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2章

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「お咎め無しで本当に良かったわ……」

 はぁ、と安堵したように溜息を吐く。

 謁見室を後にし、次の目的地である練習場へと向かっていた。練習場は王宮の敷地内になく、王宮の外に出なくてはならない。王宮の外へ出るには正門で出る方法の他に王族専用の扉または軍関係者専用の通路を使う必要があった。私達は軍関係者が通れる扉に向かっていた。

 何故、軍関係者専用の通路があるかとルイカに聞けば、王宮内で非常事態が発生して正門が使えなかった場合、専用通路があればすぐに急行出来るからだと。

 通路を通らなくても、執務室や謁見室など主要箇所に移動魔法陣を設置しているので、保証程度に利用しているのだと言う。魔法陣を通った方が明らかに時間短縮になるのだが、私が王宮の中を把握していないので、ルイカに扉の場所を聞くついでに王宮内も案内してもらっているのだ。勿論、一回で覚えられるほどの規模ではないので、覚える間は魔法陣を使わずに歩いて覚えるしかない。

 王宮内の正確な地図は増築や改築の結果、今更地図を作っても意味を成さないとの答えがリーンハルトより出されてしまい、現存している地図は増築や改築前のほとんど役に立たない地図しか残されてないようだ。見取り図を作ってしまって、王族の私室がバレてしまわないようにするのも地図を作らない一つの理由、のようだ。

 なので、王宮に勤めている人は自らの足で自分が関わる場所を身体で覚えて行き、手書きの地図を製作しているらしい。らしいと曖昧なのは実際にルイカ自身も誰かが制作した地図を見たことがないからだ。ルイカを案内した人は自分の頭で記憶しろ、紙など媒体には一切地図を残すなと言われていたからだった。

 正直、あそこが何の部屋と指差されながら歩いたところで、メモの類を一切取ってないので、頭に全部入るかと言ったら全く入らないと答える。私が今欲しているのはメモとペンだった。

「お咎めがあったら、私達どうなっていたの?」

「拷問に合うかもしれないし、一発処刑になるかもしれないわ。陛下の裁量によるから詳しくは私も知らないの。でも前に逆らった貴族院の人は爵位・領地没収して国へ返還の上、国外追放された人もいたかしら」

「結構、重いんだね」

「まぁ、もっと酷い刑もあるから陛下の顔色を伺っている貴族も結構いるわよ。陛下が王位に就いた時は多くの貴族が領地を没収されたと噂が流れたし。噂は噂でしかなかった貴族もいれば、本当に爵位を下げられたり、没収された人もいたからね」

「反乱分子を抑圧したってこと?」

「自分の身の危険を脅かそうとしている人達をわざわざ自分の周りに配しようとするなんているわけないわ。自分の意見と同調する人を近くに寄せるし、自分にとって都合の悪い人は一方的に弾圧して、王宮に近付かせないようにする。その人達がなんとかして、自分達の立場を改善しようとしてよく王宮にやってきては門前払いされているわ」

「門前払いしても、なんとかして夜会に参加してくる人もいるから困ったものだわ。その度に罰を与えているのに懲りずにやってくるのだから。これ以上にない忠告をしているにも関わらずよ」

 深く溜息を吐くルイカ。ルイカもまたその貴族の対処をしたことがあるのか、気苦労が伺えた。

「貴族の長男は爵位を継ぐから立場上、動けなくても次男・三男は爵位の立場とか関係ないから軍に志願したり、官吏登用試験に望んでくる人も多いわ。軍や官吏になった弟達の力を利用して自分達の家の底上げを狙う貴族もいるから面倒なことになっているわ。陛下の考えが家柄じゃなくて、個人能力重視だから余計に問題が拗れているんだけども」

「何でまたそんな面倒なことに……」

「言ったでしょ。個人能力重視ってことは低い家柄……庶民が少佐・中佐・大佐クラスになる可能性もあるの。実際にヴェンデル将軍は商家の出だしね。代々軍人を排出してきた家を抑えてヴェンデル将軍が就いている。その軍人を排出したきた家がヴェンデル将軍の補佐官を務めているという逆転現象も起きてしまっている。ヴェンデル将軍の力が最強のものだから貴族達は今のところ沈黙を守っているけど、ヴェンデル将軍にスキャンダルが発覚した場合、すぐに突いてくるでしょうね」

