ。彼女の変装を頼んでもいいかな?」

「見事な黒髪を染めてしまうのは勿体ない気がしますが、彼女の身の安全を考慮しますと変えざるを得ませんね。――そういえば、陛下。事務局長が陛下をお探しになられておりましたよ。あと少しで頭に角が生えてきそうな感じがしますので、早めに執務室へ戻られた方が賢明かと」

「彼女がどう変わるのか見てからにしたいのだが」

「彼女と接する機会はいくらでもあります。事務局長を怒らせては夕食までの時間はおろか、就寝する時間まで奪われかねませんが」

「………仕方ない。ルイカ、彼女の護衛も頼んだぞ」

 ぐっと更に眉間の皺が深まる。

「承りましてよ。隅々まで聞いておきます」

 ぎゅっと抱きつき、胸を押し付けてくるルイカに私はピシリと固まった。

 スキンシップが過剰な人と接する機会がほとんどないため、反応に困った。

「ルイカ、彼女に抱きつくことを許諾したつもりは一切ないんだが」

「陛下は頭が固すぎるんですよ。単なるスキンシップの一貫じゃないですかー」

「お前のスキンシップは過剰なんだ。少しは気を付けたらどうなんだ」

「大丈夫です、間違っても陛下の大事な人に手を出そうだなんて、馬鹿な真似はしませんから」

「ひっ!」

 さわさわとルイカの手が脇から胸へと移動して、手のひらで包み込むように鷲掴んだ。

「それ以上触ったら、いくら魔法使いとはいえ、ルイカの身の安全は保証しないからな」

「あら、心が狭いこと」

 くすくす笑うルイカの手は止まり、両手を頭の横に上げて降参の意思表示を出す。

 リーンハルトの右手が青白く光っていたから攻撃を放とうとしていたのかもしれない。

 全く動揺もせずにルイカは笑っていただけだったので、結界やら防御対策は講じていたのか。

「リーンハルト、行くぞ」

「ルイカ、この部屋で起こることはすぐに分かるからな」

「分かってますよー」

 バタリと扉が閉まる。

「さて、と邪魔者がいなくなったことだし? 陛下とヴェンデルより私の方が上になっているのよねー。ちゃんと遮音効果の高い結界を張ったから安心して質問が出来るわ」

 たらりと冷や汗が流れる。

「カレンが何を隠したいのか知りたいけども、本当に召喚魔法が成功してカレンが召喚されたと考えにくいのよね」
「根拠は、あったりするんですかね?」

「根拠がない限り、陛下とヴェンデルを部屋から追い出さずに髪の色を変えたりしてるわ。あのポーカーフェイスを常に貼り付けている陛下の顔が崩れる瞬間が見れるなんて、貴重な体験どころの話じゃないからね。
 そうそう、根拠だけども陛下が書いた呪文――というか術式か。術式は明らかに召喚魔法じゃなくて、ただの雨乞い魔法。ただの雨乞い魔法にも関わらず、異世界の住民がやってきた。陛下もおかしいと思ってはいるはずだけどね。一瞬じゃなくて、二度も観測された魔法の威力や魔力値もまたこの世界で登録がされてないものだった。威力はこの世界で、一番強いダブルエスクラス以上だと数値が出たと言っていたかしら。有力な魔法使いは皆、魔法を使ってないと言っていたし、考えられる筋は王宮に黙って誰かが違法に異世界召喚を行って、その召喚者が無意識に魔法を使ったかのどちらかだけ。召喚者が無闇矢鱈に魔法を使って、魔法の威力の桁が違うという話は史実でも少なくない事例のようだし。今回もそうだと思った、らしいわ」

「一体何が言いたいのでしょうか……」

 ルイカは私が魔法を使えるのだと言いたいのだろう。

「魔法が観測された地点に行ってみるとカレン、あなたがいた。だけどあなたは魔法が一切使えないと言い張った。まぁ、魔法を一から教わる時に魔力値も計測するから言い逃れは出来なくなるんだけども。ちなみにデータベースに登録されていない魔法が行使された場合は、即刻データベースに登録されるシステムになっているから、カレンが使う魔法と今日観測された魔法が一致したらカレンの名前で登録されるわ」

「それでも、私が使ったという確信は得られないわけで」

「私もダブルエスクラスではないにしても、異世界から召喚された魔法使いの一人よ。自分で言うのは少し恥ずかしいけど、カレンよりはこの世界での暮らしは長い。召喚された人達は皆カレンと同じ反応をしたわ。接する方もびっくりするくらいに同じパターンで否定するのよ。まぁ、私もその一人なんだけど」

