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2章

6;ご飯事情

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「こんなに朝から食べられないよ……」

 私の感覚だと次は朝ではなくて、夕飯に当たる。最近は寝不足も相まって、食欲はほとんどないに等しかったので、朝から豪勢な料理の数々を出されても正直全て食べられる自信がなかった。

 様々な料理の数々の匂いと量に圧倒されて、逆に気持ち悪くなってきた。

 朝からステーキはさすがに重すぎる。こんな肉汁溢れるA5ランク級のステーキ肉を朝から食べるなんてふざけているとしか思えない。ステーキ好きにとっては朝からでも食べたいというのだろうけど、私の胃はステーキは本当に時々食べる、ご馳走だ。

 朝はパンと野菜ジュースがあれば十分だ。

「これくらい食べないとすぐに疲れちゃうよ? 体力付けないとすぐに魔力が体力に変換されるようになっちゃうし。カレンの場合、それはない気もするけどね」

「どういうこと?」

「魔力ってさ、個人差があるでしょう? 個人個人で持っている魔力の器の量が違う。カレンの場合、底が見えない湖とか、地平線がずっと続く大高原とかそんな感じ?」

「例えが壮大すぎていまいちわかりにくいんだけど……」

「普通の人はコップ程度だけど、カレンの場合壺とかプールとかそんななの!」

 ルイカの例えはいまいちわかりにくいが、要は私の魔力の許容量が膨大で測れないというものだろう。魔力量を測定していないから正確には分からないが。

「ちなみにルイカはどんななの?」

「大浴場ぐらいの大きさかしら……」

 うん、分からない。一般人はコップ程度と言っていたからルイカの魔力量も相当多い。

「陛下は確かプールくらいかしら。ヴェンデル将軍は確か浴槽くらいだったはずだわ」

 だから何で水に関連する物で例えるのだろう。

「とにかく! ご飯は食べなきゃ駄目よ! これから魔法の習得を名目にして、コントロールする技術を身に付けなきゃいけないんだから! 魔力量は膨大だし、簡単な魔法だとしても、威力はたぶん大きいだろうし……」

 私はひとつの可能性を考えた。

 私が無謀にも魔法が使えるようになったからと言い、魔法を使ってみる。もしくは自分から出来るとでも言えばいい。魔法の使い方がいまいち分かっていない今なら、ものの簡単に魔法が暴走状態に陥るに違いない。魔法を使うのをリーンハルト以外に政治に関わりそうな人達も一緒に同席させて、魔法が使えるどころか暴走させるしか出来ないと証明させてしまえば。

「無理に食べさせることはしたくないから自主的に食べてね。食べないと今度から朝も陛下に同席させるから。誰かの監視があれば、食べるようになるだろうし」

「食べます」

 誰かに見張られて食べるのは勘弁してもらいたい。

 ご飯はゆっくり食べたかった。

「まぁ。今日は別として、一緒の部屋で暮らすことになるんだし、昼食以外は一緒に摂るって言いかねないけど」

 あの侍従長とかヴェンデル将軍のことだからと付け加える。リーンハルトもまた、誰かの監視がなければ食事も摂らないで仕事をしている仕事人間なのだろうか。

「でも朝からあの人の顔見たくない……」

 常に笑顔を貼り付けている、本心を一切見せないようなポーカーフェイス。

 そういうポーカーフェイスは学校で山ほど見てきたから分かる。常に人の動向を探り合う。探り合った後は褒めちぎる。上辺ばかりの付き合いは受け流せばいいのは知っていても、何か裏があるのではと疑ってしまって上手く返答が出来ないこともしばしばあった。

「我儘言わないの! 陛下と一緒に衣食住を共にすること自体、他の貴族達から羨ましがられるのに……。
 まだ陛下が後宮を開いてないからまだ何も起きてないだけで、貴方がこの部屋から出てきたらすぐに後宮にいる妃候補に情報が渡ったことでしょうね」

「スパイがこの部屋にいるってこと?」

「この辺りにはいないわよ。スパイというか誰かの目は常にあると言っていいような場所だからね。陛下の行動は侍従・女官・文官とさまざまな人達が把握している状態だし、この部屋にいつ出たかとかすぐに伝わるし、多分貴方のこともすぐに伝達されたんじゃないの? 陛下が異世界からの住民の召喚に成功したって」

 さぁっと顔色が悪くなるのが自分でも分かる。四六時中誰かに監視されているような生活。フィクションでは華やかな宮殿暮らしをしているのだとばかり思っていたが、現実はそう甘くないようだ。

「だから、無闇に魔法を使わないことね。誰かしら監視しているのは勿論だけど、魔法に関してはそれ以上よ。誰が魔法を使ったのか一目瞭然だし、攻撃魔法が使われた場合は即牢獄行きだと思ってね」