「でもスキャンダルくらいで立場が悪くなるってことがあり得るの?」

「ヴェンデル将軍を将軍の地位に就けたのは陛下だからね。ヴェンデル将軍のスキャンダルは即ち陛下のスキャンダルになりかねない。あの人、遊び人に見せかけているだけで、一切隙はないのよ。諜報機関もびっくりするくらいに隙がない。陛下もまた同じくらいスキャンダルには警戒してるわ」

 警戒した結果があの誰も人を寄せ付けない私室に関係しているとしてたら、リーンハルトにとって私は初めてのスキャンダルの対象になるんじゃないのか。

「そしたら私は……」

「そうね。カレンもまた警戒を怠らないことね。貴族が近寄ってきたら……というより他人が近寄ってきたら常に警戒すること。甘い隙があったら確実にそこを突いて、突いて突きまってくるのが彼らの特徴だから。良い人と思っても裏で何を考えているのか分からないの」

 そういう人は高校でよく見た。笑顔で勉強はしてないと言う友人達。笑顔だけど顔色は何処となく悪くて、目の下には隈が出来ているのを知っている。皆、自分の前に厚い壁を立て掛けて、人の出方を伺っているのだ。この世界の人達も友人達以上に分厚い壁を設置しているのだろう。

 胸の内は野望を持っているが、上っ面では全くそのつもりがないように見せかける。神経ばかりすり減らしそうな行動を取るしかないが、自分の地位をこれまで以上に上げるためには皆必死になる。

 私だって、良い大学に入るために必死に勉強して一つでも順位を上げようと努力する。私の努力とは雲泥の差があるけど、誰だって努力したいものがあるには自分をすり減らしたって気にはならない。

「気にしたって仕方ないし、いちいち裏の顔まで伺ってたら、私が持たなくなっちゃう。この人はこんな顔してる癖に裏ではこんなこと考えてるんだって一回事に考えてたらキリないしさ。それこそ人間不信になっちゃって、誰とも付き合えなくなっちゃうし。そりゃ、誰かに裏切られるのは怖いけどさ。その時は最悪の事態を考えてなかった自分が悪いってことで次に繋げればいいじゃない」

 何事も前向きに考えた方が得をする。後ろ向きに振り返って歩いていると前がどちらだか分からなくなってしまう。

「そうね。確かに後悔するのは怖いけども、怖い怖いと言って自分から逃げててはいつまでたっても成長出来ないわ。魔法も同じね。出来ない出来ないと思ってしまったが最後。初歩的な魔法すら発動出来なくなってしまう。これも言霊の影響もあるんだろうけど。カレンの場合は特に気を付けた方がいいわね。魔法理論も技術も基礎も何も知らない状態で掛けた魔法の功能が現れているんだから」

 確かに私は自分が魔法を使えると分かって、バレないように自分自身に魔法を掛けて、魔法を使えないようにしてしまった。だけどそれは一種の思い込みに近い魔法で。私が解除しようと思えば今すぐに解除可能なもの。

 解除可能なのに、リーンハルトにしても、ルイカにしても私に強制して解除させようとはしなかった。彼らに何か思うところがあったにしても、今はありがたかった。

「警戒心を怠らないようには気を付けるわ。でも、ルイカやリーンハルトは信用してもいいんだよね?」

「そうね。私や陛下、ヴェンデル将軍辺りならカレンが異世界からやってきたのを知っているわけだし。カレンの存在を公表していない段階だし、余計な雑音や人を近付かせたくない時期でもあるし」

「そんな時期なの?」

「今は戦争も内紛もスキャンダルも一応は沈静化している時期よ。でも落ち着いている時こそ、小規模な問題でも大規模な問題に発展してしまう。この時期は陛下のスキャンダルが一番危惧されているかしら……」

 スキャンダルをひた隠しにして、というよりもリーンハルトの場合、隙がほとんど見られないのででっち上げでもしない限りスキャンダルになることはないだろう。

「まぁ、スキャンダルの『ス』の文字に縁もなさそうな人が初めて女性を作った、とでもなれば話題性十分っちゃ十分だけども」

 これだけしつこく言うくらいだ。私がリーンハルトのスキャンダルの相手といい加減、自覚しなくてはいけない。私がリーンハルトの恋人まではまだ早いが、そこら辺の関係であると噂が広がってもおかしくない。