 苦笑するルイカに対して私は笑える状況になかった。

「で、どれだけ魔法は使えるの? 本当にあなたは召喚されてきたのか。または誰かの手によって意図的に飛ばされてきたのか」

「質問責めですか。質問に応えたとして、ルイカはリーンハルトに報告するの?」

「報告するかどうかは私が決めるわ。あなたが精神感応系の魔法が使えると仮定した場合、カレンが話した内容は忘れるわけだし。ダブルエスクラス以上の魔力が検知したくらいですもの、難しいとされる精神感応系が使えてもおかしくないわ」

 ダブルエスクラスというのは、この世界ではトップクラスの魔力値になるのだろうか。

 試しに放っただけで、前の異星人との闘いでは日常的に使っていた簡単な魔法の一つだったはずだ。魔力値が上がっている、という自覚は一切ない。

 単に魔法を使っていなかった期間が三年ほどあったため、魔力値を含めてコントロール出来ていないだけかもしれない。

「つまり、忘れてほしい事柄があったら忘却呪文を掛けてもいいと?」

「知られたくないことを持っているのが女ってもんでしょ。話した相手が本当に口が固いかなんてその人と付き合い深くならない限り分からないわけだし。予防線で忘却呪文を使うっていう前提で私に話して、という警戒心を解こうと思っているのだけど」

 遠回しすぎたかな、と小首を傾げる。

 大分遠回しすぎだと、私はげんなりした。抽象的にぼかすことなく、直球できてほしかった。

「私が魔法を使えたとして、忘却魔法は使いません。……確かに私は魔法が使えますよ。だけど私自身、どこまで魔法が使えるかどうか分からない。召喚成功したとリーンハルトは言っていたけど、私は召喚されてこの世界にやって来ていない。ちょっとしたある目的を果たすためにこの世界へやってきた」

 リーンハルトの母親に頼まれた事柄を果たさないと私は地球に戻れない。地球に戻れるかどうかさえ怪しいが、希望は捨てたくなかった。

「ちょっとした目的? 他の人達とは違って、カレンは自分の意思でこの世界にやってきたということ?」

「私は誰かに召喚されたわけではなく、自分の意思で来たつもりは一切ないです。私は巻き込まれた立場、と言った方がいいんですかね?……すみません、これ以上はちょっと言えないです」

 所長の水流に飛ばされた、が正解だ。魔法少女だったという黒歴史を握られてしまったし、どのみち私がこの世界に来ることは決定事項だった。

「曖昧な答えしか出来ないのは誰だって一緒だと思うし、私は強要してまで言えって言っていない。勿論、強要してまで言わせようとすれば簡単に出来る」

 魔法を使えばね、とは言わなかったが彼女はそう私に脅しを掛けてくる。彼女は無理に言わせようとはせず、私の口から言わせようとしているのだ。

「でもカレンが何故、魔法を使えるのを隠すのか私には理解に苦しむわ。魔法が使えるというだけでこの国の地位は確立したものになるし、給金も十分過ぎるほどもらえるし、生活には困らないわ」

 この世界で生きるためのものは十分もらえるのは分かった。だけど、私と彼女の間には大きな溝があった。

 かつては彼女自身も思っていたこと、諦めた結果それを望まなくなったのだ。

「私には目標があるので。目標が達成されれば、この世界にいる必要性は全くなくなるし、私はこの国と星に長いをするつもりは一切ないので」

「うん、それも聞いたね。皆カレンと同じように最初は希望を持っていた。希望を持って、元いた世界に帰ろうと皆必死に魔法を習得した。だけど、帰れた人は一人もいなかった」

 リーンハルトの母親が戻れているのを私は知っている。

「私は、帰りますよ」

 一文字一文字、力を持って言う。水流は言っていたのだ。この世界で重要になってくるのは言霊だと。私の力でも効力を持っているのだから、言葉にしている限り私の願いは叶い続けるのだ。

「早めに諦めた方が自分のためよ。さて、と。簡単な尋問は終えたことだし? お腹空いてない? 朝ご飯食べる前に呼び出されたから朝ご飯も昼ご飯もまだ食べてないの」

「諦めが悪いのが私の取り柄なんで。まだこの世界に来てから一日も経過していませんから、今諦めるのはさすがに早すぎると思いますが」

「確かに」

 苦笑するルイカだが私にとっては笑い飛ばせなかった。

「この世界に馴染める色だから黒以外ね。茶色をベースに光に当たると金に輝くようにしようかしら。瞳の色は焦げ茶とか。オーソドックスの色がいいわね。変えろと言われたら変えるしかないけども」