 魔法を感知するシステムにはかなり重点を置いているようだ。

「気を付けます……」

 無闇に魔法を使ってしまった結果がバレバレ。今回は慎重に使わないといけない。

「まぁ、いくら使っても問題ない施設も王宮内にはあるから魔法の練習をするのはそっちね。ご飯食べたらすぐそっち行く予定だから」

「一日この部屋にいないといけないんじゃないの?」

 表向き、私はこの部屋付きの侍女という形にはなっているのだし、この部屋の掃除等をする必要があるんじゃないかと思ったのだ。

「私にカレンの変装を任せたということは王宮内の案内を含めたついでに魔法の練習もしろ、という解釈だと私は思っていたんだけど……」

 曲解とも取れる解釈では、と呟きそうになって止めた。

「表向きはこの部屋付きの侍女であったとしても、裏から見ればそうでないから。この部屋は侍従も世話付きの女官もいない。陛下がこの部屋に近付くのを禁じている。何でも自分で自分の世話くらいはするから部屋には一歩も入るな、近寄るな。と申し付けているからよ。陛下が部屋に人を入れるのは掃除をする時ぐらい。しかも掃除する場所を指定するほどの徹底ぶり。指定しない場所は掃除をするな、手を一切加えるな」

「ただの潔癖症かと……」

「一国の王様がそこまで人払いをする必要がある? 臣下にも気を許さず、私室に入れない。こんな人間不信の王様がいるフィクション読んだことある?」

「ない……」

「陛下の人間不信は筋金入りだからね。だからこそ、みんな貴方がどんな人なのか気になるし、今までに感じたことのないような視線や陰口を叩かれるかもしれない。でも王宮内で魔法を使って無理に貴方を殺めるとかそんな犯人が一発でバレるような行動は取らない。裏を返してしまえば、魔法以外の手段を使ってくる。例えば、貴方の食事に毒物を入れるとかありもしない噂を流すとか精神的苦痛を味わうような陰険なやり方ね」

「そんな古典的な方法を使う人がいるんですか」

「いるわ。陛下でさえ受けているのだから」

 さらりと爆弾発言をする。

 簡単に発言したが、リーンハルトにしている行為は叛逆罪そのもの。だからリーンハルトはこの部屋に誰も寄せ付けないのか。

「ちょっと待って。陛下の食事って、誰か毒味役がいるんじゃないの?」

「いないわよ。この世界に存在する毒物は味がある物ばかりだからね。少し変な味がしたら吐き出して中和剤を飲めばいい。この部屋には中和剤が山ほど置かれてあると聞いたことがあったけど、第一陛下は自分の食事は自分で用意すると言っているからね。この部屋にはキッチンも付随しているようだし。食材はさすがに侍従長が用意していると聞くわ。厨房のシェフ達が仕事をさせてもらえないって嘆いているし。だから貴方の朝ご飯がこんなに豪華になったのかもね」

 まさか自炊までしていると思わなかった。お風呂を沸かしたりするのも、洗濯するのもリーンハルト自ら行っているとしたら完璧な主夫である。一国の王様が炊事洗濯まですること自体が異常だ。

 厨房のシェフ達が腕を奮って手掛けた料理の数々。本来であれば、リーンハルト本人にも味わってほしいところではある。シェフ達の思いは報われないまま今後も過ごしていくのだろう。

「ちなみに中和剤がこれね。厨房のシェフ達を疑うわけではないけど、口にしてみて、苦味や本来あるべき味ではないものを感じたらこれを飲んでちょうだい」

 ポケットから瓶を取り出してテーブルに置く。瓶の中には白い錠剤がぎっしりと詰められており、一回ごとに何錠飲むのか等、記載もあった。本当に中和剤のようだ。

「貴方はこの世界に来て間もないし、毒物の存在も知らない。本来ならば毒味をしてから、貴方に出すべきなんだけど、うん。匂いもおかしくないし、まだ貴方の存在を隣国から来た客人として陛下が申告したから変なものは入ってないわ。でも気を付けてほしい。この王城ですら、安全じゃないの。陛下に仕えていても、本心は違う人は昔からいるからね」

 これを食べて私は大丈夫なのかと疑念しかない。

 こんな疑念だらけの食事をして、自分自身を守れるわけがないし、そもそも食事をしている気分になれなかった。食欲旺盛な方ではないから余計に食べる気力も削がれた。

「こんな話をした後で食べてちょうだいって言うのも何だけどね。これは大丈夫だから食べてちょうだいね。まぁ貴方が料理を作れれば陛下の食事は安泰するんだけど、料理は?」

「からきし駄目です……」

 お湯は沸かしたことがあっても、包丁を握ったことが調理実習を除いてほとんどなかった。お湯を沸かしたというのも、カップラーメンを食べるとかお茶を飲むとかで野菜を切るのもフライパンで何かを炒めるというのもしたことがない。米も研いだこともないが、さすがに洗剤で米を研ぐことはしない。

「まぁ、いずれは食事担当になるだろうから作れるようにならないとね……」

「ど、努力します……」

 魔法の勉強以外にも、料理まで追加されてしまった。

 魔法もそうだが、忘れるので高校の勉強も復習しておきたいのだが、そこら辺の勉強はどうなるのだろうかと思いつつ、朝ご飯を食べ始めた。
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