 自意識過剰の分は大いにあるけども。

「ルイカ、心配してくれてありがとうね。今の私はリーンハルトの相手だとかになるつもりは一切ないし、私は元の世界に戻る方法を探し続けるからそんな考える余裕はないの。それにルイカは言ったでしょ? 私の言葉には力があるって。だったら私は力を篭めて言うよ。誰が否定しようが、無理だと言われようが言い続けるよ。『私は元の世界に戻る』って」

 水流も言っていた。

 言葉には気を付けろと。

 この世界に召喚された人達は帰れなかったが、帰った人もいる。

 私はその事実を知っているからこそ、『元の世界に戻る』と力を篭めて言った。実際に叶うかどうか分からない。必要な条件や状況があるかもしれない。色々試して偶然、地球に帰れるかもしれないのだ。

「~かもしれない」という推量の段階で、まだ魔法について何も知らない私だからこれからどうなるかなんて、分からない。

「……そうね、信じていれば叶うこともあるわよね。その心も魔法を使うためには必要だわ」

 目を見開いたルイカは、瞬き一つでにこやかに笑う。

「?」

 ルイカの言っている意味がいまいち掴めなくて、私は首を傾げた。

「純粋な心も必要ってことよ。非科学的な出来事も受け入れてしまう、純真さとか素直さとかも、魔法を使うためには必要ってこと。科学的なことで理解していった人も中にはいたけども、大体の人は魔法が非科学的で証明出来ない何かと思って受け入れてしまったということよ」

「言っている意味が……」

「説明下手くそなの! 気にしないで……よく言うでしょ。頭で覚えるな、身体で覚えろって」

「何その体育会系……」

「体育会系ぽいノリじゃないと魔法って受け入れられないと思うのよ。カレンがいた世界ではどれくらい科学が進歩していたかは知らないけど、私のいた世界では結構発展していたと思うから余計に魔法を受け入れるのに苦労したわ」

 ルイカがいた世界と私がいた世界では結構な文明格差があるようだ。他の星やまたは話世界に人間が存在していたこと自体にまず驚いた。ちゃんと地球以外にも生命体は存在しているのだ。

 もしかしたら、ルイカも地球からやってきたと思ったのだが、ルイカは「世界」と表現したので地球ではないのだろう。

「どれくらい進歩していたの?」

「遺伝子治療や宇宙旅行は当然にあったわね。私自身、宇宙コロニー出身だし」

「すごい近未来な世界だったんだね……」

 思った以上に進んでいるようだ。この世界も大分文明が進んでいるように思えるが、宇宙に進出していない辺り、文明レベルはほぼ地球と同レベルなのだろう。地球は科学的で、この世界は魔法が存在する非科学的な世界。

「うん、近未来だったからこの世界は私のいた世界より遅いんだなぁって。この世界も私がいた世界のようになるのかなぁって。歴史上の文化を見ているようで結構楽しいわよ」

 歴史分野からの側面でも学ぶことがあるようだ。この世界の文明レベルは地球レベルで換算すると十九世紀から現代に掛けての近代に当たるのだろうか。

 王宮内部は完全にヴェルサイユ宮殿を彷彿させる。実際にヴェルサイユ宮殿を見たことがなく、本やテレビでしか見ていないので、大体はこのような感じなのだろう。

「物は考えようって言うけど本当に見方を考えただけで結構気が楽になるんだね」

「そうよ。何もかも気楽に考えた方がいいのよ! 固く考え過ぎると頭デッカチになって簡単なことだって答えが出なくなっちゃうからね」

 回廊を突き進み、鉄製の扉が現れる。扉はドアノブがなく、どうやって開けるのだろうと疑問に思っているとルイカは扉に手のひらを翳す。すると、扉の内部で何かが解除されるような音がいくつか鳴り響く。いくつ解除音がしたかは分からない。二十を越えた辺りで数えるのを止めたからだ。

「どうやったの、これ……」

 ただ扉に手のひらを翳しただけなのに開いた扉。原理がまるで分からなかった。

「自分の魔力を扉に翳しただけよ。あとでカレンの分も登録しておくから自由に行き来して構わないわ」

 ルイカは自由に行き来して構わないと言ったが、誰の許可を取ったのだろう。異世界から来たばかりの私を王宮と軍本部を行き来してもいいと言うのか。私がもし他国のスパイとかだったらどうするのだろう。

「あ、邪な感情を持っている場合はいくら扉に手を翳したとしても反応せず寧ろ捕縛魔法が発動して捕まるから気を付けてね」

 意外にも恐ろしい扉だと分かった。そうだよね、そう簡単に行き来出来たら誰だって通れるわけだし。
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