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番外編
「彼が魔王と呼ばれるまでの話」②
しおりを挟む数十分経って、ようやく彼は母親の亡骸を埋めることが出来た。
石を重ねただけの墓標に手を合わせると、その場に倒れ込んでしまった。
「君、大丈夫ですか?」
「……う、ん」
張り詰めていた緊張の糸が解けたのかもしれない。
彼はそのまま目を閉じ、寝息を立てた。
小さな手は血が滲んでとても痛々しい。私がここに来るまでもずっと
一人で硬い地面を掘り続けていたのかと思うと、胸が痛む。
これから、この子はどうしていくのだろうか。人間に見つかったら殺されてしまう。今の彼では人間に勝てるとは思えない。
かといって、私に出来ることなんて何もないのだが。
周囲を見渡し、比較的に綺麗そうな布を見つけてそれを彼の体にかけてやった。これくらいは神様もお許しになるだろう。
「おやすみなさい……」
私は後ろ髪引かれる思いで天界へと戻ることにした。
―――
天界に戻ってからもずっと、私は悩み続けた。
私は何故天使生まれながら、天使としての生活を退屈だと思うようになってしまったんだろう。
時折、考えてしまう。他の皆が何も疑問に思わないことを。
そんなことを誰かに相談しようものなら、変な顔をされてしまう。だから言わない。
だけど、一人では答えが出ない。
一人では。
あの少年は今どうしているだろうか。
一人でも無事に生きているのだろうか。
別の集落で暮らす魔物と一緒にいれば生き延びているかもしれない。
しかし、彼のあの様子では少し心配だ。穴を掘りながらずっと泣いていた彼の目が忘れられない。
柘榴のような赤い瞳。涙で潤んだその目はまるで宝石みたいに輝いて見えた。
だけどそんな輝きとは裏腹に、彼のこれからは暗闇だ。手を引いて導いてくれる存在を失ったのだから。
なんで、こんなに気になるんだろう。
あの赤が、頭から離れてくれない。
目を閉じても浮かんでくる。まるで血が滲むように、あの鮮明な深紅の色が、広がり続けていく。
「……少し、見に行きますか」
悩んでいても仕方ない。
私は数日ぶりに下界に行ってみることにした。
集落の在った場所に彼はいなかった。どこかに移動したのだろうか。そう思いながら周囲を見渡し、私は少し違和感を覚えた。
これは、どういうことだろうか。
ここにあった多くの魔物達の遺体がどこにも見当たらない。
「……まさか」
よく見ると、地面が盛り上がっている。
あの魔物の少年が、全て埋めたのか。あれからずっと、一人で。
考えるよりも先に体が動いた。
彼は今、どこにいる。こんなに多くの穴を掘って、ボロボロになった体で、どこに行ったというのだ。
心配だ。そんな状態で人間に会ったりしたら、どうなるか分からない。
「……っ!」
集落から少し離れた場所にある街道。その道中にある岩場の陰から血の匂いがした。
急いで近付くと、そこには小さな体を隠すように蹲っている彼がいた。
「貴方……!? 大丈夫ですか、怪我は……っ!」
体を起こそうとして、触れるのを躊躇ってしまった。
彼の背中から血が流れていたから。
天使である私が彼の血に触れてしまったら、汚れをその身に付けてしまったら、もう天界には戻れない。
それが、古くからある天界の決まり。
私は彼に触れないようにしながら、声をかけた。
「しっかり……一体何があったのですか?」
「……う、うぅ……にん、げん……」
「人間に襲われたのですか?」
「あく、ま……はね、うれる、って……」
彼の背中に生えていた羽根がないのは、そのせいか。
生きたまま彼の羽根を剥ぎ取られた。そして要らない体をここに捨てたのか、それとも彼が必死にここまで逃げてきたのか。
こんな幼い魔物の命すら、彼らにとっては軽いというのか。
「……っ」
「大丈夫ですか。ああ、どうしよう……無理に起こすことも出来ませんし……」
「……ぃ」
「え?」
「ゆる、さ、ない……にんげん、ゆる、さない……みんな、ころした、やつら、ぜったいに……」
今にも死にそうな彼の声とは思えないくらい、地の底から這い上がってくるような力強さを感じた。
あの赤い目が、まるで燃えているようにも見える。
復讐という、炎に。
ああ。
これが、命。
これが、生きるということ。
私たち天使にはない、生に執着する心。
なんて、眩しいんだろう。
「……祝福の光よ」
私は手を翳し、彼に回復魔法を施した。
本来ならこれも許されてはいない。だけど、放ってはおけない。
何より、私が彼を助けたいと思った。
「……あれ。痛く、ない」
「失ったものは取り戻せませんが……傷は塞いでおきました」
「天使さん……どうして、ぼくなんかを?」
「天使さん、ではありませんよ」
「え?」
私は彼の手を取り、そっと微笑んだ。
きっと、彼なら私の悩みに答えをくれるかもしれない。
「私の名前はリードリール。貴方は?」
「クラッド……クラッド・オードエインド」
これが、後の魔王であるクラッドと私の出逢いでした。
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