 ルイカは誰にとは言わなかったが、文脈から察するにリーンハルトだろう。

「それでお願いします」

「じゃ、ちゃっちゃと終わらせるよー」

 ルイカはコートの内ポケットに手を突っ込むと、杖のようなモノを取り出して私に向けた。

「それって……」

「ベタだけど杖。ファンタジーぽさが出るから雰囲気作りには持ってこいでしょ? 失敗しないための補助道具と思ってくれて構わないわ。最も! 私が変装技術に置いて失敗するなんて有り得ないから」

 安心してねとウインクまで飛び出した。ルイカは魔法の存在を分かりやすくするために杖を取り出したのだ。杖を振ってみて、魔法使いのなりと呪文を唱えてしまえばその人が魔法を使えると認識せざるを得ない。

「チェンフェリート」

 杖の先から光の粒が溢れてくる。光の粒は私を囲むと数珠繋ぎに一つの輪を形成し、円柱状に私を包み込んだ。圧倒的な光の洪水が眩しく、私は目を閉じた。

「終わったわ」

「ん……」

 目をゆっくり開ける。包んでいた光は消え、目はちかちかと明滅していたが見えにくいというほどでもなかった。万が一、魔法が失敗して転移陣が敷かれて地球に戻っていないかと少しばかり期待してしまったが、そうもいかなかったようだ。

「こんな感じに変わったんだけど、他に変えて欲しい所とかあったりする?」

 ルイカは手鏡を手渡してくる。

 手渡せられた手鏡を見ると黒髪黒目から一転、茶色の髪の毛と瞳になっていた。

 今まで一度も染めてなかったため、違う色の自分はとても新鮮で、一瞬自分のドッペルゲンガーを見ているような気分だった。

「十分ですよ! ここまで変わると思ってなかったんで、正直驚きました」

「魔法を信じてもらえた?」

 直接自分で魔法を使ったとはいえ、まだ半信半疑だったのは事実だ。こうして他人が使ったところを見せられては信じる他ないだろう。説得力は十分だった。

「悔しいですけど、認めるしかないですね。超常現象の類は一切信じないと決めていたんですよ。でも目の前で他人が使っているところを見せられると、信じないと言えないじゃないですか」

「それでもカレンは信じないんでしょ。どんな生活送ってきたら人間不信になるのか疑問だけどね。まぁ、それは陛下も同じだろうけど。常に誰かを疑いつつ生活していたあの陛下がカレンに興味を持ってしまったのは事実なんだし。第一、人間不信が出会ったばかりの他人を生活居住区に入れるんだから、もう逃げられないと言っているようなものね」

 私もまた、ルイカからすれば人間不信のようだ。私だけじゃなくて、リーンハルトは彼の幼少時代の生活環境を考えれば仕方のないことだ。

 私の場合、中学時代が主な原因だ。

 人間不信の原因は自覚済みだが、聞き捨てならないことを言うのがルイカという人なのか。
 いちいちルイカが放つ突拍子もない爆弾にヒヤヒヤしっぱなしである。

「ですから、何でその展開になるんですか……」

 今日何回目だと思うほどに、ルイカは私がリーンハルトに気に入られているような発言をする。

「異世界からやってきて、未来の王妃様だなんてフィクションでありがちだけど、こうして身近であると結構嬉しいものね! 自分が巻き込まれるのはごめんだけど」

「ルイカも人事じゃないと思うんですけど……ルイカもまた異世界から召喚されてきた一人だってこと忘れてないですか?」

「随分と此処での生活が長いからねー。自分が元いた世界の風景だとか、自分がどんな生活を送ってきたのか忘れそうになっているんだよね。……それよりも! 敬語! 私なんかに敬語使わなくていいから!」

 ズビシと人差し指を立てて指を振る。

「うん、分かった。努力は、するね」

 途切れ途切れに言えば、ルイカはうんうんと頷いた。

「さて、と! ご飯食べよっか!」

 テーブルの上に置いてあったベルを鳴らした。一分も経たないうちに侍女さんが現れ、ぺこりと一礼をする。
「朝食の用意とカレンに合う服を持ってきてほしいな」

「畏まりました。今は既成品を着用していただいて、後で採寸という形で大丈夫でしょうか」

「うん、お願いね」

 侍女は再びお辞儀した後、部屋を後にしていった。
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